可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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八章 奏歌くんとの八年目

22.湯浅さんとの練習

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 バレンタインデーのお茶会とディナーショーは大盛況だった。女装をした美鳥さんが出て来たとき、会場はざわめいた。

「あんな女役さんいた?」
「背が高くない?」
「あのひと、誰?」

 密やかに囁きかわす声を聞きながら美鳥さんと踊ってデュエットをする。腰を強く抱き寄せると、美鳥さんが私にしなだれかかってくるのだが、美鳥さんの方が大きいから包まれるようになってしまう。
 美鳥さんと交代で出てきた真月さんのときにはお客様も気付いていたようだ。

「もしかして、あれって……」
「うそぉ! 女役もやるの?」
「脚綺麗」

 真月さんの脚を撫でる振り付けにお客様はうっとりと見惚れていた。
 三人で舞台に立って紹介をする。

「今回美女役を務めてもらった美鳥さんと真月さんです」
「みど子って呼んで!」
「まー子って呼んでください」

 二人が必死に声を高くして言うのに客席から笑い声が上がる。

「みど子さんはどうだった、久しぶりのドレス」
「久しぶりどころか、スカートも舞台に上がるようになってから一度も履いてないから、スカート捌きが分からなくて」
「そうですよね。こう、ターンしたら、スカートが後からふわって来るんですよ。スラックスだとそんなのないのに」

 トークが盛り上がって、客席は笑いの渦に包まれている。

「まー子も、みど子も、大きいのよね……あぁ、私までオネェみたいな喋りになっちゃったじゃない」
「海瑠さんもこっちの世界に来ましょうよ」
「クリスマスの特別公演でバーのママをやったじゃないですか」

 手招きされて私は苦笑する。

「あれは私の本意じゃないからね? 私は男役トップスターなんだよ?」

 宣言したが客席の笑いがますます激しくなったようで私は若干解せない思いだった。
 お茶会とディナーショーの二回の公演が終わると、マンションに帰る。その日は百合と一緒ではなかったので、マネージャーの園田さんが部屋まで送ってくれた。車から降りて挨拶をすると、園田さんがスケジュールの確認をしてくる。

「明日からガラコンサートの練習も入ってますからね。百合さんと一緒に稽古場に来ちゃダメですよ」
「あ、そうだった! 百合にも連絡しないと」
「津島さんが迎えに来てくれますからね」

 教えられて私はガラコンサートの練習に合流することをやっと思い出した。ガラコンサートに出ること自体は抵抗はないのだが、湯浅さんと奏歌くんが出会ってしまうことには不安があった。
 元凶は真里さんなのだが、代わりに奏歌くんが責められるようなことがあったらどうすればいいのか。私で奏歌くんを守り切れる自信がなかったからこそ、やっちゃんに同席してもらうことで助けてもらおうと決めていた。
 部屋に帰り付くとお味噌汁のお出汁のいい香りとご飯の炊ける匂いがしている。部屋には電気が付いていて、奏歌くんは帰っていたがテーブルの上には書置きがあった。

『今日もお稽古お疲れ様。明日からのガラコンサートの練習も頑張ってね』

 私も把握していなかった私のスケジュールを奏歌くんは把握している。書置きを読んで驚きつつも、奏歌くんの有能さに惚れ直す。
 冷凍のお惣菜を電子レンジで温めて、魚を焼いて、奏歌くんのお味噌汁と炊いてくれたご飯と一緒に食べる。お腹がいっぱいになると身体もぽかぽかと温かくなって、お風呂に入ったら百合に明日のことを連絡してぐっすりと眠った。
 奏歌くんの存在を感じていれば眠るのも怖くない。
 起きて朝ご飯を軽く食べて、着替えて準備する。マンションの下に津島さんの車が着くと携帯電話が鳴って教えてくれた。
 津島さんの車で湯浅さんの劇団に向かう。
 湯浅さんの劇団は男性の団員も女性の団員もいるごく普通の劇団だった。三十年続いている由緒正しい劇団ということだが、私の劇団は百年続いているのでそれほどプレッシャーは感じていなかった。

「瀬川さん、今日はよろしくお願いします」
「皇妃役をやります。テレビでの湯浅くんとの歌と踊り、素晴らしかったです」

 湯浅さんと劇団のトップの女優さんに挨拶をされて私も頭を下げる。

「瀬川海瑠です。ずっと同じ劇団で演じているので、分からないことがあると思います。色々教えてください」

 素直に教えを請えば女優さんが笑顔になった。

「良かった。トップスターの男役さんが来るって聞いてたから、どんな風に接したら失礼にならないか、みんなで考えてたんですよ。謙虚な方で良かったです」
「瀬川さんは努力家で、ファン想いの良いひとだって言ったでしょ?」
「この通り、湯浅くんは瀬川さんに夢中だし」

 女優さんの言葉に、劇団員から笑い声が上がった。
 私が一緒に歌うのは湯浅さんとこの女優さんだけのようだった。
 皇妃が死の象徴に愛される場面と、皇太子が死の象徴に誘惑される場面。その二つのシーンを私はこなす。これまでにも劇団で何回も演じられて来た演目ではあるし、これから私が演じることになるかもしれないので、曲も歌詞もしっかりと覚えていた。
 皇妃との練習では、死の象徴としての禍々しさだけではなく、愛を知って皇妃を無理やり手に入れるのではなくそのときが来るまで待とうとする姿を演じる。
 孤独な皇太子には皇妃を手に入れるために絶望させようと、反乱を唆し、自分だけが友達だと誘う。
 二人との練習は問題なく行われた。

「瀬川さん、かっこいいですね。湯浅くんが憧れるのも分かる」
「憧れてるだけですからね! 僕は瀬川さんのファンで、それ以上ではないです」

 はっきりと告げる湯浅さんに私は内心ほっとする。奏歌くんの面影を湯浅さんの仲に見てしまうから、つい演技にも力が籠ってしまうのだ。
 奏歌くんと舞台に立つことはないだろうけれど、湯浅さんとならば舞台に立つことができる。

「瀬川さんより、僕、背が低いですし」
「湯浅くんはベビーフェイスだもんね」

 笑われている湯浅さんに私はもしかするとと胸を過る。湯浅さんも吸血鬼の血を引いている。産まれたばかりの頃は分からなかったが、吸血鬼の特徴が出て来ているのではないだろうか。
 そうだとすれば、湯浅さんは人間ではないことになる。湯浅さんも吸血鬼だった場合、それを知らなければ湯浅さんはどうなってしまうのか。
 気にしながら私は練習を終えた。
 客演をするということで、その宣伝も担っているやっちゃんが来ていることに気付いて、帰り支度をしているやっちゃんに声をかける。

「話したいことがあるの」
「分かった。今日は俺の車で送って行く」

 マネージャーの津島さんに話を通して、やっちゃんは車で私をマンションまで送ってくれた。マンションにやっちゃんを招くと、奏歌くんがテーブルで勉強をしている。

「やっちゃん、どうしたの?」
「みっちゃんから話があるって言われたんだ」
「海瑠さん、やっちゃんに話が?」

 驚いて急いで勉強道具を片付けてくれる奏歌くんに、私とやっちゃんも椅子に座る。お茶を淹れに行こうとする奏歌くんを私は止めた。

「奏歌くんにも聞いて欲しいの」

 椅子に座り直す奏歌くんは、真剣な眼差しで私を見ている。

「湯浅さんが吸血鬼の血を引いているでしょう? 吸血鬼の特徴が出てきていたらそのことを告げた方がいいのかな?」

 生まれたすぐでは分からなかったが、成長してから吸血鬼の特徴が出てくるという可能性もあるし、吸血鬼の特徴が薄かったから真里さんは湯浅さんに興味がなかったという可能性もある。その話をすると、やっちゃんが難しい表情になった。

「吸血鬼としての特徴が薄いなら、何も知らないまま、人間として生きる方が幸せかもしれない」
「やっちゃん……?」
「俺たち吸血鬼はどれだけ仲がよくなっても周囲の人間に置いて行かれる運命だ。血を吸うことさえ覚えなければ、湯浅さんは平和に人間としての生涯を終えられるんじゃないだろうか」

 吸血鬼やワーキャットとして人間よりも長く生きることが必ずしも幸せではないとやっちゃんは言っている。やっちゃんと美歌さんも、海香と宙夢さんも、私も、そろそろ老いないことに関して周囲から訝しく思われておかしくない時期に入っていた。
 どれだけヨレヨレの服を着て無精ひげを顎にぽつぽつと生やしていても、やっちゃんの素顔が若いことを私は知っている。このままではやっちゃんも私も同じ場所にはいられなくなってどこか新しい場所を探さなければいけなくなる。
 真里さんが一か所に留まらなかった理由もそこにあるのだ。

「血を欲しがるほどの強さでなければ、そのままに生きた方が幸せなんだね」
「湯浅さんにはお母さんもいらっしゃるだろうから、特にね」

 湯浅さんのお母さんは普通の人間だ。真里さんを吸血鬼と知らずに関係を持って子どもを産んだ。お母さんを置いて一人で湯浅さんはどこか遠くに行くなどできないだろう。
 何も告げないことが幸せにつながる。そういうこともあるのだと学んだ。
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