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第二章 孤高の獣は眠らない ゼイムズとローザ
3.歪んだ王国の王太子(side ゼイムズ)
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この世界では、オレを取り巻く全てが歪んでいた。
子どもを駒としか見れない父と、度重なる心労から心を病んだ正妃の母。
繰り返される虐待まがいの王太子教育と、決して互いしか信用せず心から笑う事の無い取り巻きの双子。
そして、母が違うからというだけの理由で、自分とは違い大人達からの理不尽な暴力と搾取から一人逃れた弟のウィル。
誰一人として、オレを庇ってくれる大人などいなかったし、逃がしてももらえなかった。
だから。
オレは、いつしかウィルに自分が大人達にされた通りの事をやり返すようになった。
痛めつけて、大切な物を目の前で粉々に壊してみせて、もう逆らわないからやめてくれと泣きながら縋らせ懇願させる。
そんなオレじゃない誰かの姿を見て、オレはようやく『それ』をされたのは、傷ついたのは自分では無いのだと、自分は何も傷つけられてなどいないのだと、誰にもオレの尊厳は踏みにじられて等いないのだと自分に言い聞かせる事が出来た。
そんな歪んだ世界の中、婚約者のリリーだけは真っすぐだった。
ウィルを庇った彼女に腹を立て、手をあげようとした時だ。
ウィルなら泣いて怯える、冷たく見下ろすオレの目線にリリーは一切怯まなかった。
それどころか。
受けて立つとばかりにオレの事を真っすぐ見返して見せた。
そのエメラルドの瞳が
『暴力なんかで尊厳は奪わせないし、お前なんか怖くない!』
そう言ったように思えて。
何故か勝手にそんな彼女の姿に、怯えてばかりだった幼い頃の自分を救われたような、そんな気がした。
******
十六になり、ようやくウィルを彼女の傍から追い落とした後、婚約者という肩書を最大限利用して。
オレは彼女の傍で過ごすようになった。
リリーの隣はいつも温かで、初めて安心を感じられる場所で。
オレは陽だまりで睡魔に襲われる猫の様に、彼女の隣の席でいつも眠ってばかりいた。
それはオレに初めて訪れた、穏やかな、それこそ夢の様に本当に幸せな時間だったように思う。
そしてその年、リリーの異母妹であるローザが学園に上がって来た。
宰相の妻が、外で子どもをもうけた彼に当てつけるように産んだという、どこの種とも知れないと陰で噂されている人形の様に美しく無機質なガラスの様な青い目をした少女。
ローザが望むなら、将来の妹として完璧な王子様の仮面を被ったまま彼女を可愛がり大事にするふりでもしてやろうかとも思ったが。
ローザはリリーの事を一方的に嫌っているようで、向こうから接触を持ってくることはなかったから。
その後しばらくの間、オレがローザに構う事はなかった。
******
十七になったある日の事だった。
廊下で、ローザがリリーを貶める言葉を吐くのを聞いた時には柄にもなくカッと頭に血が上った。
普段であれば、そんな陰口など放っておくのに、
『ごめんなさい、私、ウィルに幸せになってもらいたいために、ゼイムスの幸せを邪魔しているだけなの』
直前に言われてしまった、そんなリリーの言葉にオレは意外と傷ついていたらしい。
リリーがオレを愛する事が無い事なんて、最初から分かっていたのに。
「それでも構わない」
血を吐く様な苦しい思いを、思わず癖で隠して反射的に笑顔の様な物を作ってしまったオレに、リリーが
『なんで? 自分の事なんて愛してくれない酷いヤツだよ??』
そう言って、オレの代わりに綺麗な涙を流してくれたから、
『じゃあ、どうしてリリーは結ばれることはないと諦めているはずのウィルのことばかり今も思っているんだ。どうしてオレの方を向いてくれない?』
そんな口に出す事が出来ない思いで胸の中がいっぱいになってしまって、いつものように感情を殺す事が上手くできなかったのだと思う。
タールのように真っ黒な思いに囚われたまま、リリーを貶めた事をぺらっぺらの正義感を振りかざして責めたてれば。
ローザはそんなオレのを全て見透かすように、怯えた表情の欠片も見せぬまま、オレの目を真っすぐ見たまま口先だけの謝罪をして見せたから。
それが本当にもうどうしようもないくらい、オレの気に障った。
その場で引き裂いてやりたい衝動を、拳が白くなるほど握りしめる事でどうにか耐えた後で、オレの中の悪魔が囁いた。
子どもの頃、大人達にされて辛かった事をそのままウィルにして自分から痛みを無理矢理切り離したように、リリーに届かないこの胸の痛みは全て、ローザに肩代わりさせてやればいいんだって。
最近、オレがもうリリーを傷つけることが出来ないと悟ったウィルが、どんどん増長してくるのが鬱陶しくてしかたなかったから。
アイツが妹の様に可愛がっているローザを傷つけてやれば、ウィルのいい薬にもなるだろうと。
重ねて自分自信に、そんな愚かな言い訳もした。
子どもを駒としか見れない父と、度重なる心労から心を病んだ正妃の母。
繰り返される虐待まがいの王太子教育と、決して互いしか信用せず心から笑う事の無い取り巻きの双子。
そして、母が違うからというだけの理由で、自分とは違い大人達からの理不尽な暴力と搾取から一人逃れた弟のウィル。
誰一人として、オレを庇ってくれる大人などいなかったし、逃がしてももらえなかった。
だから。
オレは、いつしかウィルに自分が大人達にされた通りの事をやり返すようになった。
痛めつけて、大切な物を目の前で粉々に壊してみせて、もう逆らわないからやめてくれと泣きながら縋らせ懇願させる。
そんなオレじゃない誰かの姿を見て、オレはようやく『それ』をされたのは、傷ついたのは自分では無いのだと、自分は何も傷つけられてなどいないのだと、誰にもオレの尊厳は踏みにじられて等いないのだと自分に言い聞かせる事が出来た。
そんな歪んだ世界の中、婚約者のリリーだけは真っすぐだった。
ウィルを庇った彼女に腹を立て、手をあげようとした時だ。
ウィルなら泣いて怯える、冷たく見下ろすオレの目線にリリーは一切怯まなかった。
それどころか。
受けて立つとばかりにオレの事を真っすぐ見返して見せた。
そのエメラルドの瞳が
『暴力なんかで尊厳は奪わせないし、お前なんか怖くない!』
そう言ったように思えて。
何故か勝手にそんな彼女の姿に、怯えてばかりだった幼い頃の自分を救われたような、そんな気がした。
******
十六になり、ようやくウィルを彼女の傍から追い落とした後、婚約者という肩書を最大限利用して。
オレは彼女の傍で過ごすようになった。
リリーの隣はいつも温かで、初めて安心を感じられる場所で。
オレは陽だまりで睡魔に襲われる猫の様に、彼女の隣の席でいつも眠ってばかりいた。
それはオレに初めて訪れた、穏やかな、それこそ夢の様に本当に幸せな時間だったように思う。
そしてその年、リリーの異母妹であるローザが学園に上がって来た。
宰相の妻が、外で子どもをもうけた彼に当てつけるように産んだという、どこの種とも知れないと陰で噂されている人形の様に美しく無機質なガラスの様な青い目をした少女。
ローザが望むなら、将来の妹として完璧な王子様の仮面を被ったまま彼女を可愛がり大事にするふりでもしてやろうかとも思ったが。
ローザはリリーの事を一方的に嫌っているようで、向こうから接触を持ってくることはなかったから。
その後しばらくの間、オレがローザに構う事はなかった。
******
十七になったある日の事だった。
廊下で、ローザがリリーを貶める言葉を吐くのを聞いた時には柄にもなくカッと頭に血が上った。
普段であれば、そんな陰口など放っておくのに、
『ごめんなさい、私、ウィルに幸せになってもらいたいために、ゼイムスの幸せを邪魔しているだけなの』
直前に言われてしまった、そんなリリーの言葉にオレは意外と傷ついていたらしい。
リリーがオレを愛する事が無い事なんて、最初から分かっていたのに。
「それでも構わない」
血を吐く様な苦しい思いを、思わず癖で隠して反射的に笑顔の様な物を作ってしまったオレに、リリーが
『なんで? 自分の事なんて愛してくれない酷いヤツだよ??』
そう言って、オレの代わりに綺麗な涙を流してくれたから、
『じゃあ、どうしてリリーは結ばれることはないと諦めているはずのウィルのことばかり今も思っているんだ。どうしてオレの方を向いてくれない?』
そんな口に出す事が出来ない思いで胸の中がいっぱいになってしまって、いつものように感情を殺す事が上手くできなかったのだと思う。
タールのように真っ黒な思いに囚われたまま、リリーを貶めた事をぺらっぺらの正義感を振りかざして責めたてれば。
ローザはそんなオレのを全て見透かすように、怯えた表情の欠片も見せぬまま、オレの目を真っすぐ見たまま口先だけの謝罪をして見せたから。
それが本当にもうどうしようもないくらい、オレの気に障った。
その場で引き裂いてやりたい衝動を、拳が白くなるほど握りしめる事でどうにか耐えた後で、オレの中の悪魔が囁いた。
子どもの頃、大人達にされて辛かった事をそのままウィルにして自分から痛みを無理矢理切り離したように、リリーに届かないこの胸の痛みは全て、ローザに肩代わりさせてやればいいんだって。
最近、オレがもうリリーを傷つけることが出来ないと悟ったウィルが、どんどん増長してくるのが鬱陶しくてしかたなかったから。
アイツが妹の様に可愛がっているローザを傷つけてやれば、ウィルのいい薬にもなるだろうと。
重ねて自分自信に、そんな愚かな言い訳もした。
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