183 / 244
第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第21話 クロックタワー
しおりを挟む
「ディオティマ、そうやって各国に根回しをして、全世界をウツロへ差し向ける気なのかしら?」
英国大使館の応接室。
ブロンドの中年女性がロングヘアをかきわけながらたずねた。
黒いドレスが静かに揺れる。
彼女はベアトリックス・センティミリオン駐日英国大使。
その正体はイギリスの秘密結社・クロックタワーの大幹部であり、ヨーロッパに古来から根づく吸血鬼一族の頭領である。
ディオティマはすました顔で紅茶をすすっている。
「ベアーテ、別に他意などないのです。わたしがやっていることは、みなさんにとり有益なことなのですよ? まあ、チーム・ウツロにとっては最悪でしょうが」
愛称を使って気をそらしつつ、魔女は横目にほほえんでみせた。
(君の考えそうなことだね、ディオティマ。おおかたドイツ大使館でも同じことを話すのだろう? ベアトリックスはディアフローネと深い因縁があることを忘れないでほしいな)
テーブルの上のモニターごしに、跳ねた金髪の青年がニコっと語りかける。
イギリスからリモートでこの談話に参加している若い貴族、スティングレイ卿エドワード・バークハイアット。
やはりくだんの組織・クロックタワーの最高幹部である通称・クロックナイツのリーダー格だ。
そのとなりには彼の姪・アリスが控えている。
彼女はひょいひょいと飛び跳ね、がんばって画面へ移ろうとしていた。
(バニーハートくん! ウサギはアリスの言うことをきくものよ! ほら、ニンジンをかじってごらんなさい!)
「ぎひい……」
バニーハートはこの少女にうんざりしている。
「ほほほ、バニーハートくん。ご主人さまがこれではさぞ疲れるでしょう? こちらの組織へいらっしゃいな。アリスと仲よくなれるわよ?」
「ぎひ、ディオティマさまへの侮辱は、許さない……!」
「たいした忠誠心だこと。イギリス人のわたしたちも真っ青だわ」
ベアトリックスとバニーハートはきなくさいやり取りをした。
「ふふ、よく言いました、バニーハート。この子はねベアーテ、戦争孤児としてさまよっていたところをわたしがスカウトし、このように無敵の戦闘員として教育を施したのです」
「ぎひっ!」
ウサギ少年はうれしそうに体を揺らした。
「よりにもよってディオティマ、あなたに目をつけられるとはね。拾いあげる者が違っていたのなら、あるいは君の人生も別なものになったかもしれないのに」
「ぎひ、また悪口! やっつけてやる!」
バニーハートは目を光らせた。
(おすわり!)
「ぎひっ!?」
体が自分の意思とは無関係に動き出す。
地面に這いつくばり、ひれ伏しているようなかっこうだ。
「ふむ。アルトラ、ホーリー・オーダー。アリスは指名した対象を、その意志とは関係なく支配することができる。命令するようにね」
ディオティマはのん気な口調で解説した。
「ぎひ、ぎひ……」
(おほほ! いいかっこうね、ウサギちゃん! さあ、ニンジンをお食べ!)
身動きの取れないバニーハートを、アリスは屈辱を与えるようにののしった。
「ふふ、ディオティマ、あなたがこんなふうになるところだけは、見たくはないわねえ」
「……」
ベアトリックスは鋭い視線を魔女に送った。
その眼光は血に飢えた吸血鬼のそれである。
(アリス、おやめ。大切な客人に失礼じゃないか。ほら、能力を解除なさい)
(おじさま、お断りしますわ。アリスはバニーハートくんをペットにするのよ)
(ふう、しかたがない。アルトラ、オッフェルトリウム)
(あ)
バニーハートの体が自由を取り戻す。
「ぎひ、動ける……」
何が起こったのかわからず、頭の中がこんがらがった。
「ふっ、相対時間を支配する能力。敵に回したくはないですねえ」
ディオティマはまた紅茶をすすった。
「あなた次第じゃない、ディオティマ? おそれおおくもクロックタワーを利用するような真似、ことによっては容赦しないわよ?」
ベアトリックスは険しい顔をしたが、魔女はといえば余裕の表情だ。
「その少年、ウツロが、あなたたちの脅威になると知ってもですか?」
「どういう意味?」
「わたしに言わせれば、ウツロが成長する速度はまさに異常。総合的なスキルから見てもね。そう遠くなく、あなたたち、いえ、世界中の同胞にとって、非常に危険な存在となりえるでしょう」
「……」
ベアトリックスとエドワードは考えた。
これもディオティマの狡猾な罠に違いない。
しかし、しかしだ。
確かに気になる、そのウツロという少年のことが。
ここは穏便に済ますのがよいだろう。
そう思索した。
「なるほど、わかりました。われわれもウツロのことを見張ることにしましょう。内容が内容だけに、看過はできないわ。それでいいかしら、エドワード?」
(ああ、そうだねベアトリックス。とりあえず今回は、客人を平穏無事に帰してさしあげようか。ただしだ、ディオティマ。われわれはあくまで、利害のみで結びついているということを、ゆめゆめ忘れないようにね?)
二人はこのように話をつけた。
「よかったですよ、命拾いできて。帰り道には注意しなければ」
「アメリカの後ろ盾がなければ、あなたなんてすぐにでも始末するんだけれどね」
「ほほ、そうですか」
このようにして、ディオティマとバニーハートは大使館を去っていった。
「エドワード、あの女、何を考えていると思って?」
(さあね、年寄りの頭の中をおしはかるのは骨が折れるよ。少なくともベアトリックス、われわれもじゅうぶんに気をつけなければならないということだろうね)
「どうせあの足で、ディアフローネのところへ行くに違いないんだわ。ひょっとして、わたしたちを共倒れさせたいんじゃない?」
(そうかもしれない。龍影会も含めて、グリモアとて決して一枚岩ではないからね)
「シルヴィオ・マクガイナー大総統に言上してみては?」
(それにはまず、ローレンスに嘆願しないとね。はあ、めんどうだなあ)
「まさかカサンドラの予言のとおり、本当に起きるというのかしら? 第四次アルトラ戦争が」
(やめておくれ、めまいがする。できれば考えたくはないのだから)
「エドワード、あなたはクロックタワーのナンバー2なのよ? しっかりしてもらわないと困るわ」
(疲れるなあ)
会話にあきたアリスはいつの間にか退室していて、残された二人はもうしばらく話し合っていた。
迫りくる恐るべき事態に、ウツロをはじめとして、まだ何者も気がついてはいなかったのだ。
ただひとり、あの魔女をのぞいては。
英国大使館の応接室。
ブロンドの中年女性がロングヘアをかきわけながらたずねた。
黒いドレスが静かに揺れる。
彼女はベアトリックス・センティミリオン駐日英国大使。
その正体はイギリスの秘密結社・クロックタワーの大幹部であり、ヨーロッパに古来から根づく吸血鬼一族の頭領である。
ディオティマはすました顔で紅茶をすすっている。
「ベアーテ、別に他意などないのです。わたしがやっていることは、みなさんにとり有益なことなのですよ? まあ、チーム・ウツロにとっては最悪でしょうが」
愛称を使って気をそらしつつ、魔女は横目にほほえんでみせた。
(君の考えそうなことだね、ディオティマ。おおかたドイツ大使館でも同じことを話すのだろう? ベアトリックスはディアフローネと深い因縁があることを忘れないでほしいな)
テーブルの上のモニターごしに、跳ねた金髪の青年がニコっと語りかける。
イギリスからリモートでこの談話に参加している若い貴族、スティングレイ卿エドワード・バークハイアット。
やはりくだんの組織・クロックタワーの最高幹部である通称・クロックナイツのリーダー格だ。
そのとなりには彼の姪・アリスが控えている。
彼女はひょいひょいと飛び跳ね、がんばって画面へ移ろうとしていた。
(バニーハートくん! ウサギはアリスの言うことをきくものよ! ほら、ニンジンをかじってごらんなさい!)
「ぎひい……」
バニーハートはこの少女にうんざりしている。
「ほほほ、バニーハートくん。ご主人さまがこれではさぞ疲れるでしょう? こちらの組織へいらっしゃいな。アリスと仲よくなれるわよ?」
「ぎひ、ディオティマさまへの侮辱は、許さない……!」
「たいした忠誠心だこと。イギリス人のわたしたちも真っ青だわ」
ベアトリックスとバニーハートはきなくさいやり取りをした。
「ふふ、よく言いました、バニーハート。この子はねベアーテ、戦争孤児としてさまよっていたところをわたしがスカウトし、このように無敵の戦闘員として教育を施したのです」
「ぎひっ!」
ウサギ少年はうれしそうに体を揺らした。
「よりにもよってディオティマ、あなたに目をつけられるとはね。拾いあげる者が違っていたのなら、あるいは君の人生も別なものになったかもしれないのに」
「ぎひ、また悪口! やっつけてやる!」
バニーハートは目を光らせた。
(おすわり!)
「ぎひっ!?」
体が自分の意思とは無関係に動き出す。
地面に這いつくばり、ひれ伏しているようなかっこうだ。
「ふむ。アルトラ、ホーリー・オーダー。アリスは指名した対象を、その意志とは関係なく支配することができる。命令するようにね」
ディオティマはのん気な口調で解説した。
「ぎひ、ぎひ……」
(おほほ! いいかっこうね、ウサギちゃん! さあ、ニンジンをお食べ!)
身動きの取れないバニーハートを、アリスは屈辱を与えるようにののしった。
「ふふ、ディオティマ、あなたがこんなふうになるところだけは、見たくはないわねえ」
「……」
ベアトリックスは鋭い視線を魔女に送った。
その眼光は血に飢えた吸血鬼のそれである。
(アリス、おやめ。大切な客人に失礼じゃないか。ほら、能力を解除なさい)
(おじさま、お断りしますわ。アリスはバニーハートくんをペットにするのよ)
(ふう、しかたがない。アルトラ、オッフェルトリウム)
(あ)
バニーハートの体が自由を取り戻す。
「ぎひ、動ける……」
何が起こったのかわからず、頭の中がこんがらがった。
「ふっ、相対時間を支配する能力。敵に回したくはないですねえ」
ディオティマはまた紅茶をすすった。
「あなた次第じゃない、ディオティマ? おそれおおくもクロックタワーを利用するような真似、ことによっては容赦しないわよ?」
ベアトリックスは険しい顔をしたが、魔女はといえば余裕の表情だ。
「その少年、ウツロが、あなたたちの脅威になると知ってもですか?」
「どういう意味?」
「わたしに言わせれば、ウツロが成長する速度はまさに異常。総合的なスキルから見てもね。そう遠くなく、あなたたち、いえ、世界中の同胞にとって、非常に危険な存在となりえるでしょう」
「……」
ベアトリックスとエドワードは考えた。
これもディオティマの狡猾な罠に違いない。
しかし、しかしだ。
確かに気になる、そのウツロという少年のことが。
ここは穏便に済ますのがよいだろう。
そう思索した。
「なるほど、わかりました。われわれもウツロのことを見張ることにしましょう。内容が内容だけに、看過はできないわ。それでいいかしら、エドワード?」
(ああ、そうだねベアトリックス。とりあえず今回は、客人を平穏無事に帰してさしあげようか。ただしだ、ディオティマ。われわれはあくまで、利害のみで結びついているということを、ゆめゆめ忘れないようにね?)
二人はこのように話をつけた。
「よかったですよ、命拾いできて。帰り道には注意しなければ」
「アメリカの後ろ盾がなければ、あなたなんてすぐにでも始末するんだけれどね」
「ほほ、そうですか」
このようにして、ディオティマとバニーハートは大使館を去っていった。
「エドワード、あの女、何を考えていると思って?」
(さあね、年寄りの頭の中をおしはかるのは骨が折れるよ。少なくともベアトリックス、われわれもじゅうぶんに気をつけなければならないということだろうね)
「どうせあの足で、ディアフローネのところへ行くに違いないんだわ。ひょっとして、わたしたちを共倒れさせたいんじゃない?」
(そうかもしれない。龍影会も含めて、グリモアとて決して一枚岩ではないからね)
「シルヴィオ・マクガイナー大総統に言上してみては?」
(それにはまず、ローレンスに嘆願しないとね。はあ、めんどうだなあ)
「まさかカサンドラの予言のとおり、本当に起きるというのかしら? 第四次アルトラ戦争が」
(やめておくれ、めまいがする。できれば考えたくはないのだから)
「エドワード、あなたはクロックタワーのナンバー2なのよ? しっかりしてもらわないと困るわ」
(疲れるなあ)
会話にあきたアリスはいつの間にか退室していて、残された二人はもうしばらく話し合っていた。
迫りくる恐るべき事態に、ウツロをはじめとして、まだ何者も気がついてはいなかったのだ。
ただひとり、あの魔女をのぞいては。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる