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抱いて欲しいと言えなくて 〜あい〜
ほしのかずほどおとこはあれど 2
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幼い頃から、ヘイミッシュはスコットのお嫁さんになるつもりだった。大人になったら、素敵に成長したスコットからプロポーズされる、そんな夢を見ていた。大学に入った今でも、その夢は変わっていない。ただ、ヘイミッシュも男であり、スコットを抱きたいと強く思ってしまうだけで。
正々堂々としたスコットは、深い口付けをした日以来、ヘイミッシュを避けるようなことはなかったが、明らかに疲れた顔をしていた。国際警察になる訓練の実技科目は軍隊ばりに過酷であるし、それに加えて彼は講義も優秀な成績をおさめているというから、疲れもするだろう。
問いかければ、スコットは平気そうに振る舞う。
「頑張り屋さんのスコットもすごく素敵だけど、私には弱音を吐いても良いのよ?」
「そんな格好悪いことできないよ」
格好悪いどころか、ヘイミッシュにとってスコットは誰よりも格好いいし、可愛くてたまらないのだが、どうにもスコットには伝わらない。
「かっこ悪くても平気よ。私たち結婚するのよ、病めるときも、健やかなるときも、死が二人を分かつまで一緒にいるの。いつも元気なあなたしか愛せないなんて言わないわ」
「どんな僕でも、愛してくれる?」
言葉にしなければ伝わるものも伝わらないと口にすれば、いつになく真剣な表情でスコットがヘイミッシュを見た。横を刈り上げにして、前髪を長めにしてオールバックにしている金髪も、凛々しい太めの眉毛も、穏やかな緑色の目も、あまりの格好良さにヘイミッシュは内心で悲鳴をあげる。自分がスコットにこれほど惚れていて、「抱きたい」という気持ちを封印していることなど、目の前の彼は知らないのだ。
「もちろん、どんなあなたも愛してるわ」
「僕が、ふ、不能、でも?」
告げられた「不能」という言葉に、驚かなかったわけではない。しかし、そう言われれば納得もできる気がした。これだけ愛し合っているのに、スコットはヘイミッシュに手を出してこない。年齢的にもやりたい盛りなのに、スコットは紳士でいてくれる。その理由が、「性的に不能」であることならば、ヘイミッシュは驚きはしたものの、別れる理由にはならなかった。
「その、例えば、だよ、例えば」
「あなたが性的なことができなくても、雷が怖くてクローゼットに閉じ篭ってしまっても、私の愛は変わらない。スコット、そんなことであなたを苦しめていたのね、気付かなくてごめんなさい」
「いや、僕が雷が嫌いなの、なんで知ってるの!?」
性的なことだけが結婚ではない。幼い日に自分が怖いのにヘイミッシュの手を握って、雷に立ち向かったスコットが、ヘイミッシュと性的なことができない程度で、愛は変わらない。むしろ、そんなこと程度で彼を失う方が、ヘイミッシュには我慢できなかった。
「本当は君の幸せのために別れた方が良いんだと分かっているんだけど、君が好きなんだ……君だけを愛してるんだ、すまない、ヘイミッシュ」
「泣かないで。謝ることもないわ。私だって、あなたを手放すなんてできない」
肩口に顔を埋めたスコットに、肩が濡れる感触がする。泣くほどヘイミッシュを愛してくれているのならば、何も問題はないと、ヘイミッシュからプロポーズをした。
「結婚しましょう、スコット」
「子どもはまだって、何度も聞かれる。君にそんな思いさせたくない」
「別に平気よ。同性同士のカップルはただでさえ子どもができにくいんだから、本当に欲しければ養子をもらえばいいわ。血の繋がりに拘るような時代錯誤なこと考える輩は、相手にしなくていいのよ」
最初から、子どもは無理ではないかと考えていた。性格的に、ヘイミッシュは子どもを孕むことを考えられるようなタイプではない。スコットとの間の子どもならば可愛いと思えるかもしれないが、それを十月十日腹で育てる自信はなかった。
「結婚して、一緒に暮らしましょう」
だから、お互いにとって、これが最善の方法なのだ。
手を取って指先にキスをして、ヘイミッシュはスコットにもう一度プロポーズした。
了承してもらった後で、結婚の話を両親にしにいけば、床に崩れ落ちるほど安心された。
「本当に、お前は小さな頃から変わり者で、怖いものなしで、見ている方が怖かったわ」
「スコットくんなら絶対に安心だ。良かった、お前が婚約を破棄されなくて」
失礼な話だが、それに反論できないヘイミッシュがいた。自ら誘拐犯に捕まりに行く子どもだったヘイミッシュを、スコットは「本当に頭が良いからできたんだね」と好意的にとってくれるが、命知らずな愚か者と距離を置かれても仕方がない。
他の相手に興味のないヘイミッシュが、ただ一人、スコットにだけは好意を持って、愛しくて可愛くてたまらないのだから、これは運命としか言いようがなかった。
「子どもは、私だから、諦めてくれる?」
「……遠縁から養子をもらおう」
この件に関しても、父親は苦い表情だったが理解はしてくれる。諦めているだけかもしれないが。
ヘイミッシュが20歳になったら結婚することが決まった。
一年と少しの間に、新居を決めて、式場を決めて、衣装を決めて、スコットと楽しく忙しさも満喫した。
グレーのタキシードを着たスコットは長身に見事な筋骨隆々とした身体つきで、ヘイミッシュはその姿に見惚れてしまう。そんなに逞しいのに、誓いのキスで感極まって泣いてしまうのも、愛おしかった。
新婚生活も何の問題もなかった。
ジムに通って体を鍛え始めたスコットがますますヘイミッシュの目の毒になることと、湯上りの無防備な姿などに、ヘイミッシュが反応してしまうこと以外は。
夫婦の寝室は二人が寝られるように巨大なベッドを置いてあったが、自室のベッドで別々に寝る新婚生活。毎晩のように、スコットの姿を思い浮かべて、ヘイミッシュは自分の欲望を処理する他なかった。
無理矢理に体を繋げてしまうことは容易い。けれど、そんなことをしてしまえば、愛し合っている二人の信頼関係にひびが入る。
愛しているからこその生殺し状態。
完全に信頼してくれているのだろう、無防備にキスを受けて、スコットはヘイミッシュを車で送って大学に送り届けて、連れ帰ってくれる。
「うちの旦那様が可愛くてつらい……」
枕に顔を埋めて、ヘイミッシュは理性と本能の狭間で毎晩戦っていた。
正々堂々としたスコットは、深い口付けをした日以来、ヘイミッシュを避けるようなことはなかったが、明らかに疲れた顔をしていた。国際警察になる訓練の実技科目は軍隊ばりに過酷であるし、それに加えて彼は講義も優秀な成績をおさめているというから、疲れもするだろう。
問いかければ、スコットは平気そうに振る舞う。
「頑張り屋さんのスコットもすごく素敵だけど、私には弱音を吐いても良いのよ?」
「そんな格好悪いことできないよ」
格好悪いどころか、ヘイミッシュにとってスコットは誰よりも格好いいし、可愛くてたまらないのだが、どうにもスコットには伝わらない。
「かっこ悪くても平気よ。私たち結婚するのよ、病めるときも、健やかなるときも、死が二人を分かつまで一緒にいるの。いつも元気なあなたしか愛せないなんて言わないわ」
「どんな僕でも、愛してくれる?」
言葉にしなければ伝わるものも伝わらないと口にすれば、いつになく真剣な表情でスコットがヘイミッシュを見た。横を刈り上げにして、前髪を長めにしてオールバックにしている金髪も、凛々しい太めの眉毛も、穏やかな緑色の目も、あまりの格好良さにヘイミッシュは内心で悲鳴をあげる。自分がスコットにこれほど惚れていて、「抱きたい」という気持ちを封印していることなど、目の前の彼は知らないのだ。
「もちろん、どんなあなたも愛してるわ」
「僕が、ふ、不能、でも?」
告げられた「不能」という言葉に、驚かなかったわけではない。しかし、そう言われれば納得もできる気がした。これだけ愛し合っているのに、スコットはヘイミッシュに手を出してこない。年齢的にもやりたい盛りなのに、スコットは紳士でいてくれる。その理由が、「性的に不能」であることならば、ヘイミッシュは驚きはしたものの、別れる理由にはならなかった。
「その、例えば、だよ、例えば」
「あなたが性的なことができなくても、雷が怖くてクローゼットに閉じ篭ってしまっても、私の愛は変わらない。スコット、そんなことであなたを苦しめていたのね、気付かなくてごめんなさい」
「いや、僕が雷が嫌いなの、なんで知ってるの!?」
性的なことだけが結婚ではない。幼い日に自分が怖いのにヘイミッシュの手を握って、雷に立ち向かったスコットが、ヘイミッシュと性的なことができない程度で、愛は変わらない。むしろ、そんなこと程度で彼を失う方が、ヘイミッシュには我慢できなかった。
「本当は君の幸せのために別れた方が良いんだと分かっているんだけど、君が好きなんだ……君だけを愛してるんだ、すまない、ヘイミッシュ」
「泣かないで。謝ることもないわ。私だって、あなたを手放すなんてできない」
肩口に顔を埋めたスコットに、肩が濡れる感触がする。泣くほどヘイミッシュを愛してくれているのならば、何も問題はないと、ヘイミッシュからプロポーズをした。
「結婚しましょう、スコット」
「子どもはまだって、何度も聞かれる。君にそんな思いさせたくない」
「別に平気よ。同性同士のカップルはただでさえ子どもができにくいんだから、本当に欲しければ養子をもらえばいいわ。血の繋がりに拘るような時代錯誤なこと考える輩は、相手にしなくていいのよ」
最初から、子どもは無理ではないかと考えていた。性格的に、ヘイミッシュは子どもを孕むことを考えられるようなタイプではない。スコットとの間の子どもならば可愛いと思えるかもしれないが、それを十月十日腹で育てる自信はなかった。
「結婚して、一緒に暮らしましょう」
だから、お互いにとって、これが最善の方法なのだ。
手を取って指先にキスをして、ヘイミッシュはスコットにもう一度プロポーズした。
了承してもらった後で、結婚の話を両親にしにいけば、床に崩れ落ちるほど安心された。
「本当に、お前は小さな頃から変わり者で、怖いものなしで、見ている方が怖かったわ」
「スコットくんなら絶対に安心だ。良かった、お前が婚約を破棄されなくて」
失礼な話だが、それに反論できないヘイミッシュがいた。自ら誘拐犯に捕まりに行く子どもだったヘイミッシュを、スコットは「本当に頭が良いからできたんだね」と好意的にとってくれるが、命知らずな愚か者と距離を置かれても仕方がない。
他の相手に興味のないヘイミッシュが、ただ一人、スコットにだけは好意を持って、愛しくて可愛くてたまらないのだから、これは運命としか言いようがなかった。
「子どもは、私だから、諦めてくれる?」
「……遠縁から養子をもらおう」
この件に関しても、父親は苦い表情だったが理解はしてくれる。諦めているだけかもしれないが。
ヘイミッシュが20歳になったら結婚することが決まった。
一年と少しの間に、新居を決めて、式場を決めて、衣装を決めて、スコットと楽しく忙しさも満喫した。
グレーのタキシードを着たスコットは長身に見事な筋骨隆々とした身体つきで、ヘイミッシュはその姿に見惚れてしまう。そんなに逞しいのに、誓いのキスで感極まって泣いてしまうのも、愛おしかった。
新婚生活も何の問題もなかった。
ジムに通って体を鍛え始めたスコットがますますヘイミッシュの目の毒になることと、湯上りの無防備な姿などに、ヘイミッシュが反応してしまうこと以外は。
夫婦の寝室は二人が寝られるように巨大なベッドを置いてあったが、自室のベッドで別々に寝る新婚生活。毎晩のように、スコットの姿を思い浮かべて、ヘイミッシュは自分の欲望を処理する他なかった。
無理矢理に体を繋げてしまうことは容易い。けれど、そんなことをしてしまえば、愛し合っている二人の信頼関係にひびが入る。
愛しているからこその生殺し状態。
完全に信頼してくれているのだろう、無防備にキスを受けて、スコットはヘイミッシュを車で送って大学に送り届けて、連れ帰ってくれる。
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