エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
51 / 528
二章 ノメンゼン子爵の断罪

21.両親の決意

しおりを挟む
 お茶の準備がされて、わたくしとクリスタ嬢とハインリヒ殿下とノルベルト殿下と両親でお茶会が始まっても、ハインリヒ殿下はお茶には手を付けなかったし、ケーキや軽食にも手を付けなかった。
 ずっと何か言いたそうな顔をしているハインリヒ殿下に両親が促す。

「ハインリヒ殿下は手紙を読んですぐにこちらにいらっしゃったのですか?」
「それだけ重要なこととお思いになったんですね」
「はい、わたしのせいでクリスタじょうがブリギッテじょうになにかいわれたのではないかとおもったのです」

 正直なハインリヒ殿下だがこれで皇太子としてやっていけるのかというのは疑問が残る。まだ七歳なのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。

「ちちもははも、わたしにはこうゆうかんけいにきをつけるようにいっていました。わたしとこうゆうかんけいをもつと、ほかのきぞくにめをつけられることがあると」
「ハインリヒはクリスタ嬢がお気に入りで、クリスタ嬢の出るお茶会を聞いて出席したり、クリスタ嬢に髪飾りを渡したりしていました。そのことがバーデン公爵家の令嬢、ブリギッテ嬢には面白くなかったのではないかと思ったのです」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は手紙の内容を読んで話し合ってきたようだ。手紙の内容がきっちりと二人には伝わっている。

「その件なのですが、わたくし、疑問に思っていることがありまして。言ってもよろしいですか、ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下?」
「おっしゃってください」
「僕たちにも教えてください」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の許可を得てわたくしは話しだす。

「ブリギッテ様はしきりにクリスタ嬢をバーデン家に招こうとしているのです。バーデン家でクリスタ嬢に何をするつもりなのか、わたくしは怖くてクリスタ嬢をバーデン家には行かせたくないのですが、バーデン家から直々に招待があればクリスタ嬢は断ることができません」
「そのときには私もついて行くよ」
「わたくしも参ります。わたくしたちはクリスタ嬢を引き取っていて、クリスタ嬢の保護者なのですから」

 わたくしの両親が言葉を添えてくれるがそれに関してもハインリヒ殿下とノルベルト殿下は難しい表情をしていた。

「ノメンゼン子爵がバーデン家にクリスタ嬢の教育を頼んだという申し立てが父の元に来ました」
「クリスタじょうはエリザベートじょうととてもなかがいいですし、クリスタじょうとエリザベートじょうはおははうえどうしがしまいのいとこでしょう? ノメンゼンけはディッペルこうしゃくけのいちぞくにはいるのに、バーデンけにきょういくをたのむというのがおかしくて」
「もちろん、父はその申し立てを却下しましたが、バーデン公爵家がクリスタ嬢を狙っているのは間違いありません」

 ノルベルト殿下とハインリヒ殿下の言葉にわたくしは最悪の想像をしてしまった。
 ノメンゼン子爵まで関わっているとなると、クリスタ嬢がどうなってしまうのか本当に分からない。
 ノメンゼン子爵は自分の娘であるクリスタ嬢をバーデン家にやってしまって、後妻の娘であるローザ嬢に子爵家を継がせようとしているのではないだろうか。そんなことは国王陛下がクリスタ嬢をノメンゼン家の後継者として正式に認めていて、文書も出しているので適うはずがないのだが、それを覆せるとしたら、バーデン家の養子にクリスタ嬢がなることだった。

「バーデン家はクリスタ嬢を養子にして、ハインリヒ殿下との婚約の話を持ち掛けて、バーデン家が栄えるようにクリスタ嬢を道具にしようとしているのでは!?」

 わたくしの言葉にクリスタ嬢がひしっとわたくしにしがみ付く。

「わたくし、バーデンけにいきたくない! おねえさまといっしょがいい!」
「クリスタ嬢、わたくしも、クリスタ嬢をバーデン家にやりたくありません」

 元々クリスタ嬢はノメンゼン家で酷い扱いを受けていた。バーデン家に引き取られた後で正しい教育と健やかな成長を遂げるための環境が整えられるかは信用できない。
 ディッペル公爵家ではわたくしも母もクリスタ嬢を立派な淑女に育てようとしている。国一番とまではいかないかもしれないが、クリスタ嬢はフェアレディになるのだ。

「ノメンゼン家からディッペル家がクリスタ嬢を引き取った理由については聞き及んでいます」
「ノメンゼンけは、クリスタじょうをぎゃくたいしていたのでしょう。それで、クリスタじょうのおばにあたるこうしゃくふじんがひきとったのは、じゅんとうといえます」
「バーデン家はノメンゼン家ともクリスタ嬢とも関わりのない家」
「ノメンゼンけがそこにクリスタじょうをあずけるといったのもなにかうらがありそうですし、バーデンけでクリスタじょうをいじめるつもりかもしれません」

 それはぜったいにゆるせない。

 ハインリヒ殿下の意見にわたくしも賛成だった。

「今のところ、ノメンゼン家がバーデン家に申し入れていることは、父のところで話が止まっています。父もノメンゼン家とバーデン家の申し立てを受け入れることはないでしょう」
「そのうえで、クリスタじょうをてにいれたいバーデンけのたくらみを、あばかなければいけません! クリスタじょうが、こんご、ブリギッテじょうにいやみをいわれることがないように!」

 鼻息荒く意気込んでいるハインリヒ殿下をノルベルト殿下が肩に手を置いて宥めている。
 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が味方ならばわたくしも心強かった。

「わたしたちからちちにつたえます。バーデンけのことをさぐってくださるように。クリスタじょうはおまもりいたしますので、あんしんしてまっていてください」
「調べるのには時間がかかるかもしれませんが、バーデン家からディッペル家に手出しはさせませんので、安心してください」
「ブリギッテじょうも、クリスタじょうにちかづかないように、わたしができるだけおちゃかいではどうせきします」
「僕もハインリヒと一緒に同席します」

 完全に協力体制のハインリヒ殿下とノルベルト殿下に、クリスタ嬢も安心したようだった。

「わたくし、おねえさまからひきはなされないのですね」
「バーデンけがなにをいってきても、こくおうへいかはそのもうしでをうけいれていないとこたえてください」
「おねえさま、よかった。ありがとうございます、ハインリヒでんか」

 わたくしに抱き付きながらクリスタ嬢が胸を撫で下ろしている。クリスタ嬢の髪を撫でてわたくしはクリスタ嬢を守ろうとますます強く誓ったのだった。

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が帰ってから両親がわたくしとクリスタ嬢を呼んで、ソファに座らせた。両親もわたくしとクリスタ嬢の向かいのソファに座っている。

「バーデン家が何を考えているのか分からないけれど、それは国王陛下に探っていただこう」
「クリスタ嬢はこのディッペル家を我が家と思って過ごしていいですからね」
「ありがとうございます、おじうえ、おばうえ」
「それにしても、ノメンゼン子爵は何を考えているのか。自分の娘なのに」
「え!? わたくし、ノメンゼンししゃくのむすめだったの!?」

 クリスタ嬢の驚きに両親も何事かと目を丸くしている。
 クリスタ嬢はディッペル家で過ごすうちに自分の父親を忘れてしまったのだろうか。忘れるならば忘れても構わないような父親だが、それでも、クリスタ嬢がノメンゼン子爵の娘だということを知らなかったのは驚きだった。

「おばさん……ローザのははおやがいっていたの。ノメンゼンししゃくのことは、『だんなさま』とよびなさいって」
「それは本当ですか、クリスタ嬢!?」
「そうよばないと、おうぎでぱちんっ! だったわ」

 なんということでしょう。
 ノメンゼン子爵の後妻のノメンゼン子爵夫人は、クリスタ嬢をメイドのように扱っていて、父親のことを「旦那様」と呼ぶように躾けていたのだ。
 父親の方もそれに何も言わなかったとなると、酷い虐待だと言える。

「ノメンゼン子爵を『旦那様』と呼ぶ必要はありません。父親だと思う必要もありません!」
「エリザベート……」
「クリスタ嬢をこんなにも苦しめていたなんて許せない!」

 憤るわたくしに両親が小さく呟く。

「本当にわたくしの妹は蔑ろにされていたのですね。亡くなって一年以内に後妻の子どもが産まれているからおかしいと思っていたのです」
「テレーゼの妹が生きていた時期から平民の妾を持っていたという噂は本当だったようだね。それにしても、こんな小さな子から父親を奪って、父親のことを『旦那様』と呼ばせるなんて……。それを許しているノメンゼン子爵も父親としての資格がない」

 わたくしの両親もクリスタ嬢が置かれていた状況に憤っている。
 ソファの隣りに座るクリスタ嬢を抱き締めて、わたくしは優しく髪を撫でた。怒りのあまりわたくしの方が泣きそうになっていた。

「クリスタ嬢、今、あなたを養子に迎えれば、後妻の思うつぼです。異母妹のローザ嬢がノメンゼン子爵家の後継者になりますからね」
「その問題を解決することができた暁には、クリスタ嬢を我が公爵家の養子に迎えたいと思っている」
「本当ですか、お父様、お母様?」
「ずっと話し合っていたのです。エリザベートとクリスタ嬢はとても仲がいいですし、姉妹のようだと思っていました」
「今回のノメンゼン子爵と子爵夫人の話を聞いて私は決めた。クリスタ嬢はノメンゼン子爵家と切り離してやりたい。何よりも、クリスタ嬢は愛するテレーゼの妹の娘だ。正式に引き取りたいと思っている」

 これはわたくしの思惑通りに進んでいるのではないだろうか。
 クリスタ嬢が公爵家の養子になれば、皇太子になるハインリヒ殿下と婚約することができる。物語では子爵家令嬢のままで婚約していたが、こちらの方が正しい流れになる。

 未来が変わる予感にわたくしは期待を抱いていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...