龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

文字の大きさ
49 / 150
二章 龍王と王配の二年目

19.龍王の黒歴史

しおりを挟む
 梓晴と浩然は十日間の静養期間に入った。
 三日で熱は下がったようだが、暇だったようで龍王とヨシュアは昼餉に誘われた。
 もう毒見もしてもらわなくても毒が検知できるようになっているし、龍王は快くそれに応じた。
 赤栄殿に出向くと、長い黒髪を結って飾りは何もつけていない梓晴と、同じく黒髪をくくっているだけの浩然が、楽な格好で出迎えてくれる。梓晴と結婚して浩然も王族となっていたので大袈裟な格好で出迎えることはいらないと先に伝えてあったのだ。静養中なのでそれに合わせた格好で構わないと。
 政務を終えた後に一度青陵殿に出向いてヨシュアと一緒に着替えてきたので、龍王とヨシュアも簡素な格好だった。夏が近づいていて、赤栄殿はきつい日光に晒されていた。日陰は涼しいし、窓から吹き込む風は涼しいのだが、室内は若干暑い。
 汗ばむほどではなかったので氷柱は立てなかったが、近々必要になってくる日も近いだろう。

 去年の今頃は龍王はヨシュアと食事を摂り始めて、ヨシュアに心惹かれるようになったころだった。
 長命の龍王とヨシュアにとって一年はあっという間に過ぎ去る。

「そういえば、兄上、王配陛下に初めてお会いになったときに、『あなたを愛するつもりはない』などと仰ったのですって?」
「梓晴、それを誰に聞いた!?」
「宰相閣下に聞きました。王配陛下には『あなたはアクセサリーを愛する変態なのですか?』と言い返されたとか。宰相閣下はお二人の将来に不安を感じたそうですよ」

 夫である浩然の祖父であるから、宰相は梓晴の義理の祖父ともなる。そういう話を笑い話として聞いたのであれば仲がいいことに安心はするのだが、内容が自分たちのことなので龍王は恥ずかしくなってしまう。

「あれは、わたしがまだ愛というものを知らなかったがゆえなのだ」
「今ではこんなに仲睦まじいですものね」
「ヨシュアがいなければわたしは生きていけない」

 最初の最悪の出会いを苦々しく思い出していると、ヨシュアが口元に手をやっているのが分かる。笑いを堪えているのだ。

「笑ってくれて構いませんよ。わたしは愚かだったのですから」
「わたしこそ、変態などと言って意地が悪かったですね」
「あなたは装飾品アクセサリーなどではなかった。わたしの大事な方です」

 手を重ねて握ると、ヨシュアからも握り返される。
 その手には金の指輪がはまっていた。

「龍王陛下、その指輪は魔術がかかっているのですか? 最近はずっと着けておられるように思います」
「わたしのことは『義兄』と呼んでもらえると嬉しい、浩然。これは結婚記念日にヨシュアがくれたのだ。ラバン王国では結婚すると指輪を交換して、心臓に一番近い左手の薬指に付けるらしい。装飾がないのは、魔術がかかっているからというのもあるが、ずっとつけていられるようにとのことだ」

 説明すると、浩然は黒い目を丸くしてじっと龍王とヨシュアの左手の薬指の金の指輪を見ている。金色はヨシュアの髪の色であるし、常に身に着けておきたいので特に装飾がない点も気に入っていた。

 ヨシュアが指輪を薬指から外して、裏側を見せる。

「わたしのものには、ラバン王国の文字で『星宇よりヨシュアへ』と、星宇のものには『ヨシュアより星宇へ』と彫られてあります」
「そうだったのですね。ラバン王国の文字ではわたしの名前はこのように書くのですか」
「イニシャルと言って、名前の一番最初の文字だけを抜き出して短縮するのですよ」
「なるほど」

 ヨシュアの説明を受けて龍王も指輪を外して裏側を確認する。
 イニシャルというものを知らなかったので、何か彫られていることは気付いていたが、それが龍王とヨシュアの名前を示していたとは知らなかった。

「素敵な風習ですね。わたくしも浩然との結婚一年目に、ラバン王国に指輪を注文しましょうか」
「頼んでくだされば、わたしがラバン王国に伝えますよ」
「王配陛下、そのときはよろしくお願いします」

 梓晴と浩然に頼まれて、ヨシュアは穏やかに微笑んで頷いていた。

 昼餉が終わるころに、雨が降ってきたのに龍王は気付いた。
 土砂降りというほどではないが、そこそこ強い雨が赤栄殿の屋根を打っている。

「今日は雨が降るはずではなかったような」
「星宇はそんなことまで管理しているのですか?」
「一応、どこにどれくらいの雨量を降らせるかは把握しているつもりです。多すぎると雨は恵ではなく災害になりますし、少なすぎると豊かな実りが得られません」

 雨の降る日や時間は把握しているつもりだったのに、急な雨を不審に思って、龍王は心当たりのある場所に行ってみることにした。
 ヨシュアも一緒についてきてくれる。
 王宮を抜けて離れの棟に向かうと、雨は上がりかけていた。
 離れの庭では龍王の従兄弟である子睿が傘を差して庭に植えられた植物を見ていた。

「子睿、この雨を降らせたのはそなたか?」
「龍王陛下、王配陛下、いかがなさいましたか?」
「予定にない雨だったので、確認しに来た。子睿、雨を望んだか?」
「はい。菜園に苗を植え変えたばかりだったので、一雨来ないかと空を見ていたら、雨が降ってきました」

 無意識のようだが、子睿は水の加護の力を使ったようだ。
 これくらいの雨ならばどれだけでも調整が聞くのだが、たびたびでは困るので子睿には言い聞かせておく。

「王族が雨を望むと本当に雨が降る。子睿、そなたにも水の加護の力がある。志龍王国の雨量は龍王であるわたしが調整しているので、それを乱すようなことがないようにしてほしい」
「この雨はわたしが降らせたのですか!?」
「それだけの力がそなたにはあるのだ。龍王の従兄弟にして、前々龍王の孫。わたしとそなたは血の濃さは変わらないのだと思う」

 これだけ血の濃い龍族が生まれてしまったからこそ、叔父夫婦は魔が差したのだともいえる。龍王を殺してしまえば、次の龍王を継ぐ相手はいなくなる。
 毒殺をされそうになって、龍王は死にかけて苦しんだが、それも昔の話。子睿に責任を負わせようという気は全くない。そのころ子睿は赤子だったのだし、両親のことを全く知らずにハタッカ王国で養父母に育てられた。

「子睿は水の加護の使い方も覚えなければいけないな。わたしが教えるので、自分で無意識に使わないように気を付けるように」
「龍王陛下直々に教えていただけるのですね。できる限り、雨を望むことがないようにいたします。今回は失礼を致しました」
「いや、子睿は何も知らなかったのだ。謝ることはない。これから学んでいこう」

 自分以外に水の加護の力を操れる王族がいることに、龍王は安心もしていた。龍王が何かの事故で命を落としたとしても、子睿が代わりに龍王になってくれる。梓晴に子どもが生まれて、その子どもが成長するまでの間、子睿がこの国を守ってくれる。

「わたしに何かあったときには、子睿が一時的に龍王となり、梓晴の子が生まれ、育つまでこの国を守ってほしい」
「わたしにそのような重大な責務がこなせるでしょうか」
「子睿は今様々なことを学んでいる。すぐにできるようになると思う」

 雨がやんで傘を畳んだ子睿が濡れた土の上に膝を突こうとするのを、龍王は止めてその手を握った。まだ幼さの残る従兄弟は、真剣に龍王の話を聞いてくれていた。

「龍王陛下のことは王配陛下がお守りになるので、万が一のことは起きないと思いますが、何かありましたら、一時的に龍王陛下のお仕事を肩代わりできるようによく学んでおきます。お二人が政務を休んでどこかにお出かけになりたいこともあるかもしれませんし」

 子睿に言われて龍王はヨシュアを見る。

「ラバン王国に行ってみてもいいですね。国王陛下や姪御殿にあなたの話を聞いてみたい」
「ご自分が恥ずかしい話をされたので、わたしにもないか、探ってみるのですか?」
「それもいいかもしれません」

 雨上がりの空はよく晴れて、虹がかかっていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

その男、ストーカーにつき

ryon*
BL
スパダリ? いいえ、ただのストーカーです。 *** 完結しました。 エブリスタ投稿版には、西園寺視点、ハラちゃん時点の短編も置いています。 そのうち話タイトル、つけ直したいと思います。 ご不便をお掛けして、すみません( ;∀;)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

処理中です...