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五章 在位百周年
15.龍王の夢
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夢の中でこれが夢だと分かるのが明晰夢というらしい。
龍王は明晰夢を見ていた。
小さなころの自分の記憶を辿るように見た夢の中で、朧げに記憶が薄れてしまった相手が覗き込んでいる。
見ただけで目を奪われた。
豪奢な金髪に鮮やかな青い目、美しい姿をしているその人物を龍王はよく知っているような気がしていた。けれどうまく思い出せずに焦れるのに、彼は名乗った。
「おれの名前は、ヨシュア。あなたが二十五歳のときにこの国に嫁いでくる王配だ」
「わたしの王配……」
夢の中で八歳の龍王は叔父夫婦に仕込まれた毒で苦しんでいた。
毒のせいで命が危ないとも言われていたのだ。
やっと峠を越した龍王は疲れていた。
手を伸ばしても彼に触れることができない。
彼は夢の中だからか、透けていて触れられないのだ。
手を伸ばし、触れられないことを確かめると、龍王は起き上がって彼の姿をよく見ようとした。体がうまく動かなくて起き上がることができない。
寝台の上で起き上がろうとしている八歳の龍王に、侍従が気付いた。
「王太子殿下が気が付かれました」
「すぐに王宮医をお呼びします」
王宮医が呼ばれて、苦くてえぐい薬湯を飲まされて、龍王はまた寝かされた。
「これで命の危険はなくなりましたね。龍王陛下も王妃殿下もお喜びになることでしょう」
「父上と母上……」
「王太子殿下のことをとても心配されていましたよ」
両親に愛されていることは常に感じていた。
五歳のときに子種がなくなる病にかかっても、父は龍王を次代龍王位から退けなかった。
水の加護の力が強い龍王こそ次代龍王に相応しいと父はずっと言っていてくれた。
思い出すだけで涙が零れそうになって龍王は寝台で目を閉じた。
意識が途切れて、次に意識が戻ったときには、龍王は二十歳の若者になっていた。二十歳とは言え龍族の王族においてはまだまだ子どもである。その時期に関わらず、龍王は龍王位を継ぐ儀式に出ていた。
前龍王であった父が亡くなったのだ。
二百歳を少し超えたくらいで急逝してしまった父は、あまりにも若かった。
母が泣いている。梓晴も泣いている。
龍王は自分がどんな顔をすればいいのか分からないまま、龍王の衣を纏い、冠を被っていた。
「新しい龍王陛下万歳!」
「これから我が国に豊かな恵みをもたらしてください」
急逝した前龍王の喪に服す暇もないくらいあっという間に龍王位についてしまった龍王は、父の死に泣くこともできなかった。
気落ちしている梓晴と母を慰め、龍王としての水の加護の祈りを捧げる日々が始まった。
「龍王になられたのです、妃を迎えねばなりません」
「わたしが子を作れないことは知れ渡っているはずだ。妃は必要ない。梓晴が結婚したらその子がわたしの後を継ぐだろう」
妃を持つことを拒む龍王に、宰相も四大臣家の当主も何度も進言してくる。
「妃を持つことは他国との関係を結ぶことにも繋がります」
「御子ができなくても、妃と愛情を育むことはできます」
そんなことを言って来る龍王の頭にあったのは、八歳のときに枕元に立っていた美しい男性だった。彼は龍王の王配になると言っていた。二十五歳になれば出会えるのだと言っていた。
「わたしはまだ妃はもらわない」
二十五歳になったら彼が自分の元に来てくれる。
それまでは妃など必要ないと強く思っていた。
惹かれたのは美しい外見からかもしれない。
それだけでなく、龍王を思いやる優しい眼差しが心地よいと感じたし、彼の全てが好ましいと感じた。
妃のことになると気が沈んでいたのに、二十五歳で彼が王配としてきてくれると言っていたのを信じてその日を楽しみにしていた。
二十五歳になる直前に、ラバン王国から王弟が嫁いでくるという話が持ち上がった。
金髪に青い目の絵姿を見せられて、彼だと直感した。
二十五歳の誕生日を終えて、少ししてラバン王国からやってきた彼に声を掛けた。
「待っていた。あなたに会えるのを」
「現実とは違う反応をするのだな、星宇」
「ヨシュア……」
顔を上げてヨシュアが笑った瞬間、意識が浮上する。
目を覚ました龍王はヨシュアの胸を枕にしていて、ヨシュアも同時に目を覚ましたようだった。
「ヨシュアが出て来る夢を見ました」
「おれが見たのと同じ夢だった気がする」
「ヨシュアはわたしの夢の中に入ったのですか?」
「多分そうだと思う。星宇がうなされているから気になったら星宇の夢の中に入っていた気がする」
ヨシュアに言われて、あの夢はヨシュアと共有していたのかと分かると恥ずかしくなる。
現実で顔合わせのときに龍王がヨシュアに言ったのは「あなたを愛するつもりはない」という酷い言葉だった。それを取り繕うように「待っていた」などと言っても、過去が塗り替えられるはずがない。
「すみませんでした、ヨシュア。嫌なことを思い出させたかもしれません」
「星宇の夢の中に入って、星宇がこれまでどれだけ大変だったかを知ったよ。星宇と出会えてよかった」
「ヨシュア……」
温かい言葉をかけてくれるヨシュアに思わずそのしっかりとした体に抱き着く。
「夢の中でヨシュアに一目惚れをしました。わたしは何度ヨシュアに出会っても惚れる運命なのだと思います」
「現実では一目惚れはしてくれなかったようだけどな」
「現実でも美しいひとだとは思っていました。最初は素直になれなかっただけで」
現実でも一目見た瞬間に心奪われていた。
ヨシュアはそれだけ美しく、それでいて男らしく格好よかった。
ヨシュアと自分を比べて、敵わないと思ったからこそ、最初にあんなひどいことを言ってしまったのかもしれない。
「ヨシュア、愛しています。わたしを見捨てないでください」
「見捨てるはずがないよ。おれと星宇は魂で結ばれているのだからね」
魂で結ばれているからこそヨシュアは龍王の夢の中に入って来られたのかもしれない。
龍王にとってはよく見る夢だったが、今後はヨシュアの気配があればうなされることもなくなるかもしれない。
五歳のときの衝撃と悲しみ、七歳で梓晴が生まれたときのいたたまれなかった思い、八歳で毒殺をされそうになったときの苦しみ、二十歳で父が死に龍王に即位したときの失意。
全て何度も夢に見るできごとだった。
「これからは怖い夢を見ても平気になるかもしれません」
「怖い夢を見たときにはおれを呼んでくれ。夢の中にも助けに行くよ」
「ヨシュア、ありがとうございます」
本当に夢の中にも助けに来てくれたヨシュアを思い出し微笑む龍王に、ヨシュアも微笑んでいる。
龍王にとってはヨシュアはどんなときにでもそばにいてくれて、どんなところにいても助けに来てくれる愛しい相手だった。
ヨシュアが来てから龍王は食事をまともに取れるようになったし、夜もよく眠れるようになった。
王族としてあるまじきことだが、龍王は毒殺されかけたことにより何度もの毒見で冷えた料理を食べたいとも思わなかったし、夜は警護の兵士が部屋にいると落ち着いて眠ることもできなかった。
全て龍王を守るためだと分かっているのだが、龍王はその生活が窮屈でならなかった。
今はヨシュアがいてくれるから、毒見の必要もなく魔術で毒を感知できるし、護衛も部屋の外に立たせるだけでヨシュアが守ってくれるのでぐっすりと眠ることができる。
「ヨシュアがわたしの元に来てくれてよかったと思っています」
「おれも結婚相手が星宇でよかったよ」
お互いがお互いを愛して尊重し合う。
そういう理想の夫夫になれたのだと思うと、龍王は幸福感で胸がいっぱいになる。
椅子に座って水の加護の祈りを捧げると、龍王はヨシュアと一緒に朝餉を食べ始めた。
龍王は明晰夢を見ていた。
小さなころの自分の記憶を辿るように見た夢の中で、朧げに記憶が薄れてしまった相手が覗き込んでいる。
見ただけで目を奪われた。
豪奢な金髪に鮮やかな青い目、美しい姿をしているその人物を龍王はよく知っているような気がしていた。けれどうまく思い出せずに焦れるのに、彼は名乗った。
「おれの名前は、ヨシュア。あなたが二十五歳のときにこの国に嫁いでくる王配だ」
「わたしの王配……」
夢の中で八歳の龍王は叔父夫婦に仕込まれた毒で苦しんでいた。
毒のせいで命が危ないとも言われていたのだ。
やっと峠を越した龍王は疲れていた。
手を伸ばしても彼に触れることができない。
彼は夢の中だからか、透けていて触れられないのだ。
手を伸ばし、触れられないことを確かめると、龍王は起き上がって彼の姿をよく見ようとした。体がうまく動かなくて起き上がることができない。
寝台の上で起き上がろうとしている八歳の龍王に、侍従が気付いた。
「王太子殿下が気が付かれました」
「すぐに王宮医をお呼びします」
王宮医が呼ばれて、苦くてえぐい薬湯を飲まされて、龍王はまた寝かされた。
「これで命の危険はなくなりましたね。龍王陛下も王妃殿下もお喜びになることでしょう」
「父上と母上……」
「王太子殿下のことをとても心配されていましたよ」
両親に愛されていることは常に感じていた。
五歳のときに子種がなくなる病にかかっても、父は龍王を次代龍王位から退けなかった。
水の加護の力が強い龍王こそ次代龍王に相応しいと父はずっと言っていてくれた。
思い出すだけで涙が零れそうになって龍王は寝台で目を閉じた。
意識が途切れて、次に意識が戻ったときには、龍王は二十歳の若者になっていた。二十歳とは言え龍族の王族においてはまだまだ子どもである。その時期に関わらず、龍王は龍王位を継ぐ儀式に出ていた。
前龍王であった父が亡くなったのだ。
二百歳を少し超えたくらいで急逝してしまった父は、あまりにも若かった。
母が泣いている。梓晴も泣いている。
龍王は自分がどんな顔をすればいいのか分からないまま、龍王の衣を纏い、冠を被っていた。
「新しい龍王陛下万歳!」
「これから我が国に豊かな恵みをもたらしてください」
急逝した前龍王の喪に服す暇もないくらいあっという間に龍王位についてしまった龍王は、父の死に泣くこともできなかった。
気落ちしている梓晴と母を慰め、龍王としての水の加護の祈りを捧げる日々が始まった。
「龍王になられたのです、妃を迎えねばなりません」
「わたしが子を作れないことは知れ渡っているはずだ。妃は必要ない。梓晴が結婚したらその子がわたしの後を継ぐだろう」
妃を持つことを拒む龍王に、宰相も四大臣家の当主も何度も進言してくる。
「妃を持つことは他国との関係を結ぶことにも繋がります」
「御子ができなくても、妃と愛情を育むことはできます」
そんなことを言って来る龍王の頭にあったのは、八歳のときに枕元に立っていた美しい男性だった。彼は龍王の王配になると言っていた。二十五歳になれば出会えるのだと言っていた。
「わたしはまだ妃はもらわない」
二十五歳になったら彼が自分の元に来てくれる。
それまでは妃など必要ないと強く思っていた。
惹かれたのは美しい外見からかもしれない。
それだけでなく、龍王を思いやる優しい眼差しが心地よいと感じたし、彼の全てが好ましいと感じた。
妃のことになると気が沈んでいたのに、二十五歳で彼が王配としてきてくれると言っていたのを信じてその日を楽しみにしていた。
二十五歳になる直前に、ラバン王国から王弟が嫁いでくるという話が持ち上がった。
金髪に青い目の絵姿を見せられて、彼だと直感した。
二十五歳の誕生日を終えて、少ししてラバン王国からやってきた彼に声を掛けた。
「待っていた。あなたに会えるのを」
「現実とは違う反応をするのだな、星宇」
「ヨシュア……」
顔を上げてヨシュアが笑った瞬間、意識が浮上する。
目を覚ました龍王はヨシュアの胸を枕にしていて、ヨシュアも同時に目を覚ましたようだった。
「ヨシュアが出て来る夢を見ました」
「おれが見たのと同じ夢だった気がする」
「ヨシュアはわたしの夢の中に入ったのですか?」
「多分そうだと思う。星宇がうなされているから気になったら星宇の夢の中に入っていた気がする」
ヨシュアに言われて、あの夢はヨシュアと共有していたのかと分かると恥ずかしくなる。
現実で顔合わせのときに龍王がヨシュアに言ったのは「あなたを愛するつもりはない」という酷い言葉だった。それを取り繕うように「待っていた」などと言っても、過去が塗り替えられるはずがない。
「すみませんでした、ヨシュア。嫌なことを思い出させたかもしれません」
「星宇の夢の中に入って、星宇がこれまでどれだけ大変だったかを知ったよ。星宇と出会えてよかった」
「ヨシュア……」
温かい言葉をかけてくれるヨシュアに思わずそのしっかりとした体に抱き着く。
「夢の中でヨシュアに一目惚れをしました。わたしは何度ヨシュアに出会っても惚れる運命なのだと思います」
「現実では一目惚れはしてくれなかったようだけどな」
「現実でも美しいひとだとは思っていました。最初は素直になれなかっただけで」
現実でも一目見た瞬間に心奪われていた。
ヨシュアはそれだけ美しく、それでいて男らしく格好よかった。
ヨシュアと自分を比べて、敵わないと思ったからこそ、最初にあんなひどいことを言ってしまったのかもしれない。
「ヨシュア、愛しています。わたしを見捨てないでください」
「見捨てるはずがないよ。おれと星宇は魂で結ばれているのだからね」
魂で結ばれているからこそヨシュアは龍王の夢の中に入って来られたのかもしれない。
龍王にとってはよく見る夢だったが、今後はヨシュアの気配があればうなされることもなくなるかもしれない。
五歳のときの衝撃と悲しみ、七歳で梓晴が生まれたときのいたたまれなかった思い、八歳で毒殺をされそうになったときの苦しみ、二十歳で父が死に龍王に即位したときの失意。
全て何度も夢に見るできごとだった。
「これからは怖い夢を見ても平気になるかもしれません」
「怖い夢を見たときにはおれを呼んでくれ。夢の中にも助けに行くよ」
「ヨシュア、ありがとうございます」
本当に夢の中にも助けに来てくれたヨシュアを思い出し微笑む龍王に、ヨシュアも微笑んでいる。
龍王にとってはヨシュアはどんなときにでもそばにいてくれて、どんなところにいても助けに来てくれる愛しい相手だった。
ヨシュアが来てから龍王は食事をまともに取れるようになったし、夜もよく眠れるようになった。
王族としてあるまじきことだが、龍王は毒殺されかけたことにより何度もの毒見で冷えた料理を食べたいとも思わなかったし、夜は警護の兵士が部屋にいると落ち着いて眠ることもできなかった。
全て龍王を守るためだと分かっているのだが、龍王はその生活が窮屈でならなかった。
今はヨシュアがいてくれるから、毒見の必要もなく魔術で毒を感知できるし、護衛も部屋の外に立たせるだけでヨシュアが守ってくれるのでぐっすりと眠ることができる。
「ヨシュアがわたしの元に来てくれてよかったと思っています」
「おれも結婚相手が星宇でよかったよ」
お互いがお互いを愛して尊重し合う。
そういう理想の夫夫になれたのだと思うと、龍王は幸福感で胸がいっぱいになる。
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