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25.ルシアン殿下の即位式
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王宮の庭には雪が積もるようになっていた。わたくしとルシアン殿下も寒い離宮から出て、王宮の王の部屋と王妃の部屋に移る日が来た。
今日はルシアン殿下の誕生日であり、ルシアン殿下の即位式の日である。
ルシアン殿下は白いテイルコートを着ていて、わたくしも白いドレスを身に纏っていた。結婚式の衣装とは別に、即位式のために誂えさせたものだ。そこに温かなマントを羽織って、ルシアン殿下とわたくしは馬車に乗って王宮本殿まで移動した。
「リュシア姉様、式典のために昼食は食べられないかもしれません。朝食はしっかりと食べられましたか?」
「緊張で自分がどれだけ食べたかもよく分かりません」
「実はぼくも緊張しています」
十六歳のときも長身で立派な体躯だったが、ルシアン殿下はこの二年でさらに背が伸びて体付きも大人の男性らしくしっかりとしていた。国王陛下は有事の際には騎士団や軍を率いることもあるというのだから、ルシアン殿下も鍛え上げられた体付きをしている。
ルシアン殿下に比べたらそれほど背も高くなく、ぶくぶくと太っていたギヨーム殿下と、ほっそりしすぎていたデュラン殿下とは比べ物にならない。
堂々としたルシアン殿下には見とれてしまうが、わたくしと話しているときには、相変わらずわたくしのことは「リュシア姉様」と呼ぶし、不安や弱音も口にしてくださるので、わたくしには変わらずルシアン殿下がかわいく愛しい存在でしかなかった。
「式典の途中に休憩を挟んで、リュシア姉様とぼくが少し軽食を摘まめる時間を取りましょうか?」
「気にしなくても、緊張でそんなにお腹が空いて来たりしないと思います」
「式典の最中にお腹が鳴ったら恥ずかしくないですか?」
「ルシアン殿下なら大丈夫ですよ」
かわいいことを言うルシアン殿下に、わたくしはその肩に手を置いて安心させるように言う。ルシアン殿下はわたくしに向かって微笑みかける。
「リュシア姉様がいると安心します」
「そろそろ、『姉様』ではなくて『リュシア』と」
「そ、それは、追々」
今日国王陛下になるというのに、ルシアン殿下はまだわたくしを「リュシア」と呼び捨てにする気にはなれない様子だった。
馬車が王宮本殿に着く。
わたくしはほとんど王宮本殿には入ったことがなかったが、これからはここで暮らすようになるのだ。
ギヨーム殿下とデュラン殿下はずっとここで暮らしていた。ルシアン殿下はギヨーム殿下とデュラン殿下に追いやられて、王宮の中の寂れて鄙びた離宮に住まされていた。冷遇されていたルシアン殿下も、今日からは国王陛下として認められるのである。
「ルシアン殿下、参りましょう」
「はい、リュシア姉様」
手を伸ばしたのはどちらが先だったか分からない。手を取り合ってわたくしとルシアン殿下は王宮の大広間まで歩いて行った。
大広間には貴族たちが揃っていて、奥の壇上には国王陛下が立っていた。
ルシアン殿下とわたくしは国王陛下に頭を下げ、挨拶をする。
「ルシアン・ノワレ、参りました」
「リュシア・ルミエール、参りました」
「二人とも、よく来てくれた。さぁ、始めよう」
かすれた声だが少しずつ生気を取り戻してきた国王陛下がルシアン殿下とわたくしを壇上に招く。壇上に上がったルシアン殿下に、国王陛下が宣言した。
「今日、我が息子、ルシアンは成人した。これを以て、わたしは国王の座を退き、王太子たるルシアンが国王になる」
国王陛下の宣言に、貴族たちから拍手が上がる。
国王陛下は王冠を手に取り、膝をついて頭を下げるルシアン殿下の頭の上に乗せた。
その王冠は代々ノワレシア王国で受け継がれているもので、華美ではないが、拡張あるものだった。
「わたしは最愛の王妃、アマーリエを失ってから、政治を疎かにし、この国を傾けてしまった。ルシアンよ、どうかこの国の未来を頼む。そして、王妃であるリュシアと共に幸福になってほしい」
「父上、ありがとうございます。父上のお心を継いで、わたしは立派な国王になります」
王冠を頂いたルシアン殿下が立ち上がった。
その立派な姿に貴族たちがため息を漏らしている。
「王妃リュシアよ、そなたはルシアンのために力を尽くしてくれたこと、聞き及んでいる。これからもルシアンを支え、共に生きていってほしい」
「心得ました、義父上」
わたくしが答えると、元国王陛下の義父上はわたくしに錫杖を差し出した。王冠と錫杖。それを受け取るのが即位の儀式のはずだが、ルシアン殿下が王冠を、わたくしが錫杖を受け取ることになっているようだ。
恭しく錫杖を受け取ると、ルシアン殿下がわたくしの手を取る。ルシアン殿下の大きな手にわたくしは手を重ねた。
「わたしは成人したとはいえまだ十八歳。未熟な面もあるでしょう。わたしが間違いを犯しそうになった場合、わたしが道に迷った場合、どうかわたしを助けてください。この国は国王だけのものではありません。この国は国民全員のものなのです」
宣言するルシアン殿下……いえ、ルシアン陛下に、一番前に立っていたわたくしの父が拍手を送っている。父の拍手につられるように貴族たちの中からも拍手が巻き起こった。
即位の儀式が終わると、ルシアン陛下とわたくしはバルコニーに出た。
バルコニーからは王宮の外が見える。王宮の外には国民が集まっていた。
「わたし、ルシアン・ノワレは本日をもって国王に即位しました。兄たちの暴走を止められず、国民の皆さんには苦しい思いをさせてきました。これからは議会とも貴族たちとも力を合わせてこの国を建て直していこうと思っています。まだ頼りない国王かもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
国民に対しても誠実に向き合い、頭を下げるルシアン陛下に、国民から拍手と声が上がる。
「国王陛下、万歳! 王妃殿下、万歳!」
声を上げている中に、ギヨーム殿下の元王子妃の侍女とその息子が混じっているような気がして、わたくしはバルコニーから身を乗り出した。手を振ると、国民がわっと歓声を上げて歓迎してくれる。
バルコニーでの挨拶が終わると、ルシアン陛下は王冠を置いて、わたくしは錫杖を置いて、コートを身に着けた。
これから屋根のない馬車で王都をパレードするのだ。
「リュシア姉様、行きましょう」
「はい、ルシアン陛下」
「リュシア姉様……」
「どうしましたか?」
「いえ、後で言います」
王宮の玄関まで歩き、屋根のない馬車に乗り込むと、風が切り裂くように冷たい。コートを着ていなければわたくしは凍えていただろう。
走り出した馬車の上でルシアン陛下が微笑んで手を振るのに、国民が歓声を上げて手を振り返している。わたくしも手を振れば、歓声と共に手を振り返された。
「国王陛下、万歳!」
「王妃殿下、万歳!」
国民の中には貧しく荒れた様子のものも少なくはなかった。
ギヨーム殿下とデュラン殿下が政治を操っていた時期に圧政で苦しんでいたのだろう。これからはルシアン陛下がこの国を建て直す。ルシアン陛下の御代になるのだ。
パレードが終わってから、ルシアン陛下とわたくしが国王の部屋と王妃の部屋に戻れたのは夕方近くになってからだった。
着替えて、わたくしとルシアン陛下はお茶室でお茶をした。昼食を食べられなかったのでお腹が空いていて、わたくしはサンドイッチやキッシュなどの軽食に手を付けていた。
「リュシア……」
「は、はい」
「ぼくも頑張って、リュシアと呼ぶようにします。なので、リュシアもぼくのことは『陛下』ではなく、『ルシアン』と呼んでもらえませんか?」
馬車に乗る前にルシアン陛下が言いかけたことはそのことだったのか。
さすがに公の場で「ルシアン」と呼ぶことは難しかったが、二人きりのときならば構わないだろう。
「それでは、二人きりのときには、ルシアン様と呼ばせていただきますね」
「ありがとうございます、リュシア……あぁ、照れますね」
「慣れてください」
「ずっとリュシア姉様と呼んでいたのですよ。最初は戸惑います」
それでもわたくしはルシアン様に「リュシア」と呼んでほしかった。
わたくしはルシアン様の姉ではなく、妻なのだから。
今日はルシアン殿下の誕生日であり、ルシアン殿下の即位式の日である。
ルシアン殿下は白いテイルコートを着ていて、わたくしも白いドレスを身に纏っていた。結婚式の衣装とは別に、即位式のために誂えさせたものだ。そこに温かなマントを羽織って、ルシアン殿下とわたくしは馬車に乗って王宮本殿まで移動した。
「リュシア姉様、式典のために昼食は食べられないかもしれません。朝食はしっかりと食べられましたか?」
「緊張で自分がどれだけ食べたかもよく分かりません」
「実はぼくも緊張しています」
十六歳のときも長身で立派な体躯だったが、ルシアン殿下はこの二年でさらに背が伸びて体付きも大人の男性らしくしっかりとしていた。国王陛下は有事の際には騎士団や軍を率いることもあるというのだから、ルシアン殿下も鍛え上げられた体付きをしている。
ルシアン殿下に比べたらそれほど背も高くなく、ぶくぶくと太っていたギヨーム殿下と、ほっそりしすぎていたデュラン殿下とは比べ物にならない。
堂々としたルシアン殿下には見とれてしまうが、わたくしと話しているときには、相変わらずわたくしのことは「リュシア姉様」と呼ぶし、不安や弱音も口にしてくださるので、わたくしには変わらずルシアン殿下がかわいく愛しい存在でしかなかった。
「式典の途中に休憩を挟んで、リュシア姉様とぼくが少し軽食を摘まめる時間を取りましょうか?」
「気にしなくても、緊張でそんなにお腹が空いて来たりしないと思います」
「式典の最中にお腹が鳴ったら恥ずかしくないですか?」
「ルシアン殿下なら大丈夫ですよ」
かわいいことを言うルシアン殿下に、わたくしはその肩に手を置いて安心させるように言う。ルシアン殿下はわたくしに向かって微笑みかける。
「リュシア姉様がいると安心します」
「そろそろ、『姉様』ではなくて『リュシア』と」
「そ、それは、追々」
今日国王陛下になるというのに、ルシアン殿下はまだわたくしを「リュシア」と呼び捨てにする気にはなれない様子だった。
馬車が王宮本殿に着く。
わたくしはほとんど王宮本殿には入ったことがなかったが、これからはここで暮らすようになるのだ。
ギヨーム殿下とデュラン殿下はずっとここで暮らしていた。ルシアン殿下はギヨーム殿下とデュラン殿下に追いやられて、王宮の中の寂れて鄙びた離宮に住まされていた。冷遇されていたルシアン殿下も、今日からは国王陛下として認められるのである。
「ルシアン殿下、参りましょう」
「はい、リュシア姉様」
手を伸ばしたのはどちらが先だったか分からない。手を取り合ってわたくしとルシアン殿下は王宮の大広間まで歩いて行った。
大広間には貴族たちが揃っていて、奥の壇上には国王陛下が立っていた。
ルシアン殿下とわたくしは国王陛下に頭を下げ、挨拶をする。
「ルシアン・ノワレ、参りました」
「リュシア・ルミエール、参りました」
「二人とも、よく来てくれた。さぁ、始めよう」
かすれた声だが少しずつ生気を取り戻してきた国王陛下がルシアン殿下とわたくしを壇上に招く。壇上に上がったルシアン殿下に、国王陛下が宣言した。
「今日、我が息子、ルシアンは成人した。これを以て、わたしは国王の座を退き、王太子たるルシアンが国王になる」
国王陛下の宣言に、貴族たちから拍手が上がる。
国王陛下は王冠を手に取り、膝をついて頭を下げるルシアン殿下の頭の上に乗せた。
その王冠は代々ノワレシア王国で受け継がれているもので、華美ではないが、拡張あるものだった。
「わたしは最愛の王妃、アマーリエを失ってから、政治を疎かにし、この国を傾けてしまった。ルシアンよ、どうかこの国の未来を頼む。そして、王妃であるリュシアと共に幸福になってほしい」
「父上、ありがとうございます。父上のお心を継いで、わたしは立派な国王になります」
王冠を頂いたルシアン殿下が立ち上がった。
その立派な姿に貴族たちがため息を漏らしている。
「王妃リュシアよ、そなたはルシアンのために力を尽くしてくれたこと、聞き及んでいる。これからもルシアンを支え、共に生きていってほしい」
「心得ました、義父上」
わたくしが答えると、元国王陛下の義父上はわたくしに錫杖を差し出した。王冠と錫杖。それを受け取るのが即位の儀式のはずだが、ルシアン殿下が王冠を、わたくしが錫杖を受け取ることになっているようだ。
恭しく錫杖を受け取ると、ルシアン殿下がわたくしの手を取る。ルシアン殿下の大きな手にわたくしは手を重ねた。
「わたしは成人したとはいえまだ十八歳。未熟な面もあるでしょう。わたしが間違いを犯しそうになった場合、わたしが道に迷った場合、どうかわたしを助けてください。この国は国王だけのものではありません。この国は国民全員のものなのです」
宣言するルシアン殿下……いえ、ルシアン陛下に、一番前に立っていたわたくしの父が拍手を送っている。父の拍手につられるように貴族たちの中からも拍手が巻き起こった。
即位の儀式が終わると、ルシアン陛下とわたくしはバルコニーに出た。
バルコニーからは王宮の外が見える。王宮の外には国民が集まっていた。
「わたし、ルシアン・ノワレは本日をもって国王に即位しました。兄たちの暴走を止められず、国民の皆さんには苦しい思いをさせてきました。これからは議会とも貴族たちとも力を合わせてこの国を建て直していこうと思っています。まだ頼りない国王かもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
国民に対しても誠実に向き合い、頭を下げるルシアン陛下に、国民から拍手と声が上がる。
「国王陛下、万歳! 王妃殿下、万歳!」
声を上げている中に、ギヨーム殿下の元王子妃の侍女とその息子が混じっているような気がして、わたくしはバルコニーから身を乗り出した。手を振ると、国民がわっと歓声を上げて歓迎してくれる。
バルコニーでの挨拶が終わると、ルシアン陛下は王冠を置いて、わたくしは錫杖を置いて、コートを身に着けた。
これから屋根のない馬車で王都をパレードするのだ。
「リュシア姉様、行きましょう」
「はい、ルシアン陛下」
「リュシア姉様……」
「どうしましたか?」
「いえ、後で言います」
王宮の玄関まで歩き、屋根のない馬車に乗り込むと、風が切り裂くように冷たい。コートを着ていなければわたくしは凍えていただろう。
走り出した馬車の上でルシアン陛下が微笑んで手を振るのに、国民が歓声を上げて手を振り返している。わたくしも手を振れば、歓声と共に手を振り返された。
「国王陛下、万歳!」
「王妃殿下、万歳!」
国民の中には貧しく荒れた様子のものも少なくはなかった。
ギヨーム殿下とデュラン殿下が政治を操っていた時期に圧政で苦しんでいたのだろう。これからはルシアン陛下がこの国を建て直す。ルシアン陛下の御代になるのだ。
パレードが終わってから、ルシアン陛下とわたくしが国王の部屋と王妃の部屋に戻れたのは夕方近くになってからだった。
着替えて、わたくしとルシアン陛下はお茶室でお茶をした。昼食を食べられなかったのでお腹が空いていて、わたくしはサンドイッチやキッシュなどの軽食に手を付けていた。
「リュシア……」
「は、はい」
「ぼくも頑張って、リュシアと呼ぶようにします。なので、リュシアもぼくのことは『陛下』ではなく、『ルシアン』と呼んでもらえませんか?」
馬車に乗る前にルシアン陛下が言いかけたことはそのことだったのか。
さすがに公の場で「ルシアン」と呼ぶことは難しかったが、二人きりのときならば構わないだろう。
「それでは、二人きりのときには、ルシアン様と呼ばせていただきますね」
「ありがとうございます、リュシア……あぁ、照れますね」
「慣れてください」
「ずっとリュシア姉様と呼んでいたのですよ。最初は戸惑います」
それでもわたくしはルシアン様に「リュシア」と呼んでほしかった。
わたくしはルシアン様の姉ではなく、妻なのだから。
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