龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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五章 在位百周年

6.小さくなったのは龍王だけ?

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 小さくなった龍王を戻す方法は見つからなかった。
 元々魔術師が若返りのために作りだした外法とも言える魔術なのだ。若返ったものは喜び、それを解呪する方法など考えもしなかっただろう。
 死にゆくものが死ぬのを恐れて若返りの外法を使うのは分からなくもない。それで寿命が百年延びればできることがたくさんあるだろうし、見届けることができるものもたくさんあるだろう。
 しかしヨシュアは寿命が長ければいいというものではないということをわが身を以て知っていた。
 寿命が長ければそれだけ他の者たちに置いて行かれる。
 ヨシュアと一緒に育ったネイサンも、ギデオンとゴライアスの兄弟にその地位を譲って、今は隠居している。ネイサンは生まれたときからヨシュアの秘密を知っていて、ずっと共にいてくれたのだから、王宮を離れるといったときにヨシュアは感謝の気持ちはあっても引き留める気持ちはなかった。
 残りの人生はデボラと一緒に穏やかに暮らしていくのだろう。
 ネイサンに残された年月がどれほどあるのか分からないが、ヨシュアよりも老けるのが早かったネイサンは魔術師として高い能力を持っていたわけではなかった。デボラも同様だろう。魔術師の血の濃さと寿命は比例するから、ネイサンは二百年に満たないくらいの寿命しか持っていない可能性もあった。

 龍族の王族ですら寿命は三百年から五百年。貴族たちは龍族の血が濃いので二百年から三百年くらいは生きるようだが、平民は百五十年程度の寿命しかない。
 それを考えると、ヨシュアと龍王は気の遠くなるほどの年月を生きていかなければいけない。

「星宇、元に戻す方法がなかったら、おれは十三年くらいは待てるからな」
「わたしがまてません。このあいだまでヨシュアとはつじょうきでふたりであいしあったのに、ヨシュアとあいしあえないからだになってしまうなんて」

 真剣に伝えたつもりだが、黒い目からほたほたと涙を流す龍王をヨシュアは抱き締めた。

 龍王が病に臥せっているということはすぐに国民に伝えられた。
 龍王が政務に出られなくても四大臣家や司法長官、宰相などが政務は担ってくれるのだが、水の加護だけは龍王が行わなければ他にできるものがいない。
 このまま志龍王国から水の加護が失われてしまうのではないかと国民は憂いているようだった。
 体は小さくなったが、水の加護の祈りは変わらず行えているので、国の隅々まで水の加護が行き渡っているはずだが、龍王は不安そうにしていた。

「わたしがこのからだであることで、みずのかごがいきわたっていなかったらどうしましょう」
「そういう感じがするのか?」
「だいじょうぶだとおもうのですが、このちいさなからだはつかいにくいのです」

 早朝に起きて水の加護の祈りを捧げるので、午前中に少し眠る必要があるし、昼食の後はお腹がいっぱいになってしまって寝てしまう龍王。精神は百二十五歳のままだが、体はしっかりと五歳児になってしまっているようだった。

「わたしがちいさくなっているのに、ヨシュアはかわりはないのですか?」
「おれは変わりはないな。百十五年前だから、二十六歳のころか」

 そこまで呟いてヨシュアは気付く。

「百十五年前にはおれはもうこの姿だったんだ」

 ヨシュアの方は百十五年若返ったとしても、姿に変化はない。百十五年前にはヨシュアは二十六歳で成人を迎えていた。

「ヨシュアもわかがえっているかのうせいがあるのですか?」
「姿が変わらないから気付いてなかったが、おれと星宇は魂で結ばれている。星宇が若返ったのなら、おれも若返ってもおかしくはなかった」

 ヨシュアも若返っているとしたらどこでそれが分かるのだろう。
 二十代からずっとこの姿で、若返っていても見分ける方法がないのでヨシュアが若返っているかどうかは分からない。

「ヨシュアだけでもそのままでよかったです」

 五歳児が二人になると、収拾がつかなくなりそうだと呟く龍王に、ヨシュアはその小さな体を抱き寄せて膝に乗せる。膝の上で抱っこされた龍王がいつもよりずっと小さくて少し寂しい。

「ヨシュアはいいちちおやになったのではないかとおもいました」
「星宇?」
「ちいさなわたしのせわもいやがらないし、やさしくしてくれるし……」
「それは星宇だからだよ。星宇のことを愛しているからだよ」

 優しく語り掛けると、龍王が目に一杯涙をためてヨシュアを見上げて来る。

「わたしもあいしています。このあいをうまくひょうげんできないのがくやしいです」

 立ち上がって龍王がヨシュアの唇に唇を寄せる。小さな唇に口付けされて、ヨシュアは龍王が可愛くなって顔中に唇を落とす。

「ヨシュアのしたをなめたらいけませんか?」
「それはやめておこうか。おれが犯罪者っぽい」
「ヨシュアのからだにふれたい。ヨシュアをだきたい」

 ぐすぐすと洟を啜る龍王の涙をヨシュアは舐め取った。

 泣いたら疲れたようで抱き締められたままうとうとしている龍王を寝台に寝かせると、ヨシュアは真剣に考える。
 自分は十三年くらい一瞬だと思っているし、待とうと思えば待てる。
 ただし、その間龍王の政務を誰がやるかだ。
 俊宇に一時期譲ってもいいが、それだけ龍王が重篤なのだと思われて、国民を心配させるのは本意ではない。
 それならば解呪の方法を探すしかないのだが、資料が少なすぎる。

 若返りの秘法を見出した魔術師は、それが外法だと言われて魔術が使えないようにされてラバン王国からも追い出され、その後のことは全く分かっていないのだ。時代的にはもう亡くなっている可能性が高いが、外法を使い続けてきたのならば、もしかすると生きているかもしれない。

 生きていることに賭けて、外法を編み出した魔術師を探すか。

 健やかに丸いお腹を上下させて眠っている龍王に布団をかけると、龍王の小さな手が何かを探すように彷徨う。ヨシュアがその手を握ってやると、安心して深い眠りに落ちたようだった。

「兄上、外法を編み出した魔術師の名前や姿は残っていないのか?」

 ラバン王国のマシューに魔術の通信で問いかけてみると、マシューは難しい顔をしている。

『今調べさせているが、外法として使うことを許されない魔術として、魔術師も追放したし、魔術も封じたので、魔術師が生きている可能性は低いと思う』
「それでも、魔術師を探し出せたら解呪の方法がわかるかもしれない」

 十三年間くらいは待つのは苦痛ではないというのは嘘ではない。
 龍王に言ったとおりにヨシュアにとって十三年は一瞬の出来事だ。
 だが、龍王はヨシュアを求めていて、ヨシュアもそれに応えたいと思っている。龍王が元に戻ることを願っているのならば、元に戻してやりたい。

「おれができることなら何でもしてやりたい」
『こちらでももう少し調べてみる。何かわかったらすぐに知らせるから、ヨシュアもちゃんと休むんだぞ?』

 兄であるマシューには知られているようだ。
 ヨシュアの眠りが深くないこと。
 龍王が五歳児の姿になってしまってから、ヨシュアは龍王の体にこれ以上異変があるのではないかと思って気になってよく眠れなくなってしまった。
 目の下に隈でもできていたかと指先でこすると、起きて来た龍王がヨシュアの顔を下から見上げて来る。

「ヨシュア、つかれているのですか? わたしがしんぱいをかけているからですね」
「星宇のせいじゃないよ」
「ヨシュアのせいでもありません。これはふこうなじこだったのです」

 秀英が商人から買った小さな壺に若返りの秘術が仕込まれていた。
 商人は沈没した船からあの壺を見つけたのだと言っていたのではなかっただろうか。

 あの壺がヨシュアと龍王のもとに来て、龍王の足元で蓋が外れてしまったのは偶然だったが、沈没船の記録を辿ってみるのはありかもしれない。

 ヨシュアは商人を呼んで話を聞いてみようと思っていた。
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