可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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七章 奏歌くんとの七年目

4.川のプールと天ぷらうどん

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 次の日の朝ご飯は一階の食事会場でバイキング形式だった。奏歌くんとやっちゃんが蝙蝠になっていないか心配で、部屋に茉優ちゃんと見に行くと、二人とも人間の姿で準備をしていた。

「蝙蝠にならなかった?」

 私が問いかけると、奏歌くんは首から下げた小瓶を見せる。

「僕は蝙蝠になっちゃったけど、枕元に瓶を置いておいたから、目が覚めてすぐに涙を舐めて平気だった」
「安彦さんは?」
「俺は長期間じゃなければ血がなくても平気だから」

 美歌さんややっちゃんは人間との混血なのである程度は血を吸わなくても平気らしい。そういえば美歌さんも蝙蝠の姿にはなっていなかった。奏歌くんは吸血鬼同士の間に産まれた血の濃い子どもなので、血が必要で蝙蝠になりやすい体質だった。真里さんの方も力の強い吸血鬼のようだったので、更に奏歌くんは力の強い血の濃い吸血鬼として生まれてしまったのだろう。
 血を吸った相手の記憶を消して真里さんは人間を餌のように扱っていたが、真里さんもそれだけ血が必要なくらい力が強い証かもしれなかった。

「俺も気付かない間に戻ってたから、残りの日程も大丈夫だったら、修学旅行も平気だろう」

 そうだ。
 これは単純に楽しいだけの旅行ではなくて、奏歌くんにとっては蝙蝠になってしまっても自分一人で対処できるようにするための練習でもあったのだ。浮かれて私はそのことを完全に忘れていた。
 朝食会場に行くと奏歌くんがトレイにお皿とお手拭きとお箸を置いてくれる。奏歌くんも自分のトレイの準備をして、バイキングの料理を取っていた。

「カレーがある! 僕、カレーにしよう」

 カレーが置いてある場所に行く奏歌くんに私は付いて行く。百合も同じく付いて来ていた。奏歌くんはご飯をついで、カレーをかけてから、近くにあったチーズオムレツをその上に乗せている。

「美味しそう!」
「絶対美味しいよ」

 チーズオムレツを乗せるなんて奏歌くんは天才なのかと感心しつつ、私も真似をしてカレーの上にチーズオムレツを乗せた。百合も真似をして同じようにしている。
 お皿の上にサラダを取って、チーズオムレツの乗ったカレーとサラダの朝ご飯にした。
 さくらは美歌さんに手を引かれて、テーブルの上のお料理が見えなくて背伸びをして一生懸命食べるものを探していた。

「まんまっ! みぃた、まんまっ!」
「ご飯と卵焼きと筑前煮とお味噌汁で良い?」
「ん! うまっ!」

 目を輝かせて美歌さんに言うさくらに、後から来た海香と宙夢さんが苦笑している。

「うちの子じゃなくなったみたいだわ」
「美歌さんにご迷惑をかけてませんかね?」
「可愛いし、奏歌のことを思い出して楽しいですよ」

 げっそりとした海香と困り顔の宙夢さんに、美歌さんは笑顔で答えていた。
 やっちゃんと茉優ちゃんはパンとスープとサラダとオムレツの朝ご飯だった。それにやっちゃんはコーヒーを添えて、茉優ちゃんはオレンジジュースを添えている。
 仲良く同じテーブルに座って同じものを食べているやっちゃんと茉優ちゃんの姿は微笑ましい。
 私と奏歌くんのテーブルには百合も来ていたが、百合はさっさと食べ終わってデザートのフルーツを取りに行っていた。
 奏歌くんも食べ終わるとデザートのフルーツを取って来る。

「オレンジとパイナップルがあったよ。海瑠さんの分も取って来ちゃった」
「ありがとう、奏歌くん」

 お皿に山盛りのオレンジとパイナップルを取ってきている奏歌くん。二人でたくさんのオレンジとパイナップルを全部食べてしまう頃にはお腹はいっぱいになっていた。
 朝食後に少し休んで、プールに行く計画を立てる。
 川辺に作られたプールは遊ぶのはいいのだが、着替えたりする場所がないようだった。
 温泉宿のひとに聞いてみると、徒歩で行けるので戻って来て入口で良く拭いて部屋に入れば構わないということだった。
 元々日除けをしないようにパーカーやショートパンツは履いていくつもりだったので、その格好で徒歩で川辺のプールまで行くことにした。
 温泉宿から歩いてすぐの場所で、川を大きな石で区切ってプールにしているようなところで、上流から流れ込む水がきらきらと輝いている。日焼け止めを確り塗って、水着の上に日除けのパーカーとショートパンツを履いて、私たちはプールに入った。

「冷たい!」
「海瑠さん、魚がいる!」

 小指より小さな魚が足の間を泳いでいくのが分かる。水は透明で冷たくてとても気持ちいい。

「浅いのね」

 百合は泳げるような深さがないことが不満そうだった。
 ダンスの得意な百合は水泳も得意なのだ。私も泳ぐのは嫌いではない。

「ちゃぷちゃぷ!」
「気持ちいいわね」
「みぃた、みじゅ」
「お水くれるの?」

 手で水を掬おうとして上手に掬えないさくらに、美歌さんが水を手でかけている。さくらも負けずにかけ返して、二人でとても楽しそうだ。
 海香と宙夢さんは日頃の疲れをとるために温泉宿で休んでいた。完全にさくらは美歌さんに預けられているが、美歌さんも楽しそうだし、さくらは良い子だし、これも悪くないのかもしれない。
 茉優ちゃんは深いところに歩いていくやっちゃんの後ろに付いて行っていた。深いところと行っても、大人の太ももくらいの深さしかない。
 流れがあるので水は冷たく、水の中で浮いただけで上流から下流に流されていく。

「海瑠さん、流されちゃう!」
「手を繋ぐ?」

 奏歌くんと手を繋いで私は浮いている奏歌くんを引っ張るようにしてプールの中を連れ歩いた。
 午前中遊んで温泉宿に戻ると、お風呂に入ってからお昼ご飯にしようという話になった。私と美歌さんとさくらは家族風呂へ、茉優ちゃんと百合は大浴場へ、やっちゃんと奏歌くんは大浴場の男湯へそれぞれ別れる。
 宙夢さんと海香もそれぞれ大浴場へ行っていた。

「たのちかったねー」
「楽しかったわね、さくらちゃん」
「さく、ちゃぷちゃぷちた」
「いっぱいプールで遊んだわね」

 身振り手振りを交えて楽しかったことを美歌さんに伝えるさくらは、髪の毛と体を洗ってもらって、湯船にちょっとだけ浸かって出て行った。川の水で結構手足が冷えたのでお湯でじっくり温まると、手足の先がじんじんと痺れる。
 汗をかくくらいまで温まってから私は温泉から出た。
 髪を乾かして部屋に戻ると、百合と茉優ちゃんも戻って来ていた。
 奏歌くんとやっちゃんと宙夢さんと海香とロビーで待ち合わせをして、それぞれの車に別れて乗って街まで行く。広い駐車場のあるうどんのお店で車を停めて、全員降りた。

「さくら、うどんが大好きだから」

 まだ2歳のさくらが食べられるものに全員合わせることにしたようだ。大人しく付いて行く私はうどんのお店のお座敷に通された。

「海瑠さん、何にする?」
「うどんにする」
「何うどん?」

 うどんに種類があったなんて!?
 そういえば劇団の稽古場の食堂のうどんは食券を買うときにトッピングを選べるのだが、私はよく分からないので、うどんだけを食べていた。年越し蕎麦に篠田家では天ぷらを乗せるように、うどんにも色んなものが乗るようだ。

「天ぷらうどんにする? きつねうどんも美味しいよ? 月見うどんは?」

 狐? 月見?
 よく分からなくて首を傾げる私に奏歌くんが説明してくれた。

「きつねうどんは、甘く煮たお揚げが乗ってるんだ。月見うどんは卵が乗ってるんだよ。肉うどんとか天ぷらうどんは分かるよね?」
「奏歌くんはどれにするの?」
「僕は天ぷらうどんにしようかな」

 奏歌くんが頼むのと同じものを私も頼むことにした。篠田家の年越し蕎麦のような豪華な天ぷらの乗ったうどんが運ばれて来る。
 さくらは月見うどんを美歌さんに小さなお椀に入れてもらって、口の周りを卵の黄身で黄色くしながらちゅるちゅると食べていた。

「海瑠さん、早く食べないと、衣が外れちゃうよ」

 さくらの方に気を取られる私に奏歌くんが教えてくれる。そうだった。天ぷらはお出汁につけると美味しいのだが、長時間放っておくと衣が外れてしまうのだ。
 さくさくの食感が残るうちに天ぷらを食べて、私はうどんをしっかりと胃におさめたのだった。
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