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三章 バーデン家の企みを暴く

13.カサンドラ様とのお茶会

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 カサンドラ様は甘いものがお好きなようだ。
 取り分けたお皿の上にはケーキが各種とジャムを挟んだサンドイッチ、それにムースやプリンの入った小さな器も置かれていた。
 暑い時期なのでムースなどの冷たいものも用意されているのだ。

 椅子に座ってクリスタちゃんを見れば、きちんとスカートの裾を整えて膝にナプキンを敷いている。カサンドラ様も膝にナプキンを敷いて、背筋を伸ばしていた。

「小さなお嬢さんと触れ合う機会がなかなかなくて。失礼があったらすまない」
「辺境伯のカサンドラ様とお茶ができるなんて光栄ですわ」
「わたくし、ケーキが好きなのです。カサンドラ様も一緒ですね」

 頑張って大人びて見せようとするわたくしと違ってクリスタちゃんはにこにこと人懐っこくカサンドラ様に話しかけている。カサンドラ様も美しく微笑む。
 年齢の割りにはお若く見えるのでわたくしはカサンドラ様に見惚れてしまう。

「先ほどは素晴らしい演奏を聞かせてくれたね。お疲れ様。キルヒマン侯爵夫妻から聞いていたが、二人はとてもエリザベート嬢とクリスタ嬢の演奏を気に入っているようだ」
「ありがたいことです。去年も演奏をさせて頂きました」
「わたくし、ピアノでリズムがおかしくなって、速くなってしまったのです。お姉様が一度ピアノを止めて、教えてくださったの」
「一度演奏が止まったのはそういうことだったんだね」
「あのままではクリスタが弾けない速さになってしまうと思ったのです」
「いい判断だったな」

 褒められてわたくしは胸がドキドキしてくる。
 貴族の褒め言葉は臆面通りに取ってはいけないと理解しているのだが、カサンドラ様が言うと本当のことのように聞こえるのだ。
 どこに皮肉が混じっているのか分からないのが貴族の言葉だ。それを信じるも信じないも、わたくしの判断にかかっていた。
 紅茶を一口飲んでカサンドラ様が話題を変える。

「エクムントが仕えている家のお嬢さんに興味があってね。普段はどのような生活を送っているのかな?」
「平日の午前中は家庭教師の先生と勉強をしています。今は異国の折り紙の本を訳しているので、エクムントが補佐に入ってくれて、折り紙を教えてくれています」
「エクムントは異国語も堪能なようだね。辺境伯領は異国と接しているので異国語が必要になることがあるんだ」
「そうなのです。訳すときにもお手伝いをしてくださいますが、わたくしたちが分からないところがあるとさりげなく教えるだけで、普段は控えてくださってます」
「わたくしは分からないところが多いのだけれど、お姉様は辞書を引いて、自分でお勉強しようとするのです。午後はお部屋で遊んだり、お庭に出たりするのですが、お姉様は自分で訳して折り紙を折っていることがあります。すごいのです」

 水色のクリスタちゃんの目がキラキラと輝いている。
 クリスタちゃんが話すと自然とわたくしのことになってしまうようだ。

「土曜日はエクムントに指南してもらって、ポニーに乗っています。ポニーはハフリンガーという種類で、名前をエラと付けて可愛がっています」
「お姉様と一緒にポニーのお世話もしているのです。体にブラシをかけてあげて、ご褒美の人参をお姉様と半分ずつあげています」
「エクムントは乗馬も上手なのかな?」
「エクムント様は乗馬がとてもお上手で、お手本に牧場を走ってもらうことがあります。ものすごく速くて、風のようで、素敵なのです」

 いけない。
 つい話すのが楽しくてエクムント様に「様」を付けてしまった。カサンドラ様が気付いているかじっと見つめるが、その点に関しては指摘されなかったので気づいていないことを願う。

「日曜日は家族で過ごします。父も執務を休んで、母もわたくしたちと一緒に過ごしてくれて、クリスタも一緒です」
「日曜日にはゆっくりお休みするのがいいんだってお父様もお母様も言っていました。一週間のお勉強の成果をお父様とお母様に見せたり、お天気がいい日はお庭でお茶をしたりして過ごします」

 一生懸命カサンドラ様に説明しているクリスタちゃんは可愛い。わたくしよりもクリスタちゃんの方がカサンドラ様に気に入られてしまうのではないかとわたくしは不安になる。
 これまでわたくしはカサンドラ様に何か特別なアピールをできていなかった。
 心ばかりが焦るのだが、何かいい考えは浮かんでこない。

「花手毬をいただいてしまったから、何かお礼をしないといけないな。エリザベート嬢、何か私でできることはあるかな?」
「わたくしと踊ってくださいますか?」

 口を突いて出たのはそんな言葉だった。
 ダンスならば母と練習していたので少しは自信がある。お願いすると、カサンドラ様は笑顔で了承してくれた。

 白い手袋を付けたカサンドラ様の手がわたくしを招く。その手に導かれて大広間の中央に向かうと、カサンドラ様が母に耳打ちしていた。母はすぐにピアノに向かってワルツを弾き出す。
 ワルツのリズムに乗ってわたくしはカサンドラ様と踊り始めた。

 ダンスには女性パートと男性パートがあるのだが、カサンドラ様は自然に男性パートを踊っている。わたくしはカサンドラ様にリードされる形になっていた。
 カサンドラ様にリードされるだけではなくて、わたくしもアピールしたい。
 ターンをして大きくスカートを靡かせると、カサンドラ様が大きな手でわたくしの腰を支えてくださる。

 エクムント様とダンスを踊れる日が来たらこんな風になるのだろうか。
 今はエクムント様とダンスを踊ることはできない。

 いや、できるのではないだろうか。
 クリスタちゃんを巻き込んで、ダンスごっこをすればいいのでは。

 そんなことを考えているうちにダンスは終わっていて、わたくしとカサンドラ様は拍手を受けていた。

 やはりリードされるばかりで、しっかりとアピールはできなかった。

 肩を落とすわたくしに、カサンドラ様が椅子のところに戻りながら小声で囁く。

「エクムントが辺境伯家に来ることを知っているのだね。エクムントはそれだけエリザベート嬢に心を許しているということか」
「エクムントに聞いたら話してくれました。エクムントはわたくしやクリスタの前で誤魔化したり、嘘をついたりなさらないのです」

 わたくしも小声で答えるとカサンドラ様は微笑みながら顎を撫でていた。

 お茶の席に戻ってくると、クリスタちゃんが頬を赤くして小さな手を打ち合わせて拍手をしている。

「お姉様もカサンドラ様もとても素敵でした! お姉様のお綺麗だったこと」
「クリスタ、ありがとうございます」
「クリスタ嬢もいつか一緒に踊りましょう」
「いつか? いつかっていつですか?」

 水色の目を丸くして純粋に問いかけるクリスタちゃんにわたくしはカサンドラ様が答えに迷うのかと心配してしまう。子どもの純粋さでクリスタちゃんは言っているが、貴族の言う「いつか」は遠回しなお断りの言葉なのだ。

「この夏に辺境伯領に遊びに来ないかな? もちろんご両親もエクムントも一緒に」

 しかし、カサンドラ様の「いつか」は遠回しなお断りの言葉などではなかった。本当にダンスの約束をしようとしてくれている。

「父と母に聞かねばなりませんが、辺境伯領に行ってみたいです」
「辺境伯領は列車で王都よりも時間がかかるよ。夏は厳しいほどに暑い。それでもよければ、ぜひおいで」

 夏にと言われているのは辺境伯領の夏の厳しさを教えるためなのかもしれない。わたくしはカサンドラ様に試されているのかもしれない。そうだとしたら挑むだけだ。

「お誘いありがとうございます。わたくし、行きたいです」
「お姉様、辺境伯領は折り紙がいっぱいあるのですか?」
「折り紙の本もあるかもしれませんね」
「わたくし行きたいです!」

 クリスタちゃんもすっかりとその気になっている。
 後は両親の出方次第だった。
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