神と従者

彩茸

文字の大きさ
上 下
83 / 110
第四部

禁句

しおりを挟む
―――御鈴の生まれた山に降り立った俺達は、史蛇と対面していた。

「この妖気の濃さ・・・お前、かなり上位の妖だな?」

 鋭い眼光でチョロチョロと舌を出す史蛇に、糸繰は怖気づくことなく近付く。

〈御鈴様から話は聞いてると思う。オレは糸繰、よろしく。〉

「我は史蛇という。・・・興味が沸いた、一戦手合わせ願おう」

 史蛇の言葉に、糸繰は戸惑った様子で御鈴を見る。

「史蛇は相変わらずじゃのう。まあ、互いに殺さぬというルールの元であれば・・・
 一戦だけ、良しとしよう」

 御鈴がそう言うと、史蛇は頷いて糸繰を見る。

「糸繰、一戦だけなら信者でも手を出して良いってさ」

 御鈴に他の信者には手を出すなって言われてたしな・・・なんて思いながら、俺は
 言う。糸繰は心配そうな顔で俺に近付くと、メモを差し出してきた。

〈もしもの時は妖術使っても大丈夫だよな?何となくだけど、史蛇はオレの体術じゃ
 倒せそうにない。〉

「まあ、良いんじゃねえの?・・・ああでも、無理はするなよ」

 俺の言葉に糸繰はコクコクと頷くと、史蛇に向き直る。

「では、よーい・・・始め!!」

 御鈴の合図と共に、二人の妖がぶつかった。



―――史蛇から繰り出される攻撃を全て避け、糸繰が反撃する。しかし史蛇はそれを
見越していたかのように避けると、糸繰の腕を掴んだ。
地面に叩きつけられた糸繰は、痛そうに顔を顰めながら史蛇から距離を取る。

「ふん、鬼とはその程度か」

 そう言った史蛇に対し、糸繰はこぶしを握り締め殴り掛かる。
 あの程度の煽りでヤケになったか?それだと確実に反撃を食らうぞ。そう思い
 ながら、様子を伺っていた。

「・・・ほう」

 御鈴が感心したような声を上げる。どうやら糸繰はわざとそうしたようで、
 さらりと拳を避けた史蛇の足を踏みつける。体勢を崩した史蛇に蹴りを入れた
 糸繰は、吹っ飛んだ彼女に敵意を感じさせない歩き方で近寄った。

「舐めるなよ、小童」

 史蛇がそう言った瞬間、糸繰の体が宙を舞う。どうやら一瞬のうちに投げ飛ば
 されたようで、地面に落ちかけた糸繰を跳躍した史蛇が追い打ちをかけるように
 蹴りつけた。
 ドゴッと音がする。地面にめり込むようにして倒れている糸繰に向かって、史蛇は
 落胆したような声で言った。

「弱いな。その妖気は見せかけか?それだから、前の主にも捨てられ・・・」

 そこまで言った史蛇は言葉を止め、慌てて飛び退いた。
 ゆらりと、糸繰が立ち上がる。

「あ・・・」

 思わず声が出る。糸繰の目は怒りに染まっており、明確な敵意を史蛇に向けて
 いた。
 糸繰は懐から手のひらサイズの人形を取り出すと、同じく懐から出した待ち針で
 四肢を刺す。そして小さく口を動かすと、自身の親指の腹を鬼特有の尖った歯で
 噛み切った。
 小さく口を動かしながら、血の滴る親指を人形に擦り付ける。糸繰が自身の血で
 赤く染まった人形の片腕をあらぬ方向へと曲げた瞬間、史蛇の悲鳴が聞こえた。

「史蛇!!」

 御鈴が叫ぶ。
 史蛇の片腕は人形と同じ様にあらぬ方向へと曲がっており、メキョメキョと音を
 立てていた。

「・・・・・・」

 糸繰はまだ気が済んでいないらしく、今度は片足をグルリと捻る。

「あああああああ!!!!」

 痛みに喘ぐ史蛇の片足は、腕と同じく人形と連動するように捻じれていた。
 ギリ・・・と歯を噛みしめながら、糸繰は史蛇を睨みつける。まあ明らかに地雷
 踏んでたし、そりゃ怒るよな・・・なんて考えていると、糸繰が更に動いた。
 新たに出した人形に待ち針を何本も差し、思いっ切り握りしめる。貫通した針が
 糸繰の手を突き刺すが、彼は気にする様子もなく小さく口を動かした。

「あっ、がっ、やめっ・・・!」

 史蛇の声など耳に入っていないようで、糸繰は何度も何度も呪いを重ね掛けし
 彼女の体を痛めつけ続ける。興奮か疲労か荒い呼吸を繰り返す糸繰に、御鈴が
 叫ぶように言った。

「そこまでじゃ、糸繰!術を解け!!」

 ハッとした顔で、糸繰は握りしめていた人形を地面に落とす。解放されたらしき
 史蛇は、ただ怯えた顔で糸繰を見ていた。

「・・・我が、我が悪かった。も、申し訳、ございません・・・」

 震える声でそう言った史蛇は、あらぬ方向に曲がったしまった腕と足を無事な方の
 腕で無理矢理戻そうとする。相当な痛みなのか呻き声を上げ続けている史蛇に、
 御鈴が痛みを消すため駆け寄っていった。

「糸繰」

 ケホッ、ケホッと咳をしている糸繰を呼ぶ。彼は俺を見て一瞬戸惑う様子を見せ
 たが、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

「・・・無理しただろ」

〈ごめん。嫌な事言われて、我慢できなかった。〉

 俺の言葉に糸繰はそう返すと、史蛇と御鈴をちらりと見る。

〈嫌われたかな。要らないって、捨てられるかな。〉

 悲しげな顔でそう書いたメモを渡してきた糸繰に、俺の肩に乗ってメモを覗き
 込んでいた令が言った。

「御鈴様に限ってそれはないだろ。一戦なら良いって言ったのは御鈴様だし、
 その辺はちゃんと分かってくれるさ」

〈でも御鈴様、怒ってそうだった。お仕置き、苦しいのかな。嫌だな・・・。〉

「糸繰だってもう分かってるだろ?御鈴はそんなことしないし、俺がさせない。
 大丈夫だから、な?」

 暗い顔をしている糸繰の頭を、そう言いながら優しく撫でる。

「糸繰、ちょっと来い」

 御鈴の声がする。ビクリと肩を震わせた糸繰は、不安げな顔のまま御鈴の所へ
 向かった。
 様子を伺っていると、どうやら小声の御鈴と何かやり取りをしているようで。
 史蛇にメモを差し出し頭を下げた糸繰は、小走りで俺達の所へ戻ってきた。

「どうだった?」

〈やりすぎだって怒られた。でも史蛇が言ったことも悪かったって、御鈴様が。
 史蛇に謝られたから、オレも謝ってきた。〉

 俺の問いに糸繰はそう答え、更にメモを書く。

〈蒼汰に、御鈴様から伝言。史蛇の治療で少し離れるから、オレと令を見てやって
 くれだって。〉

「直接言えば良いのに・・・」

 そう言いながら御鈴を見ようと顔を上げると、既に御鈴と史蛇の姿はなく。
 いつの間に・・・なんて思いながら、俺は糸繰と令を連れてその辺をぶらつき
 始めた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたが見放されたのは私のせいではありませんよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,820pt お気に入り:1,657

令嬢は闇の執事と結婚したい!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:356pt お気に入り:9

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,279pt お気に入り:1,216

(アルファ版)新米薬師の診療録

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:235pt お気に入り:2

転生少女は異世界でお店を始めたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,399pt お気に入り:1,705

婚約関係には疲れたので、しばらく義弟を溺愛したいと思います。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:15,229pt お気に入り:529

処理中です...