龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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二章 龍王と王配の二年目

20.グドリャナ王国とジルキン王国の諍い

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 ラバン王国の更に北にあるグドリャナ王国とジルキン王国で小競り合いが起きているという。
 どちらの国も一年中気温が低く、夏場のひとときだけ食物が育ち、それ以外は飢えて暮らしている小国である。魔術師の数が圧倒的に多いラバン王国の方に南下しては来られないようだが、グドリャナ王国とジルキン王国の二国間で夏場の収穫を見込める大地を巡って、争いが起きているようだ。

 ラバン王国を挟んでいるので志龍王国には直接の被害はないのだが、ヨシュアにとってはラバン王国は生まれ育った故郷である。気にもなる。
 ヨシュアがラバン王国から連れて来た魔術騎士たちも、グドリャナ王国とジルキン王国の動向には気を付けている様子だった。

 元々グドリャナ王国もジルキン王国も志龍王国に対して食糧支援を求めてきていた。志龍王国もそれに応じるつもりではあったのだが、食糧を輸送するときにグドリャナ王国の兵士も、ジルキン王国の兵士も、ラバン王国を通らなければいけない。
 ラバン王国の中でグドリャナ王国の兵士とジルキン王国の兵士が諍いになり、ラバン王国の国土で争いを勃発させたために、ラバン王国国王が、二国に自分の国土を渡らせないという処置を取ったのが始まりだった。
 次は海路を使って食糧を運ぼうとした二国だったが、途中で海賊に襲われて酷い結果となった。

 二国の争いにラバン王国が巻き込まれても、魔術騎士団が対応するとは分かっているのだが、気にはしているヨシュアに、龍王は気付いていたようだった。

 グドリャナ王国とジルキン王国からの食糧支援の申し出を受けたときに、龍王は二国からの使者に言い渡した。

「グドリャナ王国とジルキン王国は即刻争うことをやめよ。それが確認できてからではないと、食糧支援は行わない」
「そもそも我が国土に攻め入ってきたグドリャナ王国がいけないのです」
「元々あの土地はジルキン王国が所有していたもの。それをグドリャナ王国が卑劣な手で奪い取ったのです」

 口々に言う使者に、龍王は静かな声で圧をかける。

「どちらの言い分もわたしは聞かない。速やかな戦争の終結を。その後にしか、志龍王国からの食糧支援はないものと思え」
「承知いたしました」
「すぐに伝令を行かせます」

 龍王が本気であることは分かったのか、グドリャナ王国の使者も、ジルキン王国の使者も、素早く魔術師に伝令を飛ばしていた。
 二国間の争いが治まったのを確認して、龍王がヨシュアの方を見る。王配として龍王の隣りに座っていたヨシュアは、龍王の言葉を待った。

「ラバン王国はグドリャナ王国の兵士も、ジルキン王国の兵士も国土を通ることを許しはしないでしょう。我が王配よ、魔術騎士団を出してくれますか?」
「魔術騎士団に命じて、食糧支援を移転の魔術で届ければいいのですね?」
「お願いしたいのです」
「すぐにでも魔術騎士団に準備をさせます。龍王陛下の慈悲が一刻も早くグドリャナ王国とジルキン王国の民に届き、醜い争いが起きぬように致しましょう」

 龍王がラバン王国と接している二国の争いにラバン王国も巻き込まれないか心配してくれているのは分かったし、ヨシュアに出ることを許すというのは、それだけラバン王国との関係を大事にしていると周囲に見せることでもあった。
 魔術師も多少はいるかもしれないが、グドリャナ王国とジルキン王国の兵士や野盗などに遅れは取らないと立ち上がったヨシュアに、龍王がひっそりと耳元に囁く。

「わたしも一緒に行きます」

 危険だとか、龍王が志龍王国を離れるのはよくないとか、様々な思いが胸を駆け巡ったが、最終的には、龍王もヨシュアと魂を結んで魔術師となっているし、魔術もヨシュアに習って順調に覚えているし、何よりヨシュアがそばにいて龍王を危険な目に遭わせるようなことはないだろうと判断して、ヨシュアは小さく頷いた。

 志龍王国の食糧の貯蓄の中からかなりの量を準備して、グドリャナ王国とジルキン王国の国境まで運ぶことになった。
 魔術騎士団は二十人、全員そろっている。
 龍王は動きやすいように装飾のない地味な衣に着替えてもらった。

 移転の魔術で一気に飛ぶと、気温が下がるのが分かる。志龍王国は汗ばむくらいに夏に近付いていたが、グドリャナ王国とジルキン王国の国境は春用の衣では肌寒いくらいだった。
 使者に伝えておいたので、グドリャナ王国の兵士とジルキン王国の兵士が食糧を受け取りに来ている。
 国境に来ていたのはそれだけではない、二国の国王もだった。

 龍王が前に出て二国の国王に告げる。

「グドリャナ王国とジルキン王国、二国間には友好協定を結んでもらう。それが破られたときには、今後二度と志龍王国からの支援はないものと思うがいい」
「決して破りません」
「龍王陛下、どうか、末永く我が国をお助けください」
「同じ大陸に国を構えるものとして、飢えた民を見過ごすことはできない。食糧支援はしていくので、二国は、寒冷な土地でも育つ食物を品種改良して、一日も早く自分たちの力で自国の民を満たすように努力することを誓うように」
「誓います、龍王陛下」
「龍王陛下がわざわざ我が国まで足をお運びくださったことに感謝いたします」

 グドリャナ王国とジルキン王国の国王は友好協定を結び、食糧支援を受け取ってそれぞれの国に戻って行った。
 そのまま帰る準備をしていたヨシュアに、龍王が手を取ってヨシュアの顔を見上げる。

「ラバン王国国王陛下にご挨拶をしていきませんか? ちょうど昼食の時間ではないですか」
「我がきみがそうされたいのでしたら」

 兄であるラバン王国国王に会うことは嫌ではなかったのでヨシュアは喜んで答える。
 そろそろラバン王国の様子も見ておきたかった。
 魔術騎士たちもラバン王国から出て志龍王国に来て一年以上になる。実家の様子を見て来たいものもいるだろう。

「龍王陛下が構わないのでしたら、二、三日、ラバン王国に留まってもよろしいですか? 魔術騎士団の魔術騎士たちも、一度実家に帰りたいものもいるでしょう」
「構いませんよ。ラバン王国には来たいと思っていました。数日間滞在してもいいでしょう」

 滞在が数日になっても龍王は構わないという。
 龍王の言葉に甘えて、ヨシュアは王城に入り、ラバン王国国王のマシューと会っていた。

「ヨシュア、よく来てくれたな。実家が恋しくなったか? 龍王陛下もようこそいらっしゃいました」
「ヨシュアの実家に来てみたくて、わたしの方がお願いしました。グドリャナ王国とジルキン王国の諍いでは、ラバン王国の民は怯えていたのではないですか?」
「我が国の民は力の強さは様々ですが、みな魔術師です。普通の兵士には負けませんし、何かあれば逃げる術も持っています」
「それでは、わたしがしたことは余計なお世話だったかもしれませんね」
「いえ、龍王陛下のおかげで、グドリャナ王国とジルキン王国が結託して我が国に攻めてくるようなことはなくなりそうなので安心しています。何よりも怖いのは、自分の命を捨てた死兵しへいですからね」

 自分の命すら捨てるような戦いをしてくる兵士は、死兵と呼ばれて恐れられる。生き残ることを考えていないので、どんな悲惨な傷を負っても怯むことなく攻撃してくるのが恐ろしいのだ。
 そういう兵士に出会ってしまうと、弱い魔術師では逃げるしかなくなる。結果としてラバン王国の国土が荒らされることになる。

「二国が結託してラバン王国を攻める……そんなこともあり得たのですか」
「ヨシュアや魔術騎士が危惧していたのはそれでしょう。険悪に二国がやり合っているうちはまだいいのですが、ラバン王国の国土を狙ってこられたらたまりません」

 龍王とマシューの言葉に、ヨシュアも頷く。ヨシュアや魔術騎士団が落ち着かなかったのはそれがあったからだった。

「それならば二国に友好条約を結ばせたのは間違いだったでしょうか」
「いえ、志龍王国に誓ったとなれば、ラバン王国を襲ってくることはないでしょう。志龍王国の王配陛下は、わたしの弟、ヨシュアなのですから」

 志龍王国の食糧支援を期待しておきながら、ラバン王国を襲えば、ラバン王国の王配を持っている龍王が許すはずがない。それもまた事実だった。マシューの言葉に龍王は安心したようだった。

「昼食を用意しています。ご一緒しましょう」
「嬉しいです。わたしもフォークとナイフの使い方を練習してきました」
「それでは、練習の成果を見せていただきましょう」

 マシューに誘われて龍王はにこにこと一緒に食卓に着いている。マシューの妻のハンナがマシューの隣りに座っていた。
 ハンナのお腹が大きいような気がして、ヨシュアはマシューに目で尋ねる。

「ヨシュア、ハンナは今妊娠しているのだ。秋には姪か甥が増えるぞ」
「それはめでたい。義姉上、お体を大事になさってください」
「ありがとうございます、ヨシュア様。無事に子どもが産めるように体に気を付けようと思っています」

 マシューの子どもはレイチェルとレベッカの二人だ。レイチェルは魔力が低く、レベッカも王族にしては魔力が高くはない。次の子こそ魔力の高い子であって、国王の後継者となれることをマシューもハンナも期待しているのだろう。

「お腹にお子がいるのですか? 魔術で性別が分かったりはしないのですか?」
「魔術医でもそれは難しいようです。ですが、男の子でも女の子でも、大事な子どもには変わり有りません」
「母子共に健康であることを祈っています」

 龍王もまたハンナに声を掛けていた。

 昼食をマシューとハンナと一緒に食べながら龍王はヨシュアのことについて聞いていた。

「ヨシュアはどのような子どもでしたか? 昔からこんなに美しかったのですか?」
「ヨシュアは生まれたときからとても美しい子どもでした。妖精の先祖返りということもあったからでしょうね。美しい姿をしているのに、気が強くて、乳兄弟のネイサンを連れて、木刀を持って王城の敷地内を見回るのが好きで」
「兄上! そんなことは言わなくていい」
「出入りの商人の馬車に紛れ込んで、城下町に出たときには、心臓が止まるかと思いましたよ」
「城下町に出たのですか? 何歳くらいのころに?」
「あれは確か六つくらいだったと思います。ネイサンと二人で城下町に出て、城中の兵士が駆り出されて探しに行きました。広場でひとが集まっているので何かと思って見に行ったら、歩き疲れたヨシュアが噴水の前のベンチで眠っていて、それを可愛いと少女たちが取り囲んでいたのです」
「兄上!」

 それ以上恥ずかしい話をされたくないと咳払いをするヨシュアに、マシューはにやにやと笑っている。

「大急ぎで兵士が保護してきて、連れ帰ったときには、乳母は責任を取って辞めると言い出すし、城の警備兵は腹を切りかねない勢いだったし、止めるのに苦労しました」
「まだ小さなころの話だから」
「ヨシュアはやんちゃだったのですね」
「十五の年には魔術騎士団に入団していましたからね。早いと言ったのですが、意志が固く聞いてくれませんでした」

 十五歳のころにはヨシュアはラバン王国の男性の平均身長を越していた。
 体付きもしっかりと鍛えていたし、魔力も高かったので魔術騎士になっても問題ないと思われたのだ。

 そのころの魔術騎士団は団長が女性で、男性の魔術騎士に不埒なことをすると聞いていたので、その団長をどうにか引きずりおろしたい気持ちもあった。

 もう三十二年も前になるのかと思うと、ヨシュアは遠く懐かしく過去を思い出す。笑えるようなことばかりではなかったが、魔術騎士団の団長となってからは、魔術騎士を導いて戦いに出るのが楽しかった。

「今度の帰省で、結婚を決意する魔術騎士もいるだろう。伴侶を連れての帰国になるかもしれないが、志龍王国で受け入れてほしい」
「魔術騎士がそれでいいのならば、我が国としては大歓迎です」

 龍王に伝えると、歓迎してくれるとのことでヨシュアは安心していた。
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