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三章

カタストロフィ

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「ありが、とうございます」

 ベットから起き上がり、壁に腰をかけると少女は感謝の意を伝えた。一番喜び飛び跳ねているのは、他でもなく当然アルトリア。
 彼女は、付きっ切りでひたすら黙々と看病を続けていた。時間としては、かれこれ八時間は過ぎたであろう、陽はすっかりと黄金色に染まっている。

「いえいえ! 気にしないでください。どうぞ、お水をお飲みください」

 アルトリアは、笑顔を浮かべて水滴の浮かぶグラスを少女に渡した。

「ところで、君はなぜこんな所に?」

 辰巳が、話を切り出すと少女はグラスを見つめつつ口を開く。

「申し遅れました。私の名前は、御坂雅みさかみやびと言います。そして、私は逃げてきたのです」

「ミサカミヤビさん? タツミさんと同じで変わった名前をしているのですね」

 場の雰囲気を和ます為だろうか、アルトリアは口に手を添えておちゃらけて見せたが辰巳はそれどころではなかった。指を指し、驚きを隠せずに少女の事を見つめた。
 アルトリアも、辰巳の表情には驚いたのか、言葉を無くす。

「雅……だって?」

 よく見れば、黒髪のショートカットに、黒い瞳。肌は健康的な褐色色をしているが目鼻立ちは日本人そのものだ。つまり、紛うことなき異世界転移者。シシリが、恐れていた理由も納得が行く。彼女にも、きっと不思議な力が宿っているからだ。

「はい、歳は十五歳になります。こんな所にって事に簡単に答えるならば逃げてきました」

「逃げてきたって、野党だとか盗賊だとか?」

 少女は、思い出しているのか顔色を曇らせ俯くと両肩を抱えた。

「いいえ……。帝都からです……。あそこは、もうかつての姿をしていません……ッ」

 小刻みに震えてる姿をして、時折見せる遠くを見る力無き瞳。きっと、惨たらしい状況を見たに違いない。

「落ち着いてください、ミヤビ様。ゆっくり、何があったのかお話になってくれますかな?帝都は今、反乱が起こっているのですか?」

「そんな、生温いものじゃ有りません……。あれは、あれは、もう地獄でした──」

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「さて、これは如何なさいますかな」

「如何と言われてもな……。やるしか、ねぇだろ」

(──と、言ったのは言いものの。異世界転移者である雅があの調子じゃ)

「何とか……考えて……」

 辰巳は雅の発言を一から思い出す。
 彼女の話は、ことを窮するものだった。帝都は、突如として現れた、人にも似たとてつもなくデカイ化物により万里の壁は崩壊。
 悪魔のような生き物やホムンクルス等が一斉に押し寄せてきたらしい。それに留まらず、皇帝が住まう宮廷は下から突き上げた塔により破壊された。
 つまり、皇帝は死んだと考えるのが正しいだろう。今アルヴァアロンには統一者がおらず、文字通りの無法地帯と化してるに違いない。

 オマケに、ギルド本部の床をぶち破り、真っ黒い煙と共に大穴が空き、穴からは大量の虫が現れて陽を遮ったと雅は言っていた。
 それは、さながら「ヨハネ黙示録に綴られた、全てを食い尽すイナゴだな」

 虫は、無慈悲に人々を食物を貪り辺りは惨憺足る状況。無視に紛れて姿を現した悪魔、多分堕天使は上空に展開し地上の民に破滅の塔カタストロフィと言っていたようだ。

 錯乱していた為に、上手く理解出来たかといえば自信はない。が、最後に七人の空を飛ぶ化物は「「これより、我らが世界を統べる。破滅の塔カタストロフィは、畏怖の象徴。何れ大地を闇で覆い尽くすであろう」」と告げて姿を消した。

 つまり、いよいよ堕天使達の猛攻が始まった。
 考えるに、破滅の塔に奴らはいるに違いない。だが、力を持つであろう異世界転移者が戦意を失う程の有り様は辰巳に不安感を募らせてゆく。

「間違いなく、ギルドは壊滅だろうし」

 あそこには、凡そ強者と呼べる者が存在はしないだろう。

「なら、なおのことです。皆さんの意見を聞かせてください!」

 アルトリアの気迫は、誰にも劣らない力強さを兼ね備えていた。
 目には使命感を宿し、机を叩いた指先には力がこもっている。

「アルトリア様……」

 バルハは、彼女の姿を涙を潤ませながらただただ見つめていた。
 今、彼はアルトリアの成長、いや進化を見ているのかもしれない。

「だが、現実的に考えて無策に行くのは死にに行くだけだが……しかし」

「マスター、悠長な事は言っていられない」

「なんだ、見かけないと思ったら外に──ッて、どうしたんだそれ?」

 シシリは、一振りの両刃剣の切っ先から紫色の体液を滴らせて佇んでいる。

 緊張感も何も無い声だが、見た目は異様でしかない。

「これは、破邪の聖剣・ミストルテイン」

「そうじゃなく、何故そんな物騒な物を……」

「外に、敵が来たから私が駆逐してきた」

 シシリは、単調に言いつつ玄関を振り返る。
 体一つ傷ついていないシシリだが、少し息が上がっている気がした。物凄い強い敵か、または大量の数か。どちらにせよシシリが言っている事が正しい。

「ここは、俺とシシリで何とか守る。その間にアルトリア、決断しといてくれ」

「私一人でですか!?」

 アルトリアは、胸に手を当てて自信が無い現れなのかビックリした声を出した。辰巳は短く頷く。

「ああ。アルトリアが、だよ」

「そんな、私の声一つで皆さんを振り回すなんて」

「ある者は『戦争とは、野蛮人の仕事だ』と言った。だが、またある者は『私は戦争を望む。私にとっては全てが正解となる』と言った。対局する意見の元でどっちに軍配が上がると思う?アルトリア」

 辰巳の問い掛けにアルトリアは、暫く黙考するが答えは出ずに口は閉ざされたまま。
 バルハは、項垂れたアルトリアの肩に優しくてを乗っけると代わりに口を開いた。

「すいませんが、私達には到底思いもつきません。教えて頂けますかな?タツミ様」

 きっと、バルハは分かっているのだろう。分かっているからこそアルトリアを立てたに違いない。

「答えは後者だ。いくら、戦争を否定しようと片方が戦争を始めれば否応なしに抗わなきゃならない。いいかい、アルトリア。もう、戦争は始まってるんだ、先手を取られている」

 真剣にアルトリアを見つめて辰巳は話を続けた。

「王とは時に独創を語り、強欲に追求し、理不尽に振り回す。その反面、民に決断力を魅せるんだ。民はそんな王に憧れを抱き、夢を見る。
 民の意見ばかりを気にして成功した覇者の話を俺は知らない。だから、振り回せ。自分がしたい事を吼えろ。俺はアルトリアの騎士だ、黙ってそれに従うさ」

 思いの丈を伝え、辰巳はシシリと外へ向かった。弱き自分を変えるために、踏み出す一歩に力を込め高まる心拍数をアドレナリンに変え気合を入れ声を発する。

「行くぞ、シシリ!!」

「はい、マスター」
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