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第6話 許されない

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「そうだ、私_____?」
「大丈夫!?水被ってるけど…あ、リナフィーがやったの!?」
「やったの誰だよ、言えよ」

あの後…どうなったんだっけ。………あぁ、そうだ。確か、奈緒が助けてくれたんだっけ。それで奈緒の両親がすごく謝ってきて、美緒ちゃんが泣いてたんだ。
それ以来、水が嫌いなんだ。大勢の前で水に触れるのができなかったんだ。あの頃の海を思い出すから。
それを知った奈緒のファンの女子が、あんなことを言ってきたんだっけ………?

『桜姫って本当むかつく』『ねー。*んじゃえばいいのに』『アハハッ!ホントそれなー』『*ね』『*になよ』『*ねばいいのに』

目の前で、奈緒との写真を破られたんだっけ。

「レイッ!!」
「ッ………」
「ねぇ、どうしたの?言えない?」
「どいつなんだよ、言ねーのかよ。俺らにも………」

『桜姫』
『…………な、に?』
『なんで言わないの?言えないの?言わないんだよね?言いたくないんだよね?それって、友達の意味ある?』
『そんな称号だけの友達、いらなくない?』

そっか。じゃあ、いいや。

「………いえ、大丈夫です。」
「え?大丈夫って…」
「大丈夫なわけねぇだろーが!ふざけてんじゃねぇよ、早く_____」
「結構ですわ。それに、私がドジを踏んで水を自分にかけてしまっただけですの。お気になさらないでくださいます?」
「そんな訳っ!!」
「…………は?なぁ、お前さ、戻ったのか?」

面倒くさいなぁ。友達も、婚約者も、幼馴染も。会話するのが、くだらない。

「“戻った”の意味がよくわかりませんが、私は変わりませんよ?」
「ね、え…チェリス、このレイって……」
「……あの、荒れてた時の、レミィだ」

荒れていた頃、それはいつを指すのかわかりませんが、確かに懐かしいような気もします。
少し青ざめたようなミュディー様と、怒ったようなチェリス様の顔がよく見えました。
そして、リナフィー様もその方の取り巻きも、顔を青ざめていました。

「ッッ!な、レミーウィル様!?なん、なんで!?」
「“なんで?”とは、また可笑しな質問ですね。あなたの御近くの方々が行ったことでしょう?」

クスクス、と嘲笑うかのように笑いました。
後ずさりをするリナフィー様を、周りの人が冷たい目で見ていました。まるで、リナフィー様が行ったかのように。ですが、本当は違います。
どちらかが行なったなど、私には関係のないことです。なので訂正などしません。

「シティア!ルッティ!」

リナフィー様はギリッと二人を睨みつけました。二人は怯えたように方を震わせ、なぜ怒られているのかわからない、という顔をしました。またそれがいけなかったのでしょう。リナフィー様は、『自分の責任を仲間に押し付ける嫌なお嬢様』になってしまいました。

「ちょっと、なにあの態度………最低ですわ」
「まるで私じゃないというかのようにねぇ…お恥ずかしいわ」

これでは悪役は完全にリナフィー様になってしまいましたね。とても残念です。
周りの、憐れむような、怒るような、はたまた気持ち悪がるような、そんな目線を背中に受けたリナフィー様は、涙をこぼしました。
違う、私じゃない、そんなことしてない。
小さく呟きながら、丸まってしまいました。私は知ってますよ。もちろん言わないですが。
いえ、実際には言いました。『あなたのの方々が行なったことでしょう?』と。ちゃんと言いましたね。

「レミーウィル様ッ!!わ、私は!」
「えぇ、もちろん、わかっていますわ。ただ、そうですねぇ………躾がなっていないのでは?と言わせてもらいたいですわね」

助けを求めるように、情けをもらうように、同情を買うように。言い回しはたくさんありますが、そのような感じで私に話しかけて来ました。嘘をつくのも可哀想なので、ちゃんといいました。でも甘やかしてばかりはいけませんよね?なので鞭も与えました。

「な…は………あ、え…?」
「そんな裏切られたかのような顔をされても困りますわ。私は被害者ですのよ?」

絶望、本当にその言葉が似合う表情でした。
目を見開いて、涙をためて、眉をハの字に歪めて、肩を震わせて、行き場のない手を余らせて。だらしなく、声を漏らしたのです。

「レミィ、本当か?」
「さぁ、どうでしょうか。私を信じるかどうかですわ。もちろんどちらでも構いませんが。構うのはこちらのリナフィー様ですし」

またクスクスと笑いました。だって私の一言二言で皆さんがコロコロ変わるんですから、可笑しくって。

「レミー、ウィル、様………、どうか、どうかご慈悲を!」
「“ご慈悲”ですか。すみません、生憎私にはそのようなものは持ち合わせていませんの。他をあたってくださる?」

“ご慈悲”ですか。もし私が持ち合わせていたとしても、その“ご慈悲”をどうして欲しかったんでしょうか。もしかして、リナフィー様の濡れ衣を晴らして欲しかったのかしら?随分他人任せなことですのね。勿論、誇り高きリナフィー様はそんなことお思いでないのでしょうけど?

「これは………ッ!?一体どう言うことなんだ!!説明しろ!カンザキ!クリップ!リューゼグル!リゼット!!!」

あら、忘れていましたわ。私の家名はカンザキだったのね。
それにしても、そんなにはしたなく大声をお出しにならなくてもよかったのではないかしら?
______パリシュ様?

「ぁ……ぁぁあ……パ、パリシュ、様」
「………ッチ。面倒なのが来たな。ラギット。」
「お言葉ですが、ラギット様。これは僕らの問題です」
「パリシュ様、なかなか面白いと思いません?」

パリシュ・ラギット。この会の主催者で、かなりの権力(とお金)を持つオジサマ。

「私は親睦会を含めた学園のメンバー紹介だと行ったはずだが、これはどう言うことなんだ!」

あら、そうでしたの?メンバー紹介とは伺っていましたが、親睦会を含めた、とは聞いていませんでしたね。なんで、そんなことはどうでも良いのだけれど………。

「では私から説明させていただきますわ。まず、普通にお食事をしていた私に向かって、リナフィー様の御近くの………えっと、シティア様、ルッティ様に水を掛けられましたの。」
「なんだと!?こいつら____」

そんなに声を荒げる必要なんてないと思いますが、感情がわかりやすい方なのですね、と思うことにしました。

「まぁ落ち着いてください。私は別に怪我なんてしてませんし、水を掛けられただけですのよ?大騒ぎにする必要はありませんわ」
「……その通りだ。すまなかったな。それで、なぜリゼットがそんな顔をしているんだ?話の中ではひとかけらもリゼットの話はなかったが………」

そう、問題はそれなんですわ。なぜここまで大揉めになっているのか。強いて言うなら“周りの方々”がいけないのでしょう。何度も言っていますが、私は一言も“リナフィー様がやった”とは言ってませんわ。つまり、他の方々の思い込み。それを過大に受け取ったのがリナフィー様。なんと言う負の連鎖でしょうか。

「えぇ。先ほども申し上げた通り、“リナフィー様の御近くの方々”が行なったことなのですが、おそらく周りの人がしてリナフィー様を責めた目で見ていたのです。それで………このようなお姿になったのかと」
「なるほど………」

分かっていただけたかしら?と言うように、目線を送りました。複雑そうな顔をしながら納得したようです。

「他の者も、間違いはないか?」
「まぁ………粗方あらかた合ってる。」
「うん。僕らが知っている部分はあっていたね」
「そう…そうなのですわ!」

あら、周りの方がざわざわと何かお話ししていますわ。

「えぇ?そうなのかしら………?」
「まさかそんなはずはないと思いますけれども……」
「嘘をついたんじゃないのか?」
「カンザキ家のご令嬢が、か?」

色々と言われていますわね。特に気にはしませんけれど、少し鬱陶しいですわ。それに、時間は……もう11時ごろ。もうそんなに経つのですね。

「く………しかしもう夜は遅い。そろそろお帰り頂きたいところだな」
「えぇ、そうですわね。では、御機嫌よう、パリシュ様」
「…………じゃあな、ラギット。」
「ラギット様、いつかご連絡いただけますか。この件について、まだ納得できないことがいくつもあるんです。」
「元々そのつもりだ。」
「………………わ、私も帰ります。御機嫌よう」

いつか、この問題が解決するといいですね。
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