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第一章 悪役令嬢は『壁』になりたい

3.推しの幼少期が天使なのは鉄板

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「ごめんなさい、私のせいで……」

冷たい水で濡らしたハンカチをウィルの頬に当てれば、ウィルが痛そうに顔を歪めました。
しかし、

「いい、ハンカチが汚れる」

そう言って、すぐさまハンカチが押し返されます。
確かに見れば、ウィルに触れたハンカチの部分が僅かに茶色くなっています。

ゼイムスや私の兄たちにいじめられ追っかけまわされていたせいもあるのでしょうが……。
正妃でないウィルの母が城で冷遇されている為でしょう。
第二王子という高い身分でありながら王位継承権を持たない彼はどことなく薄汚れ、垢じみていました。


「ハンカチなんてどうでもいいですから。それよりちゃんと冷やさないと後で腫れて痛くなりますよ?」

そう言ってもう一度ハンカチの綺麗な面をその頬に当てれば、ウィルは自分が汚れている事を恥じ入る様にギュッと目を閉じました。


推しは汚れていようと、多少臭かろうと、ひたすらに可愛く尊いのですけれどね?

余りウィルに恥ずかしい思いをさせるのも可哀そうになったので、お城の事情にも詳しい優秀な私の侍女の元に向かい、客室を借りてウィルの身なりを整えてもらう事にしました。




用意してもらったお湯が真っ黒になるのと引き換えに、お風呂上がりのウィルの肌は抜ける様に白くなります。

皮脂により、べたついて重く顔を隠すように陰鬱に伸びていた前髪も、綺麗に洗った御本人に許可をもらい侍女に頼んでその美しい黒曜石の瞳が見える様切ってもらうと、想像通り、いや想像以上の女の子顔負けに可愛らしい美少年がそこに現れました。

幸い男の子の着替えも、兄達がゼイムスと遊ぶ際、酷く服を汚したり破いたりするので侍女が持っています。
なので、それをそのままウィルに着せてみたのですが……

ぶかぶかのシャツから覗く細い真っ白なうなじと、サイズの合わない半ズボンから覗く細く華奢な膝小僧はまさに倒錯的で。

『ダメだ! このまま帰すと、城の悪い大人に目をつけられてしまう!!!』

と焦った私は、急遽魔導士のローブの予備を調達拝借すると、それをウィルに頭から被せウィルの素材の良さを再び隠す事にしたのでした。




綺麗になった自身の姿を見て、ウィルがホッとしたように溜息をついたので、再び超優秀な侍女にお茶の用意をしてもらいました。

ウィルが満足に食事をもらえない日もある事を知っていたので、侍女に頼んでクッキーだけでなくお腹に溜まりそうなサンドイッチやスコーンも用意してもらったのですが……。
ウィルは最初恥ずかしがってそれらに手を付けようとはしませんでした。

子どもなのに、そういう矜持をしっかり持っているところも推しの素敵なところです。
でも……。

「我儘を言って沢山お菓子を作ってもらったのですが……どうしましょう、食べきれません。このままではまた叱られてしまいます」

困った顔をして私がそう呟けば。
ウィルはおそらくそれらが全て方便だと分かった上で、私の思いを無下にしないようそれらに手を伸ばしてくれました。


最初は遠慮がちに。
しかし最後は貪る様に食べるその様はまるで捨て猫の様でした。

こみ上げてくる愛おしさに負けて思わずその髪を撫でようと手を伸ばし、そのまだ湿った髪にそっと触れた時です。
ウィルはやっぱり野良猫のようにビクリと体を強張らせました。

「あ……も、申し訳ございません……」

思わずそう言えば。
ウィルは恥ずかし気に首を振り何も私を咎めるような事は言いませんでしたが。

残念ながらもう軽食には手を付けてはくれませんでした。
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