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三章 バーデン家の企みを暴く

9.アイリスの折り紙の花束

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 わたくしとクリスタちゃんと両親が国王陛下の前から退くと、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下がわたくしとクリスタちゃんに声をかけた。

「一緒にお茶をしませんか?」
「クリスタ嬢はハインリヒが差し上げたリボンの造花をつけているのですね。とてもお似合いですよ」
「それは私も気付いていました。私の差し上げたものを使ってくれていて嬉しいです」

 無邪気な様子のハインリヒ殿下に若干の不安もあるものの、お茶会の主催に誘われたのだ、名誉なこととして受け取る。

「喜んでご一緒させていただきます」
「このお花、とても綺麗で気に入っているのです。リボンでお花が作れるだなんて知りませんでした」
「王家専属の職人に聞いて作らせました」
「とても美しくて大好きです」

 その「大好き」の言葉がハインリヒ殿下にも向けられているようで、ハインリヒ殿下は顔を赤くしている。ノルベルト殿下はそれを見て微笑ましそうにしている。

 軽食の乗ったテーブルからケーキやサンドイッチを取って、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が大広間の端の椅子に座り、わたくしとクリスタちゃんが向かい側に座る。クリスタちゃんはスカートの裾も整えて、膝の上にナプキンも敷いて、とても姿勢よく座っている。わたくしも姿勢を正す。

「クリスタ嬢はバーデン家のブリギッテ嬢から嫌がらせを受けていたのでしょう。それがなくなってよかったですね」
「ディッペル公爵家の養子になってからはブリギッテ様も手出しはできなかったはずですが、ハインリヒ殿下がブリギッテ様を退けてくださって本当に感謝していますわ」
「私がクリスタ嬢のために何かできていたらいいのですが」
「ハインリヒ殿下のおかげと、お姉様も言っていました。ありがとうございます」

 わたくしの言葉を疑うことのないクリスタちゃんの純真な水色の瞳に見つめられて、ハインリヒ殿下はモジモジとしている。二人が仲がいいのを見ていると、わたくしも微笑ましくなってくる。

「クリスタはハインリヒ殿下にもらったリボンの造花を、もらったときにしばらく見つめていたんですよ」
「そんなに喜んでいただけたなら幸いです」
「お姉様ったら、恥ずかしいです」

 丸い頬に手を当てて恥ずかしがっているクリスタちゃんが可愛くてわたくしもにこにこしてしまう。
 それにしても大きなことが起きた一日だった。

 バーデン家は取り潰しになって、分家を降格させた伯爵家にするという国王陛下の考えは、わたくしにもなんとなく分かる。
 バーデン家と言う公爵家が完全に消えてしまっては、国の運営にも関わるし、雇用にも関わってくる。バーデン家で雇われていたものたちが全員職を失うというのはとても大きな問題だった。
 そのためにも分家を伯爵家として取り立てる沙汰を下したのだろう。

 この辺りは多分ハインリヒ殿下もクリスタちゃんもよく分かっていない。ノルベルト殿下は理解しているかもしれないが。

「僕の母の件ですが、追及するのはやめました。彼女が母であれ別人であれ、僕を生まれたときから慈しんで育ててくれているのは確かです。王妃殿下の温情と思って何も聞かずにいようと思います」

 ノルベルト殿下もお母上の問題に心の区切りを付けられたようだった。
 それにしても、国王陛下の別荘は国王陛下も訪れるのに、王妃殿下はよくノルベルト殿下のお母上を雇ったものだ。国王陛下に愛情がないからかもしれないが、それ以上の器の大きさを王妃殿下は持っているような気がしていた。

 お茶会の時間が終わると、わたくしとクリスタちゃんは部屋に戻る。両親は一度部屋に戻って身だしなみを整えて晩餐会に出る準備をするのだが、わたくしとクリスタちゃんはこの後は特にすることはなく、自由になっていた。

 今回クリスタちゃんをわたくしが持ってきたのは折り紙の本と正方形に切った色紙だ。
 異国の文字で書かれている折り紙の本はまだ全部訳せていないが、初級の折り方くらいはわたくしもクリスタちゃんも覚えた。後は訳した部分と図解を元に折っていく。

「分からなくなってきちゃった」
「エクムントに聞いてみましょう。エクムント、この折り方を教えてもらえませんか?」

 廊下で警護に当たっているエクムント様に声をかけると、部屋の中に来て折り方を教えてくれる。

「この重なっている場所に指を入れて、膨らませるようにして折るのです」

 大きな褐色の手が器用に小さな折り紙を作っていくのは見ていて惚れ惚れとする。エクムント様に教えてもらって、わたくしとクリスタちゃんは新しい折り紙の折り方を覚えていた。

「とても綺麗なお花が折れたの。これをハインリヒ殿下にお渡しできないかしら?」

 折り上がった花の折り紙を持って真剣な顔で言うクリスタちゃんに、わたくしはその願いをどうにか叶えてあげたいと思う。

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は晩餐会に参加するために準備をしているところだろう。今は渡せないかもしれない。

「クリスタちゃん、帰りにハインリヒ殿下は必ずお見送りに来てくださいますよ。そのときに渡すのはどうでしょう?」
「お見送りのときにそんな時間があるかしら?」
「ハインリヒ殿下はクリスタちゃんのためなら時間を取ってくださいますよ」

 前回のハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日のときにも、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下はわたくしたちを見送ってくれた。
 特にハインリヒ殿下はクリスタちゃんに声をかけて、次の日が本当のお誕生日だからと、祝って欲しそうにしていた。

「ハインリヒ殿下の本当のお誕生日は帰った次の日でしょう? そのお花をお誕生日お祝いにするのはどうですか?」
「それは名案だわ、お姉様! わたくし、ハインリヒ殿下にお手紙を書きます。お姉様、字が間違っていないか、見てくれますか?」
「もちろん、見て差し上げますよ」

 便箋と封筒を用意してクリスタちゃんは一生懸命便箋にお祝いの言葉を書いている。

『ハインリヒでんかへ
 おたんじょうびおめでとうございます。これはわたくしがおったおはなです。おたんじょうびプレゼントにしたいとおもいます。またおあいできるのをたのしみにしています。
 クリスタ・ディッペル』

 文字は大きいし、単語も難しいものはないが、上手に書けている立派なお誕生日お祝いだとわたくしは思った。

「クリスタちゃんとても上手ですよ」
「お姉様、わたくしもっとたくさんお花を折りたいです。花束にしたいのです」
「一緒に折りましょうね」

 花束を作りたいというクリスタちゃんと一緒にお花を折ってわたくしとクリスタちゃんは色とりどりの花束を作り上げた。

「このお花の名前はなんですか?」

 問いかけるクリスタちゃんにわたくしは異国語を読み上げる。

「えーっと……アイリス……アイリスですね、これは」
「わたくしが折ったのはアイリス! お姉様、アイリスの花束ができました」

 できあがった花束を抱きしめてクリスタちゃんは喜んでいた。

 その夜は両親は遅くなると分かっていたので、先にお風呂に入って、部屋で夕食を食べて休んだ。
 朝になると両親は帰ってきていて、わたくしとクリスタちゃんと朝食を食べて、帰る支度をした。
 帰る支度ができると、馬車が来るまで待つ。

 わたくしたちは公爵家なので、王族や大公家の次に馬車が用意された。
 お見送りにはハインリヒ殿下とノルベルト殿下が来てくださっていた。馬車に乗る前にクリスタちゃんはハインリヒ殿下に封筒と折り紙の花束を渡す。

「ハインリヒ殿下、わたくしのお誕生日のときには可愛い髪飾りをありがとうございました。これ、わたくしが一生懸命折りました。アイリスの花束です。お誕生日おめでとうございます」
「クリスタ嬢、ありがとうございます。このお花もお手紙も大事にします」
「また新しいお花が折れるようになったら、ハインリヒ殿下にお送りします」
「楽しみにしています」

 恋人同士のような仲睦まじい二人にわたくしも両親も微笑んで見守っている。ノルベルト殿下もハインリヒ殿下の話が終わるまで待っていてくれた。
 馬車に乗り込んだクリスタちゃんにハインリヒ殿下が花束を片手で抱いて、もう片方の手を大きく振る。クリスタちゃんもハインリヒ殿下が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
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