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四章 結婚十年目
12.戻った記憶と二国への沙汰
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呪術師は捕らえられたが、ヨシュアにかけた呪術を解くことに協力的ではない。
志龍王国の貴族が乱暴を働き、結婚直前に妊娠して結婚を破棄されて命を絶った呪術師の娘というのも、グドリャナ王国の宰相の息子がらみだった。
宰相の息子がそのようなことをしていたのだったら、グドリャナ王国は根本から腐っているだろう。
呪術師が協力的でない以上は、ヨシュアにかけられた呪術が解けることはない。呪術師の首をはねたところで呪術が解ける保証はないし、呪術師が自分の意思で呪術を解くように促すのも今の状態では難しい。
龍王はグドリャナ王国に宰相の息子の引き渡しを要求しているようだった。
宰相の息子から真実を聞かされて、宰相の息子が罰を受けるとなれば呪術師も龍王とヨシュアに従うようになるかもしれない。
それより先に入ってきたのは、グドリャナ王国の王朝が倒れたとの知らせだった。
内乱で貴族の一人がグドリャナ王国の王朝を倒し、戦争を終結させた。ほぼ同時にジルキン王国の王朝も倒れて、戦争が続けられなくなったのだ。
元グドリャナ王国は志龍王国の要求に従い、宰相の息子を志龍王国に差し出してきた。
何もかもを失った宰相の息子は、狂ったように笑いながら呪術師に告げた。
「妊娠したのは計画外だったが、お前の娘は役に立ってくれた。お前はすっかりと志龍王国に恨みを抱いてくれて、命を懸けても志龍王国の王配を害そうと考えてくれたのだからな」
この大陸に生きているものならば、龍王の水の加護がどれほど大きなものか知らない者はいない。龍王の水の加護が失われる可能性を考えれば、魂で結ばれて命を共にしている王配を害するなどできないのだが、それを分かったうえで王配を害そうという命知らずな呪術師を作りだすために、呪術師の娘は犠牲になったのだ。
呪術師がやったことは許されないが、元はと言えば宰相の息子がやったことが原因だった。何より、龍王の王配の記憶をなくして、龍王に妾妃を持たせて自国を栄えさせようと考えた愚かなグドリャナ王国の上層部のせいだったのだ。
「その男を殺せ! わたしの拘束を解け! その男を呪い殺してやる!」
血を吐くように叫ぶ呪術師に、龍王が静かに提案する。
「その男の首はお前に委ねてやる。その代わりに、我が王配にかけられた呪術を解け」
交渉する龍王に呪術師は一度拘束を解かれ、呪術を使えるようにさせられて、ヨシュアにかけていた呪術を解いた。
――わたしはたった一人の王配であるヨシュアを今後とも人生をかけて愛することを誓う。その誓いの証として、ヨシュアにわたしの魂の一部である玉を捧げる。受け取ってくださいますか、ヨシュア?
玉を賜ったときの龍王の声が聞こえる。
それだけでなくて、この十年間、交わした会話、触れ合った体、贈り合った品物、全ての記憶がものすごい勢いでヨシュアの頭の中に流れ込んでくる。
あまりの情報量に膝を突いたヨシュアを龍王が心配そうに座り込んで肩を抱いている。
「大丈夫ですか?」
「平気です。記憶がない間のことは忘れてしまうのかと思っていたら、しっかり覚えていますね」
「思い出したのですか?」
「今は情報量が多すぎて混乱していますが、すぐに落ち着くと思います。龍王陛下、ご心配をおかけしました」
「あぁ、わたしの愛しい王配!」
誰に憚ることなく抱き着いてきた龍王をヨシュアはしっかりと受け止めた。
呪術師は宰相の息子に体が燃え尽きるまで意識が残って死ぬことができないという呪いをかけて、紅蓮の炎に包まれて燃え続ける宰相の息子を睨み付けながら、自分の命を代償にしたので、血を吐いて倒れ、動かなくなっていた。
宰相の息子が燃え続けるのを見ているのも不快だったので、ヨシュアと龍王は場所を移して王の間に行った。
王の間には元グドリャナ王国の新しい国王と元ジルキン王国の新しい国王が待っていた。
「呪術師を送り込んできたのはグドリャナ王国だったと分かりましたが、ジルキン王国がそれをなぜ知っていたか、教えてほしいのですが」
「ジルキン王国はグドリャナ王国と手を結んで、王配陛下を害する計画を立てていたのです。龍王陛下が側室を一人もお持ちにならないことに焦れていたのです」
「ジルキン王国もグドリャナ王国と同罪ということですね」
冷たく言い放つ龍王に、二人の新しい国王が青ざめた顔で頷く。
二国の罪を龍王は贖わせなければいけない。
「王配が呪術を解かれて体調が戻ったので、水の加護は今後滞りなく志龍王国全土に行き渡ることでしょう。しかし、秋の大事な時期に水の加護が弱まってしまったという事実は変えられません。国王は処刑されて、上層部のものも処刑を待つだけという状況になっていると聞いていますが、元グドリャナ王国と元ジルキン王国がしたことは許されることではありません」
「覚悟はしております」
「国の上層部がやったこととはいえ、止められなかった我らにも咎はあります」
「国王や国の上層部と関りのない国民を飢えさせるのはわたしも本意ではありません。元グドリャナ王国と元ジルキン王国にはできる限りの食糧支援をしたいと思いますが、我が王配を害したことに関しては罪を問いたいと思っています」
「龍王陛下の御慈悲に感謝いたします」
「どんなことも受け入れます」
龍王がどのような判断をするかとヨシュアも心配ではあったが、国の民が飢えないように考えてくれているのは安心だった。その上でどのような罰を与えるのだろう。
「我が国、志龍王国のものとしていただいても構わないのです」
「飛び地にはなりますが、国民も志龍王国に従う所存です」
「それで我が国に何の利益がありますか? 元グドリャナ王国と元ジルキン王国は水の加護を得て豊かになるかもしれない。しかし、我が国には何の利益もありません。まだそのようなことを考えているのですか」
呆れたように言う龍王に、新国王たちが床に頭を付けるようにして深く頭を下げている。
「龍王陛下が望まれるのでしたら、わたしの首でもなんでも捧げます」
「我が国を見捨てないでください」
どうするのか考えあぐねている龍王に、ヨシュアがそっと耳打ちする。
「二国は十年間、志龍王国に入国禁止の措置をとるとすれば?」
「十年間……短いような気がしますが」
「わたしたちのように二国の民は長く生きません。十年間は十分長いと思います」
ヨシュアの口添えによって龍王は心を決めたようだった。
「元グドリャナ王国と元ジルキン王国は、国民、使者、国王を含めて、全てのものを十年間志龍王国に入国禁止とします。これを破って入国してきたものには、罰を与えるものとします」
龍王の決定に新国王二人は深く頭を下げて了承の意を示していた。
政務が終わって青陵殿に帰ると、龍王がヨシュアに抱き着いてくる。
「ヨシュア……わたしのヨシュアですよね?」
「記憶を失っていても星宇のヨシュアであることには変わりないんだが、まぁ、記憶は戻っているし、間違いなく星宇のヨシュアだよ」
「その話し方、その声、この分厚い胸板、全部わたしの愛するヨシュアです」
涙ぐんでいる龍王の髪を撫でていると、龍王が低く呟く。
「やはり、二国への罰は甘かったかもしれません」
国交断絶をしてもよかった。
そんなことをいう龍王に、ヨシュアが苦笑する。
「無関係の民が飢えるのはおれは嫌だよ。星宇は立派だった」
「ヨシュアは記憶がなかった時期のことも覚えているのですよね? 記憶が戻ってどうですか?」
「記憶がない間も星宇とは魂で繋がっていたからか、それほど不安はなかった。記憶が戻って、星宇が今まで以上に愛おしいよ」
甘く耳元で囁くと、龍王の顔が赤くなる。
一か月の記憶喪失の期間を抜けて、ヨシュアはやっと龍王のもとに戻ってこられた。
志龍王国の貴族が乱暴を働き、結婚直前に妊娠して結婚を破棄されて命を絶った呪術師の娘というのも、グドリャナ王国の宰相の息子がらみだった。
宰相の息子がそのようなことをしていたのだったら、グドリャナ王国は根本から腐っているだろう。
呪術師が協力的でない以上は、ヨシュアにかけられた呪術が解けることはない。呪術師の首をはねたところで呪術が解ける保証はないし、呪術師が自分の意思で呪術を解くように促すのも今の状態では難しい。
龍王はグドリャナ王国に宰相の息子の引き渡しを要求しているようだった。
宰相の息子から真実を聞かされて、宰相の息子が罰を受けるとなれば呪術師も龍王とヨシュアに従うようになるかもしれない。
それより先に入ってきたのは、グドリャナ王国の王朝が倒れたとの知らせだった。
内乱で貴族の一人がグドリャナ王国の王朝を倒し、戦争を終結させた。ほぼ同時にジルキン王国の王朝も倒れて、戦争が続けられなくなったのだ。
元グドリャナ王国は志龍王国の要求に従い、宰相の息子を志龍王国に差し出してきた。
何もかもを失った宰相の息子は、狂ったように笑いながら呪術師に告げた。
「妊娠したのは計画外だったが、お前の娘は役に立ってくれた。お前はすっかりと志龍王国に恨みを抱いてくれて、命を懸けても志龍王国の王配を害そうと考えてくれたのだからな」
この大陸に生きているものならば、龍王の水の加護がどれほど大きなものか知らない者はいない。龍王の水の加護が失われる可能性を考えれば、魂で結ばれて命を共にしている王配を害するなどできないのだが、それを分かったうえで王配を害そうという命知らずな呪術師を作りだすために、呪術師の娘は犠牲になったのだ。
呪術師がやったことは許されないが、元はと言えば宰相の息子がやったことが原因だった。何より、龍王の王配の記憶をなくして、龍王に妾妃を持たせて自国を栄えさせようと考えた愚かなグドリャナ王国の上層部のせいだったのだ。
「その男を殺せ! わたしの拘束を解け! その男を呪い殺してやる!」
血を吐くように叫ぶ呪術師に、龍王が静かに提案する。
「その男の首はお前に委ねてやる。その代わりに、我が王配にかけられた呪術を解け」
交渉する龍王に呪術師は一度拘束を解かれ、呪術を使えるようにさせられて、ヨシュアにかけていた呪術を解いた。
――わたしはたった一人の王配であるヨシュアを今後とも人生をかけて愛することを誓う。その誓いの証として、ヨシュアにわたしの魂の一部である玉を捧げる。受け取ってくださいますか、ヨシュア?
玉を賜ったときの龍王の声が聞こえる。
それだけでなくて、この十年間、交わした会話、触れ合った体、贈り合った品物、全ての記憶がものすごい勢いでヨシュアの頭の中に流れ込んでくる。
あまりの情報量に膝を突いたヨシュアを龍王が心配そうに座り込んで肩を抱いている。
「大丈夫ですか?」
「平気です。記憶がない間のことは忘れてしまうのかと思っていたら、しっかり覚えていますね」
「思い出したのですか?」
「今は情報量が多すぎて混乱していますが、すぐに落ち着くと思います。龍王陛下、ご心配をおかけしました」
「あぁ、わたしの愛しい王配!」
誰に憚ることなく抱き着いてきた龍王をヨシュアはしっかりと受け止めた。
呪術師は宰相の息子に体が燃え尽きるまで意識が残って死ぬことができないという呪いをかけて、紅蓮の炎に包まれて燃え続ける宰相の息子を睨み付けながら、自分の命を代償にしたので、血を吐いて倒れ、動かなくなっていた。
宰相の息子が燃え続けるのを見ているのも不快だったので、ヨシュアと龍王は場所を移して王の間に行った。
王の間には元グドリャナ王国の新しい国王と元ジルキン王国の新しい国王が待っていた。
「呪術師を送り込んできたのはグドリャナ王国だったと分かりましたが、ジルキン王国がそれをなぜ知っていたか、教えてほしいのですが」
「ジルキン王国はグドリャナ王国と手を結んで、王配陛下を害する計画を立てていたのです。龍王陛下が側室を一人もお持ちにならないことに焦れていたのです」
「ジルキン王国もグドリャナ王国と同罪ということですね」
冷たく言い放つ龍王に、二人の新しい国王が青ざめた顔で頷く。
二国の罪を龍王は贖わせなければいけない。
「王配が呪術を解かれて体調が戻ったので、水の加護は今後滞りなく志龍王国全土に行き渡ることでしょう。しかし、秋の大事な時期に水の加護が弱まってしまったという事実は変えられません。国王は処刑されて、上層部のものも処刑を待つだけという状況になっていると聞いていますが、元グドリャナ王国と元ジルキン王国がしたことは許されることではありません」
「覚悟はしております」
「国の上層部がやったこととはいえ、止められなかった我らにも咎はあります」
「国王や国の上層部と関りのない国民を飢えさせるのはわたしも本意ではありません。元グドリャナ王国と元ジルキン王国にはできる限りの食糧支援をしたいと思いますが、我が王配を害したことに関しては罪を問いたいと思っています」
「龍王陛下の御慈悲に感謝いたします」
「どんなことも受け入れます」
龍王がどのような判断をするかとヨシュアも心配ではあったが、国の民が飢えないように考えてくれているのは安心だった。その上でどのような罰を与えるのだろう。
「我が国、志龍王国のものとしていただいても構わないのです」
「飛び地にはなりますが、国民も志龍王国に従う所存です」
「それで我が国に何の利益がありますか? 元グドリャナ王国と元ジルキン王国は水の加護を得て豊かになるかもしれない。しかし、我が国には何の利益もありません。まだそのようなことを考えているのですか」
呆れたように言う龍王に、新国王たちが床に頭を付けるようにして深く頭を下げている。
「龍王陛下が望まれるのでしたら、わたしの首でもなんでも捧げます」
「我が国を見捨てないでください」
どうするのか考えあぐねている龍王に、ヨシュアがそっと耳打ちする。
「二国は十年間、志龍王国に入国禁止の措置をとるとすれば?」
「十年間……短いような気がしますが」
「わたしたちのように二国の民は長く生きません。十年間は十分長いと思います」
ヨシュアの口添えによって龍王は心を決めたようだった。
「元グドリャナ王国と元ジルキン王国は、国民、使者、国王を含めて、全てのものを十年間志龍王国に入国禁止とします。これを破って入国してきたものには、罰を与えるものとします」
龍王の決定に新国王二人は深く頭を下げて了承の意を示していた。
政務が終わって青陵殿に帰ると、龍王がヨシュアに抱き着いてくる。
「ヨシュア……わたしのヨシュアですよね?」
「記憶を失っていても星宇のヨシュアであることには変わりないんだが、まぁ、記憶は戻っているし、間違いなく星宇のヨシュアだよ」
「その話し方、その声、この分厚い胸板、全部わたしの愛するヨシュアです」
涙ぐんでいる龍王の髪を撫でていると、龍王が低く呟く。
「やはり、二国への罰は甘かったかもしれません」
国交断絶をしてもよかった。
そんなことをいう龍王に、ヨシュアが苦笑する。
「無関係の民が飢えるのはおれは嫌だよ。星宇は立派だった」
「ヨシュアは記憶がなかった時期のことも覚えているのですよね? 記憶が戻ってどうですか?」
「記憶がない間も星宇とは魂で繋がっていたからか、それほど不安はなかった。記憶が戻って、星宇が今まで以上に愛おしいよ」
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