オーバー・ターン!

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4,水仙の君

4-6

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 俺達が寮に到着すると、ペイゼル達が大騒ぎしていたが、エスターが俺の自転車を押しながら、玄関の土間に入ると、一瞬その騒ぎが止んだ。
 居間の障子が開いており、全員が俺達を凝視している。
 「あら~おかえりなさ~い」
 ただ一人、何時ものようにマイペースな茜さんに俺達はただいまと朗らかに答えた。
 「ちょ、ちょっと、お待ちなさいエスター、これは一体どういう事ですの」
 自転車を納屋に置きにいくエスターをペイゼルが呼び止めるが、エスターはちょっと待てと冷静に答えた。
 俺は一足早く下駄箱に靴を収めて、居間に入っていった。
 「と、友弥ぁ」
 熊さんプリントが入ったスエット姿のマリネルが俺に飛びついてきた。
 「でたよ、出ちゃったよぉ、やだよ、僕やだよぉ」
 「何が出たんだ?」
 「・・・友弥様とアジス先生に対する処遇の決定が先程出ましたの」
 ああ、そっちか、てっきり厭だとマリネルが言うから、デモの方かと思った。
 デモの方を嫌がったら、俺が責任を持ってマリネルを説得しなければならないので、少しだけほっとしながら、俺はマリネルを首にぶら下げたまま、ソファーに腰を下ろした。
 怒り心頭という様子で立ち上がったペイゼルをムラウラとトライが宥め賺しているが、ログミールはグラステーブルに置かれたパルクの前でリンク状態に有るらしかった。俺の方をちらりと見たが何も言わずに、パルクに視線を戻す。
 「なんと出た?」
 エスターが居間に入ってくる。
 「貴方、貴方という方がいらっしゃるのに、なぜこのような事になったのですか!」
 ああ、その答えでだいたい分かってしまった。
 「ブラッゲ、私のパルクを持ってこい、茜さん、お土産を貰いました、購買部のトラミナからです」
 「あら、何かしら?」
 「水羊羹だそうです、余り物で賞味期限が今日の十二時だったそうなので、早めに食べた方が良いと言っていました」
 「あら、じゃあ皆さんで食べちゃいましょう」
 そう言いながら、茜さんはエスターから受け取った紙包みを覗き込んだ。
 「あら、スプーン取ってこないと」
 茜さんがキッチンにスプーンを取りに行くのと、ブラッゲが戻ってきたのはほぼ同時である。
 「リンクフリーにするから、入りたい奴は勝手に入れ」
 やばいファイルは全て消去したエスターは強気でそう言った。
 手を挙げた俺にエスターがリンクをかけた。マリネルとブラッゲ、そしてペイゼルとトライにムラウラまでリンクしてきた。
 俺の視界に映し出されたのは俺の写真のアップであった。
 【まさかの美少年が放校処分、その実態に迫る】
 俺は仰け反った。
 エスターが思わず吹き出した。
 「笑う所では有りません事よ!」
 青筋を浮かべたペイゼルが噛みついた。
 「い、いや、予想道りの反響だなと思ってな・・・・なになに?今週末をもって友弥が放校処分で、アジス先生も同じく放校処分か、ただし友弥に関しては、公式の謝罪を行った場合は、自主退学を認める。その上で私のチームは不祥事を二度と起こさないようにディッケの監督の元で、更正を目指すか、なるほどそう来たか」
 放校処分を受けた生徒は、将来にわたってノーラステイン機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラスを再度受験することは出来なくなるが、自主退学の場合は数年の猶予期間の後に再度ノーラステイン機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラスの受験資格が与えられるそうである。
 「公式の謝罪文を書く書類ってどこにある?」
 「謝るのか、友弥」
 ブラッゲが思わず叫んだ。
 エスターが検索して、書類を用意してくれた。
 俺はそこに署名をして、でかく【へのへのもへじ】を書いた
 エスターが笑い、それを転送した。
 書類は即時に処理され、許可申請が必要な閲覧可能のファイルに格納された。
 「凄いな、即時に閲覧申請が出た」
 「多分、監視ソフトを走らせていたんじゃないのかな」
 マリネルが呟いた。
 「新聞部か、反応が早いな、記事を複数予想して書いてあったな、これは」
 エスターの言う通り、新聞部からの号外が発行された。
 「気高き美少年は謝罪を拒否、孤高の美少年は己を曲げぬ現代のサムライ・・・か」
 「声を出して読むな」
 俺の抗議にエスターが喉の奥で笑った。
 「な、な、な、な、なんてことするのです!」
 ペイゼルが裏返った声で叫んだ。
 「あなた、貴方は友弥様の将来を断ち切ったのですよ。なんの権利があってその様な事が出来るのですか!」
 「いや、署名したのは俺だけど」
 「友弥様は混乱していらっしゃるのです、ああ、それなのに・・・・」
 「は~い、みんな、スプーン持ってきたわよ~」
 茜さんがタイミングを見計らったように居間に戻ってきた。
 一番近い俺が全員分のスプーンを受け取り、それぞれに配ろうとしてマリネルが未だにぶら下がっている事に気が付いた。
 マリネルは俺の顔をじっと見上げてきた。
 暫く俺に視線を向けていたマリネルは、エスターに視線を向けた。そして、俺の首から手を離して、俺の隣に座り直した。
 「友弥もエスターもこうなることを分かっていた?」
 エスターが頷いた。
 「対策も打ってある?」
 「打ってある」
 俺はスプーンを配りながら、答えた。
 「こうなる前に、何とか出来なかったの?」
 「出来たが、やらなかった」
 俺は水羊羹を包みからグラステーブルの上に置きながら答えた。
 「なぜ?」
 「今はまだ言えない、遅くとも明日の夕方までは語れない」
 そう答えるエスターに俺は抹茶を手渡す。
 「じゃあ、まだ本当の決着はついていないんだね?」
 俺とエスターは頷いた。
 「そうだ、こちらのシナリオは現在も進められている」
 エスターの言葉にマリネルが頷いた。
 「うん、わかった、エスターと友弥を信じる」
 ソファーに深く腰掛けたマリネルに小豆を手渡す。
 「な、な、なんですのあなた方は・・・・・」
 ペイゼルが絶句している。
 ブラッゲが頭を掻いた。
 「これが私達のスタイルになりつつあるな・・・・・決して良い方向だとは思えないが、仕方ないか」
 ブラッゲの諦め半分の台詞にペイゼルが眉をひそめた。
 「あなた方のスタイルですって?」
 「ああ、友弥が暴走してエスターがそれを加速させる。前が見えない状態なのにマリネルがそれに追随して、私もそれに引っ張られる」
 ブラッゲにも小豆を手渡す。
 「私は、これでも非常識とかなんとか言われたが、どっこい私が一番の常識人だな」
 「僕も常識人だよ?」
 マリネルがスプーンを咥えながら、ブラッゲに小首を傾げた。
 「ある意味、マリネルが一番非常識だ、なんで前が見えないのに、こいつらの後に付いていける?」
 呆れた口調でブラッゲが言った。
 「僕は後部席だよ?前のやっていることを信じて付いていくのが常識じゃないの?」
 エスターがにやりと笑った。
 「良いことを言ったなマリネル、ではブラッゲと私のシート位置を変えるか?」
 「わ、私は統合指揮だけは・・・・・・・」
 「そうだな、性格的に向いていない、しかし、お前も私の統合指揮の元、前が見えない状態でボートを動かしていると言うことに気が付け」
 「ブラッゲが一番凄いじゃん、前が見えないのにスピード上げるのってブラッゲだよ?」
 ブラッゲが絶句した。
 「本当に・・・・何なのですの、あなた方は」
 眉間に皺を寄せたペイゼルが、額に手を当てて首を振った。
 「ですが、そうですか、貴方がこうなることを知っていて、対策も講じているのならば、わたくしはこれ以上何も言いませんわ」
 意外にあっさりとペイゼルが引き下がった。
 「だけど、これだけは言わせていただきます」
 ペイゼルが俺を振り向いた。
 「友弥様、今までの非礼の数々をどのようにわびて良いのかわたくしには分かりません、でも、わたくしは友弥様のお力になれるのなら、どのような事でもする所存でありますわ、そのことだけはお心にお留めになって下さい」
 「王族の言い回しなのです、王族は今のペイゼル様のように謝りません、話をすげ替えるのです、そこの所を汲み取ってくだされば、有り難く思います」
 ログミールの言葉に、マリネルがペイゼルの言葉を反芻した。
 「本当だ、謝ってない・・・・・」
 マリネルに向かって、ログミールが親指を立てた。
 いきなり腕を突き出されたのに慌てたマリネルが俺にしがみついてくる。俺はその手を取り、親指を立て返した。
 言い当てられて凹んだペイゼルは俺が差し出した柚子を受け取った。
 ムラウラには栗を選び、トライには梅を選んだ。
 「ログミールも梅だよな?」
 俺が聞くと、ログミールが顔を上げた。
 「当たりです」
 ログミールに梅を手渡す。
 「さりげなく、私達の好みをプロファイリングしていますか、友弥様は」
 茜さんが受け取った抹茶を見て、あら本当だ、と呟いた。
 ペイゼルがはっとした顔で自分が手渡された柚子の水羊羹に視線を向けた。そしてなにやら感動した面持ちで目を潤ませながら俺に視線を向けてくる。
 「当面、僕達がやる事ってある?」
 マリネルが水羊羹を口にしながら尋ねてきた。
 「明日、救難クラスのシミュレータデモンストレーションが有るのは知っているか?」
 「うん、各学年のトップクラスに声が掛かったみたいだね」
 マリネルがペイゼルに視線を向けたが、ペイゼルは聞こえていないらしく、潤んだ瞳で俺を見ていた。
 「そのデモのゲスト枠で出る事にした、出るからには優勝を狙う」
 「そ、それは・・・・・」
 マリネルがたじろいだ。
 「友弥にかかっているっていうこと?」
 全員の視線が俺に集まった。
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