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三章 バーデン家の企みを暴く

17.いざ辺境伯領へ

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 辺境伯領に出発する前には、カサブランカの花束も花手毬も出来上がっていた。荷物に入れなければいけないので、折り畳んだ状態で、最後に広げて仕上げをするようにして箱に入れておいた。
 用がないときにはエクムント様はわたくしとクリスタちゃんの部屋に近寄らないし、勉強も辺境伯領のことに変わっていて、補佐もいらなかったので、あまり会えなかったのは寂しかったが、折り紙を折っていたことはバレていないはずだ。

「マルレーン、これはとても大切なものなの。一番上に置いてくれる?」
「潰れないようにしましょうね」
「お願い、マルレーン」

 マルレーンが荷造りを手伝ってくれるのに、わたくしは折り紙の入った箱を渡してお願いしていた。
 カサンドラ様の前に出るとき用のドレスや下着や靴下の他に、涼しいワンピースも入れていたが、マルレーンは夏用の日除けの薄い上着も入れていた。

「辺境伯領の暑さはわたくしたちの白い肌が真っ赤になってしまうくらいだとリップマン先生から聞きました」
「奥様からも言われていますよ。エリザベートお嬢様とクリスタお嬢様の肌を守るものを入れておくようにと」

 出来上がった水着と上着も入れて、わたくしとクリスタちゃんの準備は整った。

 辺境伯領の旅は三泊四日だが、移動に時間がかかる。
 列車と馬車を乗り継いで半日は移動にかかってしまうのだ。
 辺境伯領に行けるとワクワクしている間はいいのだが、時間が長くなってくるとわたくしもクリスタちゃんも暇を持て余してしまう。
 本を持ってきたかったのだが、揺れる列車と馬車の中では読んでいると酔ってしまうし、荷物になるので止められていた。

「お姉様、つまらなくなってきたわ。ずっと列車もトンネルの中なのですもの」

 山を越えることがないように列車はトンネルを通って行くのだが、外の景色も見られないしクリスタちゃんが退屈に思うのも仕方がなかった。

「わたくしもおもちゃは持ってきていませんし……」

 ひたすら本が好きだったわたくしは他のおもちゃに興味を示さなかったので、ぬいぐるみや人形、おままごとセットなどを持っていなかった。クリスタちゃんも本が好きだったので同じように本ばかり考えていたが、この年代には着せ替え人形やぬいぐるみやおままごとセットが必要なのかもしれない。
 わたくしが変わっていたのでクリスタちゃんにまで選択肢を狭めてしまっていたのかと今更ながらに反省する。

 列車の個室席の椅子に座ってクリスタちゃんが退屈そうに足をぶらぶらさせているところに、エクムント様が声をかけてくださった。
 エクムント様の手にはハンカチを折って作った人形があった。

「クリスタお嬢様、エリザベートお嬢様、ハンカチをお持ちではありませんか?」
「持っています」
「これはお顔、こっちがドレスかしら? お人形ね」
「ハンカチで作る簡易人形です。作ってみられませんか?」
「教えて、エクムント」
「お姉様とお人形で遊びたいわ」

 エクムント様に人形の折り方を教えてもらう。揺れる列車の中では難しかったが、膝の上にハンカチを広げて、頭を作り、ドレスのようにハンカチを巻くと出来上がる。

「できました、エクムント」
「ありがとうございます、エクムント。お姉様、遊びましょう」

 人形を手に入れたクリスタちゃんはいきいきと遊び始めた。

「この子は赤ちゃんなのです。えーんえーんと泣いているから、抱っこしてあげるのです」
「クリスタの妹ですか?」
「はい、可愛い妹です。お姉様は?」
「この子はわたくしの弟です。赤ちゃんだからベビードレスを着ています」
「可愛い妹と弟ね。お姉様が抱っこしてあげますからね」

 人形を抱いて背中をとんとんと叩くクリスタちゃんは、仕草がよく似合っている。本当の赤ちゃんも抱っこできるのではないだろうか。
 わたくしも人形を抱いて、ご飯を食べさせる真似をしたりして楽しんだ。

「エリザベートもクリスタも人形遊びをするのだね」
「辺境伯領のお土産は人形がいいかもしれませんね」
「色んな布で着替えを縫ったらいいだろうね」

 両親もハンカチの人形で遊ぶわたくしとクリスタちゃんを微笑ましく見守ってくれていた。
 辺境伯領についてからも、カサンドラ様のお屋敷に行くまでにかなりの距離があった。
 列車から降りて馬車に乗り込むのだが、その時点でむわっとする暑さがある。海が近いせいか湿度の高い暑さが辺境伯領にはあった。

 汗を拭いながら馬車に座っていると、母が扇でわたくしとクリスタちゃんを仰いでくれる。扇には嫌な思い出があるはずだが、母が持っていると怖くないと分かっているのか、クリスタちゃんは扇で起こされた風を受けて気持ちよさそうにしていた。

 朝一番にディッペル侯爵領を出て、カサンドラ様のお屋敷に着いたのは昼過ぎだった。
 わたくしもクリスタちゃんもお腹が空いて目が回りそうになっている。
 小さな子どもの胃袋は小さくて、すぐにお腹が空いてしまうのだ。

 慌ただしくカサンドラ様のお屋敷に入ると、庭には噴水があって、木々が生やされて木陰を作っていて、涼しくなっていた。
 荷物だけ客間に置かせてもらって、すぐに食堂に行くと、昼食を用意してカサンドラ様が待っていてくれた。

 パエリアと大量のムール貝の蒸し焼きがテーブルに並ぶ。パエリアには海老や烏賊や貝類が大量に入っている。
 サフランで黄色く色を付けられたご飯が香り高くとても美味しそうだ。

 両親に取り分けてもらうと、クリスタちゃんは我慢できずに食べてしまっていた。

「本日はお招きいただきありがとうございます。カサンドラ様にまた会えて光栄ですわ」
「エリザベート嬢もクリスタ嬢もよく来てくれたね。ディッペル公爵夫妻、お越しいただきありがとうございます」
「エリザベートもクリスタも楽しみにしておりましたのよ」
「エリザベートとクリスタは海にも連れて行ってあげられると嬉しいのですが」
「我が領地が誇る港町にもご案内いたしましょう」

 挨拶をしている間も、お腹が空いてきゅるきゅると胃袋が鳴っているのが分かる。我慢しているが、七歳の体に空腹はつらかった。

「どうぞ、お召し上がりください」

 クリスタちゃんは先に食べていたが、それを咎めることなくカサンドラ様はわたくしと両親にも料理を勧めてくれた。やっと食べられると安心していると、手が震えているのが分かった。血糖値が下がっているのだ。
 七歳の小さな体には長時間の空腹はかなりの負担だったようだ。

 食べ始めるとお腹が落ち着いてきて、手の震えもなくなる。
 出されたフルーツティーとミントティーをわたくしはミントティーを選んで、クリスタちゃんはフルーツティーを選んだ。
 フルーツティーの入ったガラスの器には、様々なフルーツが切って入れられている。
 ミントティーは一見紅茶に見えたが、一口飲んでみるとスッとしたミントの香りが口に広がった。

「ムール貝は、一個を食べてから、その貝殻を使って、摘むようにして次を食べて行くのですよ」

 ムール貝の黒いくっ付いた貝殻をトングのようにして他のムール貝の中身を食べて行くのは初めて知った。カサンドラ様に教えてもらって、わたくしはムール貝の蒸し焼きもたくさんいただいた。

 お腹がいっぱいになるとクリスタちゃんの頭がぐらぐらしてくる。
 朝が早かったし、移動で疲れているので眠いのだろう。

「食後は部屋でゆっくり休むといい。ディッペル公爵夫妻も長旅の疲れを癒してください」
「ありがとうございます」

 両親とクリスタちゃんとわたくしで部屋に戻って、わたくしも疲れていたのでクリスタちゃんと一緒にベッドに横になると眠ってしまった。
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