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五章 増える家族と高等学校の四年目

15.結界の破れ目から入って来た少女

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 冬休みが近付いて来て、エリーサ様が出来上がったケープとオーバーコートとポンチョをわたくしに渡してくれた。高等学校のサンルームでわたくしのミッドナイトブルーのケープとミルヴァ様の葡萄色のケープ、フローラ様の菫色のポンチョ、マウリ様の草色のオーバーコートを受け取る。
 ハンネス様は深緑のオーバーコートを受け取って、クリスティアンは水色のオーバーコートを受け取っていた。

「エリーサ様、ありがとうございます」
「本当にありがとうございます。フローラにもお礼の手紙を書かせます」
「すごく嬉しいです、ありがとうございます。あったかい」

 わたくしとハンネス様とクリスティアンがお礼を言うと、エリーサ様は微笑みながら「どういたしまして」と言ってくれた。それだけでなく、ハンネス様にはお手紙を渡す。

「フローラ様がメルのお屋敷に来たがっているのでしょう? 冬休みの間にどうぞおいでください」
「フローラに手紙ですか?」
「読めるか分からないので、ハンネス様が一緒に読んであげてくださいますか?」

 フローラ様にはエロラ先生のお屋敷になった、ハンネス様の生家への招待状までついていた。深く感謝するハンネス様に、エリーサ様もエロラ先生も答える。

「気にすることはないよ、元はハンネスくんの住んでいたところなんだからね」
「来たくなったらいつでも来てくださっていいのですよ」

 寛容な二人の態度に感謝はするものの、愛し合う二人の住処に気軽に行っていいものかという遠慮はないわけではなかった。招待状があるからフローラ様は一回は行くだろうが、それ以降は分からない。
 わたくしはヘルレヴィ家のお屋敷の結界についてエロラ先生とエリーサ様に聞きたいことがあった。

「エロラ先生、エリーサ様、マウリ様とミルヴァ様に角が生えて結界を破れるようになってしまったのです。お二人はもう脱走をしないと誓ったのですが、不審者が入り込んでお二人を連れ出したりしたらどうしましょう」
「そもそも、不審者はあの結界の中には入れないよ」
「破ったのですか。破れ目ができているかもしれませんから、そこを探して修復しておくといいかもしれませんね」

 エロラ先生は軽く大丈夫だと言ってくれたが、エリーサ様はマウリ様とミルヴァ様が結界を破ったことに対して懸念を抱いていた。そこはわたくしも気付いていなかったので、帰ってから確かめようと思っていた。
 高等学校の授業が終わって移転の魔術でヘルレヴィ家に帰ると庭が騒がしい。馬車で帰って来たハンネス様もちょうど着いていたので、二人で騒ぎの中心に向かう。
 騒がしかったのはマンドラゴラの畑だった。
 もう収穫は終わっているが、種を取ったマンドラゴラたちは上の葉っぱを刈り取って、藁を被せて土の中で冬が越せるように休ませている。そのマンドラゴラを盗みに来た人物がいたようなのだ。

「びょえー!」
「ぎょわー!」

 畝の中でマンドラゴラが叫んで抵抗している。そこに颯爽と現れたのは大根マンドラゴラを連れたマウリ様だった。

「マンドラゴラどろぼうなの! ゆるさない!」
「びぎょわー!」

 竹串のようなものを持った大根マンドラゴラが盗人に飛びかかっていく。脚を刺されて、盗人が倒れた。

「頼む、一匹だけ分けてくれ……あたしの母ちゃんが病気なんだ」

 泣きながら土塗れになって畝にしがみ付いたのは、まだ大人になっていない人物だった。年のころはマウリ様とハンネス様の中間くらい……おそらく10歳くらいだろうか。
 マンドラゴラに威嚇されて頭痛と吐き気に苛まれながらも、必死にマンドラゴラを掘り起こそうとしている。

「どういうことなのですか。話を聞かせてください」

 わたくしが話しかけると、その少女は涙でぐしゃぐしゃになった顔で説明してくれた。

「あたしの母ちゃん、赤ちゃんを産んだんだけど、その後体調がずっと悪いんだ。働けなくて、家を取り上げられそうになってる……借金取りがやってきて、あたしのことは売るって言ってるし、生まれたばかりの弟も……」

 それで母親が元気になるように、ヘルレヴィ家のマンドラゴラの効能が高いと聞いて盗みにはいってきたこの少女は、父親は流行り病で赤ん坊の弟が生まれる前に亡くなったと話してくれた。

「人買い? そんなものが、ヘルレヴィ領にいるのですか!?」

 人身売買は法律で禁じられている。この国には奴隷制はないし、子どもを売り買いするようなことは国の法律でも、ヘルレヴィ領の法律でも厳重に取り締まられていた。

「母ちゃん、赤ちゃんを産むときにお医者様にかかるために、変なところで借金しちゃったらしくて……あたしはどうなってもいい! 母ちゃんと弟を助けてくれ」

 そこまで言われてわたくしは黙っていられなかった。
 ヘルレヴィ領に人身売買組織がいるのならば絶対に取り締まらなければいけない。

「お屋敷に入ってください。カールロ様とスティーナ様にお話を聞いていただきましょう」
「ふぇ!? 領主様に!?」

 破れた結界の隙間を抜けて入って来た少女は、お屋敷で手と顔を洗ってカールロ様とスティーナ様に会うことになった。がちがちに緊張している少女に、マウリ様が声をかける。

「だいじょうぶ、父上と母上はやさしいよ」
「この方は、ドラゴンのマウリ様!?」
「そうですよ。ヘルレヴィ家の次期後継者です」

 わたくしが告げると少年は平伏してしまった。
 カールロ様とスティーナ様が応接室にやってきて、少女の話を聞く。

「わたくしたちの領地に人身売買組織がいるというのは聞き捨てならない情報ですね」
「すぐにでも取り締まらないといけないな」
「あの……あたしの母ちゃんは……」

 おずおずと問いかける少女にわたくしがスティーナ様の産後のために作っていた栄養剤の残りを肩掛けのバッグから取り出した。ヨハンナ様にも使えるかもしれないと思って取っておいたのだが、産後に体調を崩したというのならば少女の母親にも使えるかもしれない。

「これは大事な魔法薬です。これを差し上げましょう」
「魔法薬!? そんな高価なもの、俺、支払えないよ!?」

 小瓶を手に震えている少年に、わたくしはカールロ様とスティーナ様の方を見た。二人は静かに頷いてくれる。

「人身売買組織の情報をくれたお礼だ」
「お母様を大事にしてください。人身売買組織は必ずわたくしたちが捕まえます」

 優しい言葉をかけるカールロ様とスティーナ様に少女は泣いているようだった。
 魔法薬の小瓶を持って帰る少女に、わたくしは庭に出て問いかける。

「どこから入って来ましたか?」
「ここからなら入れる気がして」

 マンドラゴラ畑の近くの柵を登って入って来たという少女に、わたくしが結界を見てみると、そこに破れ目ができていた。エリーサ様に指摘されるまで結界を確認していなかったわたくしの落ち度だ。
 それにしても、結界の破れ目を正確に把握して見つけるなど、常人にはできることではない。わたくしはこっそりとマウリ様に聞いてみた。

「マウリ様、あの子の本性が分かりますか?」
「ううん、まー、見えないの」

 強い本性のサロモン先生のグリフォンですら見抜いたマウリ様が本性を見ることができない相手。それはもしかしてわたくしと同じではないのだろうか。

「失礼ですが、あなたは獣の本性がありますか?」

 率直に問いかけると少女は俯いてしまう。

「ないんだ……だから、あたしは役立たずなんだって言われている」

 この少女にも獣の本性がなかった。獣の本性がない人間が時折生まれてくるのだが、わたくしはその代わりに魔法の才能があった。この少女もそうなのではないだろうか。

「お名前と年齢を教えてもらえますか?」
「あたし、ヘルミ、11歳」
「幼年学校の何年生ですか?」
「幼年学校にはほとんど行けてないけど、六年生だよ」

 今年度ヘルミちゃんは幼年学校を卒業する年だった。年齢よりも小さく見えたのは栄養状態がよくないからだろう。
 もしかするとヘルミちゃんには魔法の才能があるかもしれない。

「わたくしの魔法学の先生と会ってみませんか?」
「魔法? なんのことだ?」
「ヘルミちゃんには魔法の才能があるかもしれません」

 幼年学校も碌に行っていないヘルミちゃんが高等学校に行くのは難しいかもしれないが、魔法の才能があると分かればきっと奨学金が出て高等学校に進めるだろう。
 ヘルレヴィ領の領民に将来の希望を持たせることもまた、ヘルレヴィ家の一員としての大事な役目ではないのだろうか。優秀な人材が育てばヘルレヴィ領も豊かになる。
 ヘルミちゃんが高等学校に進めるようにするためにはどうすればいいか、わたくしは考え始めていた。
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