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6,終章
6-4
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「・・・・・・・・わかった、礼を言う」
エスターが耳に当てていた携帯を閉じた。
アジスからの連絡であった。友弥とディッケの決着が付いた時点で、その結果に関わりなく連絡を貰う手筈になっていたのである。
バックヤードの中は沈黙が続いていた。
ここは防音設備が完全であるため、お祭り騒ぎの歓声も聞こえない。浮かれている学校からは、完全に隔離された空間であった。
「・・・ど、どうなった・・・・・の」
マリネルがおすおずと聞いてきた。
全員が息をのみ、エスターを見つめていた。
「友弥が勝った。結果として、一方的だったそうだ・・・・・ディッケも通常なら即死状態だったらしいが、祐子が蘇生措置を行い、何とかなったそうだ・・・・二人とも第二保健室に向けて、搬送中らしい・・・・」
エスターの言葉に、その場の全員が歓声を上げた。
トライとムラウラは抱き合い、マリネルもブラッゲの陰で飛び跳ねていた。
ログミールも安堵のため息をつき、ミリエ・オーガスとトラミナは苦笑と共に頭を掻いていた。
「よっしゃ、流石に私の友弥だ」
ブラッゲが拳を握りしめて呟いた言葉に、マリネルが反応した。
「なになに?私の友弥って言った?」
にこにことしながらブラッゲを覗き込んだマリネルに、ブラッゲが首まで真っ赤になり、狼狽えた。まさか聞かれるとは思っていなかったようである。
しかし、マリネルは腰に手を当てて、指先を振った。
「それはちがうよ、ブラッゲの友弥じゃないよ。僕の友弥だから。そこの所、勘違いしちゃだめだよ?」
「そ、それもちがいます」
トライの言葉にムラウラも頷いた。
「そうです、私の友弥様です」
トライが右の拳をムラウラに入れた。
「・・・・・・私達の友弥様です・・・・・」
トライの拳を頬に受け止めたまま、ムラウラが訂正した。
「まったく、皆さん、沢山の脳内友弥がいらっしゃるようで何よりですわね」
ペイゼルがやれやれと頭を振ると、手を打ち鳴らした。
「では、皆さん、友弥をお迎えして差し上げなさい。ディッケにも決して非難しないように、いいですわね?」
ペイゼルの言葉に、ログミールを先頭に全員がバックヤードから出て行く。
ミリエ・オーガスとトラミナも様子を見ると言って出て行った。
ミリエ・オーガスが出て行く際に、後に残る二人の王女に意味ありげに手を振った。
後に残されたのは二人の王女であった。
「憧れだったんだ・・・・どうしようもない私に、あの人は希望を見せてくれた人だったんだ」
俺は学校に向かう特別車両・・・平たく言えば、奥名瀬高校専用の救急車両の措置カーゴに座っていた。カーゴの中は意外と広く作られているおかげで、静さんを除いた俺達は同時に乗り込むことが出来た。
背後からディッケの弱々しい声が聞こえる。
俺の背後では、ディッケが全裸でゲル状の液体を満たしたバスタブに似たメディカルプールの中に頭だけを出して浸かっている筈だ。
そのプールは驚いたことに、祐子さんが抱えていたバッグの中から取り出した小さな立方体が変形してできあがったものである。それが出来上がった時点で、すでに中にはゲル状の液体が満たされており、そこにディッケを放り込んだのである。その後、取り付けられている医療用端末を操作して、ディッケの治療に努めた祐子さんであった。
驚いたのは、着衣のまま放り込んだディッケの道着が、ゲル状の液体に溶けた事である。あっという間に、ディッケは産まれたままの姿になってしまい、慌てて俺は後ろを向いたのである。
「まったくもう・・・・・ばかでしょ・・・・あんた達・・・・・」
今の祐子さんは怒りながらもせわしなく車両に取り付けられている機械を弄り、ディッケのメディカル処理を行っている。
背中を向けているので良くは解らないが、どうやらディッケの体には長い無数の針が突き刺さり、その針がディッケの命をつなぎ止めているらしい。
「私は、道に迷った・・・・あの人を失った時点で、私は道に迷ったんだ・・・・」
「・・・まだ迷っていますか?」
「・・・解らない・・・・もう、何もかもが解らなくなった・・・・・」
俺の正面に座り、俺の左目に冷却パックを当ててくれていたアミアミ姉ちゃんが、気がついたようにスーツのポケットを探り、携帯電話を取りだした。電話が掛かってきたようである。
医療機器に悪影響を及ぼすという最悪なシステムは特技科には存在しない。そもそも、特技科で支給している携帯電話には電波など言う物騒な代物は使われていないとマリネルが教えてくれていた。
アミアミ姉ちゃんが俺に携帯を差し出してきたのでそれを受け取る。
どうやら、アミアミ姉ちゃんに俺が頼んでおいた相手に繋がったようである。俺が電話した時点では外出中で捕まえられなかった相手である。
耳を当てると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ペイゼルがため息をつきながら、椅子に腰をかけた。
「ご苦労様」
その言葉にエスターが疲れた表情で微笑む。
「・・・・・まったくだ・・・・」
「貴方のチームに友弥がいることを、わたくしはうらやましいとは思いませんわ」
エスターが椅子にもたれるような姿勢を取るのを横目で見ながら、ペイゼルが続ける。
「他のチームの者達は羨望の眼差しで貴方のチームを見ているけど、それは外側から見ているからそう見えるだけであることは、事実のようですわね・・・・・わたくしも聞いたことが在ります。当時お兄様がマリーネスアにどれほど苦労させられたかと言うことを・・・・・」
それもまた、ある意味では救難クラスの伝説となっているエピソードである。
学生時代のマリーネスアはその奔放な性格でチームの和を乱すことばかりしていたといわれている。それを管理監督したノーラステイン第一王子は、ある意味チームリーダーという立場に立つ者達の羨望の的なのである。
「友弥は、奔放ではない・・・・あいつは、自分の中にため込むタイプだ・・・・」
だから、余計に厄介であるとエスターは呟いた。
「あいつが、何を考えているのか、正確に予測できないと、危険だ・・・ディッケと戦うと言った時のあいつの目をお前に見せてやりたかった・・・・・・」
ペイゼルがエスターを見つめた。
エスターはその視線の前で、自分の顔を両手で覆った。
「私が、あいつをたきつけた・・・・・結果、追い詰められたのは私だった・・・・あいつは私が反対するとは微塵も考えていなかった。それどころか、反対すれば、私を排除する決意も見て取れた・・・・・・・」
「・・・・・・・」
エスターがゆっくりと顔を覆っていた手をどかしていった。
「恐怖を感じた・・・・・・氷の妖精と呼ばれ、親族を死に追いやったこの私が、目の前の友弥に恐怖した・・・・・・・・・・・・」
「友弥と遊ぶ時は、本気で遊ばないと、危ない・・・・・・・・と、マリーネスアは言ったそうね」
「あれを遊びと表現できることが、私には信じられない・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「あいつは猛獣だ・・・・・・ウサギの皮を被ったオオカミそのものだ・・・・」
「でも、あなたは、それを飼い慣らさないといけない・・・・・本気になりなさい、エスター、かつての貴方を呼び起こしなさい。そうしなければ、貴方は猛獣に捕食されて終わりになりますわ・・・・」
ペイゼルの言葉に、エスターは首に巻かれている黒いチョーカーにその指先を這わせていた。
「・・・・・そうだな・・・・」
「ええ、そうですわ」
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
二人の間に沈黙が降りた。
「・・・・先生、聞きたいことがあるのですが・・・・」
俺はディッケに声を掛けた。
「・・・・こんな私を、お前はまだ先生と呼ぶか・・・・・・」
自嘲気味の声はかなり弱々しい。本来なら会話も厳禁なのだそうだが、ディッケのたっての願いで、祐子さんが仕方なく許可しているのある。
「ランツさんは、先生に、俺と戦えみたいなことを伝えた後に、亡くなったのですよね・・・・」
「・・・・そうだ・・・・」
「・・・・確認しました?」
一瞬の沈黙の後、ディッケが不思議そうに聞いてきた。
「・・・・・何を言っている?」
「ランツさんは、先生にそう言った後、投薬されていたから眠気に襲われて、寝てしまった。次に起きた時には、先生はいなかった。本当は自分のこれからの身の振り方を伝えようと思っていたけど、いないのなら仕方が無いから、そのまま身をくらませて当初の計画通り、祖父に弟子入りした・・・・・そう本人は主張しています」
俺の言葉を受けて、アミアミ姉ちゃんが携帯電話のボリュームを上げた。ハンズフリー機能が付いているため、手に持たなくても、置いたままで会話が出来る。
【で、なんでそんなこと聞いてくるんだ?って、あーーもしかして、うちのディッケが来たのか?】
アミアミ姉ちゃんの携帯電話から、二年前から祖父の内弟子になった聞き覚えのあるランツさんの声が聞こえてきた。
実はアミアミ姉ちゃんもこの件に関与していたことが解っている。
そう、ランツさんの行方を消し去ったのは、伝説的な統合指揮者のアミアミ姉ちゃんなのだ。
内弟子を取るに当たって、後腐れがないように祖父に頼まれた事らしいが、流石にアミアミ姉ちゃんである。その完璧さは女王達の情報網すら欺いていたのである。
【だとしたら、ちょっと相手をしてやってくれないか?大丈夫だ、ディッケは俺が一番目を掛けてきた奴だから、ちょっとやそっとじゃへこたれないし、友弥のいい経験にもなるぞ?ん?なるか?・・・・・・・・まぁ、それは良いとして・・・少しだけ厳つい感じがあるが、かなりの美人だろ?ちょっとだけ、そのお姉さんの相手をしてあげてくれたらありがたいんだが・・・・って、おーい聞いてるかー?】
「・・・・・・」
ディッケが息をのむのが解った。
あまりの驚愕の大きさに言葉が出ないらしい。
「俺と先生の不運は・・・・・」
俺は呟いた。
「先生が俺のクラスの授業担当にならなかったことですね・・・・・なっていれば、多分、今までに何回も互いにランツさん直伝の裏技を目にする事になるから・・・・・その時点で、平和裏に話し合いが持てたのではないかと・・・・・・・」
腹を割って話し合いが持てていれば、ディッケに依頼されていた囮役もディッケ一人が傷付くことなく俺やエスターやペイゼルまでもが協力出来た筈である。
ディッケが笑った。
最初は小さく、しかし、やがてその笑いは大きくなっていった。
「・・・まったくだ・・・・だが、私は後悔していない・・・・その分の元は取れたと思っている・・・今気がついたことだがな・・・・・」
切れ切れながらもディッケのどこか吹っ切れたような声が俺の背中に届いた。
沈黙を破ったのはペイゼルであった。
大きなため息の後、ペイゼルが両手を挙げて伸びのような仕草をする。
「このまま、こうしていてもらちがあきませんわね」
「ああ、そうだな・・・・・」
ペイゼルの言葉にエスターも同意した。
立ち上がったペイゼルに続き、何かを振り払うように立ち上がる。
「つまらないことを言ったな。忘れてくれ・・・・」
エスターの言葉にペイゼルが片方の眉を上げた。
「あら、忘れるわけありません事よ?せっかくのあの氷の妖精の弱音ですもの、しっかりと覚えておくに決まっているじゃありませんか」
ペイゼルの言葉にエスターが笑った。
「友弥は、お前が、他人の事を親身になると知っていたぞ。あいつに言わせるとお前は情に厚く義理堅いのだそうだ」
「そ、そんなことあるわけありませんわ・・・・誤解も甚だしいですわ・・・・」
顔を真っ赤にしてペイゼルがそっぽを向いた。
二人はバックヤードを後にした。
学内は熱気に包まれている。
あちらこちらに理事会決議は不当であるという内容の如何にも急ごしらえしたと思われる段幕が垂れ下がり、学生達が騒いでいる。もっともその騒ぎも、学生達の怒りによるものから、祭り特有の浮かれた騒ぎに取って代わられているのは、友弥とアジスの身柄は二人の女王預かりとなったことが先ほど発表された為である。
中庭や、校内に出店されている屋台から、焼き物のよい香りと笑い声が聞こえる。
特に中庭では、昼のデモンストレーションを録画した映像が空中に投影され、それを肴にエノラステイン特産物である、パーミルを混ぜた飲み物を片手に騒いでいる学生達が多く見られた。既に酔いつぶれている学生達も少なくはない。
その熱気の中を二人の王女が肩を並べて歩いていた。
「ちなみに」
ペイゼルがエスターにだけ聞こえる声で呟いた。
「わたくしは、負ける気がいたしませんわ」
これにエスターが応えた。
「奇遇だな、私も負ける気がしない」
「まったく・・・・貴方ときたら・・・・」
「ああ、そうだな、お前の言うとおりだな・・・私達の好みは同じだ・・・・」
二人の王女が笑った。
この年、七月という中途半端な時期にステイン星系辺境の地に設置されたノーラステインの救難クラスは解体された。
同時に、エノラステインとノーラステインの共同出資により改めて、私立奥名瀬高校特別専門技術養成科に機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラスは開校された。
個人やチームに対する評価方法も根底から見直されたこの救難クラスでは、入学以上に卒業が困難になりはしたが、卒業生の質の向上に繋がる事になる。
そして、デクル姫率いるチーム「賢くなりたい子犬」と、フェリスレイ姫の率いるチーム「栄光の翼」はこの後ステイン星系を揺るがす事件に関与し、その名を世に知らしめることになるのである。
オーバーターン 了
エスターが耳に当てていた携帯を閉じた。
アジスからの連絡であった。友弥とディッケの決着が付いた時点で、その結果に関わりなく連絡を貰う手筈になっていたのである。
バックヤードの中は沈黙が続いていた。
ここは防音設備が完全であるため、お祭り騒ぎの歓声も聞こえない。浮かれている学校からは、完全に隔離された空間であった。
「・・・ど、どうなった・・・・・の」
マリネルがおすおずと聞いてきた。
全員が息をのみ、エスターを見つめていた。
「友弥が勝った。結果として、一方的だったそうだ・・・・・ディッケも通常なら即死状態だったらしいが、祐子が蘇生措置を行い、何とかなったそうだ・・・・二人とも第二保健室に向けて、搬送中らしい・・・・」
エスターの言葉に、その場の全員が歓声を上げた。
トライとムラウラは抱き合い、マリネルもブラッゲの陰で飛び跳ねていた。
ログミールも安堵のため息をつき、ミリエ・オーガスとトラミナは苦笑と共に頭を掻いていた。
「よっしゃ、流石に私の友弥だ」
ブラッゲが拳を握りしめて呟いた言葉に、マリネルが反応した。
「なになに?私の友弥って言った?」
にこにことしながらブラッゲを覗き込んだマリネルに、ブラッゲが首まで真っ赤になり、狼狽えた。まさか聞かれるとは思っていなかったようである。
しかし、マリネルは腰に手を当てて、指先を振った。
「それはちがうよ、ブラッゲの友弥じゃないよ。僕の友弥だから。そこの所、勘違いしちゃだめだよ?」
「そ、それもちがいます」
トライの言葉にムラウラも頷いた。
「そうです、私の友弥様です」
トライが右の拳をムラウラに入れた。
「・・・・・・私達の友弥様です・・・・・」
トライの拳を頬に受け止めたまま、ムラウラが訂正した。
「まったく、皆さん、沢山の脳内友弥がいらっしゃるようで何よりですわね」
ペイゼルがやれやれと頭を振ると、手を打ち鳴らした。
「では、皆さん、友弥をお迎えして差し上げなさい。ディッケにも決して非難しないように、いいですわね?」
ペイゼルの言葉に、ログミールを先頭に全員がバックヤードから出て行く。
ミリエ・オーガスとトラミナも様子を見ると言って出て行った。
ミリエ・オーガスが出て行く際に、後に残る二人の王女に意味ありげに手を振った。
後に残されたのは二人の王女であった。
「憧れだったんだ・・・・どうしようもない私に、あの人は希望を見せてくれた人だったんだ」
俺は学校に向かう特別車両・・・平たく言えば、奥名瀬高校専用の救急車両の措置カーゴに座っていた。カーゴの中は意外と広く作られているおかげで、静さんを除いた俺達は同時に乗り込むことが出来た。
背後からディッケの弱々しい声が聞こえる。
俺の背後では、ディッケが全裸でゲル状の液体を満たしたバスタブに似たメディカルプールの中に頭だけを出して浸かっている筈だ。
そのプールは驚いたことに、祐子さんが抱えていたバッグの中から取り出した小さな立方体が変形してできあがったものである。それが出来上がった時点で、すでに中にはゲル状の液体が満たされており、そこにディッケを放り込んだのである。その後、取り付けられている医療用端末を操作して、ディッケの治療に努めた祐子さんであった。
驚いたのは、着衣のまま放り込んだディッケの道着が、ゲル状の液体に溶けた事である。あっという間に、ディッケは産まれたままの姿になってしまい、慌てて俺は後ろを向いたのである。
「まったくもう・・・・・ばかでしょ・・・・あんた達・・・・・」
今の祐子さんは怒りながらもせわしなく車両に取り付けられている機械を弄り、ディッケのメディカル処理を行っている。
背中を向けているので良くは解らないが、どうやらディッケの体には長い無数の針が突き刺さり、その針がディッケの命をつなぎ止めているらしい。
「私は、道に迷った・・・・あの人を失った時点で、私は道に迷ったんだ・・・・」
「・・・まだ迷っていますか?」
「・・・解らない・・・・もう、何もかもが解らなくなった・・・・・」
俺の正面に座り、俺の左目に冷却パックを当ててくれていたアミアミ姉ちゃんが、気がついたようにスーツのポケットを探り、携帯電話を取りだした。電話が掛かってきたようである。
医療機器に悪影響を及ぼすという最悪なシステムは特技科には存在しない。そもそも、特技科で支給している携帯電話には電波など言う物騒な代物は使われていないとマリネルが教えてくれていた。
アミアミ姉ちゃんが俺に携帯を差し出してきたのでそれを受け取る。
どうやら、アミアミ姉ちゃんに俺が頼んでおいた相手に繋がったようである。俺が電話した時点では外出中で捕まえられなかった相手である。
耳を当てると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ペイゼルがため息をつきながら、椅子に腰をかけた。
「ご苦労様」
その言葉にエスターが疲れた表情で微笑む。
「・・・・・まったくだ・・・・」
「貴方のチームに友弥がいることを、わたくしはうらやましいとは思いませんわ」
エスターが椅子にもたれるような姿勢を取るのを横目で見ながら、ペイゼルが続ける。
「他のチームの者達は羨望の眼差しで貴方のチームを見ているけど、それは外側から見ているからそう見えるだけであることは、事実のようですわね・・・・・わたくしも聞いたことが在ります。当時お兄様がマリーネスアにどれほど苦労させられたかと言うことを・・・・・」
それもまた、ある意味では救難クラスの伝説となっているエピソードである。
学生時代のマリーネスアはその奔放な性格でチームの和を乱すことばかりしていたといわれている。それを管理監督したノーラステイン第一王子は、ある意味チームリーダーという立場に立つ者達の羨望の的なのである。
「友弥は、奔放ではない・・・・あいつは、自分の中にため込むタイプだ・・・・」
だから、余計に厄介であるとエスターは呟いた。
「あいつが、何を考えているのか、正確に予測できないと、危険だ・・・ディッケと戦うと言った時のあいつの目をお前に見せてやりたかった・・・・・・」
ペイゼルがエスターを見つめた。
エスターはその視線の前で、自分の顔を両手で覆った。
「私が、あいつをたきつけた・・・・・結果、追い詰められたのは私だった・・・・あいつは私が反対するとは微塵も考えていなかった。それどころか、反対すれば、私を排除する決意も見て取れた・・・・・・・」
「・・・・・・・」
エスターがゆっくりと顔を覆っていた手をどかしていった。
「恐怖を感じた・・・・・・氷の妖精と呼ばれ、親族を死に追いやったこの私が、目の前の友弥に恐怖した・・・・・・・・・・・・」
「友弥と遊ぶ時は、本気で遊ばないと、危ない・・・・・・・・と、マリーネスアは言ったそうね」
「あれを遊びと表現できることが、私には信じられない・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「あいつは猛獣だ・・・・・・ウサギの皮を被ったオオカミそのものだ・・・・」
「でも、あなたは、それを飼い慣らさないといけない・・・・・本気になりなさい、エスター、かつての貴方を呼び起こしなさい。そうしなければ、貴方は猛獣に捕食されて終わりになりますわ・・・・」
ペイゼルの言葉に、エスターは首に巻かれている黒いチョーカーにその指先を這わせていた。
「・・・・・そうだな・・・・」
「ええ、そうですわ」
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
二人の間に沈黙が降りた。
「・・・・先生、聞きたいことがあるのですが・・・・」
俺はディッケに声を掛けた。
「・・・・こんな私を、お前はまだ先生と呼ぶか・・・・・・」
自嘲気味の声はかなり弱々しい。本来なら会話も厳禁なのだそうだが、ディッケのたっての願いで、祐子さんが仕方なく許可しているのある。
「ランツさんは、先生に、俺と戦えみたいなことを伝えた後に、亡くなったのですよね・・・・」
「・・・・そうだ・・・・」
「・・・・確認しました?」
一瞬の沈黙の後、ディッケが不思議そうに聞いてきた。
「・・・・・何を言っている?」
「ランツさんは、先生にそう言った後、投薬されていたから眠気に襲われて、寝てしまった。次に起きた時には、先生はいなかった。本当は自分のこれからの身の振り方を伝えようと思っていたけど、いないのなら仕方が無いから、そのまま身をくらませて当初の計画通り、祖父に弟子入りした・・・・・そう本人は主張しています」
俺の言葉を受けて、アミアミ姉ちゃんが携帯電話のボリュームを上げた。ハンズフリー機能が付いているため、手に持たなくても、置いたままで会話が出来る。
【で、なんでそんなこと聞いてくるんだ?って、あーーもしかして、うちのディッケが来たのか?】
アミアミ姉ちゃんの携帯電話から、二年前から祖父の内弟子になった聞き覚えのあるランツさんの声が聞こえてきた。
実はアミアミ姉ちゃんもこの件に関与していたことが解っている。
そう、ランツさんの行方を消し去ったのは、伝説的な統合指揮者のアミアミ姉ちゃんなのだ。
内弟子を取るに当たって、後腐れがないように祖父に頼まれた事らしいが、流石にアミアミ姉ちゃんである。その完璧さは女王達の情報網すら欺いていたのである。
【だとしたら、ちょっと相手をしてやってくれないか?大丈夫だ、ディッケは俺が一番目を掛けてきた奴だから、ちょっとやそっとじゃへこたれないし、友弥のいい経験にもなるぞ?ん?なるか?・・・・・・・・まぁ、それは良いとして・・・少しだけ厳つい感じがあるが、かなりの美人だろ?ちょっとだけ、そのお姉さんの相手をしてあげてくれたらありがたいんだが・・・・って、おーい聞いてるかー?】
「・・・・・・」
ディッケが息をのむのが解った。
あまりの驚愕の大きさに言葉が出ないらしい。
「俺と先生の不運は・・・・・」
俺は呟いた。
「先生が俺のクラスの授業担当にならなかったことですね・・・・・なっていれば、多分、今までに何回も互いにランツさん直伝の裏技を目にする事になるから・・・・・その時点で、平和裏に話し合いが持てたのではないかと・・・・・・・」
腹を割って話し合いが持てていれば、ディッケに依頼されていた囮役もディッケ一人が傷付くことなく俺やエスターやペイゼルまでもが協力出来た筈である。
ディッケが笑った。
最初は小さく、しかし、やがてその笑いは大きくなっていった。
「・・・まったくだ・・・・だが、私は後悔していない・・・・その分の元は取れたと思っている・・・今気がついたことだがな・・・・・」
切れ切れながらもディッケのどこか吹っ切れたような声が俺の背中に届いた。
沈黙を破ったのはペイゼルであった。
大きなため息の後、ペイゼルが両手を挙げて伸びのような仕草をする。
「このまま、こうしていてもらちがあきませんわね」
「ああ、そうだな・・・・・」
ペイゼルの言葉にエスターも同意した。
立ち上がったペイゼルに続き、何かを振り払うように立ち上がる。
「つまらないことを言ったな。忘れてくれ・・・・」
エスターの言葉にペイゼルが片方の眉を上げた。
「あら、忘れるわけありません事よ?せっかくのあの氷の妖精の弱音ですもの、しっかりと覚えておくに決まっているじゃありませんか」
ペイゼルの言葉にエスターが笑った。
「友弥は、お前が、他人の事を親身になると知っていたぞ。あいつに言わせるとお前は情に厚く義理堅いのだそうだ」
「そ、そんなことあるわけありませんわ・・・・誤解も甚だしいですわ・・・・」
顔を真っ赤にしてペイゼルがそっぽを向いた。
二人はバックヤードを後にした。
学内は熱気に包まれている。
あちらこちらに理事会決議は不当であるという内容の如何にも急ごしらえしたと思われる段幕が垂れ下がり、学生達が騒いでいる。もっともその騒ぎも、学生達の怒りによるものから、祭り特有の浮かれた騒ぎに取って代わられているのは、友弥とアジスの身柄は二人の女王預かりとなったことが先ほど発表された為である。
中庭や、校内に出店されている屋台から、焼き物のよい香りと笑い声が聞こえる。
特に中庭では、昼のデモンストレーションを録画した映像が空中に投影され、それを肴にエノラステイン特産物である、パーミルを混ぜた飲み物を片手に騒いでいる学生達が多く見られた。既に酔いつぶれている学生達も少なくはない。
その熱気の中を二人の王女が肩を並べて歩いていた。
「ちなみに」
ペイゼルがエスターにだけ聞こえる声で呟いた。
「わたくしは、負ける気がいたしませんわ」
これにエスターが応えた。
「奇遇だな、私も負ける気がしない」
「まったく・・・・貴方ときたら・・・・」
「ああ、そうだな、お前の言うとおりだな・・・私達の好みは同じだ・・・・」
二人の王女が笑った。
この年、七月という中途半端な時期にステイン星系辺境の地に設置されたノーラステインの救難クラスは解体された。
同時に、エノラステインとノーラステインの共同出資により改めて、私立奥名瀬高校特別専門技術養成科に機動装甲特科救助部隊員養成専攻クラスは開校された。
個人やチームに対する評価方法も根底から見直されたこの救難クラスでは、入学以上に卒業が困難になりはしたが、卒業生の質の向上に繋がる事になる。
そして、デクル姫率いるチーム「賢くなりたい子犬」と、フェリスレイ姫の率いるチーム「栄光の翼」はこの後ステイン星系を揺るがす事件に関与し、その名を世に知らしめることになるのである。
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