龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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三章 甥の誕生と六年目まで

21.冬の訪れ

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 ヨシュアと暮らして五年以上の年月が経つ。
 冬が過ぎて春になれば六回目の結婚記念日が来る。

 結婚して五年以上経ってやっと初めての発情期を迎えた龍王は、発情期の間、一人で過ごそうかと思っていたがヨシュアが助けに来てくれたので、思っていたよりも心穏やかに発情期を終えられた。
 それで考えたのがヨシュアの発情期だった。

「妖精に発情期はないのですか?」

 単刀直入な問いかけにヨシュアは青い目をちょっと見開いていた。

「多分ないな。むしろ、生殖力が低くて子どもができることが稀だし、そういう行為を積極的にしようとも思わないんだよな」
「わたしはヨシュアを無理やりに付き合わせていますか?」
「星宇とするのは気持ちいいし、嫌じゃないよ。ただ、自分から積極的にしようとは思わないだけで」

 そういえば旅行の間もヨシュアは一度も性処理をするような行動は見せなかった。
 龍王は口で慰めてもらったり、手で慰めてもらったりしていたが、龍王の方がしようとするとヨシュアは断っていた。

「わたしと毎日のようにするのは負担じゃないですか?」
「受け身だから負担ではないけど、逆だったら無理だったかもしれない」
「ヨシュアが抱く方だったらという意味ですか」
「おれが抱く方だったら毎日はできてないし、そんなに回数もできてないと思う。妖精という種族が性欲が薄い方だから、そんなに出ないんだ」

 長命ゆえに生殖能力が低くて滅びかけていた妖精という種族は、かつて人間と交わってその血を魔術師として残した。ヨシュアは受け入れる側だからこの状況に耐えられているが、攻める側だったらそんなに出すことができないとはっきりと教えてくれていた。

「だから、星宇がおれを抱く方を選んでくれてよかったと思っている。おれの精力ではとても星宇を満足させられてないだろうから」

 初めて聞いた事実に驚きつつも、ヨシュアが龍王を抱くという選択肢はヨシュアの中では最初からなかったのかもしれないと龍王は思い始めていた。抱くとしても数日おきに一日一回か二回程度。それでは多淫と言われる龍族の龍王の体はとても満足できなかっただろう。

 最初から抱きたいと思っていたが、そちらを選んでよかったと龍王は改めて実感していた。

 発情期が落ち着いて、苦くえぐい薬湯も飲まなくてよくなって、龍王が食欲も回復して完全に元に戻るころには冬が来ていた。
 冬にはヨシュアの誕生日がある。
 ヨシュアは今年で五十二歳。妖精としてはまだまだ若い方だし、最初に見たときには三十歳前後かと思われた外見も、ラバン王国特有の彫りの深さがあったせいで老けて見えていただけで、外見年齢が二十歳前後の龍王より少し上の二十代半ば程度に見えるようになってきていた。
 相変わらず豪奢な金色の真っすぐの髪を背に流し、一部だけを三つ編みにしている姿は、こんなに美しい男はいないと龍王を感動させる。
 鮮やかな青い目はどんな宝石よりも美しかった。

「星宇、発情期の間は目が紫色を帯びていたよ」

 そういえばと言われて、龍王は自分の耳に付けてあるヨシュアの目の色のピアスに触れる。
 魅了の力を発するときにヨシュアも龍王も目が紫色を帯びる。普段はきっちりと魔術具のピアスで封印しているはずだが、発情期で一時的に自我を失い、魔力も強くなったのかもしれない。

「ヨシュアは平気でしたか?」
「おれは同じ能力を持ってるし、星宇のことをもう愛しているから、魅了は効かないよ」

 あっさりと言ってくれるヨシュアに龍王は胸を撫で下ろす。
 何気なく愛しているとも言ってくれてふわふわと浮き立つような気持になる。

「ヨシュア、わたしも愛しています」

 抱き寄せて口付けを強請ると、ヨシュアが龍王の唇に唇を重ねた。

 甘い時間を過ごしてばかりではいられない。
 龍王にも政務があるし、ヨシュアには魔術騎士団の団長としての仕事と王配としての政務がある。
 最近は内政も落ち着いているし、他国の干渉もないので、政務も魔術騎士団の仕事もそれほど忙しくはしていなかった。
 それでも他国との外交や細々とした法律の整備などで龍王が呼び出されることはある。
 そういうのはできるだけ宰相と四大臣家に任せておきたいのだが、龍王が出向くと議会の心構えが変わるようなので、政務に出ないわけにはいかなかった。

 今日はそんな憂鬱な話ではない。
 ラバン王国から使者が来たのだ。

 ラバン王国の使者は龍王もヨシュアも歓迎していた。
 ラバン王国はヨシュアの生まれ故郷であるし、何よりもヨシュアという王配を嫁がせてくれた大事な友好国だった。

「ラバン王国の国王陛下、王妃殿下、レベッカ殿下、ジェレミー殿下が王配陛下の誕生日を祝いたく志龍王国を訪ねたいと仰っております」

 使者を立ててのお伺いに龍王はヨシュアの顔を見る。
 ヨシュアは兄一家の訪問に嬉しそうにしている。

「お待ちしていますとお伝えしなさい」
「ありがとうございます、龍王陛下」

 国王一家の訪問なので楽にとは言えないが、ヨシュアの家族ではあるし、知っているひとたちなので龍王は了承を伝えると、使者は深く頭を下げて下がっていった。

 その夜は龍王とヨシュアは青陵殿で二人で食事をしながら話し合った。

「兄一家に、梓晴殿下と浩然殿下と俊宇殿下に会ってほしいと思っている」
「わたしもいい機会だと思います。ラバン王国の国王陛下御一家に、妹夫婦と甥を紹介したいです」
「俊宇殿下とはジェレミーも仲良くできるんじゃないかな」
「二人は年が近いですからね。ジェレミー殿下はその……活発でしたが」
「あのくらいの子どもなら普通だよ。俊宇殿下が大人しいだけじゃないか」

 龍王の頭の中にあるのはレイチェルの結婚式で暴れ回っていたジェレミーの姿だった。抱っこしようとしても体を海老ぞりにして逃げようとして、龍王は小さい子の体はこんなに柔らかいのだと怯えてしまったのを覚えている。

 そのせいで俊宇に接するときもおっかなびっくりになってしまっていたが、俊宇の方は大人しく物わかりもよかった。俊宇のおかげで少しだけだが小さい子に慣れてきたのに、ジェレミーが来てしまうとまたひっかきまわされそうな予感がする。

「ヨシュア、ジェレミー殿下と上手に付き合う方法を教えてください」
「動じないことかな」
「動じない……」
「小さなことで動じていると、子どもは面白がって何度も仕掛けてくる。叱るときは一回だけで真剣に叱って、後は動じないで落ち着いて子どものやることを見ているのがいいかな」

 動じないと言われても、抱っこしたら海老ぞりになられたり、走り回っているのを止めようとしたら脚の間を潜られたりしたら、龍王は動じない自信がない。

「わたしにできるでしょうか」
「星宇、子どもはそんなに怖いものじゃないよ」

 ヨシュアが背中を撫でてくれるのだが、龍王は不安しかなかった。

「兄一家を滞在させる場所や、食事会を開くならその場所も決めなきゃいけないな」
緑葉殿りょくようでんはどうでしょう?」

 緑葉殿は王宮の中でも賓客が来たときにもてなす宮殿だった。
 宿泊もできるし、食事会を開ける大きな食堂もある。
 何より、王宮の一部なので警護がしっかりしているのが特徴だった。

「国王陛下一家が休める場所にもなりますし、赤栄殿からも近いので梓晴と浩然と俊宇もすぐに来られます」
「緑葉殿か。おれは使ったことがあるか?」
「まだ一度もなかったかもしれませんね。緑葉殿は名前の通り、緑に囲まれた美しい宮殿ですよ。季節が冬なので、それほど庭は見られないかもしれませんが、南天や椿は見頃かもしれません」

 南天というとヨシュアが興味深そうにしている。

「南天とはどのような植物なんだ?」
「冬に小さな赤い実をつける植物です。難を転じるなどという言葉から、縁起のいい植物だとされています。昔、梓晴と雪兎を作ったときに目に南天の実を使いました」
「ゆきうさぎ?」
「作ったことがないですか? それなら、誕生日に作りましょう」

 ラバン王国の国王一家と梓晴と浩然と俊宇と一緒に緑葉殿の庭を散策するのも悪くないだろう。
 龍王がそう言えば、ヨシュアは楽し気に微笑んでいた。
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