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四章 新しい家族との高等学校三年目

20.肉体強化とダンスの練習

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 冬休みに入ってわたくしは毎日が充実していた。
 雪が積もり始めたので畑には毎朝雪かきには行っていたが、それ以外に特にすることもなく、寒い外から帰ると手袋とマフラーとケープを脱いで熱いシャワーで温まる。マウリ様とミルヴァ様とフローラ様も防寒具でもこもこになって薬草畑で雪かきという名目で雪遊びをして、子ども部屋に戻って子ども部屋のバスルームでシャワーを浴びて、朝食の席についていた。ハンネス様はフローラ様の様子を見ながらもしっかりと雪かきを手伝ってくれていた。
 ハンネス様とフローラ様が食事を一緒にとらないでいいかと聞いてきたのは、冬休みが始まってすぐのときだった。

「父上と母上と、離れの棟で一緒に食事をしたいのです。決して、カールロ様やスティーナ様、マウリやミルヴァやアイラ様と食べたくないというわけではないのです」
「わたくち、まっまとぱっぱとたべたいの」

 それまで不自然だと思っていなかったが、ハンネス様とフローラ様は食卓に着いているのに、ヨハンナ様は乳母として食事の介助をしているし、サロモン先生は別に食事を食べている。ヨハンナ様とサロモン先生が結婚して家族になって、離れの棟で暮らし始めたのだから、家族で一緒に食事をとりたいと思うのは当然だとわたくしも感じていた。

「気付かなくてすまなかった。サロモン様とヨハンナ様と一緒に食べたいのも当然だ」
「よく言い出してくれました。言いにくかったでしょう。わたくしたちが気付かなくてごめんなさいね」

 カールロ様もスティーナ様もわたくしと気持ちは同じだったようで、ハンネス様にすぐに同意していた。許可を得てハンネス様とフローラ様はおやつの時間以外はサロモン先生とヨハンナ様と一緒に離れの棟で食事をすることになった。
 マウリ様もミルヴァ様もナイフやスプーンを上手に使えるようになっていたので、食事に介助は必要ない。食事の間乳母のオルガさんはエミリア様を見ていて、わたくしとマウリ様とミルヴァ様とカールロ様とスティーナ様での食事風景が日常になりつつあった。
 エロラ先生は家族の食卓には加わらず、一人で食事をしたいようだった。

「まー、もうおまめがつるんってにげても、へいきだよ」
「わたくしも、おこめをあつまれあつまれできますわ」

 お皿をピカピカになるように全部食べてしまうマウリ様とミルヴァ様は、フローラ様がほうれん草を床に捨てた日以来、苦手なものでも頑張って食べていた。苦手なものは厨房の方でも把握していて、マウリ様とミルヴァ様のお皿の上には少なめに乗せるようにしているのもよかったのだろう。
 完食できるようになったマウリ様とミルヴァ様は自信に満ちていて、肌艶もよくなっていた。
 食事が終わるとマウリ様とミルヴァ様はサロモン先生の授業を受けて、わたくしはエロラ先生の授業を受ける。肉体強化の魔法について、わたくしは少しずつ学び始めていた。

「アイラちゃんの身体全体を術式で包み込むようにして」
「はい」
「肉体強化の魔法には防御効果も付いていた方がいいね。もっと防御も意識して」
「鎧を纏うような感じですか?」
「筋肉という名の鎧をね」

 最初はイメージしにくかったが、肉体強化の魔法を習得しなければ、これから飛び付いてくるマウリ様を受け止めることもできなくなってしまうかもしれない。わたくしはマウリ様が来てくださる限り、マウリ様のことは抱き留めたかった。抱き上げて欲しいと願う限り、マウリ様のことは抱き上げたかった。
 大人になればマウリ様やミルヴァ様はお屋敷の天井を突き破るような巨大なドラゴンに育ってしまう。起きて欲しくないが、大怪我をしたときや大病を患ったときに、巨大なドラゴンになったマウリ様やミルヴァ様を診るためには、腕力はどうしても必要だった。
 マウリ様やミルヴァ様がわたくしを傷付けることなどあり得ないと思いたいが、病気に魘されて、怪我の痛みに耐えかねて、激しく反応してしまうことがあるかもしれない。そういうときに備えるには、肉体強化に合わせて防御効果も必要なのだとエロラ先生は丁寧にわたくしに教えてくださった。
 午前中の授業が終わって昼食の時間になると、カールロ様が真剣にわたくしに相談して来た。

「エミリアが抱っこすると俺の胸を一生懸命押すのだが、嫌がっているのだろうか?」
「エミリア様はカールロ様が大好きですよ?」
「なんであんなに胸を押されるのだろう。なんだか揉まれているような気がするんだが」

 難しい顔で悩んでいるカールロ様に、スティーナ様がはっと息を飲む。

「わたくしのお乳の出が悪いときも、エミリアはわたくしの胸を押します」

 そうするとお乳が多少よく出るようになるのだと聞いて、カールロ様は青い目を瞬かせる。

「もしかして、俺の胸からお乳が出ると思っているのか?」
「まだ赤ちゃんですもの。勘違いしているのかもしれません」

 夏になる前に生まれたエミリア様は、床に降ろすとはいはいを始める時期になっていた。離乳食も始まっているがわたくしたちの食事の時間とは合わないので、スティーナ様とオルガさんが離乳食を与えている。

「俺の胸からお乳が出るわけがないんだがなぁ」

 困ったようにカールロ様は笑っていた。
 午後からはわたくしはダンスの練習をする。スティーナ様はわたくしのお相手役から解放されて、エロラ先生がわたくしのお相手役になってくれていた。エロラ先生が優雅にわたくしの手を取り、脇腹に手を回す。わたくしもエロラ先生の脇腹に手を置いてサロモン先生の指示を待った。
 サロモン先生とヨハンナ様が踊って見本を見せてくれるのを、わたくしも真似してステップを踏んで踊る。ターンの入る基本なのだが難しいステップも、エロラ先生にリードされると踊ることができた。

「で、できました」
「アイラちゃんは筋がいいね」
「わたくし、踊れていますか?」
「とても上手だよ」

 エロラ先生も褒めてくれるのでわたくしもやる気がわいてくる。その隣りではマウリ様とミルヴァ様が二人で組んでステップの練習をしていた。なかなかうまくいかない二人の足元で、大根マンドラゴラのダイコンさんと人参マンドラゴラのニンジンさんが手を取り合い、脇腹辺りに腕を回して、優雅にステップを踏んで踊っている。難易度の高いターンのあるステップも軽々とダイコンさんとニンジンさんは踊っていた。

「はーにぃにとおどるぅ!」
「フローラ、眠いんでしょう? ベッドで休みましょう」
「いーやー! おどるぅ!」

 眠くて頭がぐらぐらしているフローラ様はハンネス様に抱っこされて子ども部屋に連れて行かれていた。
 エロラ先生とステップを踏みながらヨハンナ様とサロモン先生の手拍子で踊る。マウリ様とミルヴァ様も少しずつ形になってきていた。

「音楽に合わせて踊りたいですね」
「カールロ様とスティーナ様に演奏者を呼んでもらうようにお願いしましょうか」

 音楽をかけるための機械が王都では開発されて使われているようだが、ヘルレヴィ領までは行き渡っていない。音楽に合わせて踊るとなると、演奏者を呼ぶのがヘルレヴィ領では普通のことだった。
 舞踏会には必ず数名の演奏者が招かれて、音楽を奏でる。

「練習なのにいいのでしょうか?」
「音楽に合わせて踊る練習もしないと、本番で合わせられないよ」

 エロラ先生に言われてわたくしはそれに従うことにした。
 ダンスの練習が終わるとおやつの時間まで少し休憩する時間があった。水分補給をして子ども部屋のソファに座っていると、マウリ様が大根マンドラゴラを抱き締めて、大根マンドラゴラの葉っぱに顔を隠すようにして近付いてくるのが分かる。なんで顔を見せてくれないのかと不思議に思っていると、マウリ様のほっぺたがちょっと膨らんでいるのが分かった。

「どうしましたか?」
「エロラせんせいと、ダンス……」
「はい、練習に付き合っていただきました」
「エロラせんせい、かっこういいから……アイラさまがすきなのは、わたしだよね?」

 女性でエリーサ様という恋人がいるエロラ先生にまでマウリ様はやきもちを妬いてしまったようだった。それだけ踊るエロラ先生が格好良かったのだろう。わたくしもリードされてうっとりしてしまったのは確かだ。

「わたくしはマウリ様の婚約者ですよ。将来マウリ様が嫌でなければ、マウリ様と結婚するのです」
「わたし、いやじゃない! わたし、アイラさまがいい! アイラさまだけが、だいすき!」

 大根マンドラゴラを床の上に降ろして、マウリ様がやっと顔を見せてくれる。きらきらと輝く蜂蜜色のお目目にはわたくしの姿が映っていた。

「アイラさま、おどってくれますか?」

 紳士的に手を差し出したマウリ様に、わたくしは喜んでその手を取る。

「嬉しいです、マウリ様」

 ジュニアプロムも、プロムも、わたくしはマウリ様以外のパートナーを選ぶつもりがないので、参加しないが、その日はヘルレヴィ家でマウリ様と踊るのも悪くはないかもしれない。
 マウリ様と手を取って子ども部屋で踊るわたくしの足元で、大根マンドラゴラと人参マンドラゴラが手を取り合って踊っていた。
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