99 / 113
Ⅱ−ⅳ.あなたと過ごす故郷
2−38.懐かしいわが家
しおりを挟む
その後もジル様に支援事業の話を聞きながら、領主館に向けて進んだ。
ちなみに、農地が増えているのに、植わっている麦が少ないように見えたのは、代わりに芋類を育てるようにしているからだそうだ。
ちょうど、寒冷に強い品種の芋が隣国から手に入ったらしく、この国でいち早くボワージア領での栽培が決まった。
上手く行けば、この領地はその芋を特産品にすることができるし、そうでなくても麦よりも収量が多く手軽に食べられる芋で、冬場の餓死を防げるという算段らしい。
この計画を推し進めさせたのもジル様だ。
そもそも、種芋を入手したのも王妃であるお義姉様の伝手を使ったものだそう。
僕が知らない内に、たくさんの仕事をしているんだなぁ、と改めて思った。
「……領主館も、ちょっと綺麗になってる……?」
辿り着いた領主館の玄関前で馬車をおりながら、じっと観察する。
本当に微々たる差だけど、外壁や屋根が新しくなっているように見えた。
街中の変化に比べたら――ジル様から支援を受けていることを考えたら――もうちょっと変化していてもいいんじゃないかな、と思わなくもない。
でも、自分たちが贅沢したり、快適に過ごしたりするためにお金を使うより、街や領民のために使うのは、僕の家族らしいとも思って、なんだか誇らしい。
「最低限見栄えがするようにしろ、と言っておいたからな。――さすがに、俺の番の実家だと注目を浴びるから、フランが恥ずかしくならないようにするためにも、見た目を整えるのは必要だったらしい」
隣に立つジル様は、そう言いながらも『これが最低限? もっと金を送った方が良かったか?』と思っているような気がする。
十分に以前より綺麗になってます、なんて教えたところで理解されないと思う。セレネー領にある城とは、元々が違いすぎるのだ。
「王弟殿下! フラン!」
荷物を下ろし運び入れる者たちに紛れるようにして、父様が駆け寄ってきた。
見慣れた焦げ茶色の髪と優しそうな面立ちに、懐かしさが込み上げてくる。
「――お出迎えが遅れまして、大変申し訳ございません!」
近くまで来たと思ったら、父様が深々と頭を下げた。
気温は涼しいくらいだというのに、顔に汗が滲んでいる。
「気にするな。今は忙しくしているんだろう?」
「はい、おかげさまで。寛大なお心に感謝いたします」
ジル様の鷹揚な頷きと言葉に、父様は顔を上げてホッと表情を緩めた。
どうやら、つい先程まで街の方で工事の指示をしたり、領民の話を聞いたり、忙しく仕事をしていたらしい。
「そう堅苦しくする必要はない。俺のお義父君になるのだからな」
「は、はい、それは、あー、大変、光栄なことと、存じます……?」
父様はほぼ領内に引きこもっているようなものだから、ジル様のような貴い身分の人と接する経験が少ない。だから、慣れないやり取りに戸惑ってしまうのは仕方ないのだ。
そのことはジル様も理解しているので、拙い返事を気にする様子を見せず頷いた。
「父様、ただいま戻りました。思いがけず長く離れることになりましたが、こうして再びお会いすることができ、父様がお健やかそうなご様子でなによりです」
「あ、え、フラン、あー……うん?」
以前では考えられない言葉遣いで、にこりと貴族的な笑みを浮かべて挨拶すると、父様が完全に混乱してしまった様子で固まった。
その姿が面白すぎて、もう笑いがこらえきれなかった。
「ふふっ、冗談だよ」
「は……?」
「ただいま。父様が元気そうで良かった。僕の部屋はまだある?」
上目遣いに窺いながら微笑み、首を傾げる。
父様が一気に脱力して、大きく息を吐いた。なんだかぐったりしてる。
「……勘弁してほしい。王弟殿下をお迎えするだけでも、私はいっぱいいっぱいだったんだからね? あと、フランの部屋がなくなるなんてこと、あるはずがないだろう。むしろ、前以上に綺麗になってるよ」
「ごめんなさい。でも、部屋が綺麗になってるってどういうこと?」
「そりゃあ、王弟殿下もお過ごしになるかもしれないし、最優先で整えたからね」
言われてみれば納得だ。
つまり、僕の部屋は現在、ジル様と一緒に過ごす部屋として改装されているということ。離れて眠るなんて考えられないから、ありがたいかも。
「くくっ。いつもよりフランは生き生きしているな」
「そうですか?」
笑ったジル様に問いかけながらも、その自覚はあった。
なんというか、久しぶりに羽を伸ばせてる感じ、かな。すごく寛いだ気分だ。まだ玄関前なんだけど。
「――あ、というか、いつまでジル様を表に立たせてるの。早く中に案内しないと」
「あ、そうだね。っと、んん――そうでした。王弟殿下。狭い屋敷ですが、どうぞ中でお寛ぎください」
なんとか貴族らしさを取り繕って、父様が中へと促す。
僕はジル様の腕に抱きつきながら微笑みかけた。
「僕の部屋、変わってるみたいなので、見るのが楽しみです」
「幼い頃からフランが過ごしてきた部屋を見られないのは少し残念だがな」
「見ても楽しいものではなかったと思いますけど」
腕を引いて屋敷に入りながら、ジル様と楽しく会話をする。
慣れ親しんだ屋敷に、高貴な身なりのジル様がいるという違和感が面白くて、にこにこと笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
ちなみに、農地が増えているのに、植わっている麦が少ないように見えたのは、代わりに芋類を育てるようにしているからだそうだ。
ちょうど、寒冷に強い品種の芋が隣国から手に入ったらしく、この国でいち早くボワージア領での栽培が決まった。
上手く行けば、この領地はその芋を特産品にすることができるし、そうでなくても麦よりも収量が多く手軽に食べられる芋で、冬場の餓死を防げるという算段らしい。
この計画を推し進めさせたのもジル様だ。
そもそも、種芋を入手したのも王妃であるお義姉様の伝手を使ったものだそう。
僕が知らない内に、たくさんの仕事をしているんだなぁ、と改めて思った。
「……領主館も、ちょっと綺麗になってる……?」
辿り着いた領主館の玄関前で馬車をおりながら、じっと観察する。
本当に微々たる差だけど、外壁や屋根が新しくなっているように見えた。
街中の変化に比べたら――ジル様から支援を受けていることを考えたら――もうちょっと変化していてもいいんじゃないかな、と思わなくもない。
でも、自分たちが贅沢したり、快適に過ごしたりするためにお金を使うより、街や領民のために使うのは、僕の家族らしいとも思って、なんだか誇らしい。
「最低限見栄えがするようにしろ、と言っておいたからな。――さすがに、俺の番の実家だと注目を浴びるから、フランが恥ずかしくならないようにするためにも、見た目を整えるのは必要だったらしい」
隣に立つジル様は、そう言いながらも『これが最低限? もっと金を送った方が良かったか?』と思っているような気がする。
十分に以前より綺麗になってます、なんて教えたところで理解されないと思う。セレネー領にある城とは、元々が違いすぎるのだ。
「王弟殿下! フラン!」
荷物を下ろし運び入れる者たちに紛れるようにして、父様が駆け寄ってきた。
見慣れた焦げ茶色の髪と優しそうな面立ちに、懐かしさが込み上げてくる。
「――お出迎えが遅れまして、大変申し訳ございません!」
近くまで来たと思ったら、父様が深々と頭を下げた。
気温は涼しいくらいだというのに、顔に汗が滲んでいる。
「気にするな。今は忙しくしているんだろう?」
「はい、おかげさまで。寛大なお心に感謝いたします」
ジル様の鷹揚な頷きと言葉に、父様は顔を上げてホッと表情を緩めた。
どうやら、つい先程まで街の方で工事の指示をしたり、領民の話を聞いたり、忙しく仕事をしていたらしい。
「そう堅苦しくする必要はない。俺のお義父君になるのだからな」
「は、はい、それは、あー、大変、光栄なことと、存じます……?」
父様はほぼ領内に引きこもっているようなものだから、ジル様のような貴い身分の人と接する経験が少ない。だから、慣れないやり取りに戸惑ってしまうのは仕方ないのだ。
そのことはジル様も理解しているので、拙い返事を気にする様子を見せず頷いた。
「父様、ただいま戻りました。思いがけず長く離れることになりましたが、こうして再びお会いすることができ、父様がお健やかそうなご様子でなによりです」
「あ、え、フラン、あー……うん?」
以前では考えられない言葉遣いで、にこりと貴族的な笑みを浮かべて挨拶すると、父様が完全に混乱してしまった様子で固まった。
その姿が面白すぎて、もう笑いがこらえきれなかった。
「ふふっ、冗談だよ」
「は……?」
「ただいま。父様が元気そうで良かった。僕の部屋はまだある?」
上目遣いに窺いながら微笑み、首を傾げる。
父様が一気に脱力して、大きく息を吐いた。なんだかぐったりしてる。
「……勘弁してほしい。王弟殿下をお迎えするだけでも、私はいっぱいいっぱいだったんだからね? あと、フランの部屋がなくなるなんてこと、あるはずがないだろう。むしろ、前以上に綺麗になってるよ」
「ごめんなさい。でも、部屋が綺麗になってるってどういうこと?」
「そりゃあ、王弟殿下もお過ごしになるかもしれないし、最優先で整えたからね」
言われてみれば納得だ。
つまり、僕の部屋は現在、ジル様と一緒に過ごす部屋として改装されているということ。離れて眠るなんて考えられないから、ありがたいかも。
「くくっ。いつもよりフランは生き生きしているな」
「そうですか?」
笑ったジル様に問いかけながらも、その自覚はあった。
なんというか、久しぶりに羽を伸ばせてる感じ、かな。すごく寛いだ気分だ。まだ玄関前なんだけど。
「――あ、というか、いつまでジル様を表に立たせてるの。早く中に案内しないと」
「あ、そうだね。っと、んん――そうでした。王弟殿下。狭い屋敷ですが、どうぞ中でお寛ぎください」
なんとか貴族らしさを取り繕って、父様が中へと促す。
僕はジル様の腕に抱きつきながら微笑みかけた。
「僕の部屋、変わってるみたいなので、見るのが楽しみです」
「幼い頃からフランが過ごしてきた部屋を見られないのは少し残念だがな」
「見ても楽しいものではなかったと思いますけど」
腕を引いて屋敷に入りながら、ジル様と楽しく会話をする。
慣れ親しんだ屋敷に、高貴な身なりのジル様がいるという違和感が面白くて、にこにこと笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
891
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる