神と従者

彩茸

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第四部

師弟

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―――その日以降、糸繰は結構な頻度で悠斬さんに稽古をつけてもらいに夜宮神社へ
通っていた。毎回迎えに来なくても良いとは言われたが、無理をして帰れなくなる
程に体調を崩されるのは嫌なので今日も迎えに行く。
今日は丁度、俺も利斧と弓羅に稽古をつけてもらっていた。割と疲れていたが
迎えにはいきたいので、利斧に貸してもらった朧車で神社へ続く階段の下まで
送ってもらった。

「・・・げ」

 そんな声が聞こえ、俺は朧車から外を覗く。悠斬さんが気になっていた弓羅も
 一緒に来ており、二人して朧車から降りるとそこには雨谷の姿があった。

「刀谷様!」

 弓羅が嬉しそうな声を上げる。
 逃げようとした雨谷を瞬時に捕まえた弓羅は、ニコニコと笑いながら口を開いた。

「悠斬が気になって来てみれば、まさか刀谷様に会えるなんてなあ!偶然行った
 先で、尊敬している方と久々の再会を果たす。これは実に」

「はいはい、浪漫浪漫」

 弓羅の言葉を遮るようにして、雨谷は呆れた声で言う。そして俺をじっと見ると、
 彼は溜息を吐いて呟くように言った。

「本当に偶然なんだ・・・。こんなことなら、もうちょっと納品遅らせれば
 良かった~・・・」

「納品?この辺りにですか?」

「シズちんの影響か知らないけど、ここら辺の妖から結構依頼がくるんだよね~」

 俺の言葉にそう答えた雨谷は、離してくれない?と腕を掴んでいた弓羅に言う。
 大人しく弓羅が雨谷の腕を離すと、雨谷は思い出したように言った。

「そうだ弓羅、前から言おうと思ってたんだけど。矢文撃ってくるときにさ、
 もうちょっと緩く撃てない?巻き藁、すーぐダメになるんだけど」

「ちゃんと巻き藁狙ってるだけ良いと思わないかい?・・・まあ、善処はするよ」

「家の壁に撃たれるよりは何百倍も良いんだけどね~」

「というか刀谷様、アタシのふみちゃんと読んでくれてるんだってね。利斧のヤロー
 から聞いたよ」

「まあ利斧と違って、君のは近況報告も入ってるし。他の《武神》と下手に出くわさ
 なくて済むから、助かってはいるんだよ~」

「そりゃあ良かった」

 二人の会話を聞いていて、少しほっこりとした気分になる。弓羅は、雨谷のことを
 刀谷と呼んでも雨谷が怒らない唯一の《武神》なのだと利斧から聞いていたが、
 どうやら本当のようだ。
 ・・・正確には、弓羅が意地でも刀谷呼びをやめず雨谷側が折れたらしいのだが。

「そうだ、刀谷様も一緒に行くかい?悠斬に会ってみたくてね」

「別にオイラ居なくても良くない?」

 弓羅の言葉に雨谷がそう言った途端、階段の上から微かに悲鳴が聞こえた
 気がした。顔を見合わせた俺達は、急いで階段を駆け上がる。
 ・・・雨谷は弓羅によって半ば強引に連れてこられた形になったが、すぐに
 彼も共にいて良かったと思うことになる。

「彩音!!」

 静也さんの慌てたような声。彼の視線の先には、宙に浮かんだ多腕の人間の
 ようなものに首根っこを掴まれ気絶している彩音さんの姿が。
 何となく、多腕の人間のようなものは神なのだと思った。弓羅に視線を移すと、
 彼女は面倒臭そうな顔をしていて。

「刀谷様、あれ助けた方が良いと思うかい?」

「逆に放っておく方が問題だと思うけどな~。この中であいつを殺せるの、蒼汰と
 弓羅くらいだし」

 ここの神はやられた後っぽいし~?と雨谷が付け加えるように言うので、辺りを
 見渡す。
 すると、倒れている宇迦と御魂を守るようにして立っていた糸繰と目が合った。

「蒼汰、どうし」

「よそ見をするな!」

 糸繰の言葉を遮るようにして、悠斬さんが言う。
 その瞬間、多腕の神が腕を異常な程に伸ばし鞭のように振るった。間一髪で刀を
 使い腕を弾いた悠斬さんの体が衝撃で宙を舞う。咄嗟に動いた糸繰が悠斬さんの
 体を受け止めると同時に、再び多腕の神が腕を振る。

「っ!」

 腕を避けきれなかった糸繰の腕から血が吹き出す。利き腕をやってしまった
 糸繰は、悔しそうな顔で悠斬さんを抱えたまま多腕の神から距離を取った。

「・・・撃っても良いんだけどさあ、いくらアタシでもあの人間を傷付けずに
 ってのは無理があるよ」

 弓羅が言う。じゃあ俺がと柏木を構えながら足を踏み出すと、多腕の神が一斉に
 腕を伸ばしてきた。
 必死に腕を柏木で弾くが、腕の数が多くて捌くので精一杯だった。どうしたものか
 と思っていると、静也さんが刀を構えて跳び上がる。
 腕を弾きながら屋根を伝い多腕の神に近付く静也さんだったが、すんでの所で腕に
 叩き落とされた。

「あー・・・まずいな」

 雨谷が呟く。ユラリと立ち上がった静也さんに近付いた雨谷は、彼にコソコソと
 耳打ちしていた。

「シズちん、ちゃんと我慢しててね~」

 雨谷が静也さんにそう言いながらこちらに戻ってくる。そして弓羅を見ると、鞘に
 入った刀を手元に出現させつつ彼は口を開いた。

「さっさと終わらせよう」

 静かな声。ガラリ雰囲気の変わった雨谷に、弓羅は畏敬の念を抱いた目で頷いた。



―――目の前で繰り広げられる戦闘に、視線が釘付けになる。・・・それは、
あまりにも美しかった。
雨谷が螢惑けいこくと呼んだ刀は、鞘から出されると同時に美しく輝く。決して発光している
訳ではないのだが、刀身が日の光に当てられ神々しく輝いていた。そして、それを
持って戦う雨谷の一挙手一投足がまるで舞を見ているかのように美しく。
多腕の神と渡り合っている様子を息を呑んで見つめていると、弓羅が言った。

「気持ちは分かるけど、呆けていたら怪我するよ」

 ハッとして、柏木を構え直す。こちらにも向かってきた多腕の神の攻撃を柏木で
 弾くと、弓羅が矢を放つ。矢は見事に多腕の神の腕を射貫き、動揺した様子の
 多腕の神に雨谷が空中で蹴りを食らわせた。

「人のもの盗っちゃ駄目だよ~」

 体勢を崩した多腕の神から、雨谷がそう言いながら彩音さんを引き剥がす。地面に
 着地した雨谷は、彩音さんを静也さんに引き渡しすぐさまこちらにやってきた。

「いや~、シズちんにされたら笑い事じゃ済まないからね~。大事になる前に
 奪還できて良かったよ~」

「そんなにまずいのかい?」

「オイラ勝てないもん」

「刀谷様が勝てないのか・・・そりゃあ、かなりまずそうだ」

 雨谷と弓羅の会話を耳に入れつつ、俺は多腕の神に視線を向けた。多腕の神は
 こちらを警戒するように見ており、今攻撃しても当たらないだろうなという気が
 してくる。

「さて、やっちゃおうか」

 弓羅がそう言いながら弓を構える。矢は弾かれてしまうんじゃないかと考えて
 いると、彼女は何の躊躇もなく矢を放った。
 一直線に飛んだ矢が、多腕の神に向かう。多腕の神が腕を重ね合わせ防ごうと
 するが・・・矢は腕を易々と貫いて心臓に刺さった。

「へっ?!」

 思わず変な声が出る。光の粒子となって消えていった多腕の神に唖然として
 いると、雨谷が相変わらずだね~とのんびりとした声で言った。

「そうだ、糸繰っ」

 ハッとして、糸繰の元へ駆ける。糸繰の血は既に止まっており、悠斬さんも
 大した怪我はしていないようだ。

「蒼汰・・・」

 俺を見た糸繰が小さく口を開く。どうした?と聞くと、彼はボソボソと言った。

「雨谷様の動き、凄く綺麗だった。一度戦わせてもらった時も思ったけど、雨谷様
 って強すぎるくらいに強いんだなって・・・」

「褒めても何も出ないよ~?」

 いつの間にか傍に来ていた雨谷が言う。すると、雨谷の後ろから顔を出した弓羅が
 ニコニコと笑いながら言った。

「いくらアンタが鬼で、元々のポテンシャルが高かったとしても。そもそも、刀谷様
 とは経験値が違うからね。刀谷様は元々、あんなのよりも強い奴らを何体も同時に
 相手してきたんだ。それを考えれば・・・」

「弓羅、五月蠅い。そういう話はするなって言ったはずだけど」

 弓羅に、雨谷の冷たい声が飛ぶ。押し黙った弓羅を一瞥した雨谷は、ヘラヘラと
 笑って言った。

「過去がどうだろうが、奴なんてその程度だよ~。・・・糸繰も頑張れば
 すぐに強くなれるさ、飲み込み早いもん」

「そう、ですかね・・・」

「そうそう!良い先生もいるようだしね~」

 そう言って雨谷は悠斬さんを見る。悠斬さんは雨谷から顔を逸らすと、糸繰の肩を
 ポンと叩いて口を開いた。

「頼まれたからには、強くしてやる」

 それだけ言って静也さんの方へ歩いて行った悠斬さんに、糸繰は深々と頭を
 下げる。
 これが師弟ってやつかと思いながら、俺は悠斬さんの背中を見つめていた。
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