貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

asagi

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Ⅰ‐ⅲ.僕とあなたの交わり

40.好きの自信

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 聖教会との話し合いは無事済んだらしく、夕食も共にできることになったジル様は嬉しそうだった。
 繊細で豪華な夕食の後も、今日はゆっくり一緒に過ごせるみたい。

 同じソファに隣り合って座る。
 このくらいの距離感にも随分と慣れた。始まりが馬車の旅だったから、というのは大きな理由だけど、ジル様が身分に合わないくらい優しい人だから、というのも影響してると思う。

 ふわり、と漂う甘い香りを密かに胸に取り込んで、自然と頬が緩んだ。

 会ったばかりの頃は、このジル様の香りを感じる度にドキドキして落ち着かなくなっていたけど、最近は穏やかな気分になることが多い気がする。

 番が傍にいる安心感、ってことかな。
 慣れないアルファの香りに、これまではオメガとしての本能が乱されていたけど、ようやく落ち着いて受け止められるようになったんだと思う。

 お医者さんが、しばらくは接触を控えめに、と言っていた意味が今さらよくわかった。

 最初の頃の状態のまま、ジル様と関係を深めていたら、僕はすごく体調を崩していたと思うんだ。ジル様やマイルスさんも、その可能性を考えてずっと気遣ってくれてたんだろうな。

「随分と俺に慣れたようだな」

 不意に放たれた言葉を聞いて、ジル様の顔を見上げた。
 冷たく見える表情だけど、僕を見つめる瞳は優しくてあたたかい。心が緩んでいくような感じがする。

 家族と一緒にいる時の安心感に似てるけど……ちょっと違うんだよなぁ。どういうことだろう。自分の気持ちがわからない。いつかわかるようになるかな?

「……同じことを、僕も今考えていました」

 ふふ、と微笑み告げる。
 まるで以心伝心みたいで、なんだか素敵じゃない? それだけジル様と親しくなれた感じがして嬉しい。

「そうか。フランが馴染んでくれたなら嬉しい。……外に目を向けるようになったのも、心に余裕ができてきたからなんだろうな」

 ジル様がちょっと残念そうに言う。
 昼食の時に話した孤児院訪問の計画を、まだ受け入れきれてないみたい。最終的にはジル様の方から許可を出してくれたんだけどなぁ。

 心はままならない、ってこと?
 僕もそういう思いが理解できないわけじゃない。

「ジル様が本心からお嫌なら、僕は我慢してもいいですよ」

 僕はもともと外向的で、家に引き篭もっているのは好きじゃない。もしジル様がそれを望んだら、ちょっと困るなぁと思うのは事実。

 でも、ジル様の思いを大切にしたいという気持ちの方が、今の僕の中では強いんだ。

 誰かに対してここまでの思いを抱くことがあるなんて、ジル様に会うまで考えたこともなかった。
 ジル様と出会ってからは、初めて経験することばかりで、飽きる暇もないね。だからこそ、おとなしく引き篭もっていられるのかも。

 大兄様が昔言っていたことを思い出す。『フランは小さい時から勝手に歩き回って。見守る者がどれほど大変だったか!』というのは、お酒が入る度に放たれた大兄様の言葉。

 覚えてもいない頃の話をされて説教されても困っちゃうよね。でも、僕がそれくらいおとなしくしてるのが苦手だったのは事実。

 それなのに、ジル様の傍にいたら随分とおしとやかな気がする。……安心感があるから、というだけじゃなくて、ジル様に嫌われたくないからっていうのも理由かなぁ。

 貴族らしくない態度をジル様に見せるのは、まだ抵抗感があるもん。それでも少しずつ、僕らしくなってる気はする。

「……いや、そんなことをフランに求めはしない」

 静かな声が僕の物思いを遮った。
 視線を上げたら、ジル様の真摯な眼差しとぶつかる。思わずハッと息を呑んだ。

 ジル様の表情が優しくて、愛情がこもっている感じがして、心臓がドクッと音を立てる。
 これまで僕を落ち着かせていたジル様の香りが、不意に甘さを増した気がした。

「——フランは、好きに生きていい。俺はそんなフランの姿を見るのが楽しみだ。……まぁ、俺の目の届く範囲にはいてほしいが」

 付け足された言葉に、目をパチパチと瞬く。
 ちょっと矛盾があるよね。でも、そういうところが、ジル様の本心を語ってくれているように思えて、嬉しくなる。

「ジル様の近くにいながら、好きに生きる、ですか」
「ああ。俺の傍にいるのは嫌じゃないだろう?」

 僕の答え、わかりきってるでしょう?
 ジル様の表情にあるのは自信で、でも嫌味はない。それくらい僕のことをわかってくれているのが伝わってきて、なんだか好きだなぁって思っちゃう。

「はい。ジル様のお傍にいるのは、とても幸せな心地がしますから」

 ふふ、と笑って告げたら、ジル様は一瞬目を見張った後、綻ぶような笑みを見せてくれた。

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