貧乏子爵令息のオメガは王弟殿下に溺愛されているようです

asagi

文字の大きさ
59 / 113
Ⅰ‐ⅳ.僕とあなたの高まり

59.夜の帳が下りる

しおりを挟む

 晩餐会では、日頃話さない人たちと交流を持てて楽しかったし、色々と考えるきっかけにもなった。

 それが終われば、僕はイリスに急かされるように、夜の支度に追われたんだけど。

「フラン様、湯浴みのお手伝いは——」
「いりません。大丈夫だから」
「そうですね。殿下もお嫌がりになるでしょうし」

 真剣な顔で頷いたイリスは、それでも浮足立った雰囲気で「夜着はこちらで、湯浴み後のマッサージオイルはこちらがいいでしょう……」と支度に余念がない。

 僕以上に張り切っているように見えるのはなぜだろう。
 夜が深まるにつれて緊張していた気分が、イリスを見ていると落ち着く気がする。自分よりいっぱいいっぱいな人を見ると良いって本当だったんだ。



 湯浴みの後にマッサージを受けて、なんだかいつもより薄い気がする夜着を身に纏う。
 ジル様はもう、寝室にいるのかな。

 これまで僕が私室にしている部屋には三つの扉があった。
 一つは廊下に繋がるもの。もう一つは、普段寝ている寝室。そして最後の一つが、ジル様の私室との間にある主寝室に繋がっていた。

 ——これまで、主寝室の鍵は閉められていたんだけど、今日はすでに開けられている。
 それがどういうことなのか、言葉にしなくてもわかってた。

 ジル様に告げたような覚悟が決まったとは思えないけど……まぁ、なるようになるよね。

「……うー……」

 主寝室の扉に伸ばした手が止まる。
 その先にジル様がいるかも、って思ったら、途端に手が動かなくなっちゃった。

 恐怖はないけど、緊張感がすごい。今歩いたら、右手と右足が同時に出そうなくらい、頭の中がいっぱいいっぱいになってる。
 イリスはもう落ち着いているから、見ても緊張は和らがないし。

「大丈夫ですよ、フラン様。殿下をご信頼ください」
「信頼はしてるけど……僕が大丈夫なのかなって思っちゃう……」

 アルファと褥を共にするなんて、経験がないんだ。未知のことで想像もできない。
 発情期ヒートの時みたいに、もう衝動に身を任せる状況の方が楽なんじゃないかって思えるくらい緊張してる。

「……一応、発情ヒート誘発薬はご用意してますが」
「え?」
「初めてアルファのお相手をする方は、薬を使われる場合も多いのですよ。通常の状態よりも、受け入れやすくなるそうです」

 真剣な表情のイリスと向き合う。

「……ううん、いらない、かな」

 しばらく考えて、そう答えた。不安はあるけど、きちんとジル様のことを認識して過ごしたい。

「わかりました。では、しまっておきますね」

 微笑むイリスに頷き、再び扉に向き合う。
 一旦落ち着いて考えられたからか、今度はすんなりと手が伸びた。

 ゆっくりと開いた扉の先は、ベッドサイドに明かりが灯るだけで薄暗い。
 目を慣らした頃には、ベッドに腰掛けて寝酒を飲んでいるジル様に囚われるように惹き付けられていた。

 いつもは丁寧に撫でつけられている髪が、今は少し乱れてる。ジル様も湯浴みを済ませてるんだろう。……こんな姿を見るのは初めてだ。なんだか色気がある。

「フラン、そんなところに立っていないで、おいで。暗いか?」
「い、いえ……失礼します……」
「フランの部屋でもあるんだから、遠慮する必要はない」

 ジル様の青い瞳が、深みを増しているように見えた。
 視線は僕を捉えて離れず、一挙一動を食い入るように見られている気がする。

 心臓の高鳴りが耳元でしているように思えるくらい大きくなっていた。
 ——香りが、甘い……。部屋中がジル様の匂いで満たされているように、呼吸するたびに僕の中に入り込んでくる。なんだかクラクラしてきた。

「ん……」

 力が抜けそうな体を引きずるように運んで、ベッドにぽすんと腰掛ける。
 隣からジル様の手が伸びてきて抱きしめられたら、そのまま倒れ込んでしまった。

「……随分と熱い。それに、フランの香りがする」

 首元で匂いを嗅がれた瞬間にゾクッとした。
 まるで発情期ヒートの時みたいに、思考が働かない。

「チョーカーを外してきたんだな」
「番契約をしたので……」

 覚束ない声で答える。
 発情期ヒートじゃない時に項を噛まれても、番になれる確率は低い。でも、ジル様とはもう公的には番として扱われるのだから、肉体的な番関係になるかどうかはともかく、チョーカーで拒む必要はないと思ったんだ。

「そうか、嬉しいな。……こんなに嬉しいと、思うとは考えていなかった」
「んぁっ……!」

 ジル様の熱い息がかかったかと思ったら、首筋にキスをされた。
 そんな些細な接触に、驚くほど強く感じ入ってしまって目を見開く。

 ……こんなこと、今まで感じたことがない。なんか変だ。

「——ジル様、僕、なんだかおかしいです……」
「ん? ああ、少し俺のフェロモンにあてられたんだろう。おかしい状態ではない。発情期ヒートに近くなっているだけだ」
「そうなのですか……?」

 頭がよく働かないんだけど、ジル様がそう言うなら、大丈夫なんだろう。少なくとも、ジル様が嫌じゃないなら別にいいや。

 身体が熱い。ジル様の胸元にすがりつくように抱きつきながら、目を瞑る。
 すっかり身を預けてしまっているけど、ジル様は全然揺らがなくて安心感がある。

「フラン、覚悟はできたか?」
「……どうでしょう? でも、ジル様なら、なにをされても、僕、嫌じゃないと思うんです」
「っ……そうか。フランの思いを裏切らないよう努めよう」

 なぜか動揺したジル様に首を傾げてしまったけど、より強まった甘い匂いに意識が奪われた。

 頭がぼんやりする。身体中から力が抜けて、まずいと思うのに、どうすることもできない。ジル様にお任せすれば大丈夫なんだろうけど、本当にこんな状態でお相手ができるのかな。

「——フラン」
「はい……」

 呼びかけられて、なんとか顔を上げる。ほとんどジル様の手に促された形になった。
 後頭部を支えてくれる手を感じながら、ジル様を凝視する。

 ……熱く、滾るような愛情に満ちた眼差しだった。欲が溢れている、とも言える。
 そんな眼差しをジル様に向けてもらえるのは、なんだか心地いい気がした。これはオメガとしての本能かもしれない。

 優秀なアルファに愛されることを拒むオメガはいないのだ。そこに愛がこもっているのならなおさら。

 重なる唇の柔らかさと熱に目を伏せながら、これからの時間を思ってドキドキする胸を押さえた。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

処理中です...