オーバー・ターン!

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4,水仙の君

4-5

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 エスターの呟きに、とら姉さんが咳払いをした。
 元近衛としては、例え姫様の言葉とはいえ、女狐呼ばわりは許せないのであろう。
 ミリミリ姉ちゃんが続ける。
 「まぁ、私がここに来て、ちょいと姫様達にちょっかいかけて、焦らせて見ようとか、最悪の場合は、裏取引をちらつかせようとか考えていたけど、姫様達のチームがしでかした事件でその必要もなくなったのは有り難かったけどさ」
 「いや、そなたは十分に焦らせた。友弥、覚えているか?あの朝に発表された特別講師の記事を」
 俺は思い出していた。
 それまで、ディッケは朝一番のアジス先生の実習に顔を出したことはなかった。それに顔を出したのは、ディッケもあの記事を読んだからか?
 「それと、どうも奴は凄い勘違いをしているようね」
 ミリミリ姉ちゃんは続けた。
 「勘違い?」
 「そう、友弥のことを、自分たちを調査に来た者だと勘違いしている節があるのよ、ほら、友弥の家のことについて、通り一辺倒のことしか公開されていないじゃない、それとやっぱり向こうにも調査員が現れるっていう情報が漏れているらしくてね、それで勘違いしているみたい」
 「転入などという前代未聞の事をやってのけた訳だからな」
 「トモ君は転入じゃないですよねぇー」
 そう言いながら、アミアミ姉ちゃんが俺の背中に頬ずりしてくる。
 「え?」
 疑問の声を上げたのは俺だった。
 「俺って転入してきたじゃない」
 「お姉ちゃんはそこの、アホな先輩のことなんか、これっぽちも知らされていなかったけど、トモ君の事なら、お姉ちゃんばっちりだよ?」
 アホとか言うなとミリミリ姉ちゃんがアミアミ姉ちゃんに抗議した、昔からの光景である。
 しかし、言っている意味が分かりません。
 「トモ君はちゃんとここに新入生として四月から入学したのよねぇ」
 ちょっと待ってください。今なんと仰いましたか?
 「どういうことだ?」
 エスターも聞いてきた。
 「ん?姫様も知らなかったか?」
 アジス先生モードでアミアミ姉ちゃんがエスターに視線を向けた。
 「姫様達のチームは入学の時点で三名しかいなかったが、疑問には思いませんでしたか?」
 チーム割りは、原則として、入学が許可された時点で決定されるそうである。入学の人員は四の倍数で決定され、四人で一つのチームが学校側からの割り振りで決定されるのだ。怪我や病気等で何らしかの原因により四人に満たないチームが出てしまった場合、期末を待ち学年を飛び越えてチームの再構成がされるが、その間はダミーのAIが足りない人員を担当するらしい。
 「い、いや、そう言うことも有るとは聞いていた」
 「学校側が姫様のチームに欠員を出すなどという事をすると思っていますか?無理矢理にでも四人揃えますよ」
 「それでは、我々が三人の期間はいったい何だったのだ」
 「四人目の友弥が、一ヶ月の限定で通学不可な状態に有ったからです」
 「・・・・・・・・」
 エスターが俺に視線を向けてきたが、そんな顔されても、俺も知らなかった事である。
 「で、でも、俺は他の学校に行ってたし、ここに来る予定はなかったよ」
 「お姉ちゃんの出席簿には、トモ君の名前が、四月からありましたよー、一ヶ月お休みになっているけどー」
 「あー、それ、私知っている」
 ミリミリ姉ちゃんが手を挙げた。
 全員の視線がミリミリ姉ちゃんに集まった。
 「まず、友弥がここに四月から入学したことは事実。鞠音が願書を出して、ツクヨミが処理したらしい」
 「ツクヨミが?」
 エスターの驚いた顔
 「あいつ、高天原の三人と顔見知りだからね、うちの息子を宜しくーとか言って出したんじゃないか?」
 「しかし、審査は高天原は関与しないと聞いているが」
 エスターが聞いた。
 「審査に関与はしていない。っていうかあいつらだったら、知り合いの息子だったら逆に厳しい審査になるぞ、特にツクヨミは性格悪いしな」
 ミリミリ姉ちゃんに性格が悪いとか言われていますが・・・・
 「ツクヨミが行ったのは、友弥の素性を隠すことだけ。これは友弥の実力を発揮させる為と、要らぬ混乱を避けるため。マリーネスアの息子で絶世の美人ときたら、学業どころじゃなくなるほどの騒ぎになるでしょ、しかもここには隠遁生活しているアクロまでいる」
 「隠遁生活とは聞き捨てならない、これが私の夢の職業だ」
 むっとした声でアミアミ姉ちゃんが言ったが、ミリミリ姉ちゃんはスルーした。
 「無事に入学審査に通ったその後、鞠音が裏工作して、友弥が通学していた学校を退学になるようにし向けたらしい」
 「・・・・・・・」
 開いた口が塞がらなかった。
 そう言えば、前の学校の空手部顧問の教師はなんといって俺に因縁を付けてきた?
 確か【いい気になるな、世間知らずのガキが】と言ってきた。初対面の相手にいい気になるなとは?
 お母様、貴方はもしかしてあの先生の琴線に引っ掛かる、がせネタをでっち上げましたか?
 ・・・・・・やりそうである。
 「私も、なんでそんなに回りくどいことやるんだって聞いたんだけどさ。【だって息子が自分で決めた道を否定して、こっちに行きなさいと言うのは、親としてなんか違うじゃない】とか言っていたが」
 息子を罠に填めるのが、親のすることですか?お母様、俺は今とっても情けない気持ちでいっぱいです。しかもそれが俺のトラウマになってしまうほどの衝撃を与えてくれているんですよお母様・・・・・・
 あのつらくて悲しい思いはいったい何だったんだろう?
 ここにいる全員、とら姉さんやエスターまでも哀れな者を見る、とても優しい目つきになっているのが情けなさに拍車をかけた。
 「凄い母君だな、いや、我が母が、見習いたい所があると言っていたのも頷ける」
 「誉めるとつけあがるから、やめて・・・」
 俺は心の中で滂沱の涙を流していた。
 「そ、そうか・・・・」
 気まずそうに視線を外すエスター。
 「話を戻すけどいい?」
 「あ、ああ、続けてくれ」
 ミリミリ姉ちゃんの言葉にエスターが慌てて頷いた。
 「私が工作する予定だったけど、友弥の件で必要が無くなったから、後は誰にどう泣きついてどのように判断されて、誰がどこに圧力が掛けるかを調べる事なのよね」
 「それは分かったのか?」
 「だいたいは分かったから、結果待ちと言うところかな?」
 もう私はやること無いから、遊んでてもいいんだーと伸びをしながらミリミリ姉ちゃんが言った。
 「だからイグリー殿が、私に慌てて話を持ちかけてきたというわけだ、ディッケの思惑通りに事を運ばせる為に」
 「へー、イグリー様が慌てるほどのことをしたんですか」
 「さて?奴の背後にいる者達共々、物事の決定権を失わせる事をやろうとしていたのだが、計画の延期を求めてきた」
 「どこまで追えたのですか?」
 黒幕の事を言っているらしい。
 「昨日までにノーラステイン教育省の役人数名と、国家指定審議員、ノーラステイン救難クラス理事会メンバー数名、それにあれの一族の汚職の全ては押さえた、今回の件は含まずに過去の記録から全ては洗い出せる事ばかりだが、奴らを全員刑務所に送るには十分な証拠だ」
 「・・・・・・それって、私達がやろうとしていたことじゃない・・・」
 とら姉さんが咳払いをした。
 「お前、姫様が氷の妖精と呼ばれた切っ掛けは知っているだろう。この程度の情報収集など、あの時に比べれば楽なものだ」
 「後は友弥の事も含み、こちら側サイドの確認のみであった。それが一番手こずっていた」
 「私、何しにきたのかな?」
 ミリミリ姉ちゃんが俺に視線を向けてきた。
 「・・・・・俺に聞かないでよ・・・・・・」
 俺の方が聞きたい。というより、今の俺に聞かないで貰いたい。立ち直るにはもう少し時間がほしい俺である。
 そんな俺の心中を察したのか、アミアミ姉ちゃんが膝の上の俺の体を軽く揺らしながら、腹に回した腕をきゅっと締め付けてきた。そして俺の背中に頬を当てて、大丈夫大丈夫、トモ君にはお姉ちゃんが付いていますよーと呟いている。
 昔もこうやってアミアミ姉ちゃんに慰められた思い出がある。そのおかげか、俺は随分と気が楽になって来た。いや、決して俺の体を揺らしているアミアミ姉ちゃんの胸が俺の背中に押しつけられて、心地よいからという訳では無い。
 たぶん・・・・・・
 「いや、イグリー殿は今回の件で、最終的に私の提出した証拠の確認をするつもりだそうだ、私の目的はあくまで今回のシナリオに関連した者達であって、そなた達の目的とは若干異なるため、その差分の確認を行いたいのだそうだ。ただ、そのおかげでこちらの想定していた最悪のシナリオを取らざるをえない」
 エスターが俺をちらりと見た。
 「みんなと一緒にいられるのならば、何でもかまわない」
 「そうか・・・・」
 エスターの視線がアミアミ姉ちゃんに向けられた。しかしエスターは何も言わず視線を逸らした。
 「いつぐらいに、やつらの結果が出ると考えていますか?姫様は」
 とら姉さんがエスターに聞いた。
 「・・・・今晩中、早ければそろそろ出ると思う、しかし、例え見た目だけでも奴らに主導権を握られるのは、少々癪だな・・・・・」
 「ここは、自重していただかないと」
 とら姉さんの言葉に分かっているとエスターは呟いた。
 「記録を見ましたよ、姫様達がやった問題のシミュレーション。惜しかったですね」
 ミリミリ姉ちゃんがいきなりその話題を振ってきた。
 「明日の午後に、救難クラスのデモが行われますが、自由参加枠が有りますよね、内容はそこのふやけた女が考えたミッション内容ですが、どうですかエントリーしてみませんか?」
 エスターがミリミリ姉ちゃんに視線を向けた。その次にふやけた女呼ばわりされても動じない、アミアミ姉ちゃんに視線を移した。
 「憂さ晴らしにはなりますよ?」
 「・・・・友弥、いけると思うか?」
 「・・・俺の事なら、今までよりかはかなり気が楽になっているから、気にしなくていい。マリネルのことを言っているなら、あいつ見かけより図太いぞ。いざとなると肝っ玉が据わるタイプっていうのかな。でも今一番必要なのは、エスター、お前の心持ちだと思うぞ。今俺達を信じなければ何時信じられるんだ?事故が起きる時ははこっちの状況なんぞ考慮してくれないぞ。それでも俺達は行くしかないんだ。しかも失敗は許されない・・・・」
 ミリミリ姉ちゃんが口笛を吹いた。
 「凄いね、友弥、お前鞠音と同じ事言うんだ、なぁアジス」
 俺の背中でアミアミ姉ちゃんがぷいっとそっぽを向いたのが分かった。
 「まだ、あの時のことを根に持っているのか。いけ好かない女だ」
 ミリミリ姉ちゃんの目が細まる。あ、獲物を見つけた目だ。
 「根になんか持ってないよ、ただ誰かさんの初めての失敗の時、落ち込んで、もういやだって泣いていたその誰かさんを、引っ張り出した鞠音が言った言葉だったなぁと思っただけだ」
 「失敗?」
 エスターが驚いた顔をした。
 「ああ、世間では奇跡の救出とか言っているが、ティケント事件。誰かさんは失敗だと思っているらしい」
 「・・・あれは私のミスだ・・・・」
 な?という風に、ミリミリ姉ちゃんが肩をすくめた。
 「あれが、失敗・・・・・・」
 エスターが信じられない者を見る目つきでアミアミ姉ちゃんに視線を向けている。
 「そうだ、助けられたはずの人が亡くなってしまった。失敗以外の何者でもない」
 「確かに、ミッション中に二名の要救助者が死んでしまったんだが、それでこういう風に凹んで使い物にならなくなったこいつを、あいつは友弥が言った言葉と同じ言葉をみんなに叩き付けてな、子供みたいに泣き叫んでいやがるこいつの首根っこを掴んで上段後部に押し込んで、友弥と優花の写った写真をこいつに渡したんだ、お守りだとか言ってね、あれからだな、こいつがこうなったの・・・・・」
 「トモ君はお姉ちゃんの心のオアシスなんですよー」
 そう言いながら、額をぐりぐりと背中に押しつけてくる。
 「エントリーはどこで受けつけていますか?」
 「既にしてあります、連絡もそろそろ行っている事だと思います」
 エスターの質問にアミアミ姉ちゃんが答えた。これにはミリミリ姉ちゃんもとら姉さんも驚いたようであった。
 「姫様のことだから、必ずエントリーすると思いましたから。もっともフェリスレイ姫とデクル姫、そして成績三位までの一年チームは恥を晒すだけの余興という扱いですが」
 アミアミ姉ちゃんの言葉にエスターの口元が吊り上がった。目が細まり、こちらも獲物を見つけた者の表情になった。
 「そうだろうとも、三ヶ月しか訓練を受けていない者が一年以上の経験者達をうちまかすことなど有ってはならないからな」
 エスターが楽しそうに俺に視線を向けた。
 「帰るぞ、マリネルとブラッゲのケツを蹴飛ばしておかないとならないからな」
 そう言ってエスターは立ち上がった。
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