エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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三章 バーデン家の企みを暴く

18.カサンドラ様が結婚しなかった理由

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 お昼寝をしたのでわたくしはお茶の時間にすっきりと起きてこられた。
 エクムント様は招かない限りは部屋の中に入ってこないので、お茶の前に折り紙の仕上げをする。
 花手毬はもう一度組み上げて、カサブランカは広げて花弁の先を少しカールさせて豪華に見せる。花束と花手毬を作り終えると、わたくしとクリスタちゃんはそれをベッドの脇に隠しておいた。

 名医を探しに王都に行った父だったが、結果はよいものではなかった。
 名医と呼ばれるのはほとんどが貴族で、その土地を離れられないのだ。医者になるだけの余裕があって、医者になった後も勉強ができるのはやはり貴族くらいしかいないのだろう。
 父の名医探しはまだ続いていた。

 母の悪阻は酷くない方だったので、カサンドラ様の食事にも出席できるが、それでも長時間食べ物のそばにいるとつらいようだった。

 理由は話してあるので、お茶の時間は母は不参加で、わたくしとクリスタちゃんと父とエクムント様が参加した。
 辺境伯領ではエクムント様は将来の領主の後継ぎとして扱われるようで、お茶にも同席できるのだ。

 姿勢正しく椅子に座ってお茶を飲んでいるエクムント様に見惚れそうになってしまったが、わたくしは飲み物を聞かれて、フルーツティーを頼んだ。昼食のときにミントティーを飲んでいたので、今度はフルーツティーに挑戦したかったのだ。

 フルーツの香りと甘さがしっかりとするフルーツティーは瑞々しくてとても美味しい。冷やされているのも美味しくて、わたくしはごくごくとフルーツティーを飲んでしまった。
 空になったカップにカサンドラ様が問いかける。

「喉が渇いていたようだね。お代わりはいかがかな?」
「いただきます」

 一気にフルーツティーを飲むなどはしたないことをしてしまって恥ずかしかったが、それだけ喉が渇いていたのだ。寝ている間もかなり汗をかいていた。

「フルーツティーは美味しいだろう? 南国から仕入れている新鮮なフルーツを使っているからね」
「とても美味しいです。何を入れているのですか?」
「レモンに桃、後はベリー類だね」

 甘い香りは桃のものだったのか。
 もう一杯いただいて今度はゆっくりと飲む。

「ディッペル公爵領は医者を育てる援助を始めたと聞いている。やはり医者は大事ですからね」
「お恥ずかしながら、妻の妊娠を助ける医者を育てたかったのですが、子どもは授かり物。授かる時期を私が決めることはできませんでした」
「妊娠について詳しい医者が必要なのですか?」
「ディッペル公爵領にはいい医者がいないのですよ」

 困った口調の父に、カサンドラ様が声を上げる。

「我が屋敷に仕える医者をご紹介しましょうか?」
「いいのですか!?」
「実は、その医者は私のために雇われたのです」

 カサンドラ様が語り始めたのは自分のことだった。

「私は幼い頃にこの土地の風土病に罹り、子どもが望めない体になりました。両親は唯一の子どもであった私に子どもができないわけにはいかないと、医者を探して治療を行いました。結果として私は治らなかったのですが、妊娠や出産に詳しい医者がこの屋敷に仕えるようになりました」
「カサンドラ様が結婚なさらなかった理由とは……」
「ご察しの通り、出産ができないからです。私と結婚すると相手は子どもを持つことができない。そんなことは嫌だと思って、結婚は断り続けていたのです」

 カサンドラ様が結婚していない理由がわたくしにも分かった。カサンドラ様は結婚しても子どもを作ることができない。子どもを作るだけが結婚ではないとわたくしは思うのだが、カサンドラ様にしてみれば結婚した相手に子どもを持たせてあげられないのは大問題だと考えて、結婚を拒んできたようなのだ。

「カサンドラ様はお好きな方はおられなかったのですか?」

 クリスタちゃんの問いかけに、カサンドラ様は苦い笑みを浮かべた。

「好きだった相手と言うのだろうか……。結婚を拒む私に何度も何度も求婚してきた相手がいた……けれど、彼は海賊討伐で命を落とした」
「海賊に殺されてしまったのですか!?」
「海軍の指揮をしていて、一年のほとんどは海にいるような男でしたよ。海で働くもの特有の病に罹って……それでも海に出て、海賊と戦って命を落としたのです」

 海で働くもの特有の病?
 今、カサンドラ様は非常に大事なことを仰った気がする。

「どのような病だったのか聞いてもいいですか?」

 恐る恐る問いかけたわたくしにカサンドラ様が説明してくれる。

「皮膚や歯茎や粘膜から出血して、貧血になり、免疫力が落ちて色んな病気にかかりやすくなるのだ」
「それは、壊血病かいけつびょうですか?」
「エリザベート嬢はよくご存知だな」

 知らないはずがない。
 わたくしが前世で読んでいた航海時代の物語で、ビタミンC不足で壊血病に罹り、死者が出ていたのを覚えていたからだ。
 わたくしの記憶では、ザワークラウトを食べさせてその物語では壊血病を予防するのだが、実際にはザワークラウトに含まれているビタミンCはあまり多くない。一番いいのはレモンやオレンジを加熱せずに摂取することだった気がする。加熱するとビタミンCは失われてしまうのだ。

 そのことを伝えたいがどうすればいいのか分からない。
 壊血病で今後辺境伯領の漁師や海軍が苦しむことがなくなれば、辺境伯領の利益となるし、たくさんの命が救われるのだが、急に七歳のわたくしが言い出したことをカサンドラ様が信じてくださるとは思わなかった。
 信じるとすれば、根拠が必要なのだ。

 何か根拠となることを探さなければいけない。
 文献で読んだことにすれば、カサンドラ様からその文献がどのようなものか聞かれるだろうし、家庭教師のリップマン先生にも聞き取りが入るだろう。
 完全に嘘をつくわけにはいかなかった。

 カサンドラ様にとっては大事だった方を奪ってしまった壊血病である。どうにかして治療法を伝えたいのだがわたくしにはまだその方法が浮かばなかった。

 お茶の時間が終わると、母のところにカサンドラ様のお屋敷で雇われている医者が訪ねてきた。褐色の肌に黒髪に黒い目で、辺境伯領の平均的な色彩をしているその方は女性だった。

「パウリーネ・ペルツと申します。奥様の様子を診てもよろしいでしょうか?」
「よろしく頼む」
「お願いします」

 パウリーネ先生は母の脈を取ったり、お腹に聴診器を当てたりして体調を診ていく。

「出血はありますか?」
「いいえ、ありません」
「悪阻はどれくらい酷いですか? 食べられるものはありますか?」
「食べ物の匂いで気分が悪くなることはありますが、ほとんどの物は食べられます」
「それならば、バランスのいい食事をして、体重を増やしすぎないようにしましょう」

 体重のことに言及されて母が目を丸くする。

「赤ん坊のために体重をしっかり増やした方がいいのではないですか?」
「いいえ、体重が増えすぎると赤ん坊が出てくる産道が狭くなって、お産が大変になります。体重は程々に増やすようにしましょう」

 母は無理をしてでも食べて体重を増やすつもりだったようだが、パウリーネ先生に言われて考えを変えた。

「言う通りにします。エリザベートを産んだときには、主治医はとにかく太れとしか言わなくて、わたくし、お産のときにとても苦しんだのです」
「お産が楽になるかは奥様次第です。しっかりと動いてお産まで頑張ってください」
「エリザベートのときは安静にとしか言われなかったです」
「運動をするのも大事です。赤ん坊を産むのは体力がいりますから、しっかりと蓄えておかないと」

 パウリーネ先生と、母がわたくしを産んだときの主治医とは考え方が全く違うようだった。パウリーネ先生の考え方は、前世で妊婦さんが言われていたことに近い気がする。

「カサンドラ様を治療するために、わたくしは何十件ものお産を助けてきました。お産について研究論文が書けるくらいです。それでも、カサンドラ様を治すことはできませんでしたが」

 どこか悲しげなパウリーネ先生だが、すぐに表情を引き締める。

「その分、奥様のお産はしっかりとサポート致します。わたくしにお任せください」

 心強い言葉にわたくしもパウリーネ先生に信頼感を持っていた。

 それにしても壊血病のことだ。
 答えがわかっているのに、それを提示できないもどかしさが募る。
 どうにかできないものだろうか。

 明日は海に行く日だ。
 港町でいい出会いがあることをわたくしは祈っていた。
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