運命の恋 ~抱いて欲しいと言えなくて~

秋月真鳥

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愛してるは言えない台詞 〜みち〜

届かぬ月 10

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 携帯電話を買い換えて、番号もメールアドレスも変えて、都子含む仕事関係と両親にだけ教えて、それ以外の連絡先は消した。仕事場は簡単に移れないので、冬のコレクションが終わったのを口実に、二週間の休みをもらって、父のいる中東の国に行った。
 一年中太陽の照りつける乾いたイメージのあるその国は、富に溢れ、巨大ビルが建ち並ぶ中を、黒塗りの車で両親の家まで送り届けられた。
 褐色肌に彫りの深いギリシャ彫刻のような顔立ちの父と、日本人らしい黄味がかった肌の都子の父にして路彦の母。白いワンピースのような衣装を着て、クドラと呼ばれる白いスカーフを被り、イガールと呼ばれる黒い縄のようなもので留めている父はいかにもこの国の人間らしいが、母の方は三つ揃いのスーツをほっそりとした長身の体に着ていた。

「ミチヒコ、ミヤコから活躍は聞いているよ。君のアクセサリーはこっちでも人気だ」
「ありがとう、父さん。全部、姉さんのおかげだけど」
「謙遜するものじゃないよ。新作も今度発表されるんだろう?」

 護衛が付いている広い部屋の真ん中で、ソファに座って母の腰を抱くようにしている父は、路彦と顔立ちがよく似ている。琥珀色の目も、父に似たのだろう。

「日本で芸能人と熱愛とか言われてるみたいだけど、大丈夫なの?」

 出されたコーヒーに口を付けようとしてその話題が出て、路彦は動揺してコーヒーをこぼしそうになってしまった。結婚を急かされたことはないし、母も再婚で年下の父と結婚しているので、それほど気にはされていないようだが、心配ではあるらしい。

「あれはただのでっち上げで、俺には関係のない話だよ」
「都子も心配していたよ?」
「姉さんの心配性は今に始まったことじゃないでしょ」

 大学時代に路彦が襲われかけてから、都子は特に路彦に過保護になった気がする。近付いてくる女性も、悪い噂があると遠ざけられたような思い出がある。

「この国の事業はミチヒコは何も継がなくて良いけれど、私たちの財産は受け取って欲しいと思っているよ」
「……あまり大きなお金を持ってても、幸せになれるとは限らないよね」

 お金があってもそれ目当てで近付く相手がいるくらいで、真剣に路彦のことを考えてくれる相手はいない。それを口にすれば、ますます心配させるだけのような気がして、部屋を借りて路彦は二週間ほぼ引きこもってデザインを考えていた。
 どれだけ考えても、あの月と蓮華の花のイメージが離れない。イヤリングに展開させたり、バッグチャームにしてみたり。そうして、考えないようにしながらも、路彦は結局連月のことばかりを考えていた。
 二週間もすればほとぼりも冷めるだろうと帰国して仕事場に行けば、ポストに何通もの手紙が入っている。今時手紙なんて古風と思いつつ開ければ、連月から「どこにいますか?」「いつ帰りますか?」「会えませんか?」など、短くともストレートな文章が書かれていた。
 避妊なしで抱かれて姿を消したのだから、妊娠を心配されているのだろうが、男性同士でそんなに簡単にできるわけがないし、連月にばれているはずはない。
 帰国の前日に、路彦は少し早いが男性用の妊娠検査薬で自分が妊娠しているか調べていた。陽性反応が出たが、産科の病院に行くまでは確定ではない。確定ではないと分かっていながら、連月の子どもがお腹にいるかもしれないことに、嬉しさと不安で涙が滲んだ。
 やはり、どうしても連月が好きだった。本気になる前に逃げてしまおうとしても、もう手遅れだった。
 工房の場所は連月に知られているから、路彦は工房の場所を変えてでも、一人で育てるつもりでこの妊娠は連月には明かさないと決めた。
 帰国したと姉に連絡すると、ものすごい勢いで問い正された。

『みっちゃん、何があったの? 立田さん、隠してるけど、凄く窶れてるみたいよ』
「立田さんが、どうして?」
『みっちゃんと連絡を取りたいって、何度も私のところに来てるから、みっちゃんが一番理由が分かるんじゃないの』

 窶れるようなことがあったのだろうか。もしかすると、冴に何かあったのだろうか。
 落ち着かない気分になって、連絡は取れないが、一目冴を保育園に見に行こうと、路彦はバイクに乗った。
 道は完璧に覚えているし、バイクの運転も慣れたものだ。誤算だったのは、バイクの前で急停車した車が、助手席側のドアを開けたことだった。ブレーキをかけたが、間に合わず、ドアにぶつかって、大型のバイクが倒れる。
 パンツもジャケットもライダー用のもので手袋もブーツも鉄骨の入った頑丈なものを着用していたから、大怪我にはならなかったが、バイクとアスファルトの間に挟まれた脚が、やたらと痛んだ。
 事故で警察が呼ばれ、事情聴取が行われて、一応の検査のために路彦は病院に運ばれた。頭も打っていないのだが脳波も調べられて、問題はなかったが、バイクとアスファルトの間に挟んだ脚にヒビが入っていると言われて、消沈していると、物凄い勢いで連月が待合室に駆け込んできた。

「み、路彦さん、い、生きとる?」
「生きてます」
「お腹の赤さんは? 無事?」
「ちょっと、立田さん、落ち着いて。もっと静かな場所で話しましょう?」

 安全のために車椅子に乗せられている路彦に、縋り付く勢いの連月の姿に、周囲の目線が痛い。遅れてぽてぽてと冴が走って来ていた。

「みちひこさーん! いたくないですかー?」
「冴ちゃん、ちょっと痛いけど、平気だよ」
「あえなくて、さびしかったのです」

 ひしっと脚にしがみ付かれて、路彦は「ぎゃっ!」と悲鳴を上げそうになった。

「どういうことなの?」

 仁王立ちで冴を見下すのは、姉の都子だった。
 場所を静かな病院の中庭に変えて、都子を交えて話をする。

「路彦が事故に遭ったって言う連絡が、立田さんと打ち合わせのときに入って、そしたら、おねーちゃん、立田さんに土下座されたんだからね!」

 路彦のお腹には連月の子どもがいるかもしれない。だから、病院を教えて欲しいと連月は都子に土下座したという。頼まれて都子は冴を迎えに行って病院に来て、連月も病院に直行したのだという。

「あ、赤ん坊は……その、心配するような事故じゃなかったから」
「おるんやな? 路彦さん、妊娠してるんやな?」

 連月と会わなかった二週間、ゆっくりと時間を置いて、日本に帰国する直前に調べた男性用の妊娠検査薬で、路彦は陽性反応が出たのを確認した。まだ病院で調べていないので確実ではないが、妊娠している可能性は高い。

「立田さんに、ご迷惑はかけません。俺一人で育てるから、俺から子どもを取り上げたり、しないでください」
「なんでぇ……俺は、できてもええって言うたやん」

 天を仰ぎみる連月に、路彦は混乱していた。こんな状況で連月にこのことがバレるはずではなかった。

「ししょーは、ことばがたりないのです! ちゃんといわないから、わからないのですよ」
「俺は、路彦さんが好きやし、愛してるんや。一緒に暮らしてたのも、同棲ってやつやろ? せやのに、なんで捨てられたんか……俺に悪いところがあったなら、直すから、捨てんといて」
「好き……愛してる?」

 初めて連月の口から出た言葉に、路彦は固まってしまう。その様子に、都子が冴を抱っこして、そっと席を外してくれた。

「好き、って、誰が、誰を?」
「俺が、路彦さんを!」
「愛してるって……」
「俺が、路彦さんを!」
「そんなの、言われてない……嘘」

 愛されているなど、考えたこともなかったが、確かに「初めて家に入れた」「路彦のファンだった」など、思い起こせば連月は路彦を特別扱いしていた気がする。それを認められず、路彦が必死に目を逸らしていただけだったのだろうか。
 感情が溢れてぼろりとこぼれた涙に、連月がさぁっと青ざめる。

「嘘って……俺、言うてなかった? だって、あんまり好き好き言うたら、童貞が浮かれとるみたいでカッコ悪いし、あ、愛してるとか、ドラマでどれだけでも言うたやろって言われそうやから……大事にしよって。それなのに、路彦さん、合鍵置いて、消えてまうし」

 ぼろぼろと涙を零しているのは、路彦だけではなかった。連月の黒い瞳からも涙が溢れる。

「ど、童貞って……」
「好きなひととしか、そういうことってしたらあかんのやないん? 俺、路彦さんとしか、したことないよ?」

 騒がれてきた女性関係も、色気を付けるため、演技の幅を広げるために、色んな女性の仕草を観察するためにお茶をしていたら、スキャンダル誌に書き立てられただけで、連月は一切体の関係など持ったことはない。けれど、騒がれるのもまた、色気という箔をつける為と、否定しないでおいただけなのだ。
 そう説明されて、涙を拭いて路彦が洟を啜る。

「あ、遊びじゃ、なくって?」
「路彦さんには、最初から本気や。あーなんでなんも伝わってなかったんやろ……俺ばっかり、もう結婚したような気になって浮かれて……」

 浮かれた挙句に、生で抱いて良いと言われて心が通じたと喜べば、翌朝には路彦は合鍵を置いて荷物も全部持って消えていて、携帯に連絡もつかない状態になっていた。

「遊ばれたんは、俺かと思ってた……」
「立田さんを……連月さんを遊ぶなんて、ないです」
「好きなんや……お願いや、捨てんといて」

 路彦の鍛え上げられた体に抱き付いて泣く連月の姿に、嘘はないように見えた。

「俺も、連月さんを、愛してるって、言っても良いですか?」

 ずっと言えなかった台詞が、ようやく言える気がした。
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