可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

6.お土産の中身は

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 篠田家に泊った翌朝、稽古場に送ってもらった私は、百合と真月さんと美鳥さんに囲まれていた。ちょっと遠目に雪乃ちゃんがにこにことそれを見守っている。

「イギリス旅行のお土産、あるわよね?」
「それだけを励みに、男役トップスターのいない稽古を続けて来たんですよ」
「海瑠さんがいなくて寂しかったですー!」

 囲まれた私はイギリスのチョコレートの専門店で買ったチョコレートの箱を百合と美鳥さんと真月さんに配って行った。遠目に見ている雪乃ちゃんにも手渡す。

「雪乃ちゃんもどうぞ」
「いいんですか!? 嬉しい。もったいなくて食べられない」
「悪くなったらもっともったいないから、食べちゃってね」

 箱を開けてカラフルなマーブル模様になっているチョコレートを百合も美鳥さんも真月さんも雪乃ちゃんも嬉しそうに見ていた。稽古が一人だけ遅れているので、私は追い付くためにボイストレーニングとストレッチから初めて、立ち稽古に入る。台本の中身は全部覚えていたが、脚本家の先生の指示する動きがまだ私には入っていないところがあった。
 休んでいた期間に変わった動きもあるので、それにも合わせていかなければいけない。イギリス旅行に行けたのは本当に楽しかったが、ここでそのツケが回って来ていた。
 百合と美鳥さんと真月さんのフォローがあって、何とか稽古をこなすことができる。
 雪乃ちゃんも下級生なりに一生懸命頑張っていた。
 私たちは劇団に入ってもう十七年くらいになるが、雪乃ちゃんはまだ七年目くらいだ。それで女役の二番手ともいえる位置に立てるのだから、雪乃ちゃんは頑張っている。

「私、百合さんがトップの女役をやっている公演を見て、この劇団に入ろうと思ったんです。この劇団の女役トップスターを目指しています!」

 お昼の休憩で私たちと一緒のテーブルで食べるようになった雪乃ちゃんは、はっきりと宣言していた。力のある若い女役で、経営陣も期待しているようだ。

「私も雪乃ちゃんに女役トップスターを譲って退団したいわ」
「百合さん、退団しちゃうんですか?」
「まだまだ続けるわよ! 伝説を毎年更新していくんだからね!」

 百合が退団の話をすると泣きそうになる雪乃ちゃんに、堂々と宣言する百合。百合の言葉に雪乃ちゃんも笑顔になっていた。
 本当に百合のことを慕っているのだろう。

「私は永遠の二番手って言われてるけど、この位置にすごく満足してるんです」
「美鳥さんは海瑠さんのもう一人の相手役って言われてますからね」
「そうなんです。海瑠さんは女役もこなす男役トップスターだし、相棒としても私が選ばれることが多いですからね」

 一時期私も永遠の二番手と言われて悩んだことがある。美鳥さんも同じことを言われているようだが、美鳥さんは美鳥さんなりに自分の立ち位置を理解して私を支えてくれようとしている。
 このメンバーでよかった。この劇団で芝居ができることの喜びを嚙み締めた一日だった。
 帰りは百合に海香と宙夢さんの家に送ってもらった。百合は海香に少しだけ挨拶をして、帰って行った。

「百合ちゃんも寄って行けばよかったのに」
「百合も忙しいのかな」

 お弁当を自分で作ってきているし、家のこともちゃんとするようになったと聞いている百合は、私のように奏歌くんに頼りきりではなくて忙しいのだろう。海香と宙夢さんの家には美歌さんと奏歌くんもいた。
 美歌さんはさくらに招かれてさくらのお部屋で過ごしていたようだ。私が来るとリビングに出て来る。

「ねぇね、あとぼ!」
「かえちゃん、なにがしたいの?」
「しゅっぽ!」

 もうすぐ3歳になるかえでに誘われて、さくらはリビングにかえでのために電車のレールを敷き始めた。長く続くレールを見ていると、美歌さんも加わって立体交差を作っている。

「電車が好きなのよね。足の踏み場がなくなるから困っちゃうんだけどね」
「かえでが楽しんでるから何も言えないよね」

 かえでのためにレールを敷くさくらと、レールの上を列車を走らせるかえではとても楽しそうだった。かえでとさくらが遊んでいる間に、私はお祖父様からいただいた箱を取り出してテーブルに置いた。どんな素敵なケーキや焼き菓子が出て来るかわくわくしながら箱に手をかける。
 奏歌くんが紅茶を淹れていて、美味しいものが出てきそうな気配を感じ取って、かえでくんが列車の玩具を持ったままテーブルの方に駆け寄って来て、さくらも興味津々でテーブルの上を覗き込んでいる。

「ぱっぱ、だっこ! だこちて!」
「はいはい。かえで、お椅子に座るかな?」
「つわる!」

 列車の玩具を床に置いて、抱っこされたかえでが椅子に座ろうとしたところで、私は箱を開けた。
 パイの上から焼かれた魚の頭が虚ろな目で天井を見上げている。
 これは、もしかしなくても、スターゲイザーパイではないだろうか。

「びぎゃー!? ごわいー!?」

 大声で泣きだしたかえでが必死に宙夢さんの身体にしがみ付いている。子猫の姿になったさくらが、テーブルの上に飛び乗って、フシャーと毛を逆立ててスターゲイザーパイに対して威嚇をする。

「かわいいかえちゃんをなかせた! こいつ、ゆるさない!」
「さくらちゃん、落ち着いて。人間の姿に戻りましょうね?」

 美歌さんがさくらを止めようとしているが、さくらは子猫の姿のままスターゲイザーパイを威嚇している。スターゲイザーパイはただただ虚ろに魚の頭を何本も生やしていた。

「お祖父ちゃんのお土産って、これ!?」

 紅茶の準備をしてキッチンから戻ってきた奏歌くんが驚いている。

「こいつ、かえちゃんをなかせた! わたし、ゆるさない!」

 さくらは子猫の姿で必死に戦おうとしている。
 それだけスターゲイザーパイが食べ物とは思えない異様な姿をしているから仕方がないのだが、かえでとさくらには一度落ち着いてもらわなければいけなかった。宙夢さんが泣くかえでを連れてオムツを替えに行っている間に、美歌さんが動いた。

「分かったわ。これはやっつけましょうね」
「みかさん、たおしてくれるの?」
「一緒にやっつけるから、さくらちゃんも人間の姿に戻って手伝って? 海香先輩、宙夢さん、キッチン借りますね」

 促されてさくらは人間の姿に戻って美歌さんとキッチンに入った。私も様子を見るためにキッチンに入ると、美歌さんは最初に全ての魚を抜いてしまっていた。

「これはニシンね。皮はそのままだけど、骨と内臓の処理はしてあるわ」

 ニシンの皮を剥いで、身だけにして解した美歌さんが、玉ねぎをみじん切りにしてお鍋でバターと一緒に炒めていく。そこに小麦粉を振りかけてよく絡めて炒めたら、牛乳を入れて塩コショウで味付けをしてクリームソースを作った。
 穴の開いたパイの上の部分を切ってしまって、クリームソースと解したニシンの身を混ぜて美歌さんがパイ生地の中に流し込む。

「もう怖くないよって、かえでくんを呼んで来てくれる?」
「みかさんがやっつけてくれた! もうこわくない!」

 食べ物と思えない奇妙なオブジェのようなスターゲイザーパイは、美歌さんの手によってお魚のクリームパイに変わっていた。戻ってきたかえでは涙を拭いて、いい匂いにじっとお魚のクリームパイを見て、大人しく椅子に座った。

「いたらきまつ」

 切られたお魚のクリームパイを私たちは美味しくいただいた。パイ自体が大きくなかったので、全員が一口ずつ食べるくらいの量になったが、美歌さんのおかげで美味しく食べることができた。

「父はイギリス人だったのね。よく分かったわ」

 小さい頃に別れているのでお祖父様のことはほとんど覚えていないという美歌さんも、はっきりとお祖父様がイギリス人だということを実感したようだった。お土産の紅茶は美味しかったし、焼き菓子も美味しかったが、かえでは箱を開けるたびに何が出て来るが警戒しているようだった。
 私もまさかスターゲイザーパイが出て来るとは思わなかったので、かえでを怖がらせ、さくらを激怒させてしまったことを反省した。

「先に僕たちで確認しておけばよかったね」
「かえでとさくらには気の毒なことをしちゃったわ」

 奏歌くんと私で反省していると、美歌さんが苦笑する。

「私がやっつけたから平気よ。この件に関しては、父によく言っとかないと」
「母さん、お祖父ちゃんと連絡を取るの?」
「そのつもりよ」

 美歌さんの中ではこの事件がお祖父様との和解のきっかけになりそうで、私はスターゲイザーパイも憎めないやつだと思い始めていた。
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