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第三章 刺激的なスローライフ

49.【番外編 ローザとニコラス】ベリーとクリームのタルトより甘く③ 【side ローザ】

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一月後――
開かれたトレーユの婚約お披露目の席で

『ローザ様、お可哀そうに。相手が悪すぎましたわね』

全く似合ってなどいないだろう可愛らしいデザインのドレスを纏い嫌々参加した私に、そんな令嬢方の同情の視線が戦場で放たれる矢のようにグサグサ突き刺さった。

トレーユとの結婚話が立ち消えとなった事は、私からしてみれば喜びでしかないのだが。
世間的に私は、麗しの第四王子妃の候補にまであがりながら、その座に手が届かなかった哀れな当て馬役に見えるらしい。

変に気を回されるのが面倒で

「いえ、私は本当に何も気にしてませんから」

と、最初は馬鹿正直に思ったままを繰り返し口にしてみたのだが……。
その結果残念ながら、気丈に振る舞う哀れな脳筋女としてますます同情を買うことになってしまった。


立場上、パーティーを途中で抜け出す訳にもいかず――
居心地の悪さから、誰か何とかしてくれと、思わず天に祈った時だった。

「見て! あの素敵な紳士はどなたかしら?!」

周囲の令嬢達が、トレーユと話す一人の背の高い男性を見て扇で口元を隠しながらざわめき始めた。

その人は艶やかな黒髪を後ろになでつけ、仕立ての良いスーツを纏っている。
年は三十かそこらだろうか。
猫の様に子気味良くツンと吊り上がった瞳は、明るい青をしている。

トレーユと変わらないくらい長身で、妙に堂々としているせいだろう。
その容姿はトレーユと並んでも引けを取らないくらい秀麗に見えた。

「先日新しく子爵に叙された方ね。たしか家名はレスコー様とおっしゃったかしら」

令嬢方のそんなうわさ話にコッソリ聞き耳を立てながら、今回の私とトレーユの婚約騒動の件といい、彼女達はいつの間にそんな事を調べあげたのだろうと首を捻る。
私が興味が持てず逃げてばかりのお茶会とは、もしかしたら情報屋のニコラスを招いて、昨今の噂についてのレクチャーでも受けるのだろうか??

もし、本当にそうなら……。
またニコラスに会えるなら、つまらないと嫌厭していたお茶会に出るのも悪くはないな。

そんな馬鹿な事を考え自分を慰めていた時だった。

「私と踊っていただけませんか?」

きっと私に恥じを欠かせぬようにとの、トレーユの計らいなのだろう。
レスコー卿はこちらに向かって来たかと思えば、私に向かい低く落ち着いた声でそう言いながらその手を伸べた。

すぐさまそれを見ていた周囲の令嬢から思わず

『キャー!!』

っと黄色い声が上がる。
哀れな当て馬への声援半分、嫉妬が半分と言ったところだろうか。

ようやく周囲の興味関心が自分から逸れた事に心からホッとしていたところだったのに。
トレーユめ、全く余計な事を。

さっと扇を広げその下で深い深いため息をつけば、レスコーきょうが不思議そうに首を傾げた。
女性に声をかけて喜ばれる事こそあれ、このように迷惑そうにされる事など、卿はこれまでなかったのだろう。

面倒この上ないが、まさか無下に断って卿に恥をかかせる訳にもいかず

「はい、喜んで」

形式的に微笑んでその手を取った。






◇◆◇◆◇

クルクルと踊る私達を見て、周囲の女性陣はうっとりと溜息を零した。

確かに、卿の身のこなしは酷くスマートだった。

しかし、どうしてだろう。
私の心は他の令嬢と異なり全く浮き立たない。


『相手がニコラスだったらどんなに素敵だっただろう……』

無意識の内にそんな事を思い、うっかり小さな溜息を零してしまった時だった。

「……どなたか、想う方がいらっしゃるのですか?」

眉を顰めながら卿にそんな事を聞かれ

「えっ?!! あ、その……あの……」

動揺の余り、上手い事返す事が出来なかった。

「……どなたです?」

追い打ちをかける卿の質問に、

「そ、それは口が裂けても言えません!!」

と首を横に振れば、咄嗟に口をついて出たその言い方が悪かったのだろう。
卿が思いつめた表情で

「やはり貴女は本当はトレーユ殿下の事を……」

そんなとんでもない事を言い始めた。
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