オーバー・ターン!

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4,水仙の君

4-4

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 エスターも戻ってきていた。とら姉さんの前の椅子にぐったりともたれかかっている。
 「お疲れ様」
 「ああ、良い香りだな」
 エスターがぐったりとしたままカップを受け取った。流石にあの女王を前にして疲れたようである。
 とら姉さんにも渡して、折りたたみ椅子を引き寄せて腰掛けた。
 「うん、トモ坊の入れたコーヒーはうまい」
 とら姉さんが一口すすって、満足そうに頷いた。
 「確かにうまいな・・・・コーヒーはいまいち好きでは無かったのだが、これは認識を変えなければならないな・・・」
 「豆が良いからね」
 「豆?」
 エスターが聞き返してきた。
 俺の言葉にとら姉さんが気が付いたように顔を上げた。
 「お前、あれの封切ったのか?」
 俺は頷いた。
 「問題あった?」
 「い、いや、開ける踏ん切りが付かなかった・・・・・・から、いいとするか・・・・」
 「なんだ?」
 エスターが美味しそうに口をつけながら、聞いてきた。
 「コピ・ルアックっていう豆、五十グラムで二千円強から三千円弱ぐらいかな?」
 「それが?」
 お姫様のお茶に対する金銭感覚は庶民とは異なるようです。
 「珍しい豆なのか?」
 「イタチの糞から取れる豆」
 エスターが咽せた。
 「な、なんだと?」
 「イタチがコーヒー豆を食べて、糞となって出てきた未消化のコーヒー豆を集めた貴重品」
 「・・・・・・・・」
 「美味いだろ?」
 「そ、それは認めるが。出来れば次からはそう言う話は最初に言ってくれ」
 「言ったら飲むか?」
 「・・・・・・・・」
 エスターはコーヒーに口をつけて、美味いと呟いた。そして大きなため息を一つ。
 「最近ため息多いな」
 「誰のせいだと思ってる」
 「俺なのか?」
 「どうせまた、突飛な事を言い出すであろうと、覚悟をしていたおかげで、イグリー殿の前で失態は見せなかった。むしろ、あちらの失態が見れただけ、あの後の交渉がすんなりと進んだから、今回は良しとしよう・・・・・先程のトラミナとの会話は、知らん、あちらの勝手だ、あちらがどうにかするであろう」
 エスターが言い切った。
 「それと、ミリエ・オーガスは今どこにいるか分かるか?」
 とら姉さんは分かっておりますと答えた。エスターが呼び出してくれと頼むと、とら姉さんはキーボードに何かを打ち込んだ。どうやらミリミリ姉ちゃんは校舎内にいるらしく、直ぐに来るそうである。
 「若干の方針変更になった、その代わり、こちらの要求も全て了承された」
 もっともまだ非公式ではあるがなとエスターは付け足した。
 「ということは、一番の難関は突破したということですね?」
 とら姉さんの言葉にエスターが頷いた。
 「ああ、話がややこしくなったが、やることは変わらない」
 「で、何でミリミリ姉ちゃんなんだ?アミアミ姉ちゃんじゃなくて」
 「ミリエ・オーガスが向こうの意思で動いていると言うことだ」
 すみません、何の事だか俺には分かりません・・・・・
 「先程の会見で分かったことが、かなりあった、その一つにミリエ・オーガスと友弥の事があった」
 「俺?」
 「ああ、お前がなぜ転入できたのか、やはり分からないということが分かった」
 「なに?・・・」
 俺は首をひねった。
 「お前がここに転入してくるという事がどれほど異常なのか理解しているか?」
 「?」
 俺はとら姉さんに視線を向けた。
 「特技科なら入れるが、救難クラスはまず無理だな」
 ステイン星系でも、エリート中のエリートしか入れないと言われているのが救難クラスだそうだ。それは単に頭が良いと言うだけでは駄目なようである。そもそも入学試験が存在せず、それでいて心技体の能力全てが問われ、入学審査時に厳密に判定されるそうである。判定する基準は、入学志願者のそれまでの個人的な生活、思想までも審査対象になるのだそうだ。
 そして、転入は原則として認められていない。ただし、女王の承認が得られた者だけは例外とされるそうである。
 「俺、転入してきたぞ?」
 「だから異常なんだ、いいか?お前がマリーネスアの息子だと大手を振って転入してきたのならば、あり得る話だ。昨晩は私もそう思った。イグリー殿が了承した話であろうことが想像出来るからだ。しかし、今日の今日までイグリー殿もお前がここに在籍をしている事実を知らなかったらしい。ましてや、お前が転入してきたなどということも知らない。しかも、イグリー殿が調査しても、お前のご両親に関しての資料は通り一辺倒な資料以外は特技科のデーターベースのどこにも見あたらないそうだ。異常な事なのに、お前やお前の両親に関しての詳細な資料は学校側に存在しない、では、お前は、どうやってここに入れた?」
 俺はエスターに詰め寄られて、首を傾げた。
 「俺が、前の高校を首になって凹んでいたら、母さんが、仕方ないわね、ここにでも行きなさいとパンフレットを渡してくれて、面接を受けに来たら、じゃあ来週から来てくださいと言われたのだが?」
 「面接官は誰だ?」
 「教頭先生と、あと女か男か判断が難しい人が二人に、体格がいいお兄さんが一人のコスプレイヤー三人で計四人かな」
 「なんだ?それは?」
 「教頭先生は、アマテラス様、ツクヨミ様、スサノオ様と呼んでいたけど?」
 「なに?」
 「そうそう、俺がそれって日本神話のコスプレですか?と聞いたら、似たようなものですと天照大神のコスプレした人が・・・・・・・」
 エスターが、手の平を俺に突きだして、待てのポーズをした。そのままのポーズでとら姉さんに視線を向けるエスター。
 とら姉さんが慌てたように目を丸くしたまま首を横に振った。
 とら姉さんのこんなに慌てた姿は初めて見たかもしれない。
 エスターが俺に視線を戻した。真剣な顔である。
 「アマテラス、ツクヨミ、スサノオと教頭が言ったのだな?」
 俺は頷いた。転入の面接にいきなりコスプレイヤーが現れたのだ。俺は間違えて演劇部の部室にでも入ってしまったのかと思い、失礼しましたと口にして、一度廊下に戻ってしまい、慌てて俺を追いかけて来た教頭に部屋に連れ戻されたのである。ものすごく印象に残っているのだ。
 「お前、なぜ我が母やイグリー殿でも直接会うことが難しい、統合管理者に会える?」
 「えーと。教頭先生もいたけど?」
 「あれは単なる管理用の端末にしかすぎない、いいか?私でも、その教頭を通して間接的にしか話が出来ないのだ」
 「?」
 エスターさんすみません、なんか話の内容が全く分からないのですが、あれですか?最近の若者は、状況の説明が上手くできないと言われている、あれですか?
 俺の顔をしばらくの間見つめていたエスターが、またため息をついた。どうやら俺が本当にエスターの言っていることを理解していないのに気が付いた様である。
 「ため息多いな」
 「お前のせいだ」
 「ごめんなさい?」
 「お前が会ったのは、奥名瀬高校全てを、いやこの星系周囲三百ループを管理している、統合管理コンピューターのシャドウで、高天原と呼ばれているシステムだ」
 「??」
 「マリネルでも一生かけて、突破できないシステムだと言えば分かるか?それとも、知覚操作等のご禁制の物を管理をしているシステムと言えば分かるか?」
 「人間じゃない?」
 「人間の定義をどこに置くかが問題になるが、定義によるともっとも崇高な人間であり、逆にもっとも人間ではない者達だ。情報生命体というのが一番しっくりする。第一種統合生命体に属し、我々、第二種人型生命体の者に認識できる数少ない第一種統合生命体だ」
 「へー」
 「へーじやないだろ」
 とら姉さんに叩かれた。何でそんな重要な事を黙っていたんだと言われたが、重要だとは思っていなかったので言わなかっただけである。
 「ちぃーーす、とらさん、来ましたよー、ついでにアジスも引っ張ってきましたー・・・・・トモ、エフェクト解除されたんだってー?」
 いきなり荷物搬入扉から現れたミリミリ姉ちゃんが俺に気が付いて、片手を上げてきた。
 ミリミリ姉ちゃんは相変わらすお臍が見えたタンクトップに、パンツが見えるほど際どいホットパンツというある意味胡散臭い姿である。って、あーそうか、金の指輪やピアス、ネックレス、それに胡散臭い格好は、男に見えていた時から印象だけは同じなんだ。しかも今、その胡散臭いミリミリ姉ちゃんは、頭に何かのキャラクターのお面をしているおかげで胡散臭さは倍増である。後で知ったのだが、そのお面を被り、ミリミリ姉ちゃんは夜の歓迎祭の屋台巡りをしていたそうである。かなりの有名人でもあるミリミリ姉ちゃんはお面で素性を隠していたらしい。逆に目立つのではないかと思うのだが、何でも同じ格好をした生徒が多数いたそうである。いわゆる、ミリミリ姉ちゃんのコスプレをした生徒達だそうだ。まさか本物が紛れているとは誰も思うまいまいとミリミリ姉ちゃんは胸を反らした。そのお面も実はミリミリ姉ちゃんをモデルにしたお面だそうで、同じようにそのお面を被っていた人達もいたそうである。
 ミリミリ姉ちゃんの後ろからアミアミ姉ちゃんが俺に手を振ってきた。こちらは流石に何時ものスーツ姿である。
 「来たか、こっちに来い」
 とら姉さんの声で、二人は椅子に座った。
 ただし、俺はアミアミ姉ちゃんの膝の上である。エスターの生暖かい視線が痛い。椅子が足りないのだから仕方ないという言い訳は通用しませんね、はい、分かっています。
 「ミリエ・オーガス殿、貴方の目的は、不正疑惑の調査ですね?」
 いきなり直球でエスターがミリミリ姉ちゃんに聞いてきた。
 俺はミリミリ姉ちゃんに視線を向けた。
 「うんそう」
 あっさりとミリミリ姉ちゃんは認めた。
 「何それ」
 俺の質問にエスターが解説してくれた。
 近年になり、各地の特技科の救難クラスから輩出される卒業生の中に、明らかに質が劣る者達が混じっているそうである。そしてその者達が救難会社に入社して来るのだが、当然使い物にならず、二、三年で辞めていくのだそうだ。
 そして、そういう者は大抵が政治家を親に持ち、その後を継ぐ為の道具として、救難クラス卒業で救難会社出身という経歴を利用するらしい。
 「そんなにすごい学歴なの?」
 俺の言葉に、エスターが頷いた。
 「前にも言ったと思うが、入学したというだけで、国が認めた最も優秀な人材だと判断される」
 「で、このままだと、救難の存在意義が失墜するのを危惧した人達がいてね、何とかしようと思ったわけさ」
 とミリミリ姉ちゃんが足を組みながら言った。
 「へー、すごいね」
 「調べてみると、これが入学の審査に不合格になる筈の経歴の持ち主がいたわけ。で、これは教育関係者にどうやら不正をしている奴がいそうだと考えて、私が投入されてきたのさ、ちょうどここには、疑惑の元になる縁者がいる学校だし、図らずも餌は蒔いてあったから」
 「餌?」
 「そう指導者にとって自分たちの経歴に花を添える教え子達、しかも、あの氷の妖精のチームとなれば、これ以上に美味しい餌はないと考えた訳だ」
 「ミリエ、言葉を選べ、姫様を餌扱いするのはあたしが許さない」
 とら姉さんの言葉に、ミリミリ姉ちゃんが肩をすくめた。
 当のエスターは無表情でミリミリ姉ちゃんの言葉の続きを待っている。
 「マリムルト様には許可を得ていますよ、あとイグリー様も承認された」
 「母上は知っておられると?」
 エスターがはっとして聞いた。先程のノーラステイン女王との会見では、エスターの母の話は出ていなかったようである。
 「ええ、好きに使えと言われました」
 「それは何時のことだ」
 「二ヶ月前のことですね、友弥がここに来るちょっと前かな?」
 「・・・・・・・・あの女狐め、だから昨晩の謁見で出したこちらの要求も、何時になくすんなりと聞き入れたのか・・・」
 昨晩、俺とエスターが夕食を取る前に、エスターはエノラステイン女王と謁見していたそうである。今回の件を報告し、協力を求めた折り、二つ返事で了承が取れたことに不信感を持っていたらしい。聞くところによると、エスターの母であるエノラステイン女王は、一癖も二癖もある策士なのだそうだ。俺はエスターをしみじみと見ながら、何となく解るよと答えていた。
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