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第三章 魅了王子は嫌われたい イライアスとシュゼット

12.幼い日の約束(side シュゼット)

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これまでの私であったら。
きっとすぐに怖気づいて、その場を逃げ出してしまったでしょう。
でも……。

ここで私が逃げたらきっと、

『歪みながら、それでも一生懸命生きてるこの国の人達が、ボクは好きなんだ』

そう言ってくれた優しい彼は、意地悪を言った女の子たちを責めるのではなく、私をその背にかばえなかった自分を責めるのでしょう?


優しい彼にそんな事させたくなくて、その場にぐっと踏み留まる事を決めた、その時でした。

「こんなトコにいたのか? 行くぞ!!」

騒ぎを聞きつけたジェレミーがこちらに走り寄ってくるなり、私の髪に挿した薔薇を払い落としました。
そして強く私の手を引くと、そのまま走りだしました。


「ジェレミー?! 待って! わたし……わたし……」

ジェレミーは私の言葉を無視したまま、私の手を掴んだまま走りました。


息が切れ立ち止まり、やっとの思いでその手を振り解けば。
掴まれていた腕はジェレミーの手の形に赤い跡がついてしまっていました。
そしてジェレミーがぬかるんだ道を走ったせいで、靴は汚れ、ドレスには泥が跳ねてしまっています。

こんな無残な姿でもし彼の元に戻ったら、優しい彼はますます自分を責めるでしょう。

やっと……。
やっと、夜の夢で見る母の傍以外に、暖かな場所を見つけられたと思ったのに。

あぁ、本当にジェレミーはなんて意地悪なんでしょう。

もともと持っていなかった時よりも、見つけたものを取り上げられた今のほうが辛くて、さっきからずっと我慢していた涙が思わず溢れた時でした。


「勝手にいなくなるな。……心配しただろう」

ジェレミーがそう言って、突然私のことをギュッと抱き留めました。

「……ジェレミー??」

こうやって誰かに抱きしめられるのは、母が亡くなって以来で。
ジェレミーなんて大嫌いだと思う頭とは裏腹に、その懐かしい温かさにずっと飢えていた私の体からは、ゆっくりと力が抜けてしまいます。

「お前の母様の墓前に誓ったんだ。これからはオレがお前を守るって。だから勝手にいなくなるな、オレの傍にいろ」

ぴったりとくっついていると、ジェレミーの腕の中は暖かくて……。
そこはずっと私が求めていた暖かな場所に似ているような気がしました。


「強がらなくていい、変わらなくていい。お前はオレがずっと守ってやる」

そう言って。
その場に崩れ落ちてしまいそうな私を支える為、ギュッとジェレミーがその腕の力を込めたのがわかりました。




「シュゼット? 女の子みたいな名前だな?? でもジェレミーの弟ならまぁいいや、仲間に入れてやる。お前も来いよ。みんなでこの木の上に秘密基地を作るんだ」

ジェレミーの着替えを借りて、彼に手を引かれ向かった大きな木の傍で。
私をジェレミーの弟と勘違いした男の子達はそう言って、女の子達と違い口籠る私をあっさり仲間に迎え入れてくれました。

「シュゼット、何してる。ついてこい!」

そう言って。
ジェレミーがまた私の返事を待つ代わりに、躊躇いなく私の手を取り木の枝の上に私の体を引き上げます。


眩暈がするくらい高い枝の上からは、少し離れた芝生の上で楽しそうに談笑する女の子達と、私の事などもう忘れてしまったかのでしょうか、そんな彼女達に楽し気に話しかけるお日様の髪の色をした男の子の姿が見えました。






******


「そんな、イライアス様が謝られる必要なんてありません」

そう言って。
子供の頃の話だと精一杯笑って見せれば。

「そうだ! 明後日一緒に花火を見に行こうよ!! リュシアンの国から輸入した花火だから、色んな色があって本当に綺麗なんだ」

イライアス様が嬉し気に、そんなことをおっしゃいました。
そして……。

あの日の口約束なんて、イライアス様はもうすっかり忘れていらっしゃるに違いないと、そう思っていたのに。
イライアス様はフッと真面目な目をされると

「十年。……随分待たせてしまったけれど。約束通り、ボクが夜に会いに行くよ」

あの時よりもずっと低くなった優しい声で、私に向かいそんな事をおっしゃったのでした。


『ずっとボクの事を嫌いなままでいてね』

そんな事を言って、あっさりと私の思いを拒絶しておきながら。
結局その後、誰にも打ち明けられず、叶えてもらえることのなかった私の胸に秘めたそんな願いを、実にあっけなく
白日の元に晒してみせるだなんて。

イライアス様は本当に、虫の羽を興味半分にもいで見せる子供のように、残酷な事をなさるなぁと思います……。



「……はい」

何て返して良いのか分からず、なんとかそれだけを、絞り出す様に言って頷けば。

「さて、ボクも少しは器用になったかな?」

イライアス様は実に嬉しそうにそんな事を言いながら。
かつて幼かった頃とは違い、実に器用に花冠を編んで見せると、それをまるで王妃様がつけていらっしゃるティアラの様に大事そうに私の頭の上に乗せてくださったのでした。
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