神と従者

彩茸

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第二部

変化と変化

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―――目を開ける。寝ぼけ眼で辺りを見回すと、利斧と目が合った。

「おや、意外と早く目覚めましたね。体の痛みなどはありませんか?」

 そう言った利斧が、ニッコリと笑う。

「痛みは元からあまりない・・・というか、ここは?」

 体を起こしキョロキョロとしながら呟くと、利斧の後ろからひょっこりと顔を
 出した雨谷が言った。

「狗神の本殿の中だよ~」

 雨谷が指さした先を見ると、変化を解いた状態で寝ている真悟さんと・・・。

「えっと、あれって・・・狗神ですか?」

 真悟さんに寄り添うように眠る銀色の毛並みの大きな犬を指さすと、雨谷と利斧は
 頷く。

「狗神から聞かなかった?本来の姿は大きな犬だーって」

「そういえば聞いた気が・・・」

 雨谷の言葉にそう言うと、狗神がうっすらと目を開ける。

「あ、起きた~?」

 ニコニコと笑う雨谷をちらりと見た狗神は、大きく欠伸をする。煙に包まれ一瞬で
 獣人姿へと変化した狗神は、まだ眠ったままの真悟さんの頭を優しく撫でながら
 もう一度欠伸をした。

「・・・すまんの、助かった」

 狗神が利斧と雨谷を見ながら言うと、利斧が言った。

「お気になさらず。ところで、貴方が《どっちつかず》の・・・?」

 狗神と雨谷が頷くと、利斧はパッと顔を輝かせる。

「まだ《どっちつかず》として存在している方がいると聞いて、ずっと気になって
 いたんです!雨谷に聞いたら酒飲み友達だとかで、付いて来て正解でした!!」

 狗神に詰め寄りながら早口でそう言った利斧に対し、狗神は若干引いたような
 顔をして雨谷を見る。

「えーっと・・・あー・・・ごめん」

 言い訳が思い付かなかったのか諦めたような顔で謝る雨谷に、狗神は溜息を吐いて
 言った。

「別に構わんが・・・そもそも誰なんじゃ、こ奴は」

「そいつは利斧。性格の悪い《武神》って覚えとけば良いよ」

「人聞きの悪い事を言わないでください。私はただ、自身の好奇心に従順なだけ
 です」

 雨谷の言葉に利斧がそう返すも、雨谷は嫌そうな顔でそういうとこだよと言う。

「・・・何か、前より仲良くなってます?」

 そこまでギスギスしていない雰囲気にそう聞くと、利斧が微笑んで言った。

「貴方達が寝ている間に、しっかり話し合いをしましたから」

 その瞬間、雨谷の拳が利斧の頭に直撃する。大してダメージの入っていないような
 利斧に対し、雨谷は苛立った様子で言った。

「その名前で呼ぶなって言ってるだろ」

「・・・?ああ、すみません。ついうっかり」

 本当にうっかり言ったんだなと分かる程きょとんとしていた利斧に、雨谷は頭を
 抱える。

「まあ、聞きたいことが次から次へと出てくるが・・・」

 狗神はそう言いながら立ち上がると、部屋の隅に置いてあった酒瓶を手に取った。

「飲みながらで良いじゃろう」

 酒瓶をちゃぽんと揺らした狗神に、お酒~と嬉しそうに雨谷は言う。
 そのまま酒盛りを始めた狗神と雨谷を、いつの間にか目を覚ましていた真悟さんが
 変化を解いたまま冷ややかな目で見ていた。



―――狗神と雨谷の酒盛りを眺めながら一向に変化する様子のない真悟さんに
大丈夫かと聞くと、真悟さんは苦笑いを浮かべて言った。

「まだ、ずっと変化できるだけの妖力が戻っていなくてね」

「いっその事、ずっとそのままでも良いんじゃな~い?」

 真悟さんをちらりと見た雨谷が、そう言ってコップに入った酒をグイッと飲み
 干す。先程からジュース感覚で日本酒らしきものを飲み続ける雨谷と狗神に
 どうなっているんだと思いながら、俺は利斧に貰った豆大福をちまちまと
 食べていた。

「そもそも、何故変化しているんです?」

 利斧が豆大福を食べながら聞く。真悟さんは俯くと、小さな声でボソリと言った。

「・・・この姿は、親父に似ているので。親父と比べられるのが嫌なんです、
 昔から」

 真悟さんの言葉に、利斧は理解できないといった顔で首を傾げる。

「色々あるんじゃよ」

 暗い顔で狗神がそう言うと、利斧はきょとんとした顔で言った。

「比べられるのが嫌でも、変化を続ける理由にはならないでしょう?」

「は・・・?」

 真悟さんが意味が分からないと言いたげに利斧を見る。

「本当は気付いているんじゃないですか?見た目を変えたところで、比べる者は
 比べてくるのだと」

「お前に何が分かる!!」

 悪気のない顔で言った利斧に、真悟さんが声を荒げて掴みかかる。しかし利斧は
 顔色一つ変えることなく、口を開いた。

「ほら、図星だ」

「うわあ、性格わっる」

 雨谷がそう言いながらコップに酒を注ぐ。
 驚いた顔で固まっている狗神のコップにこっそり酒を注ぎ足しつつ、雨谷は
 のんびりとした口調で言った。

「まあ、利斧の言う通りなんだけどね~。というか、今の真悟くんを比べる奴なんて
 殆どいないって~。昔よりかなり強くなってるって狗神が言ってたし~」

 ね~?と雨谷が狗神を見ると、狗神はハッとした顔でブンブンと首を縦に振る。

「らしいですよ?・・・なので、離してください」

 少し嫌そうな顔でそう言った利斧に、真悟さんは犬耳を垂れ下げながら手を
 離した。

「別に、私は変化をするなと言っている訳ではありません。理由が理解できなかった
 だけですし・・・まあ、雨谷の改名理由よりは分かりやすいので良しとしておき
 ましょう」

 服を整えながら言った利斧に、喧嘩売ってる?と雨谷が呟く。

「改名理由・・・?」

 狗神が興味ありげな様子で雨谷を見ると、雨谷はヘラヘラと笑って言った。

「多分君からしたら大した理由じゃないよ~」

 ああ、教える気がないやつだ。そう思いながら、俺は豆大福の最後の一口を飲み
 込んだ。



―――少しして、本殿の扉をノックして開けた誠さんが俺達を見て固まる。
・・・まあ、それもそうだろう。今誠さんの目に映っているのは、狼昂に抱き着き
ながらブンブンと尻尾を振る真悟さん、それを微笑ましそうに見ている狗神、利斧の
背にもたれ掛かりながら狗神の所有物である本を読んでいる雨谷、ニコニコと笑い
ながら俺の頭を撫でている利斧・・・どう考えても情報量が多い。
顔を上げた真悟さんは誠さんを見てハッとした顔をするが、すぐに狼昂の体に顔を
埋める。

「あ、お父さんが変化解いてる~!」

 珍しいねーと誠さんが言うと、誠さんの後ろからひょっこりと顔を出した御鈴が
 駆け寄ってきた。

「蒼汰だけズルいぞ!妾もっ、妾も!!」

 そう言いながら利斧に抱き着く御鈴に、利斧は優しい笑みを浮かべる。

「御鈴、蒼汰が嫉妬してしまいますよ?」

「えっ、いや俺は別に・・・」

 利斧の言葉にそう言うと、狗神がクスリと笑う。

「子供じゃのう」

「狗神も頭撫でられるの好きなくせに~。ね?狼昂」

 狗神の言葉に雨谷がそう言って狼昂を見ると、狼昂は少し困った顔で狗神を見て
 口を開いた。

「・・・否定はしません」

 その言葉に、真悟さんがフフッと小さく笑う。少しムスッとした狗神を苦笑いで
 見ていた誠さんは、あっ!と何かを思い出したように声を上げた。

「そうだお父さん、お客さん来てたよ。祈祷のお願いーとかで」

 誠さんの言葉に真悟さんはバッと顔を上げると、焦ったように立ち上がって
 言った。

「早く言ってよ!!」

 扉に手を掛けた真悟さんは人間姿に変化していて。
 あの一瞬でどうやって変化したんだなんて考えている俺の耳に、おおーと小さく
 拍手をする雨谷の声が聞こえた。
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