君は僕の運命、僕を殺す定め

秋月真鳥

文字の大きさ
16 / 33
後編 (受け視点)

6.歪んだ英雄譚

しおりを挟む
 英雄譚に変化が出たのは不審者グループの襲撃事件が起きてからのことだった。ディーデリヒを庇って怪我を負ったアルトゥロと付き合うはずのディーデリヒが、他の学友と付き合い始めたという噂をミヒャエルは聞いたのだ。

「嘘だろ、ディーデリヒ王太子殿下は英雄のアルトゥロと付き合って結婚するはず」

 定められた運命を変えてしまった罪悪感がミヒャエルにはあった。アルトゥロには国王陛下の配偶者という輝かしい未来があったはずなのに、自分がそれを壊してしまったかもしれない。

「いや、この時期の付き合うなんてあてにならない。まだ15歳や16歳の子どもだから気が変わることもあるだろう」

 必死に自分に言い聞かせてもミヒャエルは落ち着かない気持ちでいっぱいだった。自分の行動が英雄譚を曲げてしまって、アルトゥロの人生を狂わせてしまったならば責任の取りようがない。アルトゥロの将来まではミヒャエルは見ることなく19歳で死んでしまう。ディーデリヒと付き合うべきはアルトゥロなのに、ミヒャエルはそのことをどう伝えていいのか迷っていた。
 冬の最中にアルトゥロがミヒャエルの屋敷を訪ねて来た。最初は無視しようと思ったが、庭でずっと待っている気配に、仕方なく追い返すためにセーターを着ただけの格好で出て行く。冬の風はむき出しの耳や頬を冷たく切り裂くようだ。

「こんなところで何をしているんだよ?」
「兄上と話したかったんだ」
「僕は君と話すことなんて……」

 寒さに震えているのはミヒャエルだけではない。長時間外で待っていたアルトゥロもコートを着てマフラーを巻いているが、身体の芯まで冷え切っているだろう。ミヒャエルに構うことなどないのに、何の用かとアルトゥロを見上げると、マフラーを外している。

「寒いんじゃないか、兄上?」
「平気だ。僕に構わなくていい」

 外したマフラーを首に巻かれて、ミヒャエルはかつて同じようなことをアルトゥロにしたのを思い出していた。郷愁にかられたせいか、マフラーを断ることができない。代わりにミヒャエルの口から出たのはずっと気になっていたことだった。

「君が選ばれるはずだったんだ」
「え?」
「ディーデリヒ王太子殿下のお相手に」

 本来ならばアルトゥロがディーデリヒと付き合うはずだったのだが、そのきっかけとなる不審者グループの襲撃事件でアルトゥロがミヒャエルに同行して病院に行ってしまったために、ディーデリヒは別の学友と付き合い始めた。そのことをミヒャエルはアルトゥロに申し訳ないと感じていた。

「この年齢の付き合いなんて分からないもんな。これから心変わりするかもしれない」
「俺がディーデリヒと付き合うことはない」

 将来の国王陛下の配偶者となれるチャンスだったのにもったいなかったと、アルトゥロを慰めるつもりで言ったミヒャエルに、白い息を吐きながらアルトゥロがはっきりと言う。
 学友と付き合っているから遠慮しているのかもしれないが、本来はアルトゥロと付き合うはずだったのだから、ディーデリヒを取られたと抗議して奪い返してもいいはずなのに。

「兄上のおかげで俺は蛇に咬まれなかった。流行性耳下腺炎にもかからなかった。襲撃事件でも怪我を負ったのは兄上で、俺じゃない。兄上は俺を守ってくれている」
「それは、君がこの国にとってかけがえのない人間だからだよ」

 英雄、アルトゥロ・ハーマン。隣国の大魔法使いの依り代となって、魔王を作り出すミヒャエルを殺し、未来の国王陛下の配偶者となってこの国を栄えさせる大英雄。ルイーゼがずっと聞かせてくれていた英雄譚では、アルトゥロはそういう立ち位置だった。

「ディーデリヒが俺と付き合わなかったなら、兄上の予言が外れることもあるんだな?」

 予言と言われて、ミヒャエルはアルトゥロは英雄譚をそのように捉えているのかと理解する。ミヒャエルにとっては定められた英雄譚だが、アルトゥロにとってはミヒャエルが未来を予見してアルトゥロに伝えているように感じているのだろう。
 そのことをミヒャエルは訂正する気はなかった。

「これは大事な予言じゃなかったんだ。もっと大事なことがある。君はディーデリヒ王太子殿下から、同じ大学に行くように誘われる。それはこの国の魔法医療に関わる分野だ」
「俺が進みたいと思っている分野を、なんで兄上が知っているんだ?」
「ディーデリヒ王太子殿下がご存じなのだ。入学試験の日は大雪が降る。君は試験会場近くのホテルに滞在しておいた方がいい」

 予言と口にすると、アルトゥロが運命を受け入れるかもしれない。そう思ってその単語を口にしたのだが、アルトゥロの疑問は別のところにあった。アルトゥロが進みたいと思っている大学には、ミヒャエルも行くつもりなのだが、大学の授業に興味があるからではない。その大学の校舎でミヒャエルが殺されると英雄譚には書かれているからだ。
 もう話は終わったので巻かれていたマフラーを外して返そうとすると、アルトゥロはミヒャエルの身体を抱き締めてくる。至近距離から見たアルトゥロの顔は、英雄になるだけあってとても整っている。
 英雄とは顔もいいのだとぼんやりと見ていると、アルトゥロは信じられないことを言いだしてきた。

「高校を卒業したら、兄上と暮らしたい」

 どうしてそこで一緒に暮らす話になるのか分からない。アルトゥロは大学に入ってすぐの頃にミヒャエルを殺すのだから、一緒に暮らすことに何の意味もない。

「その必要はなくなる。君は僕を殺すんだから」
「俺は絶対に兄上を殺さない」
「決まったことなんだ。誰にも変えることはできない」

 胸を押すと腕が緩んで、整った顔が離れていく。それを少し残念に思いながらもミヒャエルは離れの棟に入って行った。
 玄関のドアを閉めて部屋に戻るとエアコンと床暖房で部屋は暖かく保たれている。乾燥するので加湿器を置いた方がいいと言った使用人がいたが、死んでいく自分には必要のないものなのでミヒャエルはそれを購入しようとは思わなかった。
 英雄譚を記したルイーゼの手記を読んでいくと、アルトゥロが高校三年になってからの出来事で気になるところがあった。それを伝えてしまいたいが、伝えるとまた運命が妙な方向に捻じ曲がるかもしれない。
 考えた挙句、ミヒャエルはアルトゥロにギリギリのところで英雄譚の内容を伝えることに決めた。
 次の年の初夏にミヒャエルは高校を卒業した。大学への入学は推薦入試で決まっていた。ミヒャエルが選んだ学部は文学部だった。幼い頃からルイーゼの語る英雄譚を聞いて育ったミヒャエルは、この国の文学に興味があった。残る時間が少ないとしても、少しの間だけでも文学に浸っていたい。
 友人もおらず、大学の講義に出るのも地味に目立たないようにして、気配を殺して過ごす日々が、終わりの時間まで穏やかに続くことだけをミヒャエルは願っていた。
 高校三年の冬休みに18歳になっていたアルトゥロが離れの屋敷に一人で住むと言い出して、フリーダがそれを許し、荷物もすべて運び込まれたのを確認して、ミヒャエルはアルトゥロを訪ねた。応接間に通されて、アルトゥロにとっては幼い頃からフリーダと育った思い出のある場所だと思うと、出されたティーカップを触るのも躊躇われて、カップを手に取ったのはいいが口をつけることができない。
 さっさと要件を告げて出て行こうと思ってミヒャエルは口を開いた。

「君に伝えないといけないことがある」
「また予言か? 兄上には何が見えているんだ?」
「いいから聞いてくれ。君が離れの屋敷に移り住んだことを知って、父のゲオルグが一週間以内にこの離れにやってくる。離れに移り住むことを先に言っていたら、君がそうしないかと思ったからギリギリまで言えなかった」

 アルトゥロが離れの部屋に移り住むことを先に伝えていたら、アルトゥロはそれに抗っていたかもしれない。そうならないために荷物も全部運び込まれてから告げたのだが、一週間と言わずゲオルグの来る日はもっと近いかもしれないとミヒャエルは考えていた。ルイーゼの手記は大体の季節は書いてあるのだが、細かな日付までは分からない。できるだけ早くミヒャエルはアルトゥロに伝えなければいけなかった。

「父は君に金の無心をするだろう。そのときに、父は下町で買った質のよくない拳銃を持っている。追い返そうとする君と揉み合いになって、君は父を打ってしまう」
「俺が父上を!?」
「君は僕のような人間ですら殺したくないと言うような優しい英雄だ。君の手を汚したくない。父が来ても絶対に扉を開けずに、警察に連絡するんだ」

 揉み合いになって怪我をするのはアルトゥロではないが、父のゲオルグを撃ったことによって面倒な事情聴取はされてしまう。それも煩わしいだろうし、英雄譚の内容が外れることはないだろうが、間違えてアルトゥロが怪我を負ってもミヒャエルは後味が悪い。

「君が手を汚すのは、僕だけでいい」

 優しいアルトゥロにそのままでいて欲しいというのはミヒャエルのエゴなのだろうか。英雄譚を歪めるほどではないであろう些細な出来事なのだから、これくらいは変えていいだろう。

「俺は兄上も殺したくない! 絶対に方法を考えて兄上を殺さない運命にする」
「それだけは無理だよ。些末なことは変えられても、大きな流れは変わらないんだ」

 もう伝えることは全部伝えた。一口も飲まなかったティーカップをソーサーに置いてミヒャエルは立ち上がった。その腕を強く掴んでミヒャエルが抱き寄せる。
 何が起きているのか理解できない。
 サヨナラのハグにしてはあまりにも強引な腕にミヒャエルは戸惑う。アルトゥロが怖くて兄のミヒャエルに甘えているのならば受け入れてやらなければいけないのだろうか。
 アルトゥロの腕の中でミヒャエルは固まっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

処理中です...