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Ⅰ‐ⅲ.僕とあなたの交わり
39.どちらも甘い
しおりを挟むジル様がスッと視線を逸らす。
「孤児院か……」
なんか駄目っぽい。でも、どうしてだろう。
マイルスさんを見たら苦笑された。
「殿下はフラン様を独占したいのですよ。誰かに一目惚れされでもしたら……大変なことになってしまいますからねぇ」
最後の方はなぜか遠い目をして、マイルスさんが教えてくれる。
これもジル様のアルファらしい欲の表れなんだろう。僕が誰かに想いを寄せられたら、どうなるのかな。
「大変なことというのは……?」
「十中八九、相手はこの領にはいられなくなりますね」
「えっ……嘘でしょう……?」
予想以上に大変な事態を予告されてしまった。
冗談、と言われることを願ってみたけど、マイルスさんは状況にそぐわないような慈愛の微笑みを口元に浮かべるだけだ。……その目の真剣さには気づかなかったことにしたいなぁ。
「——ジル様」
「否定しない」
「そんな横暴なことを、ジル様がお命じになるんですか……」
呆然とする。
ジル様は片眉を上げ肩をすくめた。
「マイルスは横暴だと思うか?」
「いいえ。好ましい振る舞いではありませんが、殿下の当然の権利でしょう。そもそも殿下の番に想いを寄せるならば、相応の報いがあることを覚悟してのことでしょうから」
「そうだな」
高貴な身の上の方の考えは、やっぱり理解できない。でも、僕自身が気をつけるべきだということはわかった。
想いを寄せられることすらないように、交流する相手は限定した方がいいってことだよね。笑顔で話してた相手が、次の日には領からいなくなってたら怖いもん。
「あ。でも、孤児院ならいるのは子どもでしょう? そのような危惧は必要ないと思うんですけど!」
孤児院訪問を諦めきれなくて、突破口を探してみる。
ジル様をじぃっとみつめてねだってみたら、「うっ……」と声を漏らして視線を逸らされた。
「……フランの潤んだ瞳は卑怯だ」
「殿下特攻で効果抜群ですね」
「マイルス。感心したように言うんじゃない」
渋い表情でため息をつくジル様の横では、マイルスさんがにこにこと微笑んでいた。少なくとも、マイルスさんは僕の行動に賛成みたい。
もともと、孤児院訪問を最初に提案してくれたのはマイルスさんだもんね。それならもっとジル様の説得を手伝ってほしいんだけど。
「ジル様、僕、この領を自分の目で見てみたいです。これから、僕が長く過ごすことになるんですから」
ジル様の番になるというのは、そういうこと。
大切な番が守り管理している領のことを、知りたいと思うのは自然な思いのはずだ。どうか僕の思いを否定しないでほしい。
……もっと広い範囲を自由に出歩きたい、という思いが大きいことは言葉にしないけど。ジル様には伝わっていると思うし。
「フラン……。俺との将来を考えてくれるのは嬉しいが——」
「殿下、時にはアルファとしての懐の深さを示すべきではありませんか? フラン様に愛想を尽かされますよ」
やっと援助してくれたと思ったら、マイルスさんがとんでもないことを言い出した。
ジル様に愛想を尽かすなんて、そんなこと全然考えもしなかったよ。
自由な行動ができないのは窮屈だなぁって思うけど、それはそれでジル様の愛情を感じるから。執着とか独占とか、ちょっと特殊な表し方だけどね。
「愛想を、尽かされる……」
ジル様は衝撃を受けた感じで固まっていた。
フォローを入れる、というか僕の本心を話すべきかな? そんな心配はいらないですよ、って。
でも、口を開こうとしたところで、マイルスさんの眼差しに制止された。咄嗟に口を噤んで首を傾げる。
口の動きを読んでみる。
——たぶん『ここは嘘でも否定しないでおいてください』という感じのことを言われてると思う。
そっかぁ。ジル様に勘違いさせて落ち込ませるのは申し訳ないけど……それは僕の自由を勝ち取るため、ってことかな。
いつも冷たく見えるほどに静謐な表情のジル様が、ちょっと動揺している姿を窺う。なんか良心がチクチクするよ……。
「それは、あるような——」
「っ、フラン……」
「いや、ない気がしますっ!」
大きく目を見開いて、悲しそうにされたら、もうマイルスさんの助けには乗れない。だって、ジル様を傷つけてまで自由な行動をしたいわけじゃないもん。
ホッと息をついて表情を緩めるジル様を見て、僕は微笑むしかなかった。うん、これでいいんだ。
「フラン様はお人好しですね……」
マイルスさんがちょっぴり呆れた感じで、でも慈しみ深い微笑みを浮かべる。
「——殿下。フラン様のお優しさに甘えすぎていいのですか?」
「いや……わかっている。そうだな。俺のわがままばかりを押し付けるわけにもいかない、か……」
ジル様が一度目を伏せた後、僕を見据えて困ったような笑みを浮かべた。
「——フラン、孤児院への訪問を許可しよう。最初は俺も共に行けるよう予定を調整するから、少し待ってくれるか?」
「っ、もちろんです!」
ぱぁっと表情が綻ぶのが自分でもわかる。
外出の許可よりも、ジル様と共に過ごす時間が増えたというのが、なによりも嬉しかった。
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