貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

asagi

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Ⅰ‐ⅳ.僕とあなたの高まり

52.欲と理性の勝者は——ジルヴァント視点

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 ため息をついて、逸れていた思考を止める。今考えるべきなのは、フランのことだ。

「その勘違いしている者たちは、どこでフランに接したんだ。匂いがわかるくらいなのだから、近づいているのだろう?」

 現在、フランには不特定多数の者が近づかないよう、接近禁止令を出している。……フランには言ってないが。

 これも独占欲ゆえだと、気づかれたとしてもフランは受け入れてくれるだろうし、悪いことをしているとは思っていない。

 マイルスに「フラン様が束縛感をお感じになるかもしれませんので、気づかれるまで黙っていましょう」と言われたから隠しているだけだ。

「散策中のフラン様に密かに近づいている者がいるようです。護衛の騎士に咎められない程度には離れていますが……オメガは鼻が利きますからね」

 マイルスが肩をすくめる。そのように軽い感じで受け流していい話ではないだろうに。

「俺の命令に背いている者がいる、と?」
「一応、仕事をしていた結果、という体を装っているようですから、罰を与えると反感を招く可能性があります」
「……罰してしまえ」

 真面目に仕事をしていない者から、どのような反感があろうと気にしない。どうせ貴族の子息子女だろうが、親元からクレームが来たところで就業態度を教えてやるだけだ。

 そう思って吐き捨てたが、マイルスから返ってきた言葉に固まることになった。

「フラン様のお立場が悪くなる可能性がありますが?」
「……なぜだ」
「どの方も、殿下にとっては取るに足りない立場の者たちであろうと、現在のフラン様にとっては配慮しなければならない相手だからです」

 マイルスの目は真摯な光を浮かべていた。それに気づいて、咄嗟に放ちそうになった言葉を飲み込む。

「……だから、早く閨事に持ち込め、か」

 話の発端になったマイルスの言葉を思い出し、ため息をつく。
 つまりは、フランの立場をより強化してやった方がいい、というマイルスなりの提言だったのだろう。

 公的な番契約を結ぶというのが、最もフランにとって良いことなのは間違いない。だが、それには聖教会やボワージア子爵家、王家が関わってくるため、一朝一夕でできることではないのだ。

 それでも、数日後には結べるよう手筈を整えているのだから、マイルスが言うような方法で、関係を進めるのを急ぐ必要性はないように思える。

「王侯貴族は、一般的に多くの番や妻を持ちます——」

 俺の疑問を察してか、マイルスが淡々と説明を始めた。

「それは、経済的に余裕がある者の義務と見做す方も一定数おられますが。なにはともあれ、殿下がいくら番は一人と心に定め、宣言していようとも、どうにかすれば番や妻になれるのではないかと考える者は、いなくならないでしょう」

 目を伏せる。言われてみれば、その通りだった。
 俺はフランが唯一の番だという思いを変えるつもりはないから思い至らなかったが、元々番になりたいと望んでいた者たちにとっては、簡単には受け入れられない宣言なのだろう。

「つまり、正式に番契約を結んでも、フランの立場はさほど変わらない、ということか?」

 思わず声に不機嫌さが滲んでしまった。
 そうまでして執着してくる相手を、俺がどうすればいいと言うのか。

 悩む俺に、マイルスは苦笑して肩をすくめる。

「公的に保証されるので、私どもが守りやすくなるのは間違いありません。だからといって、勘違いする者たちの意識が変わるとは思えない、という話です」
「……閨事をすれば変わるというのか? あまり効果はない気がするが」

 進んで勘違いしてくる者たちが、そう簡単に意識を変えられるものか。

「少なくとも、オメガの意識は変わるでしょう。彼らは匂いに敏感だと申し上げましたでしょう? 濃密にアルファの香りを纏った、愛されているオメガの雰囲気を感じ取ると、その番のアルファに接触するのを本能的に避けるようになるそうですよ。一種の生存本能でしょうね」
「ほう?」

 マイルス曰く、番うとアルファに依存することになるオメガは、愛されない=死の危険性があると、本能が判断するらしい。

「——知らなかったな」
「でしょうね。私も知り合いのオメガに話を聞いて、初めて知りましたから」
「待て。お前、オメガとそんな話をするほど親しい間柄なのか……?」

 穏やかに微笑んでいるマイルスをじっと観察する。
 マイルスはベータで、番契約はできない。だが、女性のオメガとなら、結婚して子を持つことも可能だ。……これまで浮いた話がなかったが——。

「誤解なさらず。ただの友人です。男性ですし」
「……そうか」

 別に、マイルスが誰と付き合おうと、友人だろうと構わないのだが、なんとなく気になった。

「——まぁ、いい。話はわかった。フランのことを考えて、閨事に関しては前向きに検討しよう」
「殿下も、心の中では望んでいらっしゃることですのに、随分と遠回しなご返答ですね」

 にこりと笑って放たれた言葉は、正直まったく否定できなかったので、無言を貫いた。

 ……昨夜のフランからの誘惑を振り切れた己は、賞賛されてもいいと思う。欲よりも、フランを大切にしたいという思いが勝ったのだ。

 だが、今夜はどうするべきか。
 俺の感情としては、すぐさま褥に連れ込んでしまいたいところだが、フランの思いがどこまで固まっているかがわからない。

 その点については、きちんと話し合うべきだろうな。

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