龍王陛下は最強魔術師の王配を溺愛する

秋月真鳥

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五章 在位百周年

14.夢に入り込んだヨシュア

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 龍王はヨシュアの胸を枕にして眠るのが気に入っている。
 それほど重いとも感じないのでヨシュアは龍王の頭を胸に乗せたり、たまに腕枕したりして眠らせている。密着して眠るとそれだけ安心するのか、龍王の眠りも深く健やかに寝息を立てていた。それに引き込まれるようにヨシュアも一緒に眠ってしまうのが日常だった。

 冬が近付いて青陵殿も冷えてきたころに、夜中に目が覚めてヨシュアは厠に行きたくて、龍王をそっと寝台の上に降ろした。くつを足に引っかけて、厠に行って手を洗って戻ってくると、龍王は寝台の布団の上で唸っていた。

「んー……どこ……?」

 必死に手がヨシュアを探しているかと思ったら、龍王の唇から思いがけない単語が零れる。

「ちちうえ……」

 ヨシュアが嫁いできたときには、龍王の父親である前龍王は崩御していて、龍王が龍王位を継いでいた。龍王の父親をヨシュアは知らない。
 うなされる龍王の眉間に寄った皴を親指で解してやると、ヨシュアの手を龍王が掴んだ。その瞬間、ヨシュアはくらりと酩酊感を覚えて寝台に倒れ込んでいた。

 気が付いたときにはヨシュアは五歳くらいの龍王を見下ろしていた。若返ったときに見ているのでそれが小さな龍王だということはすぐに分かった。

「ちちうえは、わたしをにくんでいらっしゃる……」

 幼く拙い言葉で小さく呟く龍王に、ヨシュアは驚いてしまう。黒い目に涙を一杯に溜めた龍王は、まだ龍王位を得ていない小さな五歳くらいの子どもだった。
 ぐすぐすと泣いていると、そばにいた前王妃が龍王の髪を撫でる。

「龍王陛下は星宇を憎んでなどいません」
「わたしがやまいにかかったから、りゅうおうにふさわしくないとおおもいなのだ」

 これは龍王が龍熱病りゅうねつびょうにかかって子種を失ったすぐのころなのではないだろうか。ヨシュアは龍王の夢の中の記憶の中に紛れ込んでいるのだと自覚した。
 ヨシュアは龍王から玉を賜っているので、魂が結び付けられている。魂の結びつきがあるので、龍王が求めたときには夢の中にでも呼び出されて入っていってもおかしくはないのだろう。

 龍王にも前王妃にもヨシュアの姿は見えていないようだった。

「あなたはわたくしたちの唯一の子どもです。わたくしと龍王陛下には結婚して長らく子どもができませんでした。龍王陛下はそれを責めることなく、側妃も妾妃も持たずにわたくし一人を愛してくれました。星宇、あなたはわたくしと龍王陛下の愛の結晶なのです。龍王陛下があなたを愛さなくなることなどありません」

 髪を撫でながら告げる前王妃に、龍王の目から大粒の涙が零れ落ちる。

「わたしは、こどもをもつことができないといわれた。しょうがいあいするひともできないでしょう。どうやっていきていけばいいの?」

 こんな幼い子どもに子種がないことを告げたのは誰なのだろう。
 まだ生殖の意味も分かっていないような幼い子どもである。それでも龍王を継ぐとなると血を繋げるのが大事なことだとこの年齢で既に理解しているのだ。龍王は幼いころから聡明だったのだと感じ、その聡明さがヨシュアには可哀そうでならなかった。

「確かにあなたは子を持つことはできないかもしれません。しかし、愛するひとができないということはありません。わたくしも子を持つことはできないかもしれないと諦めたときがありました。それでも龍王陛下はわたくしを愛し続けてくれました。あなたにもそんな相手ができると思います」
「ははうえ……」

 泣き出した小さな龍王を前王妃はしっかりと抱き締めていた。

 場面が変わって、龍王が少し大きくなっている姿が見えた。あれは七歳くらいだろうか。
 龍王の前には前王妃と前龍王がいた。前龍王は初めて顔を見るが、龍王と同じくらいの背丈で、龍王よりも男臭い顔をしている。龍王は前王妃に似たのだとよく分かる。

「星宇、妹の梓晴ですよ」
「わたしたちが二人も子どもを持てるだなどと思わなかった。本当に嬉しい」
「わたくしも龍王陛下の二人目のお子を産むことができて嬉しく思います」

 前王妃と前龍王が話しているのを聞きながら、龍王が小さく震えていることにヨシュアは気付いていた。
 龍王は涙をこらえている。

「その子が次の龍王になるのですか? 父上!」
「次の龍王は星宇、そなただ」
「それでは、その次の龍王はどうするのですか? わたしは子どもが望めないと言われています。梓晴の方が龍王に相応しいのではないですか?」

 痛みを伴うように言葉を吐く龍王に、前龍王が膝を曲げて視線を合わせて龍王の手を取る。

「次の龍王はそなただと決まっている。子どもが望めないくらいなんなのだ。わたしも長らく子どもができなかったし、子どもは望めないかもしれないと思っていた。子どもがいなくても龍王位は継げる。その次の龍王には梓晴の子どもを据えればいいではないか」
「父上は、わたしが龍王に相応しくないと思わないのですか?」
「そんなことは全く思っていない。そなたはよく学んでいるし、水の加護の力も非常に強い。きっと素晴らしい龍王になることだろう」
「父上……」

 温かい言葉に胸がいっぱいになったのか、涙を流して前龍王に抱き着く龍王を、前龍王は優しく抱き締めていた。
 葛藤はあったようだが、龍王は前龍王にも前王妃にも愛されていて、龍王になるのに相応しいとして教育を受けていたのがよく分かる。

 過去の映像を見せつけられて、ヨシュアは龍王が両親に愛されて育ったのだと改めて感じた。それにしても、こんな小さな子どもに、子どもができないかもしれない、龍王位に相応しくないと言わせるようなことをしたのは誰なのだろう。
 許せない思いがわいてくる。

 龍王は前龍王に抱き締められて少し泣いて落ち着いたようで、前王妃が抱く梓晴を覗き込んでいた。

「わたしの妹。とても可愛いです」
「星宇も梓晴もわたくしの可愛い子どもたちです」
「星宇、梓晴は大きくなったら必ずお前のことを支えてくれるよき理解者になってくれるだろう。妹として愛してやってくれ」
「はい、父上」

 素直に答えて笑う龍王に傍観者でしかないヨシュアの心も明るくなるようだった。

 続いて見えてきたのは、龍王が八歳のときの記憶のようだった。
 龍王は食事をしているが、その料理の一つに白花豆の蜜煮が並んでいた。

 白花豆の蜜煮は龍王の好物だとヨシュアも聞いていた。
 その好物を龍王は長らく食べられなかったことも。
 食べられなかった理由は、白花豆の蜜煮に毒を入れられたからだった。

「星宇、食べてはいけない」

 声を掛けようとしても、ヨシュアの姿は龍王には見えていないようで、声も届かない。
 嬉しそうに白花豆の蜜煮を箸で摘まんで口に入れた龍王の顔色が変わる。
 激しく嘔吐して、倒れ込んだ龍王に侍従たちが騒ぎ出す。

「王宮医を呼べ!」
「王太子殿下の食事がおかしい! 調べさせろ!」

 すぐに王宮医が呼ばれて、龍王は口にしたものを全部吐かされて、水を飲まされ、また吐かされて、薬を飲まされ、寝台で休んだが、高熱を出して苦しんでいる様子にヨシュアは思わず龍王に駆け寄ってその手を握り締めそうになった。
 触れたかったが龍王に触れることができなくて、すり抜けてしまう。
 脂汗をかいて苦しんでいる龍王を助けたいのに、手を握ることも汗を拭くこともできず、立ち尽くすヨシュアの前を通り過ぎて、前龍王と前王妃が駆け付けて龍王の手を握る。

「星宇、しっかりしてくれ」
「死なないで、星宇」

 縋り付く姿は親のもので、前龍王も前王妃も龍王が助かることを必死に願っていた。

「星宇の容体はどうなのだ?」
「王太子殿下の食された白花豆の蜜煮には、龍殺草りゅうさつそうの毒が仕込まれていました。龍殺草は志龍王国で栽培を禁止されています。誰がこのようなものを手にし、王太子殿下の食事に混ぜたのか、今調べております」
「龍殺草……星宇は大丈夫なのか?」
「今日が峠かと……。すぐに吐かせましたが、幼い体では龍殺草の毒素に耐えられるか分かりません」

 確か、龍殺草は龍族にしか効かない毒で、その栽培を志龍王国は禁じていたはずだった。
 それはヨシュアも聞いていたので知っていた。
 この後龍王が助かって、毒殺を命じた犯人も捕まるのだが、それが龍王の叔父夫婦だったということは龍王を傷付けただろう。
 叔父夫婦は自分たちに男の子が生まれたので、龍王位を継がせたい欲が出て、龍王を暗殺しようとしたのだと判明するはずだ。

「星宇、あなたは絶対に助かるから、頑張って」

 ヨシュアの声が龍王に聞こえていたかは分からない。
 ヨシュアは政務に追われて前龍王と前王妃が部屋を出て行った後、触れられないと分かっていながら龍王の髪を撫でるように手を差し伸べ、ずっと龍王についていた。

 龍王の夢なのだから、ヨシュアは干渉できないのかもしれない。傍観者でいることがつらくなってきたヨシュアだが、毒でうなされていた龍王が目覚めたときに、自分の方を見た気がして手を伸ばす。

「あなたは、誰?」

 確かに龍王はヨシュアの方を見ていた。触れられるかと手を伸ばすがすり抜けてしまう。しかし、姿は見えているようだ。

「おれはあなたが大きくなってから出会う相手。あなたを生涯愛する相手だよ」
「わたしを愛してくれる方?」
「おれの名前は、ヨシュア。あなたが二十五歳のときにこの国に嫁いでくる王配だ」
「わたしの王配……」

 信じられないように黒い目を見開いている龍王にヨシュアは微笑みかける。
 龍王はヨシュアを見て、苦しい息の中微笑んだ気がした。
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