エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
506 / 528
最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚

14.ガブリエラ嬢の到着

しおりを挟む
 学園が夏休みに入る時期になって、始めに辺境伯家に来たのはガブリエラ嬢だった。

「エリザベート叔母様、よろしくお願いします」

 エクムント様の姪で、春生まれということもあって、ガブリエラ嬢はすらりと背が高い。わたくしほどではないが、十三歳とは思えない身長の高さだ。ガブリエラ嬢のために用意した客室に案内しようとすると、ガブリエラ嬢からお願いされてしまう。

「わたくし、レーニ様とクリスタ様とご一緒の部屋ではいけませんか?」
「レーニ嬢とクリスタがいいと言うならば構いませんが」
「学園では六年生が一年生と同室になるでしょう? わたくし、クリスタ様と一緒の部屋になりましたの。クリスタ様はとても優しくて、わたくしに寮でのルールを教えてくださいました。学園でクリスタ様とレーニ様に確認もしています。夏休みは辺境伯家で同室で構わないと」

 学園に入学したとき、わたくしは六年生のゲオルギーネ嬢と同じ部屋になった。ゲオルギーネ嬢はわたくしに学園での過ごし方や寮でのルールを教えてくれた。クリスタが入学してきたときには、特別にわたくしと同室になったのだが、ガブリエラ嬢が入学してきたときにはクリスタがちょうど六年生でガブリエラ嬢の教育を担当したようだった。
 クリスタとレーニ嬢が所属しているリーゼロッテ嬢のお茶会にも招かれたというガブリエラ嬢は、しっかりとクリスタとレーニ嬢と交友を持てているようだった。
 学園で夏休みの約束までしていた。

「それでしたら、クリスタとレーニ嬢が泊る部屋にベッドをもう一台入れさせるので、荷物だけ部屋に置いて、準備の間食堂のソファで寛ぎますか?」
「はい。お父様もお母様もエクムント叔父様のお屋敷ならば平気だと言ってくださったのですが、辺境伯領に一人で来るのは少し時間を持て余しました。列車で本を読んでいようと思ったのですが、酔いそうになったので途中からは外を眺めていました」
「酔っていませんか? 何か飲み物を用意させましょう」
「それでは、蜂蜜レモン水をお願いできますか?」
「分かりました。すぐに用意させます」

 給仕を呼んで蜂蜜レモン水と何か摘まめる焼き菓子を持ってくるように頼んで、わたくしはガブリエラ嬢の正面に座った。エクムント様も同席したかったようだが、この期間は休みを取ると宣言していたのに、急な執務が入って、ガブリエラ嬢を迎えるのはわたくし一人になってしまった。

「エクムント叔父様とエリザベート叔母様のお屋敷に行くと言ったら、ケヴィンとフリーダがものすごく羨ましがっていましたわ。ケヴィンは来年学園に入学したら、フリーダは再来年学園に入学したら行けるのだと言っても、なかなか納得しませんでした」
「キルヒマン家は学園に入学してから夏休みに辺境伯家に来ていいようになるのですね。わたくしはもっと小さいころから辺境伯家に来ていました」
「エリザベート叔母様はエクムント叔父様の婚約者ですから、わたくしとは立場が違いますわ。キルヒマン家の両親は……わたくし、伯父夫婦の養子になったので、両親が四人いるのですが、両親たちは、自分のことができる年にならないと辺境伯家でご迷惑をおかけするから駄目だと言っていました」

 わたくしやディッペル家の家族は特別だった。

「わたくしの両親はキルヒマン家の当主夫婦で、本当の両親はその補佐をしているでしょう? わたくしやケヴィンやフリーダについて行って辺境伯家で過ごす暇がないのです」
「わたくしの両親は毎年わたくしたちと一緒に辺境伯家に来ていましたね」
「ディッペル公爵領は落ち着いた領地で、民もそこそこに満ち足りていて、農業を中心にとても豊かだと聞いています。キルヒマン侯爵領はそうではないのです。貧しい場所は本当に貧しいですし」

 ずっとディッペル公爵領で暮らしていたので、他の領地を見たことがなかったが、キルヒマン侯爵領はまだ貧しい地域が残っているようなのだ。そこを解決しない限りは、キルヒマン侯爵夫妻もその補佐であるガブリエラ嬢の実の両親も休みを取ることすら難しい状態のようだった。

「キルヒマン侯爵領では学校の進学率はどのくらいなのでしょう?」
「わたくしは詳しくは分かりませんが、他の領地に比べて低いと言われています」
「給食は配備されているのでしょうか?」
「給食……? それは何ですか?」

 ガブリエラ嬢は給食と聞いてよく分からなかったようだった。
 わたくしは詳しく説明する。

「学校で出される食事のことです。辺境伯領は以前は給食が配備されていませんでしたが、学校に給食室を作り、それぞれの学校でできたての給食を食べることができます。しかも、その給食は無償です」
「食事が無償で食べられるということですか?」
「そうなのです。そうすれば、学校に通う子どもの一食分の食事は確保されますし、早くから働かせようと思う親も、一食食事を子どもに食べさせられるのであれば学校に通わせようと思うでしょう」
「学校自体は無償だったのですが、食事を一食無償にするというのは気付きませんでした。給食……いい言葉です。わたくし、キルヒマン侯爵領に帰ったら、お父様とお母様に話してみます」
「ぜひそうしてください。まずは子どもが学習できる環境を作ること。それが貧困からの脱出の手段だと思っています」

 真面目に語ってしまったが、ガブリエラ嬢はキルヒマン家の後継者とはいえまだ十三歳で学園に入学したばかりなのだ。分からないことがあっても何もおかしくはない。

「辺境伯領は教育に力を入れていくつもりなので、ガブリエラ嬢は分からないことがあったら、なんでも聞いてくださいね」
「はい。エリザベート叔母様と話しているととても勉強になります」

 いいお返事をしたガブリエラ嬢にわたくしは微笑んで頷いた。
 給仕が持ってきた蜂蜜レモン水を飲んで、焼き菓子を摘まんで、ガブリエラ嬢は部屋の準備が整うまで食堂のソファで寛いでいた。

 部屋の準備が整ったら一度部屋に入ったガブリエラ嬢が涼し気なワンピースに着替えて食堂に戻ってくる。
 もう夕食の時間で、エクムント様も大急ぎで執務を終わらせて合流していた。

「ガブリエラ、出迎えに行けなくてすまなかったね」
「エクムント叔父様、急なお仕事が入ったのでしょう。仕方ありませんわ」
「夕食は一緒に食べよう」
「はい、ご一緒しましょう」

 エクムント様に会えてガブリエラ嬢はとても嬉しそうにしていた。
 夕食の席にはカサンドラ様も同席した。
 カサンドラ様が夕食を食べながらガブリエラ嬢に言う。

「ディッペル家の御一家とリリエンタール家の御一家が来たら、エクムントとエリザベートは一緒に早朝に散歩をしているようだよ」
「お散歩ですか? 朝、何時くらいですか?」
「六時くらいに庭に集合してお散歩をしますが、ガブリエラ嬢はレーニ嬢とクリスタと同室なので、フランツとマリアとデニス殿とゲオルグ殿が起こしに来ると思いますよ」
「起こしに来てもらえるのですか!? それなら、寝坊しないで済みそうです」

 朝のお散歩にガブリエラ嬢がご一緒したことはなかったけれど、今度からご一緒するようになるかもしれない。興味を持ったガブリエラ嬢は目を輝かせている。
 わたくしはガブリエラ嬢の目が金色の光沢をもつ黒い目だということに気付いていた。
 エクムント様のお母様は黒髪に黒い目で、お父様が灰色の髪に金色の目だったので、二人の色彩を受け継いだのだろう。

「ガブリエラ嬢の目、金色の光沢をもつ黒ですね」
「エリザベート叔母様は銀色の光沢をもつ黒です。わたくし、小さいころはただの黒い目だと思っていたのですが、育つにつれて金色の光沢が出てきたのです」

 その話はどこかで聞いたことがある。
 小さいころに黒い目だったナターリエ嬢が育つにつれて緑色の目になったように、小さいときにはただの黒い目だったマリアが育つにつれて銀色の光沢を持つようになったというのをオリヴァー殿と話した覚えがあった。

「わたくし、大きくなるころには目の色がエクムント叔父様と同じ金色になっていたらいいと思うのです」
「金色がいいのですか?」
「はい。金色は小麦畑の色ですし、お月さまの色ですし、沈みかけた太陽の色ですし……色んな豊かさを示す色だと思っています」

 そう言われればエクムント様の金色の目はいつも穏やかで優しく、豊かさの象徴だと言われればその通りだと思ってしまう。

「わたくしのお父様たちは目の色は黒です。金色の目をお祖父様から受け継いだのはエクムント叔父様だけなのです。わたくしもエクムント叔父様のような美しい金色の目になれたらいいと思っています」
「黒い目に金色の光沢も神秘的で素敵だと思いますよ」
「ありがとうございます、エリザベート叔母様」

 目の色を褒めるとガブリエラ嬢は嬉しそうに微笑んでいた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

処理中です...