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本編
10.エルネストとの夜
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食後の紅茶を飲み終えたルーカスは自分のマンションに帰ろうとしたが、それを止めたのはエルネストだった。
「目の前で保護対象が殺されるなんていうことがあった君を一人にはしておけないよ」
どういう意味か聞く前にエルネストが金色の目でルーカスを見つめてくる。エルネストへの想いを自覚したばかりのルーカスにとってはその視線は眩しかった。
「そのソファは結構いいソファベッドなんだ。泊まっていくといいよ」
「い、いや、そういうわけには……」
慌てるルーカスにエルネストはルーカスの手を取ってじっと紫色の瞳を見つめる。
「人身売買事件について、君は今すぐにでもカウンセリングが必要な状態だと思う。カウンセリングの予約もしてほしいけど、する気はないだろう?」
「カウンセリングなら小さいころに十分受けた」
「十分じゃないと思うよ。君の心には酷い傷が付いている。カウンセリングも勧めたいけど、それ以上に今夜は一人にしておけない」
今夜だけじゃなくてずっと心配ではあるんだけど。
そんなことを言われるとルーカスの心臓が高鳴る。エルネストはルーカスの存在を受け入れただけではなくて、自分のマンションにルーカスを泊めることを受け入れようとしている。
好きな相手と一つ屋根の下で耐えられるものなのだろうか。
ルーカスには恋愛経験がない。
仕事にそういう感情は邪魔だったし、性欲も強い方ではなかったので、必要なかったのだ。
誰も抱いたことがないし、誰にも抱かれたことがない。正真正銘の恋愛初心者のルーカスにこの状況は刺激が強すぎる。
それなのにエルネストはルーカスの手を放さないし、金色の目は真摯にルーカスを見つめている。
「俺は平気だ!」
「平気じゃなくていいんだよ。あれだけのことがあったんだから。僕も相棒が撃たれたのを見た後にはしばらくカウンセリングに通ってた」
「昔の話だ!」
「今でも電灯を消して眠れないんだろう? それは過去にできているとは言わないよ」
抵抗してもエルネストは絶対に退かない。
結局ルーカスはエルネストの部屋に泊まることになっていた。
「着替えがないんだが」
「朝早めに起きて、マンションまで行って着替えて出勤すればいいよ」
「このままじゃ寝られない」
「パジャマは僕のを貸してあげる。ちょっと大きいかもしれないけれど」
話が決まって行って、バスルームに押し込められたルーカスは、手に新品の下着と借りたパジャマを持たされていた。パジャマも下着もサイズが合わない気がするのだが、こうなったら仕方がない。
シャワーを浴びてボディソープを手に取ると甘い香りがする。シャンプーは爽やかな香りがして、それが抱き着いたときに香ったエルネストの匂いと重なって、ルーカスは興奮しそうになる下半身をどうにか我慢させていた。
バスタオルを借りて水気を拭き取り、ドライヤーで髪を乾かし、下着とパジャマを身に着けるとやはりサイズが大きい。
パジャマのズボンを折り曲げて、パジャマの袖を折り曲げて何とか着てバスルームから出てくると、エルネストがベッドの用意をしていた。
ルーカスが座っていたソファは背もたれが倒されてベッドになっており、そこに清潔なシーツが敷かれて、枕も布団も置かれている。
脱いだスーツは素早くエルネストが手に取って、皴にならないようにハンガーにかけて、下着は洗濯機で洗われてしまう。
「先に休んでていいよ。僕は片付けとシャワーが終わったら適当に休む」
「食事の用意をしてもらって片付けまで全部してもらうのは悪い。俺が洗うから、その間にシャワーを浴びてくればいい」
「いいの? それじゃ、甘えちゃおうかな。食洗器があるから、ほとんどの食器はそこに入れちゃって構わないよ。カップとソーサーとティーポットとミルクポットだけは手洗いで水切り籠に入れておいてくれると助かる」
「分かった」
パジャマの袖を捲り上げて、ルーカスはキッチンに立つ。食洗器は使ったことがなかったが、施設では自立して暮らせるように一通りの家事は習っていた。食洗器によく分からないながらに水で流した食器を入れて、カップとソーサーとティーポットとミルクポットは手洗いをして水切り籠の中に入れる。
終わるころにはエルネストがバスルームから出てきていた。
シャンプーの爽やかな香りと、ボディーソープの甘い香りが混ざって、ルーカスは興奮してきそうになる自分を抑えていた。これまで性欲というものをほとんど感じたことがなかった。そういう気分になったり、自分で処理したりすることがなかったわけではないが、仕事を始めてから仕事一筋になってそういうこととは遠ざかっていた。
股間に来る香りに前のめりになるルーカスを、エルネストは心配そうに覗き込む。ルーカスがなんでこんなことになっているか分かっていないのだろう。
「ルーカス、疲れたんじゃないかな。今日は大変なことがあったんだ。早く休むといい」
「あ、あぁ、ありがとう」
湯上りでエルネストの白い頬が僅かに紅潮しているところなど、直視できずに視線を外して答える。
肩に手を添えられて、エルネストの手の平の体温が伝わってきたときには、ルーカスは自分を制御できるか自信がなくなっていた。
うっかりとエルネストを押し倒してしまっても、エルネストは抵抗してくれるだろう。エルネストの方が体格がいいので細身のルーカスに勝ち目はない。ただ、その後でエルネストがルーカスへの態度を変えてしまったら、ルーカスは後悔してもしきれない。
「灯りはつけていて構わないよ。僕は暗い部屋でしか寝られないから、寝室の灯りは消すけど、何かあったらいつでも寝室をノックしてくれていい。ノックされれば僕は起きるからね」
「あ、あぁ」
「ルーカス、ひとに助けを求めることは恥ずかしいことでも何でもないんだよ。君の精神状態から考えたら、君は本当によく頑張っていると思う」
評価されているのだろうが、そういう言葉が全部頭に入らないくらいルーカスはエルネストのことばかり見ていた。ラフに開けられたパジャマのボタンの間から見える胸の厚みと弾力を、ルーカスは知っている。
縋り付いたときの安心感、いい香り、そんなものが頭をぐるぐると回って全く落ち着けない。
「お休み、ルーカス」
「お、お休み」
ルーカスを一人にしてくれようと寝室に入るエルネストに、ルーカスは手を伸ばしかけた。
手を伸ばして、エルネストの手を掴んで、それからルーカスはどうするのか。
エルネストが用意してくれたソファベッドの上にエルネストを押し倒して、思いを遂げるのか。いや、それはあり得ない。エルネストには特別な相手がいるのだから、抵抗してくるだろう。
泣いて縋ったら、エルネストはルーカスを憐れんではくれないだろうか。
そんなことも頭を過ったが、今の関係を崩すことの方が怖くてルーカスはエルネストを見送った。
寝室のドアが閉まると、ルーカス一人きりになる。
初めての恋に翻弄されていたルーカスだが、考えるべきことはそれだけではないと思い出す。
これまで自分は相棒などいらないと宣言してきた。
相棒はのろまで、自分が守ってやらなければいけないと傲慢にも思っていたのだ。
エルネストと出会って、ルーカスはエルネストに守られた。
これまでの相棒もどこかでルーカスを守っていたのではないだろうか。
一人で先走って怪我の多いルーカスを助けに来たのは、これまでルーカスの元を去っていった相棒たちだった。そんな相棒の存在がなければルーカスは生きてはいられなかったかもしれないのに、自分だけで事件を解決したような顔をしてジャンルカに誇らしげに報告していた。
思い返すと恥ずかしくて布団の中で転げ回りそうになる。
元の相棒たちも、ジャンルカも、そんなルーカスをどういう風に見ていたのだろう。
気付いてしまったことはもう忘れるわけにはいかない。
「俺は、もしかして、ものすごく恥ずかしい男だったのでは!?」
両手で金色の髪を掻き毟り、ベッドの上で悶えて転がり回るルーカスを、止めるものは誰もいなかった。
「目の前で保護対象が殺されるなんていうことがあった君を一人にはしておけないよ」
どういう意味か聞く前にエルネストが金色の目でルーカスを見つめてくる。エルネストへの想いを自覚したばかりのルーカスにとってはその視線は眩しかった。
「そのソファは結構いいソファベッドなんだ。泊まっていくといいよ」
「い、いや、そういうわけには……」
慌てるルーカスにエルネストはルーカスの手を取ってじっと紫色の瞳を見つめる。
「人身売買事件について、君は今すぐにでもカウンセリングが必要な状態だと思う。カウンセリングの予約もしてほしいけど、する気はないだろう?」
「カウンセリングなら小さいころに十分受けた」
「十分じゃないと思うよ。君の心には酷い傷が付いている。カウンセリングも勧めたいけど、それ以上に今夜は一人にしておけない」
今夜だけじゃなくてずっと心配ではあるんだけど。
そんなことを言われるとルーカスの心臓が高鳴る。エルネストはルーカスの存在を受け入れただけではなくて、自分のマンションにルーカスを泊めることを受け入れようとしている。
好きな相手と一つ屋根の下で耐えられるものなのだろうか。
ルーカスには恋愛経験がない。
仕事にそういう感情は邪魔だったし、性欲も強い方ではなかったので、必要なかったのだ。
誰も抱いたことがないし、誰にも抱かれたことがない。正真正銘の恋愛初心者のルーカスにこの状況は刺激が強すぎる。
それなのにエルネストはルーカスの手を放さないし、金色の目は真摯にルーカスを見つめている。
「俺は平気だ!」
「平気じゃなくていいんだよ。あれだけのことがあったんだから。僕も相棒が撃たれたのを見た後にはしばらくカウンセリングに通ってた」
「昔の話だ!」
「今でも電灯を消して眠れないんだろう? それは過去にできているとは言わないよ」
抵抗してもエルネストは絶対に退かない。
結局ルーカスはエルネストの部屋に泊まることになっていた。
「着替えがないんだが」
「朝早めに起きて、マンションまで行って着替えて出勤すればいいよ」
「このままじゃ寝られない」
「パジャマは僕のを貸してあげる。ちょっと大きいかもしれないけれど」
話が決まって行って、バスルームに押し込められたルーカスは、手に新品の下着と借りたパジャマを持たされていた。パジャマも下着もサイズが合わない気がするのだが、こうなったら仕方がない。
シャワーを浴びてボディソープを手に取ると甘い香りがする。シャンプーは爽やかな香りがして、それが抱き着いたときに香ったエルネストの匂いと重なって、ルーカスは興奮しそうになる下半身をどうにか我慢させていた。
バスタオルを借りて水気を拭き取り、ドライヤーで髪を乾かし、下着とパジャマを身に着けるとやはりサイズが大きい。
パジャマのズボンを折り曲げて、パジャマの袖を折り曲げて何とか着てバスルームから出てくると、エルネストがベッドの用意をしていた。
ルーカスが座っていたソファは背もたれが倒されてベッドになっており、そこに清潔なシーツが敷かれて、枕も布団も置かれている。
脱いだスーツは素早くエルネストが手に取って、皴にならないようにハンガーにかけて、下着は洗濯機で洗われてしまう。
「先に休んでていいよ。僕は片付けとシャワーが終わったら適当に休む」
「食事の用意をしてもらって片付けまで全部してもらうのは悪い。俺が洗うから、その間にシャワーを浴びてくればいい」
「いいの? それじゃ、甘えちゃおうかな。食洗器があるから、ほとんどの食器はそこに入れちゃって構わないよ。カップとソーサーとティーポットとミルクポットだけは手洗いで水切り籠に入れておいてくれると助かる」
「分かった」
パジャマの袖を捲り上げて、ルーカスはキッチンに立つ。食洗器は使ったことがなかったが、施設では自立して暮らせるように一通りの家事は習っていた。食洗器によく分からないながらに水で流した食器を入れて、カップとソーサーとティーポットとミルクポットは手洗いをして水切り籠の中に入れる。
終わるころにはエルネストがバスルームから出てきていた。
シャンプーの爽やかな香りと、ボディーソープの甘い香りが混ざって、ルーカスは興奮してきそうになる自分を抑えていた。これまで性欲というものをほとんど感じたことがなかった。そういう気分になったり、自分で処理したりすることがなかったわけではないが、仕事を始めてから仕事一筋になってそういうこととは遠ざかっていた。
股間に来る香りに前のめりになるルーカスを、エルネストは心配そうに覗き込む。ルーカスがなんでこんなことになっているか分かっていないのだろう。
「ルーカス、疲れたんじゃないかな。今日は大変なことがあったんだ。早く休むといい」
「あ、あぁ、ありがとう」
湯上りでエルネストの白い頬が僅かに紅潮しているところなど、直視できずに視線を外して答える。
肩に手を添えられて、エルネストの手の平の体温が伝わってきたときには、ルーカスは自分を制御できるか自信がなくなっていた。
うっかりとエルネストを押し倒してしまっても、エルネストは抵抗してくれるだろう。エルネストの方が体格がいいので細身のルーカスに勝ち目はない。ただ、その後でエルネストがルーカスへの態度を変えてしまったら、ルーカスは後悔してもしきれない。
「灯りはつけていて構わないよ。僕は暗い部屋でしか寝られないから、寝室の灯りは消すけど、何かあったらいつでも寝室をノックしてくれていい。ノックされれば僕は起きるからね」
「あ、あぁ」
「ルーカス、ひとに助けを求めることは恥ずかしいことでも何でもないんだよ。君の精神状態から考えたら、君は本当によく頑張っていると思う」
評価されているのだろうが、そういう言葉が全部頭に入らないくらいルーカスはエルネストのことばかり見ていた。ラフに開けられたパジャマのボタンの間から見える胸の厚みと弾力を、ルーカスは知っている。
縋り付いたときの安心感、いい香り、そんなものが頭をぐるぐると回って全く落ち着けない。
「お休み、ルーカス」
「お、お休み」
ルーカスを一人にしてくれようと寝室に入るエルネストに、ルーカスは手を伸ばしかけた。
手を伸ばして、エルネストの手を掴んで、それからルーカスはどうするのか。
エルネストが用意してくれたソファベッドの上にエルネストを押し倒して、思いを遂げるのか。いや、それはあり得ない。エルネストには特別な相手がいるのだから、抵抗してくるだろう。
泣いて縋ったら、エルネストはルーカスを憐れんではくれないだろうか。
そんなことも頭を過ったが、今の関係を崩すことの方が怖くてルーカスはエルネストを見送った。
寝室のドアが閉まると、ルーカス一人きりになる。
初めての恋に翻弄されていたルーカスだが、考えるべきことはそれだけではないと思い出す。
これまで自分は相棒などいらないと宣言してきた。
相棒はのろまで、自分が守ってやらなければいけないと傲慢にも思っていたのだ。
エルネストと出会って、ルーカスはエルネストに守られた。
これまでの相棒もどこかでルーカスを守っていたのではないだろうか。
一人で先走って怪我の多いルーカスを助けに来たのは、これまでルーカスの元を去っていった相棒たちだった。そんな相棒の存在がなければルーカスは生きてはいられなかったかもしれないのに、自分だけで事件を解決したような顔をしてジャンルカに誇らしげに報告していた。
思い返すと恥ずかしくて布団の中で転げ回りそうになる。
元の相棒たちも、ジャンルカも、そんなルーカスをどういう風に見ていたのだろう。
気付いてしまったことはもう忘れるわけにはいかない。
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