龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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一章 龍王は王配と出会う

11.宰相の言葉

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 冷たく冷やした出汁で出した茶を白いご飯の上にかけて、塩昆布や梅干しや刻んだ搾菜など好きなものを乗せる。小さな揚げ餅もあって、それを乗せるとかりかりとした食感が面白い。
 冷やし茶漬けを食べていると、ヨシュアが龍王に説明してくれた。

「魔術と呪いには大きな違いがあります。魔術は使用者の魔力を元にして使われるのに対して、呪いは必ず何かの代償が必要です」
「ヨシュア殿は王都の近くで起きた呪いの感染症は何かの代償を払うためと思っているのか?」

 冷やし茶漬けを味わいながらさらさらと飲み込んだ龍王が問いかければ、青い瞳が真剣に龍王を見詰める。

「その通りです。最初の一人は簡単な代償を払えば呪いがかけられたでしょう。その後次々と罹患していったものたちは、命を落とせば次の呪いの代償として使われた可能性があります」

 王都にほど近い集落で呪いで感染症を起こし、体力の弱っているものを死なせるようなことをした事件だが、それだけでは終わらないようだ。
 そのためにヨシュアは警戒して龍王の警護についてくれるとまで言ったのだ。

「わたしは水の加護があるはずなので簡単には呪いにかからないと思うが気を付けたいと思う」
「狙いは龍王陛下ではなくて、宰相や官吏たちかもしれません。宰相と主な管理に魔術騎士を護衛として就けることをお許しいただきたい」
「どうか頼む。狙いが王都ならば、わたしは人々を守らねばならない」

 王都のみならず、どこであろうとも志龍王国内であれば龍王は民を守らなければいけない。それは分かっているのだが、ヨシュアが危険な場所に出ると聞いたときに躊躇ってしまったのは龍王も後悔していた。

「御身を守ることも大切です」
「気を付けることとする。ヨシュア殿、守ってくれるのだろう?」
「呪いは専門ではありませんが、龍王陛下に常に呪いを跳ね除ける魔術をかけることはできます」

 そう言うと、ヨシュアは侍従に箱を持って来させる、
 侍従が恭しくヨシュアに箱を渡すと、ヨシュアは龍王にその箱を手渡した。中には黒曜石を細工した指輪が入っていた。

「その指輪に魔術をかけてあります。呪いを跳ね除ける魔術です。いつでも身に付けていてください」
「湯あみのときもか?」
「はい。いつでも」

 言い聞かすように言われて龍王は小さく頷く。湯あみのときにも龍王は侍従に手伝ってもらっているので、これは外さないものだと侍従にも伝えておかねばならなかった。

「あなたは湯あみの手伝いも、着替えの手伝いも、全部断っていると聞いた」
「自分でできますからね。魔術騎士団で遠征先に従者を連れて行けるわけではないし、十五の年に魔術騎士団に入ってからは何でも自分でやっていますよ。料理もある程度ならできます」
「料理ができるのか!?」
「遠征地では野営をすることもありますからね。必要とあればします」

 料理ができるというヨシュアに、龍王は心底感心していた。
 龍王も自分で料理することに憧れのようなものがないわけではないのだが、厨房に行くだけで料理長が恐れ入り、包丁も持たせてくれないのが現実だ。

「ヨシュア殿の料理を食べてみたいものだな」
「大した料理ではありません。干し肉と干し野菜のスープや、焚火で焼いた肉などです。肉も野菜も現地調達のこともありますし」
「肉を現地調達!?」
「森の中であれば栗鼠や兎や鹿が獲れることもあります。そのときに合わせて調理します」

 栗鼠は想像できないが、兎や鹿ならば龍王も肉を食べたことがある。何度もの毒見で冷えていたのであまり味が分からなかったが、ヨシュアが料理したらきっと美味しいのだろう。
 そんなことを考えて浮かれていると、ヨシュアが一つ深いため息をついた。

「青陵殿では料理長が作る料理の方が明らかに美味しいので、作りませんからね?」
「それでは、いつかお忍びで森に行ったときにでも、振舞ってもらいたい」

 これまでは視察以外で王宮から出ることもなく、それで構わないと思っていたのだが、ヨシュアの持ち帰ってきた知識で作られた料理を食べ、ヨシュアの話を聞いていると宮殿の外にも興味がわいてくる。
 結婚してまだ遠出をしたことがないので、新婚旅行をしてもいいのではないだろうか。この呪い騒動が収まったら、ヨシュアとお忍びの旅に出たい。
 龍王は王座にいなくても各地に水の加護を届けることはできるし、少しの間政務も休んでも構わないだろう。

 そんなことを考えていると、朝餉が終わって龍王は着替えさせられる。
 ヨシュアは衝立の向こうで着替えているようだ。

 装飾がないが絹の生地の真っ青な長衣と下衣を身に着けて、腰を金の刺繍のある帯で留めているヨシュアは堂々として美しい。一部だけ三つ編みにしたまっすぐの金色の髪が冠を被るよりも余程豪奢だ。
 龍王は宝石を縫い付け、びっしりと赤い刺繍の入った黒地の長衣と下衣を身に着けて、金の刺繍のある帯で腰を留めている。
 金の刺繍のある帯は龍王と配偶者にしか許されていない特別な織だった。

 宮殿まで渡る途中で、侍従長が準備した香油の瓶が減っていないのを寝台で確かめているのが目に入った。別々の寝台で寝ているので減るはずもないのだが、自分の閨のこともすべて把握されているのかと思うとヨシュアも簡単には龍王に抱かれてくれないだろうというのは予測できた。

 政務の最中、龍王の隣りにヨシュアは控えていてくれるが、魔術騎士に呼ばれて少しだけ距離を置いたときに、小声で龍王は宰相に聞いてみた。

「あの方はどうしてわたしの気持ちを受け入れてくださらないのだろう」
「龍王陛下、恐れながら申し上げます。龍王陛下は最初に王配殿下にお会いになったときに、『あなたを愛することはない』『褥も共にしない』と仰いました」
「確かに言った。あのときとは気持ちは変わったのだが」
「気持ちが変わっても、一度口に出したことは覆せません。何より、そのようなお言葉は、恐れながら、相手が龍王陛下を愛する可能性があると思われたからこそ発せられた言葉で、王配殿下にそのようなお気持ちがなければ、その……言いにくいのですが」
「いいから言ってくれ」
「王配殿下を怒らせたか呆れさせた可能性があります」

 はっきりと宰相に言われて、龍王として自分は愛される立場にあるという驕りが龍王の口からあのようなことを言わせて、結果としてヨシュアを怒らせたか呆れさせた可能性があるということに、龍王は無言で自分の胸を押さえた。
 嫌われているかもしれないという懸念が事実になりそうで、胸が……というか、胃が痛みだす。

「気分が悪い。少し休みたい」
「暑いですからね。隣りの部屋に茶を用意させましょう」

 宰相が龍王を立たせると、部屋の端の方で話していたヨシュアが戻ってきた。

「どうされましたか?」
「暑気当たりだと思う。少し涼しい部屋で休めば治る」
「わたしの侍従に冷たい香茶を入れさせましょう。あれは冷やしても美味しいのです」

 嫌っているかもしれないのに、体調を気にしてくれるのも、茶を用意させてくれるのも、龍王という地位が自分にあるからだ。
 そう思うと虚しくなってくる。

 湯気の上がる茶碗にヨシュアが手を翳すと、キンッという小さな音が響いて、薄い白の茶碗から湯気が消えている。牛乳と蜂蜜を加えられた香茶はきんきんに冷えていた。何も入れていないヨシュアの香茶の茶碗も、ヨシュアが手を翳すと一瞬で冷える。

「氷を作るのは得意だが、ヨシュア殿は何もなくても茶を冷やせるのだな」
「氷を入れると茶が薄まりますからね。冷たいうちに飲んでください」

 冷たい香茶の入った茶碗は水滴が浮かんでいる。それだけ室温との差があるということだ。
 宮殿にも氷柱が立てられてある程度は冷やされているが、それでも夏の暑さは完全には取り払えなかった。

「柑橘の汁に蜂蜜を加えて作る、レモネードという飲み物もあります。口がさっぱりして龍王陛下はお好きかもしれません」
「れもねーど……ヨシュア殿が勧めてくださるなら、飲んでみたいな」
「夏は冷やして、冬は温めて飲んでいました。どちらも美味しいですよ」

 笑顔で話すヨシュアに龍王はちくちくと痛んでいた胃も落ち着いてきて、昼餉は普通に食べられそうだと考えていた。
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