龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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三章 甥の誕生と六年目まで

15.帰りの町で

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 旅の間、ヨシュアは湯殿でひと払いをして、ネイサンに見張らせて龍王の欲望の処理をしてくれた。口で咥えられるのも、舐められるのも、胸で挟まれるのも気持ちよくて龍王は満足して眠りにつけたのだが、獣人の国との会談が終わって領主の館で休む時間になって、ふと龍王の頭を大きな疑問がよぎった。

 ヨシュアは龍王と性交するまで経験はなかったはずである。女性は苦手で、男性とはそういうことをする気にならなかった。そのはずなのに、どうしてそんな行為を知っていたのだろう。
 もしかするとヨシュアにそういう経験があったのではないかと考えると、それだけで胸の中がどんよりと曇ってくる。
 寝台に横たわってヨシュアの体に抱き着きながら龍王は口に出して聞いてみた。

「ヨシュアが口や胸でわたしを慰めてくれるのですが」
「気持ちよくなかったか?」
「いえ、すごく気持ちいいし、素晴らしいのですが、誰から習ったのですか?」
「習ってはないな」
「ヨシュアがされたことではないのですか?」

 思わず身を乗り出してヨシュアに跨るようにして詰め寄ると、ヨシュアが龍王の唇に軽く自分の唇を触れ合わせて、抱き締めて背中を撫でる。宥められるようなしぐさだが、何日もヨシュアと体を繋げていない龍王は高まってしまいそうになる。

「魔術騎士団で娼館に行くものがいて、そういうものが武勇伝のように今日の娼妓はこんなことをしてくれたと大声で話していたのを聞いたことがある。そういう知識からかな」
「ヨシュアはされていないのですね」
「そういう経験はないよ。そもそも、おれは他人に肌を晒すのが禁忌だろう?」

 ヨシュアの背中には妖精の薄翅の模様がある。畳まれた妖精の薄翅を最近はラバン王国の妖精の薄翅を模したものが生える特製の魔術インクと誤魔化すことができるのだが、それでもヨシュアはまだ薄翅を外で見せたことはない。
 湯殿で龍王と二人きりのときには広げることがあるが、それくらいだ。
 王族という世話をされる立場で薄翅の存在を隠すのは大変だっただろうが、ヨシュアの兄であるラバン王国の国王一家と乳母のエヴァと乳兄弟のネイサン、それに志龍王国に来てからは龍王の妹である梓晴と亡くなった前王妃にしか知らせていなかったその秘密を、龍王は打ち明けられただけでなく実際に見せてもらえる立場にいる一人だった。

「ヨシュアに触れたい」

 寝台の上で上半身を起こしたヨシュアの背中に腕を回して、寝間着の上からかりかりと翅のある場所を引っ掻くと、ヨシュアが龍王の髪を優しく撫でて、前髪を掻き上げて額に口付けを落とす。

「出先では無理だって言ってるだろう」
「ヨシュアが足りません」
「帰ったらたっぷりあげるから」

 甘やかすように顔中に口付けを落として、背中を撫でて抱き締めて眠ろうとするヨシュアの逞しい腕から逃れられず、龍王はしばらく足掻いていたが、諦めてヨシュアのふわふわの胸を枕にして眠りについた。

 翌朝には帰路につく龍王とヨシュアだが、帰りは別の町を通る道筋で行かなければいけない。できる限り多くの町に立ち寄ることが龍王とヨシュアの仕事であり、慈善事業として水の加護を行き渡らせるためでもあった。

 昼過ぎに町に着いた龍王とヨシュアは領主に歓迎を受け、客間で休んでいた。
 客間でネイサンに茶を入れてもらおうとしていると、ヨシュアが龍王に囁く。

「こっそり町に出てみないか?」
「ばれませんかね?」
「おれは髪の色を変えていくし、星宇は派手で重い服を着替えて髪型を変えればいい」

 ネイサンに準備させて簡素な長衣と下衣に着替えると、ヨシュアは魔術騎士団の紺色の長衣に着替えていた。髪の色は豪奢な金髪から茶色に変わっている。
 長身で美形で目立つのだが、それでも魔術騎士団ならこれくらいの美丈夫がいてもおかしくはないだろうと思われているに違いない。

 髪も簡単に結った龍王の手を引いて、ヨシュアは領主の屋敷から抜け出した。
 町はお祭り騒ぎになっているようだ。
 いつも通り護衛にシオンとイザークが付いてきている。

「魔術騎士団のお兄さん、お安くしとくよ」
「今日は龍王陛下と王配陛下がお越しになったから祭りを開くことになったんだ」
「豚肉の串焼き、うまいよ?」
「こっちの焼き饅頭も絶品さ」

 魔術騎士というだけで親し気に声を掛けられるのは、それだけ王配であるヨシュアの存在がこの国で大きくなっているからだろう。龍王は王配を寵愛しているし、王配であるヨシュアは何かあれば国のどこにでも転移魔術で駆け付ける。
 魔術騎士団への信頼が町の人々からも感じられた。

「豚肉の串焼きを四本、焼き饅頭も四つもらおう」
「毎度あり!」
「ここで食べていくかい? 広場の中央に座る場所がある」

 串焼きと焼き饅頭を大きな木の葉に包んでくれる露店の主人たちが、親切に教えてくれる。
 広場の中央に設置された木箱や樽で作られた座る場所に座って、ヨシュアが龍王にまずは串焼きを渡してくれる。
 塩加減が抜群で焼き立ての串焼きは肉が柔らかくて脂が程よく落ちていてとても美味しい。
 はふはふといいながら食べていると、ヨシュアが食べ終えて焼き饅頭を食べていた。ニラと豚肉の入っている焼き饅頭は皮が油でパリッと焼かれていて美味しい。
 どちらも味わって食べていると、イザークが果実水を買って来てくれる。

「喉が渇きませんか?」
「ありがとう、イザーク」

 お礼を言って受け取って飲むと、果実の甘さが水に溶けてすっきりとして口の中がさっぱりする。
 全員が食べ終えて次の場所を探していると、飾り物を売っている露店が見えた。
 指輪や腕輪や首飾りや耳飾りを売っていて、はめられているのは宝石ではなく硝子だがよく磨かれていてとても美しい。

「ヨ……ジョシュ、この青い硝子の飾られた腕輪、あなたに似合いそうです」
「この大きさだとおれには入らないな。星、あなたがつけたらどうかな?」
「わたしがジョシュの色を身に着けるのですか?」

 腕輪は確かに小さくてヨシュアの逞しい腕には通りそうもなかった。しょんぼりしていると、店主が青い硝子のはまった首飾りを見せてくれる。

「その腕輪とお揃いなんだ。二人は恋人同士のように見える。お揃いでいかがかな?」
「当ててみてもいいか?」
「どうぞどうぞ」

 許可を取ってヨシュアの首に首飾りを当てると、はめられているのは硝子で金属も安価なものだとは分かっているが、ヨシュアに似合う気がしてしまう。

「この腕輪と首飾りをもらいたい。あ、ジョシュ、わたしはお金を持ってなかったです」
「おれが払うよ、星」

 シンと呼ばれると本名に近いので胸が暖かくなる。
 ヨシュアが支払って買ってくれて、無事に龍王は腕輪と首飾りを手に入れた。

 広場の中央に行けば、音楽が聞こえてくる。
 楽団が琵琶や横笛や縦笛で演奏をしているようなのだ。
 楽団の音楽に合わせて踊っている人々も見える。

「星、踊ろう!」
「え!? わたし、踊り方を知りません」

 踊ったことがない龍王の手を取ってヨシュアが踊りの輪に入っていく。

「適当でいいんだよ、適当で」
「適当が分かりません」
「音楽に合わせて体を揺らしていればいい」

 龍王の肩に手を置いて腰を抱いて踊るヨシュアに、見よう見まねで龍王も踊った。
 一曲が終わるころにはコツを掴んで、なんとなく踊れるようになっていた。

 背の高いヨシュアと細身の龍王の踊りに周囲の視線が集まっている気がする。踊り終えると、ヨシュアと龍王は領主の屋敷に戻った。

 客間で夜の宴に備えて着替えていると、ヨシュアが首飾りを付けてくれている。龍王も腕輪を付けることにした。

 龍王と王配が付けるにしては安価すぎる首飾りと腕輪だったが、二人が満足そうにしているので誰も文句は言わなかった。
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