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一章 龍王は王配と出会う
12.もう一人の魔術騎士
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龍王の警護は魔術騎士の中でも呪いに詳しいものとヨシュアの二人で行うことに決めた。イザークという名前の魔術騎士はまだ若いが、呪いの防御と治癒魔術に関してはヨシュアも認める才能の持ち主だった。
龍王にもイザークを紹介しておくつもりで、執務室に呼んでいたのだが、龍王が体調不良を訴えたので執務室の隣室でお茶を飲みながら伝えることにした。
「龍王陛下に会わせたいものがおります」
「魔術騎士か?」
「その通りです。イザーク、入れ」
ヨシュアが声を掛けると、イザークが部屋に入ってくる。
黒髪に黒い目で、顔だちはラバン王国の彫りの深さを持っているが、色彩的には志龍王国でもそれほど目立たない方だろう。身長は志龍王国の平均よりも大きめではあるが、近衛兵や警護の兵士は体格のいいものが多いので、それほどは変わらない。
「イザークと申します。王配殿下と共にラバン王国より参りました」
「イザークは呪いの防御や治癒の魔術がとても優れているのです。もちろん、剣技も優れています。わたしがどうしても龍王陛下のおそばにいられないときには、イザークを頼ってください」
「龍王陛下の御身が守れることを幸福に思います」
龍王のことを考えてもう一人魔術騎士を側に置くように手配したのだが、龍王は微妙な顔をしている。
「ヨシュア殿がわたしのそばを離れなければいいのではないか?」
「わたしも手洗いに行ったり、湯あみをしたり、その場を離れることがあります。そのときに龍王陛下が危険に晒されてはいけませんので」
「そ、そうか……。イザーク、よろしく頼む」
ここまで説明しなければ理解しないのかと思ってしまうが、龍王のヨシュアに対する執着は最近おかしくなっているので、ヨシュアがそばにいないことが不安になってきているのだろう。
ヨシュアはラバン王国でも一番の魔術師だったし、頼りにしたくなる気持ちは分かる。
ヨシュアがいなくなってもラバン王国の魔術騎士団は纏められるように取り計らっては来たが、ヨシュア一人の魔力で魔術騎士団の一個隊分は軽く超えるので、その辺は残ったもので何とかしてもらわなければいけなかった。
「イザーク、龍王陛下はあまり人目に晒されることをお好みではない。普段は『影』となって、わたしがいないときだけ、姿を現すように」
「心得ました」
床に膝をついて深く頭を下げていたイザークの姿が揺らいで消えていく。姿隠しの魔術だが、気配まで消せるのはイザークくらいしかいないだろう。それも見込んでの人選だった。
この空間にイザークはいるはずなのに息遣いさえ感じさせない魔術に、龍王が驚いている。
「このような魔術は誰でも使えるのか?」
「イザークが特別です。イザークはラバン王国の忍びの血統です。決して龍王陛下のお邪魔にはなりません」
「今もそばにいてくれているのだな? 心強く思う」
最初は抵抗があったものの、龍王も自分の立場というものを弁えたのか、どこにいるか分からないイザークに礼を言って労っている。
一応王族としての自覚がないわけではないらしい。
茶を飲み終わると、龍王とヨシュアは午前の政務を終え、青陵殿に昼餉を取りに向かった。
青陵殿に入り口で、イザークは姿を現し、ヨシュアと龍王に深く一礼して二人を見送る。青陵殿は龍王の配偶者の住まう宮殿なので、入れるものが限られているのだ。
それは龍王の配偶者が不貞を働かないようにという配慮でもあった。
青陵殿に入れるのは龍王の警護の兵士と青陵殿の警護の兵士と、龍王とヨシュアの侍従だけだった。
宰相ですら青陵殿には入れない。
青陵殿を住みかとするように言われてから、ヨシュアは庭を歩き回って、青陵殿の隅々まで魔術の結界で覆っておいた。
実質的に青陵殿にはヨシュアの許可したものしか入れなくなっているし、呪いが結界を超えてかけられることもない。
宮殿にも同じような結界を張りたい気持ちはあるのだが、ヨシュアが不在のときには結界はどうしても緩んでしまうし、宮殿はヨシュアの魔力をもってしても結界を張るには広すぎた。
青陵殿ですらとても広いのだから、龍王が政務を行い、王族も暮らす宮殿の広さたるや、小さな村くらいならば丸々入りそうなくらいだった。
昼餉に蒸し鶏の胡麻だれに、海月の酢の物、揚げた魚に野菜のあんかけをかけたものなど、円卓の上に大量に並ぶ。部屋は氷柱で涼しくしてあるので、温かい料理も美味しく食べられる。
「ヨシュア殿は故郷でどのようなものを食べていたのだ?」
「主食は米ではなくパンでしたね。それにスープとサラダと肉料理か魚料理が一品くらいでしたか」
「パンか、わたしは食べたことがない。料理長に作ってもらうのは可能だろうか」
「可能だと思いますよ。お望みなら酵母菌をこちらに送ってもらいましょう」
部屋に置いている転移の箱でヨシュアは小さなものならばラバン王国から直接手に入れることができる。転移の箱を設置したときに龍王の許可は取らなかったが、今もラバン王国から送られてきたものを口にして龍王は喜んでいるようなので特に気にしていないのだろう。
「我が国の食事は口に合っているか?」
「故郷のものとは違いますが、とても美味しいと思います。わたしはそれほど好き嫌いもないし、青陵殿の料理長がわたしの食べたいものを作ってくれています」
気遣うような龍王の言葉に少し目を細めて答えると、龍王も嬉しそうに微笑む。
龍族にしてみれば二十五歳とはまだ若い部類なのだろう。志龍王国のものはラバン王国のものよりも若く見えるのだが、幼くも感じられる笑顔に、ヨシュアはどう反応すればいいのか分からなくなる。
食後の薬草茶と口直しの花茶を飲むと、龍王は長椅子でうとうとと眠り始めた。
休憩はまだ一刻程あるので寝かせてやろうと、帯を引き抜いて、重苦しい長衣を脱がせて寝台に連れて行くと、思わぬ強さで腕を引かれた。
体が寝台の布団の上に投げ出され、両腕を押さえて龍王が覆い被さってこようとする。
唇がヨシュアの唇に触れる直前で、ヨシュアは龍王の腕を振り払い、側頭部に拳を打ち入れていた。
龍王の体が軽々と吹っ飛び、寝台から転げ落ちる。
室内での音に警備の兵士が飛び込んでくるが、床に転げ落ちて尻もちをついた龍王がそれを制した。
「ヨシュア殿、す、すまなかった……」
「何度も言っているではないですか! こういう対象が欲しいのであれば、男性であれ女性であれ、呼べばいいと! わたしはあなたの閨の相手をするためにこの国に来たのではない!」
寝台から立ち上がって乱れた髪を整えながら、床の上に尻もちをついている龍王を見下ろせば、龍王は泣きそうな顔をしている。
「そもそも、褥を共にしないと言ったのはあなたです! わたしはあなたの寵愛を得るつもりも、閨の相手をするつもりもない!」
はっきりと言い切れば龍王が床に座り込んだまま俯いてしまう。
「あなたのことが、好きなのです……」
「龍王陛下?」
「あなたはわたしと一緒に食事を摂ってくれる。わたしと同じ部屋で眠ってくれる。わたしは龍王に即位してからずっと孤独でした。その孤独を分かち合える人物がいるとしたら、あなたしか……」
「それで?」
「そ、それで、とは?」
「それで、あなたの性欲の処理までわたしは押し付けられるのですか? 冗談ではない。わたしがこの国に来たときにも告げましたが、わたしはラバン王国の王族という地位をあなたに捧げただけです。この上、体も捧げろなどということは仰らないでください」
足元に縋ろうとする龍王を振り払うと、龍王の黒い瞳が潤んでくる気がした。
孤独だったのかもしれないが、それをヨシュアに求めてもヨシュアも困るだけだ。
愛さないと言ったのは龍王の方だし、最初からヨシュアは龍王を愛するつもりなどなくこの国に嫁いできている。
それが政略結婚というものだろう。
それを龍王は理解していないのだ。
「あなたが、好きなのです」
身も世もなく縋り付いてくる龍王に憐れみを感じないでもなかったが、ヨシュアは龍王に体を許す気には全くならなかった。
龍王にもイザークを紹介しておくつもりで、執務室に呼んでいたのだが、龍王が体調不良を訴えたので執務室の隣室でお茶を飲みながら伝えることにした。
「龍王陛下に会わせたいものがおります」
「魔術騎士か?」
「その通りです。イザーク、入れ」
ヨシュアが声を掛けると、イザークが部屋に入ってくる。
黒髪に黒い目で、顔だちはラバン王国の彫りの深さを持っているが、色彩的には志龍王国でもそれほど目立たない方だろう。身長は志龍王国の平均よりも大きめではあるが、近衛兵や警護の兵士は体格のいいものが多いので、それほどは変わらない。
「イザークと申します。王配殿下と共にラバン王国より参りました」
「イザークは呪いの防御や治癒の魔術がとても優れているのです。もちろん、剣技も優れています。わたしがどうしても龍王陛下のおそばにいられないときには、イザークを頼ってください」
「龍王陛下の御身が守れることを幸福に思います」
龍王のことを考えてもう一人魔術騎士を側に置くように手配したのだが、龍王は微妙な顔をしている。
「ヨシュア殿がわたしのそばを離れなければいいのではないか?」
「わたしも手洗いに行ったり、湯あみをしたり、その場を離れることがあります。そのときに龍王陛下が危険に晒されてはいけませんので」
「そ、そうか……。イザーク、よろしく頼む」
ここまで説明しなければ理解しないのかと思ってしまうが、龍王のヨシュアに対する執着は最近おかしくなっているので、ヨシュアがそばにいないことが不安になってきているのだろう。
ヨシュアはラバン王国でも一番の魔術師だったし、頼りにしたくなる気持ちは分かる。
ヨシュアがいなくなってもラバン王国の魔術騎士団は纏められるように取り計らっては来たが、ヨシュア一人の魔力で魔術騎士団の一個隊分は軽く超えるので、その辺は残ったもので何とかしてもらわなければいけなかった。
「イザーク、龍王陛下はあまり人目に晒されることをお好みではない。普段は『影』となって、わたしがいないときだけ、姿を現すように」
「心得ました」
床に膝をついて深く頭を下げていたイザークの姿が揺らいで消えていく。姿隠しの魔術だが、気配まで消せるのはイザークくらいしかいないだろう。それも見込んでの人選だった。
この空間にイザークはいるはずなのに息遣いさえ感じさせない魔術に、龍王が驚いている。
「このような魔術は誰でも使えるのか?」
「イザークが特別です。イザークはラバン王国の忍びの血統です。決して龍王陛下のお邪魔にはなりません」
「今もそばにいてくれているのだな? 心強く思う」
最初は抵抗があったものの、龍王も自分の立場というものを弁えたのか、どこにいるか分からないイザークに礼を言って労っている。
一応王族としての自覚がないわけではないらしい。
茶を飲み終わると、龍王とヨシュアは午前の政務を終え、青陵殿に昼餉を取りに向かった。
青陵殿に入り口で、イザークは姿を現し、ヨシュアと龍王に深く一礼して二人を見送る。青陵殿は龍王の配偶者の住まう宮殿なので、入れるものが限られているのだ。
それは龍王の配偶者が不貞を働かないようにという配慮でもあった。
青陵殿に入れるのは龍王の警護の兵士と青陵殿の警護の兵士と、龍王とヨシュアの侍従だけだった。
宰相ですら青陵殿には入れない。
青陵殿を住みかとするように言われてから、ヨシュアは庭を歩き回って、青陵殿の隅々まで魔術の結界で覆っておいた。
実質的に青陵殿にはヨシュアの許可したものしか入れなくなっているし、呪いが結界を超えてかけられることもない。
宮殿にも同じような結界を張りたい気持ちはあるのだが、ヨシュアが不在のときには結界はどうしても緩んでしまうし、宮殿はヨシュアの魔力をもってしても結界を張るには広すぎた。
青陵殿ですらとても広いのだから、龍王が政務を行い、王族も暮らす宮殿の広さたるや、小さな村くらいならば丸々入りそうなくらいだった。
昼餉に蒸し鶏の胡麻だれに、海月の酢の物、揚げた魚に野菜のあんかけをかけたものなど、円卓の上に大量に並ぶ。部屋は氷柱で涼しくしてあるので、温かい料理も美味しく食べられる。
「ヨシュア殿は故郷でどのようなものを食べていたのだ?」
「主食は米ではなくパンでしたね。それにスープとサラダと肉料理か魚料理が一品くらいでしたか」
「パンか、わたしは食べたことがない。料理長に作ってもらうのは可能だろうか」
「可能だと思いますよ。お望みなら酵母菌をこちらに送ってもらいましょう」
部屋に置いている転移の箱でヨシュアは小さなものならばラバン王国から直接手に入れることができる。転移の箱を設置したときに龍王の許可は取らなかったが、今もラバン王国から送られてきたものを口にして龍王は喜んでいるようなので特に気にしていないのだろう。
「我が国の食事は口に合っているか?」
「故郷のものとは違いますが、とても美味しいと思います。わたしはそれほど好き嫌いもないし、青陵殿の料理長がわたしの食べたいものを作ってくれています」
気遣うような龍王の言葉に少し目を細めて答えると、龍王も嬉しそうに微笑む。
龍族にしてみれば二十五歳とはまだ若い部類なのだろう。志龍王国のものはラバン王国のものよりも若く見えるのだが、幼くも感じられる笑顔に、ヨシュアはどう反応すればいいのか分からなくなる。
食後の薬草茶と口直しの花茶を飲むと、龍王は長椅子でうとうとと眠り始めた。
休憩はまだ一刻程あるので寝かせてやろうと、帯を引き抜いて、重苦しい長衣を脱がせて寝台に連れて行くと、思わぬ強さで腕を引かれた。
体が寝台の布団の上に投げ出され、両腕を押さえて龍王が覆い被さってこようとする。
唇がヨシュアの唇に触れる直前で、ヨシュアは龍王の腕を振り払い、側頭部に拳を打ち入れていた。
龍王の体が軽々と吹っ飛び、寝台から転げ落ちる。
室内での音に警備の兵士が飛び込んでくるが、床に転げ落ちて尻もちをついた龍王がそれを制した。
「ヨシュア殿、す、すまなかった……」
「何度も言っているではないですか! こういう対象が欲しいのであれば、男性であれ女性であれ、呼べばいいと! わたしはあなたの閨の相手をするためにこの国に来たのではない!」
寝台から立ち上がって乱れた髪を整えながら、床の上に尻もちをついている龍王を見下ろせば、龍王は泣きそうな顔をしている。
「そもそも、褥を共にしないと言ったのはあなたです! わたしはあなたの寵愛を得るつもりも、閨の相手をするつもりもない!」
はっきりと言い切れば龍王が床に座り込んだまま俯いてしまう。
「あなたのことが、好きなのです……」
「龍王陛下?」
「あなたはわたしと一緒に食事を摂ってくれる。わたしと同じ部屋で眠ってくれる。わたしは龍王に即位してからずっと孤独でした。その孤独を分かち合える人物がいるとしたら、あなたしか……」
「それで?」
「そ、それで、とは?」
「それで、あなたの性欲の処理までわたしは押し付けられるのですか? 冗談ではない。わたしがこの国に来たときにも告げましたが、わたしはラバン王国の王族という地位をあなたに捧げただけです。この上、体も捧げろなどということは仰らないでください」
足元に縋ろうとする龍王を振り払うと、龍王の黒い瞳が潤んでくる気がした。
孤独だったのかもしれないが、それをヨシュアに求めてもヨシュアも困るだけだ。
愛さないと言ったのは龍王の方だし、最初からヨシュアは龍王を愛するつもりなどなくこの国に嫁いできている。
それが政略結婚というものだろう。
それを龍王は理解していないのだ。
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