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七章 辺境伯領の特産品を
22.ホルツマン伯爵家の噂
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ふーちゃんは三歳、まーちゃんは二歳だ。
母による教育が始まりつつあった。
「フランツ、敬語の使い方を教えましょう」
「けいご、なぁに?」
「貴族社会で会話をするために必要な社会関係を築くための喋り方です」
「きじょくしゃかい? しゃかいかんけい?」
ぐるぐると目を回しているふーちゃんに母が教えていく。
「物を尋ねるときには、『なぁに』ではなく、『なんですか』と言ってみましょう」
「なんでつか? これでいい?」
「とても上手です。『これでいい』も、『これでいいですか』に言い換えてみましょう」
「これでいいでつか?」
「とても上手です。フランツは才能がありますね」
「わたち、じょーじゅ! さいのうがありまつ!」
「そうです、喋っている最後に『です』や『ます』を付けるのが基本です。フランツはもう習得してしまったではないですか」
「わたち、もうちゅうとくちてちまいまちた」
ふーちゃんの成長は目覚ましかった。
わたくしとクリスタちゃんが見ている前で次々と敬語を習得していく。
基本的にわたくしは敬語でしか喋っていないし、母もそうだ。父は敬語が崩れることもあるが、公の場では敬語を使っている。クリスタちゃんはところどころ敬語が崩れることもあるが、おおむね敬語で話している。
周囲が敬語で話しているのでふーちゃんも習得が早かったのかもしれない。
「わたくち、できうまつ」
「マリアも頑張っていますね。マリアは無理をしなくていいのですよ。まだ二歳なのですからね」
「わたくち、じょーじゅ、まつ」
「少し違いますが、努力は分かります。マリア、頑張っていますね」
「ママ、わたくち、がんばうまつ」
「ママではなく、『お母様』と呼んでみましょうか」
「おかあたま!」
「とても上手ですよ」
ふーちゃんに負けじとまーちゃんも頑張っている。ふーちゃんとまーちゃんの頑張っている様子を見ていると、わたくしもふーちゃんとまーちゃんをいっぱい褒めて上げたくなっていた。
「フランツ、マリア、素晴らしいですね」
「わたち、すばらち、でつ」
「わたくち、すばらち、まつ」
「マリア、フランツの真似をして、『ます』だけでなく、『です』も使ってみるのです」
「すばらち、でつ」
「とても上手ですよ。素晴らしいです」
褒められれば褒められるほどふーちゃんもまーちゃんも頑張る。
ふーちゃんとまーちゃんが敬語を習得するのも時間の問題のようだった。
十二歳のお誕生日を迎えたわたくしのところには、王都の学園から使者が来ていた。
来年度の春から学園に入学を許可するという書類と、寮に入るための書類、それに制服の布を一式持って来てくれていたのだ。
紺色のブレザーと白いシャツ、チェックのスカートが学園指定のようだ。
スカート丈やブレザーのデザインは多少変わっても許容範囲としてくれるようなので、わたくしは布を受け取って両親にお願いした。
「今の時期だとまだサイズが変わるかもしれません。もう少し入学が近くなってから誂えてもらってもいいですか?」
「そうですね。サイズの合わないものを着ているのはディッペル家の名に関わりますね」
「エリザベートは制服を着ても可愛いだろうなぁ」
両親に了承を得て、制服を誂えるのはもう少し後にしてもらうことができた。
靴は自由なので履きやすい革靴をもう少し入学が近くなってから買ってもらうようにした。
両親が書類を受け取って、サインをしている。
来年の春には遂に学園に入学するのだと思うと胸がドキドキしてくる。
ハインリヒ殿下とは入学が一緒だし、先にノルベルト殿下もノエル殿下も入学している。
わたくしが一年生で入学するときにはノルベルト殿下は二年生、ノエル殿下は四年生のはずだ。
クリスタちゃんが入学するときには、わたくしとハインリヒ殿下が二年生、ノルベルト殿下が三年生、ノエル殿下が五年生のはずである。
「ホルツマン伯爵家が妙な動きを見せているという噂を聞く」
ホルツマン伯爵家と言えば、レーニちゃんの元父親で、リリエンタール侯爵の元夫の出身の家ではないか。レーニちゃんはホルツマン伯爵家から接触されるのを嫌がっていた様子があった。
「ホルツマン伯爵家がどうしたのですか?」
「出戻りになったリリエンタール侯爵の元夫が、愛人だった元ノメンゼン子爵の妾の娘を育てているというのだ」
父から話を聞いてわたくしは嫌な予感がしていた。
元ノメンゼン子爵の妾の娘と言えば、クリスタちゃんの異母妹のローザ嬢に違いない。ローザ嬢はクリスタちゃんが虐待を受けていた四歳のときに、自分は三歳だったに関わらず、扇で叩かれて泣くクリスタちゃんを見て嘲笑っていた。それ以外にも、元ノメンゼン子爵がスラックスのお尻が破れて退場していったときに、「つまんなぁい」などと口にしていた覚えがある。
あんな低年齢から性格の悪さが露見していたローザ嬢が育ってホルツマン家から学園に行かされるようなことがあれば、クリスタちゃんを絶対に狙って来るだろう。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではわたくしが悪役だったが、現在の状態ではローザ嬢が悪役になるのは間違いなかった。
「ホルツマン伯爵家にローザ嬢がいるのですね……」
「リリエンタール侯爵の元夫はローザ嬢を自分の娘のように可愛がっているのだとか」
実の娘のレーニちゃんのことは全く可愛がらなかったのに、リリエンタール侯爵の元夫が赤の他人の子どもであるローザ嬢を可愛がっているというのを聞いてわたくしは怒りがわいてくる。
クリスタちゃんも同じだったようだ。
「レーニ嬢が可哀そうですわ! レーニ嬢もわたくしと同じで再来年には学園に入学するのに!」
そうだった。
クリスタちゃんはディッペル家に引き取られる前のことをほとんど覚えていないのだ。ローザ嬢が自分の異母妹だということにも気付いていないだろうし、元ノメンゼン子爵が自分の父親だったということも忘れている。
元ノメンゼン子爵に関しては、妾が自分たちのことを「旦那様」と「奥様」と呼ぶようにクリスタちゃんに酷い教育をしていたので自業自得としか言えなかった。
「リリエンタール侯爵の元夫がローザ嬢を学園に入学させるつもりならば、私は抗議することにしよう」
「わたくしも抗議しますわ」
ローザ嬢の母親は妾で、平民で、ローザ嬢には貴族としての地位はない。
ホルツマン伯爵家がどう思っているのかは知らないが、リリエンタール侯爵の元夫がローザ嬢を養子として迎えたのであれば、ホルツマン伯爵家から学園に入学させるのは避けられないかもしれない。
それでも、ディッペル公爵家がそれに抗議していたという姿勢を示すのは大事なことだ。
ローザ嬢が学園で自由に立ち回れなくなるようにできるかもしれない。
それにしても、レーニちゃんは元父親に愛されていなかったのを気にしていたのに、元父親は愛人の娘であるローザ嬢は可愛がって養子にしているかもしれないなど、レーニちゃんの耳に入れば大変なことになるだろう。
「レーニ嬢がどれだけ傷付くことでしょう……」
「レーニ嬢はわたくしたちが守りましょう、お姉様」
「そうですね」
レーニちゃんだけでなくクリスタちゃんもわたくしは守らなければいけない。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では悪役だったわたくしが、学園に置いてはクリスタちゃんを庇い、守る立場になる。
それは大きな変化だった。
ローザ嬢がどんな風に育っているかは分からないが、幼い頃の性格を考えても、立派な淑女に育っているとは考えにくかった。
わたくしがクリスタちゃんとレーニちゃんを守る。
レーニちゃんはきっと傷付いてしまうだろうけれども、その傷が癒えるように少しでも力を貸したい。
何よりも、レーニちゃんはディッペル家に嫁いでくることが決まっているようなものなのだ。ふーちゃんのためにも、ふーちゃんの大好きなレーニちゃんを癒してあげなければいけなかった。
「この噂はリリエンタール領にも届いているでしょうか?」
「残念ながらひとの口に戸は立てられないものだからね」
「レーニ嬢にお手紙を書きます。お姉様も書きましょう」
「そうですね。レーニ嬢が少しでも楽しい気分になるようにお手紙を書きましょう」
「わたくし、フランツに詩を読んでもらって、それを書き写します」
「フランツに詩を……」
それは、どうなのだろうか、クリスタちゃん。
ふーちゃんの詩をレーニちゃんは理解できないと苦しんでいた。
レーニちゃんはふーちゃんの詩を受け取って首を捻ってしまうかもしれない。
「フランツには才能があるのです! それに、大好きなレーニ嬢のために書かれた詩で、レーニ嬢は癒されると思います!」
自信満々に言うクリスタちゃんに、わたくしはそれ以上何も言えなくなってしまった。
母による教育が始まりつつあった。
「フランツ、敬語の使い方を教えましょう」
「けいご、なぁに?」
「貴族社会で会話をするために必要な社会関係を築くための喋り方です」
「きじょくしゃかい? しゃかいかんけい?」
ぐるぐると目を回しているふーちゃんに母が教えていく。
「物を尋ねるときには、『なぁに』ではなく、『なんですか』と言ってみましょう」
「なんでつか? これでいい?」
「とても上手です。『これでいい』も、『これでいいですか』に言い換えてみましょう」
「これでいいでつか?」
「とても上手です。フランツは才能がありますね」
「わたち、じょーじゅ! さいのうがありまつ!」
「そうです、喋っている最後に『です』や『ます』を付けるのが基本です。フランツはもう習得してしまったではないですか」
「わたち、もうちゅうとくちてちまいまちた」
ふーちゃんの成長は目覚ましかった。
わたくしとクリスタちゃんが見ている前で次々と敬語を習得していく。
基本的にわたくしは敬語でしか喋っていないし、母もそうだ。父は敬語が崩れることもあるが、公の場では敬語を使っている。クリスタちゃんはところどころ敬語が崩れることもあるが、おおむね敬語で話している。
周囲が敬語で話しているのでふーちゃんも習得が早かったのかもしれない。
「わたくち、できうまつ」
「マリアも頑張っていますね。マリアは無理をしなくていいのですよ。まだ二歳なのですからね」
「わたくち、じょーじゅ、まつ」
「少し違いますが、努力は分かります。マリア、頑張っていますね」
「ママ、わたくち、がんばうまつ」
「ママではなく、『お母様』と呼んでみましょうか」
「おかあたま!」
「とても上手ですよ」
ふーちゃんに負けじとまーちゃんも頑張っている。ふーちゃんとまーちゃんの頑張っている様子を見ていると、わたくしもふーちゃんとまーちゃんをいっぱい褒めて上げたくなっていた。
「フランツ、マリア、素晴らしいですね」
「わたち、すばらち、でつ」
「わたくち、すばらち、まつ」
「マリア、フランツの真似をして、『ます』だけでなく、『です』も使ってみるのです」
「すばらち、でつ」
「とても上手ですよ。素晴らしいです」
褒められれば褒められるほどふーちゃんもまーちゃんも頑張る。
ふーちゃんとまーちゃんが敬語を習得するのも時間の問題のようだった。
十二歳のお誕生日を迎えたわたくしのところには、王都の学園から使者が来ていた。
来年度の春から学園に入学を許可するという書類と、寮に入るための書類、それに制服の布を一式持って来てくれていたのだ。
紺色のブレザーと白いシャツ、チェックのスカートが学園指定のようだ。
スカート丈やブレザーのデザインは多少変わっても許容範囲としてくれるようなので、わたくしは布を受け取って両親にお願いした。
「今の時期だとまだサイズが変わるかもしれません。もう少し入学が近くなってから誂えてもらってもいいですか?」
「そうですね。サイズの合わないものを着ているのはディッペル家の名に関わりますね」
「エリザベートは制服を着ても可愛いだろうなぁ」
両親に了承を得て、制服を誂えるのはもう少し後にしてもらうことができた。
靴は自由なので履きやすい革靴をもう少し入学が近くなってから買ってもらうようにした。
両親が書類を受け取って、サインをしている。
来年の春には遂に学園に入学するのだと思うと胸がドキドキしてくる。
ハインリヒ殿下とは入学が一緒だし、先にノルベルト殿下もノエル殿下も入学している。
わたくしが一年生で入学するときにはノルベルト殿下は二年生、ノエル殿下は四年生のはずだ。
クリスタちゃんが入学するときには、わたくしとハインリヒ殿下が二年生、ノルベルト殿下が三年生、ノエル殿下が五年生のはずである。
「ホルツマン伯爵家が妙な動きを見せているという噂を聞く」
ホルツマン伯爵家と言えば、レーニちゃんの元父親で、リリエンタール侯爵の元夫の出身の家ではないか。レーニちゃんはホルツマン伯爵家から接触されるのを嫌がっていた様子があった。
「ホルツマン伯爵家がどうしたのですか?」
「出戻りになったリリエンタール侯爵の元夫が、愛人だった元ノメンゼン子爵の妾の娘を育てているというのだ」
父から話を聞いてわたくしは嫌な予感がしていた。
元ノメンゼン子爵の妾の娘と言えば、クリスタちゃんの異母妹のローザ嬢に違いない。ローザ嬢はクリスタちゃんが虐待を受けていた四歳のときに、自分は三歳だったに関わらず、扇で叩かれて泣くクリスタちゃんを見て嘲笑っていた。それ以外にも、元ノメンゼン子爵がスラックスのお尻が破れて退場していったときに、「つまんなぁい」などと口にしていた覚えがある。
あんな低年齢から性格の悪さが露見していたローザ嬢が育ってホルツマン家から学園に行かされるようなことがあれば、クリスタちゃんを絶対に狙って来るだろう。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではわたくしが悪役だったが、現在の状態ではローザ嬢が悪役になるのは間違いなかった。
「ホルツマン伯爵家にローザ嬢がいるのですね……」
「リリエンタール侯爵の元夫はローザ嬢を自分の娘のように可愛がっているのだとか」
実の娘のレーニちゃんのことは全く可愛がらなかったのに、リリエンタール侯爵の元夫が赤の他人の子どもであるローザ嬢を可愛がっているというのを聞いてわたくしは怒りがわいてくる。
クリスタちゃんも同じだったようだ。
「レーニ嬢が可哀そうですわ! レーニ嬢もわたくしと同じで再来年には学園に入学するのに!」
そうだった。
クリスタちゃんはディッペル家に引き取られる前のことをほとんど覚えていないのだ。ローザ嬢が自分の異母妹だということにも気付いていないだろうし、元ノメンゼン子爵が自分の父親だったということも忘れている。
元ノメンゼン子爵に関しては、妾が自分たちのことを「旦那様」と「奥様」と呼ぶようにクリスタちゃんに酷い教育をしていたので自業自得としか言えなかった。
「リリエンタール侯爵の元夫がローザ嬢を学園に入学させるつもりならば、私は抗議することにしよう」
「わたくしも抗議しますわ」
ローザ嬢の母親は妾で、平民で、ローザ嬢には貴族としての地位はない。
ホルツマン伯爵家がどう思っているのかは知らないが、リリエンタール侯爵の元夫がローザ嬢を養子として迎えたのであれば、ホルツマン伯爵家から学園に入学させるのは避けられないかもしれない。
それでも、ディッペル公爵家がそれに抗議していたという姿勢を示すのは大事なことだ。
ローザ嬢が学園で自由に立ち回れなくなるようにできるかもしれない。
それにしても、レーニちゃんは元父親に愛されていなかったのを気にしていたのに、元父親は愛人の娘であるローザ嬢は可愛がって養子にしているかもしれないなど、レーニちゃんの耳に入れば大変なことになるだろう。
「レーニ嬢がどれだけ傷付くことでしょう……」
「レーニ嬢はわたくしたちが守りましょう、お姉様」
「そうですね」
レーニちゃんだけでなくクリスタちゃんもわたくしは守らなければいけない。
『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では悪役だったわたくしが、学園に置いてはクリスタちゃんを庇い、守る立場になる。
それは大きな変化だった。
ローザ嬢がどんな風に育っているかは分からないが、幼い頃の性格を考えても、立派な淑女に育っているとは考えにくかった。
わたくしがクリスタちゃんとレーニちゃんを守る。
レーニちゃんはきっと傷付いてしまうだろうけれども、その傷が癒えるように少しでも力を貸したい。
何よりも、レーニちゃんはディッペル家に嫁いでくることが決まっているようなものなのだ。ふーちゃんのためにも、ふーちゃんの大好きなレーニちゃんを癒してあげなければいけなかった。
「この噂はリリエンタール領にも届いているでしょうか?」
「残念ながらひとの口に戸は立てられないものだからね」
「レーニ嬢にお手紙を書きます。お姉様も書きましょう」
「そうですね。レーニ嬢が少しでも楽しい気分になるようにお手紙を書きましょう」
「わたくし、フランツに詩を読んでもらって、それを書き写します」
「フランツに詩を……」
それは、どうなのだろうか、クリスタちゃん。
ふーちゃんの詩をレーニちゃんは理解できないと苦しんでいた。
レーニちゃんはふーちゃんの詩を受け取って首を捻ってしまうかもしれない。
「フランツには才能があるのです! それに、大好きなレーニ嬢のために書かれた詩で、レーニ嬢は癒されると思います!」
自信満々に言うクリスタちゃんに、わたくしはそれ以上何も言えなくなってしまった。
応援ありがとうございます!
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