龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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二章 龍王と王配の二年目

21.ラバン王国での滞在

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 昼のお茶の時間には水菓子として橙色の果肉の瓜のようなものが出た。
 スプーンで上手に食べようとするのだが、美味く果肉を削れないで卓の上に飛ばしてしまった龍王に、自然な動作でヨシュアが果物用の小刀を出して皮から実を外して、フォークで食べられる一口大にしてくれた。

「メロンが実る季節になったのだね」
「これはめろんというのですか?」
「夏の果物だけど、今年は少し早いようだ」

 小刀を拭いて片付けながら答えるヨシュアに、フォークで突き刺して一口食べると、瓜よりも濃厚な甘みが口に広がる。

「龍王陛下がラバン王国との国境で祈ってくださったのでしょう? それ以来、荒野となりかけていた我が国の土地が潤いを取り戻し、豊かな実りをもたらすようになったのです」
「わたしの水の加護がラバン王国にまで届いていましたか。きっとヨシュアの故郷を豊かにしたいという思いがあったからでしょうね」

 同席していたヨシュアの姪のレイチェルの言葉に龍王ははっとする。龍王の祈りはラバン王国まで届いていた。
 水の加護で土地が豊かになるのは嬉しいし、ヨシュアの故郷がそれで豊かになるのならばそれ以上のことはない。
 メロンを食べ終えて龍王はヨシュアの細かな心遣いに感謝しつつ、ヨシュアの方を見た。ヨシュアは連れてきていた侍従のネイサンから何か耳打ちされているようだ。すぐに龍王の方を見てくれた。

「明日、ラバン王国で結婚式を挙げる魔術騎士がいるそうだ。おれに参列してくれないかと誘われているんだが」
「もちろん、行きましょう。わたしも行きます」

 龍王も参列するとなると大袈裟になりそうだから地味な格好でそっと見守るくらいにしたいのだが、ヨシュアはどのような格好をするのだろう。気にしているとヨシュアから話がある。

「星宇も一緒に来てくれるのか? 目立たないようにラバン王国の服で行くか」
「ラバン王国の服を着るのも楽しみです」

 ヨシュアの誕生日にはラバン王国の服で一日を過ごした。フロックコートという名前の上着を着て、シャツを着てスラックスをはいた。ブーツも少し窮屈だったが、一日ならば楽しかった。

「ネイサンとデボラに準備させよう。この国の結婚式を見るのは初めてだよな、星宇?」
「はい。初めてです。とても楽しみです」

 ヨシュアと話していると、幼い方のヨシュアの姪のレベッカが身を乗り出す。レベッカはまだ十歳前後くらいに見えた。

「叔父様、この方が龍王陛下ですか? あの演劇の」
「演劇? おれとこの方の演劇が流行っているのか?」
「はい。龍王陛下と王配陛下が初めて会ったときに龍王陛下が言うのです。『あなたを愛するつもりはない。褥も共にしない』と」
「げほっ!」

 あまりのことに香茶を吹き出してしまった。噎せる龍王にネイサンが素早く布を渡して顔を拭かせてくれる。

「その演劇は有名なのか?」
「それに対して王配陛下は言うのです。『あなたはアクセサリーを愛する変態なのか?』と。そこからゆっくりと龍王陛下と王配陛下の歩み寄りがなされて、最後には玉を捧げる大団円で、歌と踊りが素晴らしい劇団なのです」

 それは実際に起こったことですか?

 レベッカに聞かれて龍王は何とも答えられない。ヨシュアが苦笑しながら「そういうこともあったが、今は星宇とは愛し合ってるよ」と答えて、レベッカはやっと興味津々の青い目を龍王から外してくれたのだった。

 まさかラバン王国で劇にまでなっているとは思わずに、咳き込み続ける龍王をヨシュアが背中を撫でて宥めてくれる。恥ずかしさで顔は熱いし、部屋の温度も上がったような気がしていた。

「あ、暑いですね」
「ラバン王国は志龍王国ほどではないが、日中は少し蒸すな」
「わたし、氷柱を立てましょうか?」
「兄上、義姉上、レイチェル、レベッカ、龍王陛下の氷柱はすごいんだ。夏中溶けることはないし、表面は濡れているけれど、下に水たまりもできることがない」
「わたくし、そんな魔術は見たことがありません」
「ぜひ見せてほしいものです」

 レイチェルとレベッカに頼まれて、龍王は室内に氷柱を立てた。透明のきらきらと光る氷の柱が部屋の中に立つ。柱の下は濡れていないし、部屋の湿度が上がって不快になることもない。

「涼しいですね」
「これは助かりますね」

 ラバン王国国王も王妃も氷柱に感心しているようだった。
 恥ずかしい話から話題を逸らせたので安心していたが、レイチェルもレベッカもその劇を見たのかと思うと恥ずかしさで顔を覆いたくなる。どうしてこういうことは広がるのが早いのだろう。
 あれは一生の恥と思って心に仕舞っておくつもりだったのに、劇にされてラバン王国中に知れ渡っていると思うと恥ずかしくて穴を掘って埋まりたくなる。

 民衆がそれで喜んでいるのならば、無理やりに辞めさせるのも野暮だし、民衆の楽しみを奪ってはいけないという考えがないわけではない。
 それでも恥ずかしさは消えなかった。

 ラバン王国の王城の庭をヨシュアと歩いていると、三十代くらいに見える女性がヨシュアの元に駆け寄ってきた。ヨシュアが龍王に紹介してくれる。

「おれの乳母でネイサンの母親のエヴァだ。エヴァ、この方がおれの伴侶の龍王陛下だ」
「エヴァと申します。わたくしのお育てした王配陛下が、ネイサンと共に龍王陛下にはとてもお世話になっております」
「おれの両親はおれが生まれてすぐに兄に王位を譲って、二人で旅に出た。エヴァがおれを育ててくれたんだ」
「あなたはヨシュアの母親のような方なのですね。お会いできて光栄です」

 頭を下げると、美しい黒髪の女性、エヴァは深くお辞儀をする。

「男性同士の結婚ということでどのような形になるか分からなかったのですが、龍王陛下が王配陛下を寵愛されているということはこの国にも届いてきております」
「わたしの最愛の方です。一生共にいると約束もしました」
「王配陛下は特殊なお生まれだったので、わたくしはずっと心配しておりました。龍王陛下が共にいてくださるならば安心です。どうか、末永くお幸せに」

 ネイサンよりも余程若く見えるエヴァに驚いていると、ヨシュアが龍王に耳打ちする。

「エヴァは魔力がとても強くて、それでおれの乳母に選ばれたんだ。若くて驚いただろう?」
「とても驚きました。あんな美しい方に育てられたのですね」
「そういえば、星宇には乳母はいないのか?」

 ヨシュアに問いかけられて龍王は思い返してみるが、それらしき人物がいたことはない。

「わたしは長年子どもに恵まれなかった両親にやっと生まれた子どもだったので、母が育てたかったのだと思います」

 第二子である梓晴が生まれるまでに、龍王は七歳になっている。それだけの期間があれば母の乳で十分に足りたのだろう。

「星宇は待望の子どもだったんだな。ご両親にとっても、国にとっても。それだけ大事な龍王陛下だ、おれも大事にしないと」

 前髪を掻き上げられて額に唇を落とされて龍王は恥ずかしさとは違う感情に頬を染める。
 このままヨシュアを押し倒して抱きたい気持ちはあるが、今日はヨシュアは応じてくれないだろう。
 ラバン王国で休むのだし、青陵殿で休むのとは少し違ってくる。

「ヨシュア、帰ったら覚悟してください」
「受けて立つよ」

 挑戦的にヨシュアを煽ると、穏やかに返されて、ヨシュアには絶対に勝てないと龍王は悟る。龍王がどれだけヨシュアを求めて焦っていても、ヨシュアは余裕でそれを受け止めてしまう。ヨシュアの余裕は龍王よりも二十歳以上年上だからというのもあるが、性的なことはお互い初めてのはずなのに、どこから来るのか龍王には疑問でならない。

「星宇?」
「ヨシュアはずるいです」

 ヨシュアが格好良すぎて、龍王は胸が詰まりそうだった。
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