運命の恋 ~抱いて欲しいと言えなくて~

秋月真鳥

文字の大きさ
34 / 64
僕が抱かれるはずがない! ~運命に裏切られるなんて冗談じゃない~

運命に裏切られるなんて冗談じゃない 1

しおりを挟む
 ジェイムズ・キャドバリーは運命を信じてはいなかった。
 この世界にはたった一人、運命の相手がいて、その相手と出会えば全てを投げ出してでも手に入れたくなる。運命の相手とのセックスは蕩けるほどに悦くて、一度すれば二度と忘れられない。
 そんな都市伝説のようなものを信じる者もいれば、信じないものもいる。
 非科学的で信じるに値しないと思っていたそれに、ジェイムズは出会ってしまった。信じる、信じないの問題ではなく、目の前に運命が現れたのだ。
 ジェイムズの運命は、艶やかな黒髪に涼やかな青い瞳、白い肌に薔薇色の頬の美しい少年だった。

「あなた、クロスワードパズルは得意?」

 そのときジェイムズは23歳、大学院で同じ年のラクラン・ハワードと共同研究をしていた。ハワード家は貴族の家系としても有名だが、それ以上にジェイムズのような犯罪の統計を扱う研究者にとっては、ヘイミッシュとスコットの夫婦が犯罪心理分析官と警察組織の上層部の人間ということで、研究対象として取材対象として有名でもあった。ラクランはヘイミッシュとスコットの長男で、ジェイムズが出会った運命はヘイミッシュとスコットの次男の姿をしていた。
 論文の取材で顔を合わせたことがあるヘイミッシュは、ジェイムズのスコットランド語の名前で親近感を持っていたし、何よりもその美しく整った中性的な顔立ちと、すらりと高い背丈に見惚れたものだ。
 そのヘイミッシュに良く似た息子、エルドレッド・ハワードがジェイムズの運命だった。
 一目見てエルドレッドの方もジェイムズに運命を感じてくれたらしく、ラクランに招かれてハワード家に滞在している間はずっとジェイムズのそばにいた。
 ラテン語のクロスワードパズルを1分で解き、23歳のジェイムズとも対等に会話をするエルドレッドは14歳。イギリスで結婚できる年齢が16歳だとしても、まだ恋人同士になるには幼すぎる。
 背丈はすっきりと伸びたエルドレッドだが、2メートルくらいある兄のラクラン程ではないが、190センチを越す逞しいジェイムズが抱けば、傷付けてしまう可能性がある。
 女性との経験はあったが、運命の相手との初めては大事にしたい。そう思うくらいに、エルドレッドはジェイムズにとって、一夏のうちに大事な存在になっていた。
 ハワード家の里子でラクランの婚約者の理人りひとを含め、家族全員と友好的になって、ジェイムズは冬期休暇にも訪ねることを約束していた。冬期休暇中にはエルドレッドの誕生日もあるので、デートに誘うつもりだった。
 エルドレッドの誕生日は1月の初め頃。新年の挨拶をヘイミッシュとスコットと交わし、エルドレッドを借りていくことを告げれば、よく似た相貌の美しいヘイミッシュが悪戯っぽく笑う。

「うちの大事な次男坊なのよ。丁重に扱ってね」
「それは必ず」

 スラックスにコートにセーターの下にシャツ姿で出てきたエルドレッドに手を差し伸べると、少年らしい華奢な指のてがジェイムズの大きな手に重なった。

「どこにエスコートしてくれるの?」
「クラシックコンサートのチケットが取れたんだ。興味はある?」
「曲目は?」
「シューベルトの『冬の旅』」

 ピアノを理人と習っているエルドレッドが興味があるかと思って、取っておいたコンサートチケットは当たりのようだった。青い目を煌めかせ、頬を薔薇色に染めて聞き入るエルドレッドは美しく可愛らしい。
 ディナーは家族でとるということで、ランチはバーガーショップに入ったが、ハンバーガーに齧りつきながらも、エルドレッドは興奮した様子だった。

「あのコントラルトの歌手は素晴らしいね。ピアノ伴奏も良かった」
「エルドレッドくんは、ピアニスト志望かな?」
「理人は才能があるけど、僕はそれほどじゃないから、ピアノは趣味で、仕事はヘイミッシュと同じ、心理分析官を目指すつもりだよ」
「それじゃ、僕が君を取材する未来があるのかな」

 話題が犯罪と物騒だったが、共通するものがあるというのは話を弾ませる。兄のラクランが研究していることもあって、興味を持っているエルドレッドはジェイムズの話をよく聞いて、質問も鋭かった。

「イギリス国内の犯罪だけでは統計データとしては完璧ではないでしょう。いずれ、アメリカに行くつもり?」

 犯罪大国と呼ばれるアメリカでの研究について、ジェイムズは関心があったし、打診も受けていた。

「前は行こうかと思ってたけど、今は迷ってる」
「その理由を聞いてもいい?」

 ほの赤く色付く唇の端を三日月形に持ち上げて、悪戯っぽく微笑むエルドレッドは、15歳になったばかりとは考えられない色香を滲ませている。

「君は運命を信じるタイプ?」
「信じてなかったよ」

 過去形で言うエルドレッドに、ジェイムズは確信を得る。

「僕も信じてなかった。でも、運命が目の前に現れたら、抗う気持ちなんて消え失せたよ」
「ジェイムズ、僕が好き?」
「好きだよ」

 24歳と15歳。多少の年の差はあるし、エルドレッドは大人びているとはいえ、まだ少年の域を出ていない。
 夕方にエルドレッドを送って行った車の中で、ジェイムズはそっと触れるだけのキスをした。驚いたように青い瞳を見開いたエルドレッドだが、すぐに艶っぽく笑んで、ちゅっと音を立ててキスを返す。

「今日はありがとう」
「家族と良い誕生日を」

 広大な庭を歩いていくエルドレッドの背中を見送る間、しばらく彼に会えない寂しさが既に胸を占め始めていた。
 次の夏期休暇まで待てずに、ジェイムズは車を出して、何度かエルドレッドとデートを重ねた。論文作成の合間を縫ってだったので、それほど長時間は過ごせなかったが、エルドレッドのそばにいるだけで胸が熱くなるような感覚を味わえる。

「僕もジェイムズと兄さんの大学に進学することにしたよ」

 エルドレッドも同じ気持ちなのだとジェイムズは信じて疑わなかった。
 不和はエルドレッドが15歳の夏に起きた。
 ハワード家に滞在させてもらった最終日、ヘイミッシュとスコットに許しを請う前に、エルドレッドに了承を取っておこうと、婚約の話を持ち出したのがきっかけだった。

「気が早いかもしれないけれど、エルドレッドと婚約したい。君の16歳の誕生日には、君を抱きたい」

 熱を込めて大人っぽく囁いたつもりだったのに、エルドレッドの反応はどこかおかしかった。青い目をぱちぱちと瞬かせて、眉間に皺を寄せている。

「ジェイムズが、僕を?」
「そうだよ、君は美しくて可憐だ。誰よりも大事にするよ」
「なんで、僕が抱かれることになってるの!? 冗談でしょう? 僕がジェイムズを抱くんだよ」

 運命を感じていて、最初からお互い気が合って、話も合ったエルドレッド。運命の相手とはこんなにも趣味も似ていて、過ごしやすいのかと思っていたら、まさかの性嗜好まで一致してしまった。
 当然ジェイムズはエルドレッドを抱く気でいた。エルドレッドもジェイムズを抱く気でいたと全く知らずに。

「ちょっと、待って。それは、本気? 僕はこの通り、厳つくて逞しくて……」
「僕の母はスコットだよ? 兄さんも多分、抱かれる方だ」
「でも、君の方が貴族だし……」

 同性同士の婚姻でどちらも子どもを産める場合には、古いしきたりだと言われそうだが、確実に血脈を残せるように身分の高い方が産む風習があった。それに捉われるわけではないが、美しく可愛らしいエルドレッドが、自分を抱くなど、ジェイムズは想像もしたくなかった。

「ジェイムズは、僕に抱かれたくないの?」
「ごめん……婚約はできそうにない」

 目眩がして額に手をやりつつ正直に心の内を打ち明ければ、エルドレッドの青い瞳が涙で潤む。

「僕を好きなんじゃなかったの?」
「好きだよ。だけど、それとこれとは話が違う」
「ジェイムズの、バカ! 頑固者!」

 年相応に子どもっぽい顔を見せて、エルドレッドは部屋から走り出て行った。向かった先が兄のラクランの部屋であることは想像に難くない。
 間違いなくジェイムズはエルドレッドを求めていて運命に違いないのに。
 こんな裏切りが待っているなど、考えもしていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

処理中です...