100 / 113
Ⅱ−ⅳ.あなたと過ごす故郷
2−39.屋敷の変化
しおりを挟む
改装されたという僕の部屋は、以前の雰囲気を残しつつ、随分と広くなっていた。隣りにあった部屋との壁を壊したらしい。
それでも、セレネー領の城よりも狭い部屋なのだから、ジル様は過ごしにくいのではないかな、と少し心配になった。
「ここがフランの部屋か。温かみのある雰囲気だな」
「ありがとうございます。この隣が寝室になっていますので」
父様の言葉にきょとんとする。
僕の部屋はひとつで、寝室というものはなかったはずだ。でも、ジル様も過ごす部屋ということで、増やしたらしい。
よく見れば、部屋の奥の方に扉があった。
その位置には、もともと小兄様の私室だったはずなんだけど。
「小兄様の部屋はどうしたの?」
「フレデリックの部屋はラシオスの隣に移したよ」
「大兄様の?」
ボワージア子爵家の長男がラシオス、次男がフレデリックだ。僕は大兄様と小兄様と呼んでいる。
次期子爵として育てられた大兄様は、父様の私室近くに部屋を持っていた。
一方で、爵位を継がない小兄様は、いずれ大兄様の側近となる立場として、離れた位置に私室があったのだ。僕も小兄様と同じくである。
こうして兄弟間でも明確に立場を分けるのは、継承権で混乱を生まないための大切なしきたりだ。
それなのに、父様はそれをなくしたと言っている。僕が驚くのも当然だろう。
「あー、フランの部屋を整えるにあたって、こちら側を上位にし直したからね。フレデリックの部屋を移動させないわけにはいかなかったんだ」
父様が苦笑して答える。
つまり、子爵である父様より、僕やジル様の方が立場が上だから、僕の部屋がある一帯を領主より上の者が使う場所に改装したということだ。
確かに、小兄様がこちら側にいては問題になる。
「――お付きの方々への部屋も、用意してありますので」
「ありがとうございます」
父様とマイルスさんが微笑みを交わす。
ほんの数ヶ月で、随分とたくさんの用意をしてくれていたんだなぁ、と感心した。こうした手配が上手いのは、小兄様かな。
早速ソファで寛ぐジル様に寄り添って、僕もゆったりと部屋を眺める。
イリスたちが優雅さを保ちながら忙しなく動き回っているけど、もう旅の間で慣れた光景だから気にしない。
父様はどうしても手を出したくなってしまうようで、落ち着かなそうだ。
僕やジル様に付いてくれている人たちの方が、もともとの爵位が高いもんね。
イリスが用意してくれたお茶がテーブルに並べられたところで、ふと父様に視線を向ける。
「そういえば、大兄様や小兄様はどこにいるの?」
ジル様への挨拶にも来ないなんて、と僕は少し眉を顰めた。すると、父様が申し訳なさそうな顔でジル様に視線を向けた。
「……先ほど、街の方で騒ぎがありまして、それを静めるために出払っているのです。遠いところまでご足労いただいておりますのに、大変申し訳なく――」
「構わない。お義父君たちが忙しいことは承知の上で来たんだ」
頷いたジル様と目が合い、苦笑する。
馬車の中で話していた問題に、父様たちはてんてこ舞いになっているらしいと察した。
これまで起きなかったような問題が多出しているのだろうから、そうなるのもしかたない。
僕の方からも家族の不手際をジル様に謝罪しようと思ったけど、それを察した様子で首を横に振られた。
「ジル様」
「フランも、気にするな。俺たちはお義父君たちへの挨拶と避暑に来ただけだからな。――むしろ、忙しいところ騒がせてしまってすまない」
父様への謝罪を付け足したジル様に、僕はホッとしながら微笑みかけた。
父様は「滅相もない……!」と慌てている。ジル様に慣れるまでには時間がかかりそうだ。
「では、兄たちを紹介できるのは、晩餐の頃になりますね?」
「楽しみだな」
「晩餐と言いますと、たくさんの食料などもお運びいただきまして、誠にありがとうございます……!」
ジル様――おそらく実際はマイルスさん――はそんな手配までしていたのだと、驚いてしまった。
貧しい食事をジル様にさせるわけにはいかないから当然かもしれないけど。
「連れてきた料理人が上手くやってくれるといいが」
「既に調理場に行き、腕をふるっているようですよ」
ジル様の言葉に、マイルスさんが答える。
晩餐はセレネー領の城並みのクオリティで用意されるのが決まったようなものだ。
貴族的な食事に慣れていない父様や兄様たちがどんな反応をするか、少しだけ楽しみだ。
僕はジル様と一緒にいて随分と驚かされたから、父様たちにも同じ気分を味わってほしいな。
それでも、セレネー領の城よりも狭い部屋なのだから、ジル様は過ごしにくいのではないかな、と少し心配になった。
「ここがフランの部屋か。温かみのある雰囲気だな」
「ありがとうございます。この隣が寝室になっていますので」
父様の言葉にきょとんとする。
僕の部屋はひとつで、寝室というものはなかったはずだ。でも、ジル様も過ごす部屋ということで、増やしたらしい。
よく見れば、部屋の奥の方に扉があった。
その位置には、もともと小兄様の私室だったはずなんだけど。
「小兄様の部屋はどうしたの?」
「フレデリックの部屋はラシオスの隣に移したよ」
「大兄様の?」
ボワージア子爵家の長男がラシオス、次男がフレデリックだ。僕は大兄様と小兄様と呼んでいる。
次期子爵として育てられた大兄様は、父様の私室近くに部屋を持っていた。
一方で、爵位を継がない小兄様は、いずれ大兄様の側近となる立場として、離れた位置に私室があったのだ。僕も小兄様と同じくである。
こうして兄弟間でも明確に立場を分けるのは、継承権で混乱を生まないための大切なしきたりだ。
それなのに、父様はそれをなくしたと言っている。僕が驚くのも当然だろう。
「あー、フランの部屋を整えるにあたって、こちら側を上位にし直したからね。フレデリックの部屋を移動させないわけにはいかなかったんだ」
父様が苦笑して答える。
つまり、子爵である父様より、僕やジル様の方が立場が上だから、僕の部屋がある一帯を領主より上の者が使う場所に改装したということだ。
確かに、小兄様がこちら側にいては問題になる。
「――お付きの方々への部屋も、用意してありますので」
「ありがとうございます」
父様とマイルスさんが微笑みを交わす。
ほんの数ヶ月で、随分とたくさんの用意をしてくれていたんだなぁ、と感心した。こうした手配が上手いのは、小兄様かな。
早速ソファで寛ぐジル様に寄り添って、僕もゆったりと部屋を眺める。
イリスたちが優雅さを保ちながら忙しなく動き回っているけど、もう旅の間で慣れた光景だから気にしない。
父様はどうしても手を出したくなってしまうようで、落ち着かなそうだ。
僕やジル様に付いてくれている人たちの方が、もともとの爵位が高いもんね。
イリスが用意してくれたお茶がテーブルに並べられたところで、ふと父様に視線を向ける。
「そういえば、大兄様や小兄様はどこにいるの?」
ジル様への挨拶にも来ないなんて、と僕は少し眉を顰めた。すると、父様が申し訳なさそうな顔でジル様に視線を向けた。
「……先ほど、街の方で騒ぎがありまして、それを静めるために出払っているのです。遠いところまでご足労いただいておりますのに、大変申し訳なく――」
「構わない。お義父君たちが忙しいことは承知の上で来たんだ」
頷いたジル様と目が合い、苦笑する。
馬車の中で話していた問題に、父様たちはてんてこ舞いになっているらしいと察した。
これまで起きなかったような問題が多出しているのだろうから、そうなるのもしかたない。
僕の方からも家族の不手際をジル様に謝罪しようと思ったけど、それを察した様子で首を横に振られた。
「ジル様」
「フランも、気にするな。俺たちはお義父君たちへの挨拶と避暑に来ただけだからな。――むしろ、忙しいところ騒がせてしまってすまない」
父様への謝罪を付け足したジル様に、僕はホッとしながら微笑みかけた。
父様は「滅相もない……!」と慌てている。ジル様に慣れるまでには時間がかかりそうだ。
「では、兄たちを紹介できるのは、晩餐の頃になりますね?」
「楽しみだな」
「晩餐と言いますと、たくさんの食料などもお運びいただきまして、誠にありがとうございます……!」
ジル様――おそらく実際はマイルスさん――はそんな手配までしていたのだと、驚いてしまった。
貧しい食事をジル様にさせるわけにはいかないから当然かもしれないけど。
「連れてきた料理人が上手くやってくれるといいが」
「既に調理場に行き、腕をふるっているようですよ」
ジル様の言葉に、マイルスさんが答える。
晩餐はセレネー領の城並みのクオリティで用意されるのが決まったようなものだ。
貴族的な食事に慣れていない父様や兄様たちがどんな反応をするか、少しだけ楽しみだ。
僕はジル様と一緒にいて随分と驚かされたから、父様たちにも同じ気分を味わってほしいな。
844
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。
水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。
国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。
彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。
世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。
しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。
孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。
これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。
帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。
偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま
中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。
両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。
故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!!
様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材!
僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX!
ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。
うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか!
僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。
そうしてニ年後。
領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。
え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。
関係ここからやり直し?できる?
Rには*ついてます。
後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。
ムーンライトにも同時投稿中
カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!
野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ
平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、
どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。
数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。
きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、
生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。
「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」
それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる