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第7話 痛い
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「只今帰りました」
「ただいまぁ」
「…………帰りました」
途中でチェリス様とミュディー様と別れ、サファイアとお兄様と合流して帰ってきました。
私含めバラバラな言葉を口に出しながら玄関に入りました。心配そうな顔のお母様と、不満げな顔のお父様が出迎えてくだったのですが、私はそのお母様達の横を通り過ぎ、自室へと戻りました。
「___ィル!______…のか?」
「___、___た_の夢_」
お母様達が何か話しているのが聞こえますが、私はそれを聞き流し、本を取り出しました。最近読んでいるのは『心博物館』という題名の、自分の高校生の時と中学生の時の人格が入れ替わる物語です。
高校生の自分の時には、物を第三者視点で見ることができるけれど自分のことが疎かに。中学生の自分の時には、自分のことはよくわかるけれど他のことが疎かに。
長所も短所もある『自分』を探すために博物館へ行くのです。その博物館は何が飾られているのか、それは《心》。悲しみの心、嬉しさの心、楽しさの心、怒りの心、喜びの心…………とてもたくさんありました。そこで、心を取り替えるのです。
今読んでいるところは、確か……『優しさ』『真面目』に続いて、『愛』だったはずです。全てを愛する、聖女になりたい、と願ったのです。
しかし学校では上手くいかず____
___コン、コン。
私が物語の世界に没頭していたら、少し控えめなノックが聞こえて来ました。小さな足音や、少し間を空けて2回目のノックをするあたり、きっとサファイアでしょう。私の部屋には滅多に人が来ないはずなのに、どうしたのでしょうか。
「レ、レミ姉……」
「あら、いつからそんなに親しい関係になったのでしょうか。レミーウィル姉さん、もしくは姉さんと呼んでくださいといつも言ってませんか?」
随分と偉くなったものですね。私は不必要な会話を避けたいのでいつもはこんなことを言わないのですが、そんな親しいかのような呼び方をされては困ります。世話をしなければならないだなんてとても手のかかる弟ですね。
「レ、ミ………あ、ちが、えっと……」
「なぜそんなに怯えているのですか?よくわかりませんね。」
目元には涙を浮かべ、震えた声で言います。別に私は怒っているわけではありませんし、ましてや責めてるわけでもないのです。ですがそんなに怯えられると、まるで私が悪いようですね。とても、失礼です。
「ね、ぇ、さま………」
「別にそれでもいいですよ。それで、用件はなんですか?出来るだけ簡潔にお願いしますね」
姉様ですか。そんな発想はなかったのですが、まぁいいでしょう。特にデメリットもないようですし。それで話がやっと進みますね。さて、ここまで溜めた用件はなんでしょうか。とても気になります。
「……な、なんでもない、です」
「そうですか。では私は読書を嗜みたいので失礼しますね。お休みなさい。」
ここまで話しておいて『なんでもない』ですか。それは少しマナーがなっていないようですね。いつか教えましょう。今は読書の途中なので後ででいいですよね。
「おや、す…み、なさ、い………」
途中途中間が空くのはなぜなのでしょうか。もう面倒なので追求はしませんが、話していると時間がかかるので出来るだけ避けて欲しいところですね。
「おやすみなさい。……あぁ、言い忘れていたのですが、必要がないときは私の部屋に来ないでください。」
「っ!!わわ、わかり、ました…」
全く………なぜそんなに怯えるのでしょうか。私は別に怯えるようなことはなに一つしていないはずなのですが。
サファイアが部屋を出るときに、ちらりと私の方を見ました。私は早く出て欲しいのですが。そんな期待を込めてジロッとサファイアを見ました。するとさらに涙目になりながら早足で部屋を出て行きました。
少しだけ、心臓が締め付けられたように痛くなりました。しかし一瞬で、すぐにその痛みはなくなりました。一体何だったのでしょうか。
「はぁ…………」
一つため息をつき、本に目線を戻しました。ため息をつくと怒られてしまいますが、しかしこれは仕方ないことだと思います。とても時間を取ってしまいましたし、早く物語の世界へ飛び込みたいですね。
どこまで読んだのか忘れてしまわないうちに、と少し急いで読んでいたところを目線で探しました。あ、ありました。
学校では上手くいかず___のところですね。みんなを愛しているが故に八方美人と噂されみんなに嫌われてしまう……なんと悲しいエンディングでしょうか。そこで次のプロローグに入ります。『自我なし自分』という名前なのだそうですね。一体これにはどんな心が___。
___コンコン
このはっきりと強めに叩く感じ、きっとお兄様でしょう。丁度本もキリのいいところですし、少し長めにお相手できそうですね。
「レミィ、そろそろ夕食の時間だ。着替えてテーブルにおいで」
「わかりました。」
すこし拍子抜けですね。なぜならお兄様とはドア越しに話をしていたのです。本当はあまりよろしくない行為なのですが、まぁ仕方ないと考えましょう。今は妹である私と顔を合わせずらいはずです。
「......色々、話をしようか」
掛けていた椅子から立ち上がり着替えの準備をしていた時、少し、いやかなり驚きました。なぜならお兄様の声が震えていたような気がしたからです。
「……......お兄様?何故そのようなことを_」
「いや、何でもない。気にしないでくれ。」
ただ、夢を惜しいと感じる憐れなお兄様をさ。
小さく聞こえた、もしかしたら気の所為かもと感じるほどの蚊の鳴くような声。まるで助けを求めているような声に、少しだけ喉がきゅ、と音を鳴らしました。
「____お兄、様?」
しかしお兄様はもうそこにはいないようで、遠くの方で微かに足音を感じるだけでした。何故でしょうか。何故こんなにも居た堪れない気持ちになるのでしょうか。心臓が締め付けられ、音とも似た声が漏れました。
サファイアに続きお兄様でさえも何かに怯えたマイナスな感情がありました。それは、何故でしょうか。お兄様方が怯えた何か、は、私でしょうか…………?
しかし、もう着替えて行かなくてはなりません。なんとか重たい足を動かしシンプルなワンピースを手に取りました。すると、珍しく色のついた洋服がかけてありました。私がモノトーンの服を好きなのは誰もが知っているはずです。では、誰がやったのでしょうか。
『ええ。レミィには兄と弟がいるのよ』
『そうなんですか。楽しみです!』
これは…誰?私はそんなに笑わないですし、お母様とも親しくはないはずです。しかしこの声は私の声で____?
____ズキッ
また、心臓が痛みました。なぜですか?私にはわかりません。ですが、それが裁判とあらば。
自分の中で、自分の知らない私が生まれていました。
「いか、なきゃ…?」
どこへでしょうか。いえ、食堂です。それは変わりません。食堂には、きっとお兄様やサファイア、お父様やお母様もいらっしゃるでしょうか。いるに決まっているのですが、私は何を考えているのでしょう。
未だ混乱している無能な頭を恨みつつ、食堂へ足を運びます。
「…………。」
食堂にはやはり家族全員が揃っていました。神妙な面持ちをしたお父様、気まずそうなお母様、俯いた様子のサファイアとお兄様。何故このような雰囲気なのでしょうか。言葉はなくとも負の感情は図り取れました。
「ようやく来たね。レミーウィル。」
誰もが一つも音を発しない静寂の中、お父様が口を開きました。その声は、少しだけ、悲しそうでした。
「はい。お父様」
できるだけ、この何かわからない心の痛みを察されない様に、いつも通りに返事をしました。それは無駄な抵抗で、きっと知られています。
「席に着きなさい。」
「わかりました。」
キィ、と椅子を引いて腰掛ける。お母様の隣でした。
『そうね…。私の隣においで。記憶も曖昧でしょうし、たくさんお話しましょう』
『はい!』
また何かがフラッシュバックしました。これは、誰の目でしょうか。こんなに優しく笑うお母様を見たことがありませんでした。それに明るく返事する声だって、私の声に聞こえるのに、何故だか少しだけ違うような気もします。
『レミ姉!!好きぃ!』
『私も好きよ。サファ』
サファ……レミ姉?いつからそんなに仲良くなったのでしょうか。部屋に来た時も私のことをレミ姉と言いましたし…?
それに好きだなんて、サファイアが言うはずがないでしょう。まさか、私の妄想でしょうか?いやでも、この声は確かに覚えていますし……?
「……ッう、ぁ」
痛いです。心臓が、キリキリと聞こえそうなくらいの音を立てて締め付けられます。悲しいわけでも嬉しいわけでもないのに勝手に涙が溢れて、申し訳なくなって、知らない記憶がお母様達を幸せな笑顔にシテ、私は、こんなに悲しそうな顔をさせてしまって……!!!
「…レミィ?」
突然涙を流す私に心配した様子のお母様。
でも、私は心配していただけるほどの私じゃない。本当は愛されたい。愛したい。家族と話して、笑顔で笑って、くだらない事で怒られて、また笑って、そんな普通をしたかっただけなの。
「…おかあ、さま、ごめんなさい…!!!」
「レミィ?ねぇ、どうしたの?レミィ!?」
きっと私なんかと話したくないだろうなって勝手に決めつけて、お母様達がそんなこと思うはずないのに。嫌な印象を押しつけて、お母様達に失礼なことをした。
「レミーウィル!どうした!!」
「おと、さま…ッ!!!」
子供のように泣きわめく私を、軽蔑も怪訝もせずに、ただ心配してくれる。それは私が愛されている証拠で、同時に私が愛している証拠でもあった。
「レミィ、お水飲んで、落ち着きましょう…?」
「うっ、ぐすっ…はい。」
またご迷惑を掛けてしまいました。
知ってしまったのです。私が愛されているということを。私が家族から目を背けていただけだと。痛む心臓が、何かを囁く脳が、震える手が、必死に喚く口が、もう1人の私の存在を主張します。
「落ち着いたかしら?」
「………………はい。」
涙が滲むせいで上手く見えないけれど、それでも話しかけてくれるお母様の顔を見ました。
「それで、どうしたの?」
「…今までは、本当にすみませんでした。
私の事を想ってくれているのに、それを足蹴にするように尽く無視をしてしまい、更にはお母様方の株価を下げるような妄想ばかりを押し付けて、正面から向き合おうとしていませんでした。」
今までの私の目に余る醜態がフラッシュバックする。その度にお母様の悲しそうな顔が映る。
「都合がいいかもしれませんが、今度からはお母様と向き合ってもっと話をしたいと思っています。許してくれるでしょうか……?」
「…許すも何も、愛しい愛娘の願いだもの。聞かないはずがないでしょう。これからは新しくやり直しましょう。」
「…っはい!」
私の涙腺は緩いようで、また涙がこぼれる。しかし悲しみの涙じゃない。今度は嬉し涙だ。
「……実は、先程、異世界人の時の記憶がフラッシュバックして……取り乱してしまいすみませんでした。」
こそっと小声でお母様に言う。異世界人というのはお母様しか知らないからお母様にしか言えない。
「…とりあえず、ここへ呼んだ本題を話そうか」
「……はい」
さっきまでの気持ちは無くして、切り替えよう。
さて、本題とはどれの事だろう。お父様は私の目を見て話しているから、恐らく私のことだとは思うんだけど……心当たりがありすぎてどれの事だか分からないなぁ…。
「レミーウィル、水をかけられたというのは本当か?」
「はい。本当の事です。」
なるほど。それの事か。
「リネット家のご令嬢か?」
「いえ、それは違います。行動を起こしたのは取り巻きであり、リナフィー様は何もしていません。」
「…なるほど。しかし取り巻きが起こした行動は主の格を表すもの。酷なようだが、責任はリネット家のご令嬢へ行くだろうな。」
「………そうですね。」
だから自分のグループの一員として調律しなければならない。それを怠たればリーダーとしての質が疑われる。それが世間の暗黙のルール。
でもその責任をまだ子供のリナフィーに負わせるのは、少し抵抗がある。
「……大丈夫だ。私がなんとかする。」
まるで私の気持ちを汲み取ったかのように、ほしい言葉をくれる。
そして、私の頭を優しく遠慮がちに撫でた。初めて触れるお父様の少しゴツゴツとした手は、何故だか安心できた。
多分私に出来ることは少ない。だからこそ、今はお父様に任せよう。
「えぇ、レミィは部屋に戻って休んでていいわよ」
「ありがとうございます」
お母様のお言葉に甘えて、私は部屋に戻ることにした。
椅子から立ち上がり一度礼をしてから部屋に向かった。
部屋に戻り、力なくベットに倒れこんだ。
思った以上に緊張していたらしく、一気に体の力が抜けた。動かすこともままならない手を見て、少し考え事をしていた。
もし、責任がすべてリナフィーに行ってしまうのならば。
周りから嘲笑畏怖の目で見られ、噂はすぐに広まるだろう。そして有りもしないさらに悪い噂も流れ、きっと学園に居ずらくなる。最悪、虐められる。その内取り巻きも消えて味方が誰も居なくなる。そのコトの大きさは、現代日本にいた私なら痛い程よくわかる。
だからこそ、何がなんでも防がなければならない。
「…………はぁ」
難しいことを考えていたら頭が痛くなってきた。そろそろ寝よう。
私は誘われるように眠り込んだ。
「ただいまぁ」
「…………帰りました」
途中でチェリス様とミュディー様と別れ、サファイアとお兄様と合流して帰ってきました。
私含めバラバラな言葉を口に出しながら玄関に入りました。心配そうな顔のお母様と、不満げな顔のお父様が出迎えてくだったのですが、私はそのお母様達の横を通り過ぎ、自室へと戻りました。
「___ィル!______…のか?」
「___、___た_の夢_」
お母様達が何か話しているのが聞こえますが、私はそれを聞き流し、本を取り出しました。最近読んでいるのは『心博物館』という題名の、自分の高校生の時と中学生の時の人格が入れ替わる物語です。
高校生の自分の時には、物を第三者視点で見ることができるけれど自分のことが疎かに。中学生の自分の時には、自分のことはよくわかるけれど他のことが疎かに。
長所も短所もある『自分』を探すために博物館へ行くのです。その博物館は何が飾られているのか、それは《心》。悲しみの心、嬉しさの心、楽しさの心、怒りの心、喜びの心…………とてもたくさんありました。そこで、心を取り替えるのです。
今読んでいるところは、確か……『優しさ』『真面目』に続いて、『愛』だったはずです。全てを愛する、聖女になりたい、と願ったのです。
しかし学校では上手くいかず____
___コン、コン。
私が物語の世界に没頭していたら、少し控えめなノックが聞こえて来ました。小さな足音や、少し間を空けて2回目のノックをするあたり、きっとサファイアでしょう。私の部屋には滅多に人が来ないはずなのに、どうしたのでしょうか。
「レ、レミ姉……」
「あら、いつからそんなに親しい関係になったのでしょうか。レミーウィル姉さん、もしくは姉さんと呼んでくださいといつも言ってませんか?」
随分と偉くなったものですね。私は不必要な会話を避けたいのでいつもはこんなことを言わないのですが、そんな親しいかのような呼び方をされては困ります。世話をしなければならないだなんてとても手のかかる弟ですね。
「レ、ミ………あ、ちが、えっと……」
「なぜそんなに怯えているのですか?よくわかりませんね。」
目元には涙を浮かべ、震えた声で言います。別に私は怒っているわけではありませんし、ましてや責めてるわけでもないのです。ですがそんなに怯えられると、まるで私が悪いようですね。とても、失礼です。
「ね、ぇ、さま………」
「別にそれでもいいですよ。それで、用件はなんですか?出来るだけ簡潔にお願いしますね」
姉様ですか。そんな発想はなかったのですが、まぁいいでしょう。特にデメリットもないようですし。それで話がやっと進みますね。さて、ここまで溜めた用件はなんでしょうか。とても気になります。
「……な、なんでもない、です」
「そうですか。では私は読書を嗜みたいので失礼しますね。お休みなさい。」
ここまで話しておいて『なんでもない』ですか。それは少しマナーがなっていないようですね。いつか教えましょう。今は読書の途中なので後ででいいですよね。
「おや、す…み、なさ、い………」
途中途中間が空くのはなぜなのでしょうか。もう面倒なので追求はしませんが、話していると時間がかかるので出来るだけ避けて欲しいところですね。
「おやすみなさい。……あぁ、言い忘れていたのですが、必要がないときは私の部屋に来ないでください。」
「っ!!わわ、わかり、ました…」
全く………なぜそんなに怯えるのでしょうか。私は別に怯えるようなことはなに一つしていないはずなのですが。
サファイアが部屋を出るときに、ちらりと私の方を見ました。私は早く出て欲しいのですが。そんな期待を込めてジロッとサファイアを見ました。するとさらに涙目になりながら早足で部屋を出て行きました。
少しだけ、心臓が締め付けられたように痛くなりました。しかし一瞬で、すぐにその痛みはなくなりました。一体何だったのでしょうか。
「はぁ…………」
一つため息をつき、本に目線を戻しました。ため息をつくと怒られてしまいますが、しかしこれは仕方ないことだと思います。とても時間を取ってしまいましたし、早く物語の世界へ飛び込みたいですね。
どこまで読んだのか忘れてしまわないうちに、と少し急いで読んでいたところを目線で探しました。あ、ありました。
学校では上手くいかず___のところですね。みんなを愛しているが故に八方美人と噂されみんなに嫌われてしまう……なんと悲しいエンディングでしょうか。そこで次のプロローグに入ります。『自我なし自分』という名前なのだそうですね。一体これにはどんな心が___。
___コンコン
このはっきりと強めに叩く感じ、きっとお兄様でしょう。丁度本もキリのいいところですし、少し長めにお相手できそうですね。
「レミィ、そろそろ夕食の時間だ。着替えてテーブルにおいで」
「わかりました。」
すこし拍子抜けですね。なぜならお兄様とはドア越しに話をしていたのです。本当はあまりよろしくない行為なのですが、まぁ仕方ないと考えましょう。今は妹である私と顔を合わせずらいはずです。
「......色々、話をしようか」
掛けていた椅子から立ち上がり着替えの準備をしていた時、少し、いやかなり驚きました。なぜならお兄様の声が震えていたような気がしたからです。
「……......お兄様?何故そのようなことを_」
「いや、何でもない。気にしないでくれ。」
ただ、夢を惜しいと感じる憐れなお兄様をさ。
小さく聞こえた、もしかしたら気の所為かもと感じるほどの蚊の鳴くような声。まるで助けを求めているような声に、少しだけ喉がきゅ、と音を鳴らしました。
「____お兄、様?」
しかしお兄様はもうそこにはいないようで、遠くの方で微かに足音を感じるだけでした。何故でしょうか。何故こんなにも居た堪れない気持ちになるのでしょうか。心臓が締め付けられ、音とも似た声が漏れました。
サファイアに続きお兄様でさえも何かに怯えたマイナスな感情がありました。それは、何故でしょうか。お兄様方が怯えた何か、は、私でしょうか…………?
しかし、もう着替えて行かなくてはなりません。なんとか重たい足を動かしシンプルなワンピースを手に取りました。すると、珍しく色のついた洋服がかけてありました。私がモノトーンの服を好きなのは誰もが知っているはずです。では、誰がやったのでしょうか。
『ええ。レミィには兄と弟がいるのよ』
『そうなんですか。楽しみです!』
これは…誰?私はそんなに笑わないですし、お母様とも親しくはないはずです。しかしこの声は私の声で____?
____ズキッ
また、心臓が痛みました。なぜですか?私にはわかりません。ですが、それが裁判とあらば。
自分の中で、自分の知らない私が生まれていました。
「いか、なきゃ…?」
どこへでしょうか。いえ、食堂です。それは変わりません。食堂には、きっとお兄様やサファイア、お父様やお母様もいらっしゃるでしょうか。いるに決まっているのですが、私は何を考えているのでしょう。
未だ混乱している無能な頭を恨みつつ、食堂へ足を運びます。
「…………。」
食堂にはやはり家族全員が揃っていました。神妙な面持ちをしたお父様、気まずそうなお母様、俯いた様子のサファイアとお兄様。何故このような雰囲気なのでしょうか。言葉はなくとも負の感情は図り取れました。
「ようやく来たね。レミーウィル。」
誰もが一つも音を発しない静寂の中、お父様が口を開きました。その声は、少しだけ、悲しそうでした。
「はい。お父様」
できるだけ、この何かわからない心の痛みを察されない様に、いつも通りに返事をしました。それは無駄な抵抗で、きっと知られています。
「席に着きなさい。」
「わかりました。」
キィ、と椅子を引いて腰掛ける。お母様の隣でした。
『そうね…。私の隣においで。記憶も曖昧でしょうし、たくさんお話しましょう』
『はい!』
また何かがフラッシュバックしました。これは、誰の目でしょうか。こんなに優しく笑うお母様を見たことがありませんでした。それに明るく返事する声だって、私の声に聞こえるのに、何故だか少しだけ違うような気もします。
『レミ姉!!好きぃ!』
『私も好きよ。サファ』
サファ……レミ姉?いつからそんなに仲良くなったのでしょうか。部屋に来た時も私のことをレミ姉と言いましたし…?
それに好きだなんて、サファイアが言うはずがないでしょう。まさか、私の妄想でしょうか?いやでも、この声は確かに覚えていますし……?
「……ッう、ぁ」
痛いです。心臓が、キリキリと聞こえそうなくらいの音を立てて締め付けられます。悲しいわけでも嬉しいわけでもないのに勝手に涙が溢れて、申し訳なくなって、知らない記憶がお母様達を幸せな笑顔にシテ、私は、こんなに悲しそうな顔をさせてしまって……!!!
「…レミィ?」
突然涙を流す私に心配した様子のお母様。
でも、私は心配していただけるほどの私じゃない。本当は愛されたい。愛したい。家族と話して、笑顔で笑って、くだらない事で怒られて、また笑って、そんな普通をしたかっただけなの。
「…おかあ、さま、ごめんなさい…!!!」
「レミィ?ねぇ、どうしたの?レミィ!?」
きっと私なんかと話したくないだろうなって勝手に決めつけて、お母様達がそんなこと思うはずないのに。嫌な印象を押しつけて、お母様達に失礼なことをした。
「レミーウィル!どうした!!」
「おと、さま…ッ!!!」
子供のように泣きわめく私を、軽蔑も怪訝もせずに、ただ心配してくれる。それは私が愛されている証拠で、同時に私が愛している証拠でもあった。
「レミィ、お水飲んで、落ち着きましょう…?」
「うっ、ぐすっ…はい。」
またご迷惑を掛けてしまいました。
知ってしまったのです。私が愛されているということを。私が家族から目を背けていただけだと。痛む心臓が、何かを囁く脳が、震える手が、必死に喚く口が、もう1人の私の存在を主張します。
「落ち着いたかしら?」
「………………はい。」
涙が滲むせいで上手く見えないけれど、それでも話しかけてくれるお母様の顔を見ました。
「それで、どうしたの?」
「…今までは、本当にすみませんでした。
私の事を想ってくれているのに、それを足蹴にするように尽く無視をしてしまい、更にはお母様方の株価を下げるような妄想ばかりを押し付けて、正面から向き合おうとしていませんでした。」
今までの私の目に余る醜態がフラッシュバックする。その度にお母様の悲しそうな顔が映る。
「都合がいいかもしれませんが、今度からはお母様と向き合ってもっと話をしたいと思っています。許してくれるでしょうか……?」
「…許すも何も、愛しい愛娘の願いだもの。聞かないはずがないでしょう。これからは新しくやり直しましょう。」
「…っはい!」
私の涙腺は緩いようで、また涙がこぼれる。しかし悲しみの涙じゃない。今度は嬉し涙だ。
「……実は、先程、異世界人の時の記憶がフラッシュバックして……取り乱してしまいすみませんでした。」
こそっと小声でお母様に言う。異世界人というのはお母様しか知らないからお母様にしか言えない。
「…とりあえず、ここへ呼んだ本題を話そうか」
「……はい」
さっきまでの気持ちは無くして、切り替えよう。
さて、本題とはどれの事だろう。お父様は私の目を見て話しているから、恐らく私のことだとは思うんだけど……心当たりがありすぎてどれの事だか分からないなぁ…。
「レミーウィル、水をかけられたというのは本当か?」
「はい。本当の事です。」
なるほど。それの事か。
「リネット家のご令嬢か?」
「いえ、それは違います。行動を起こしたのは取り巻きであり、リナフィー様は何もしていません。」
「…なるほど。しかし取り巻きが起こした行動は主の格を表すもの。酷なようだが、責任はリネット家のご令嬢へ行くだろうな。」
「………そうですね。」
だから自分のグループの一員として調律しなければならない。それを怠たればリーダーとしての質が疑われる。それが世間の暗黙のルール。
でもその責任をまだ子供のリナフィーに負わせるのは、少し抵抗がある。
「……大丈夫だ。私がなんとかする。」
まるで私の気持ちを汲み取ったかのように、ほしい言葉をくれる。
そして、私の頭を優しく遠慮がちに撫でた。初めて触れるお父様の少しゴツゴツとした手は、何故だか安心できた。
多分私に出来ることは少ない。だからこそ、今はお父様に任せよう。
「えぇ、レミィは部屋に戻って休んでていいわよ」
「ありがとうございます」
お母様のお言葉に甘えて、私は部屋に戻ることにした。
椅子から立ち上がり一度礼をしてから部屋に向かった。
部屋に戻り、力なくベットに倒れこんだ。
思った以上に緊張していたらしく、一気に体の力が抜けた。動かすこともままならない手を見て、少し考え事をしていた。
もし、責任がすべてリナフィーに行ってしまうのならば。
周りから嘲笑畏怖の目で見られ、噂はすぐに広まるだろう。そして有りもしないさらに悪い噂も流れ、きっと学園に居ずらくなる。最悪、虐められる。その内取り巻きも消えて味方が誰も居なくなる。そのコトの大きさは、現代日本にいた私なら痛い程よくわかる。
だからこそ、何がなんでも防がなければならない。
「…………はぁ」
難しいことを考えていたら頭が痛くなってきた。そろそろ寝よう。
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結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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